第一話



「……ここは一体どこなんだ?」

目の前にあるのは、巨大な、途方も無く巨大な樹。
無明の闇の中に聳え立つそれが、青年を見下ろしている。

その服装は極めて簡単で、白いTシャツに青の長ズボン、カウボーイハットで癖のある頭髪を押さえつけている。

彼の傍らには、コンバットナイフを巨大化させたような片刃の大剣が突き刺さっている。

その名を―――爆と言った。

彼は全世界一の冒険家を目指すべく旅をしていたのだが、気付けばこの巨大な樹の下にいた。

不可解な事に、一瞬にして景色が変わったのだ。

『ヂィー、ヂィー』

「ん?」

足元で、堀の深い顔の……ピンク色の球体が、何かを訴えかけるようにズボンの裾を引っ張っている。

「どうしたジバクくん。何、強い力?この樹から?」

爆はもう一度大樹に目を向ける。
確かに、心なしかエネルギーを感じる。
それは不快な物ではなく、何処か神秘めいたものだ。

しかし、だからといって自分がどんな状況にあるのかは皆目見当がつかない。

今すべき事は、ここから移動して調べる事だ。
ちなみに、誰か人を探して訊ねようとかは、最初から頭には無い。

それは、自分の夢を叶えるためには他人に頼ってはいけないという思想に基づいている。

今まで幾度と無く人に助けられている事を自覚している爆だったが、そのスタンスを変える気は無い。

「行くぞ生物」

足元で鳴くジバク君を肩に乗せると、大剣を引き抜き、大樹に背を向けて歩き出そうとした、その時。

「ッ!」

爆の直感が警鐘を鳴らした。

その場から飛び退くと、爆が立っていた地面に六枚の手裏剣が突き刺さった。

「何者だ!」

振り返り、手裏剣が飛んできた空間に向けて怒鳴りつける。
それに応じて、大樹の枝から人影が飛び降りた。

「女……?」

それは、以前『セーブン』という世界で見た、忍者服と呼ばれる衣装を身に纏った少女だった。
少女は地面に降り立つと――それは生来の物なのだろうが――笑っている様な薄目を爆に向けた。

「あれを避けるとは、なかなかの手練でござるな」

まるで、好敵手にでも出会ったかの様な、嬉しそうな声で少女は言った。

それに対し、爆は憤りを含ませた声を放った。

「貴様、危ないだろうがッ! 初対面の人には攻撃しろとでも教えられたのか!?」

「はは、これは失敬。しかしお主は侵入者。攻撃されても文句は言えないでござるよ」

「侵入者?」

という事は、ここは敷地か何かなのだろうか?
そういえば足元はきれいに整備されている。

「ちょっと待て、俺は気付いたらここにいたんだ。だから侵入者じゃない」

制するように片手を前に突き出すが、少女は耳を貸そうとはしない。
何処からか取り出した、大剣を十字に重ねたような手裏剣を爆に向ける。

「くどいでござる…よっ!!」

語尾と共に、その巨大手裏剣を体を反転させて投擲する。

ぶん、と大気を震わせて回転するそれは、猛スピードで爆に迫る。

「ちっ……女と戦うのは嫌なんだがな」

爆は大剣を地面に突き刺し、手裏剣をジャンプして避けた。

手裏剣は少女、爆間を弧を描くようにして少女の手元に戻る。

「やるでござるな……」

強者との戦いの喜悦に口端を歪め、再び手裏剣を振り被る。

だがその時、

「今だジバクくん!!」

「!?」

その声に、爆が避けた際に取り付いていたジバク君が、手裏剣の上でその両手を大きく広げた。

「何…」

言い終わる前に、閃光が少女を包んだ。
次いで爆音が響き、爆風が少女を吹き飛ばした。

「ぐうっ」

少女の長身が地面に叩きつけられる。
ジバク君を始めとした『聖霊』と呼ばれる生物は、両手を広げると爆発するという特性を持つ。

「一応手加減はしたんだ、降参し……」

歩み寄る爆の前に、突如地面に倒れている少女と同じ姿をした人影が現われる。
その数、六体。

「影分身の術……」

独り言にように発せられたそれを合図に、六人の少女は一斉に襲い掛かってきた。

「攻撃できる分身か……厄介だな」

その言葉とは裏腹に、爆はその拳を、足を、クナイ手裏剣を、軽やかな最小限の動きで避けていく。

爆は後ろ宙返りで一旦その攻撃網から逃れると大剣の柄を掴み、引き抜きざまに振り抜いた。

「でぇい!!」

銀閃が走り、少女達が闇に霧散していく。
しかし爆に息つく暇も与えず、先程の巨大手裏剣が風を切った。

「ふんっ!」

爆はそれを盾にした剣の腹で弾いた。

制御を狂わされ、右前方に飛んでいった手裏剣が地面に突き刺さる。

それを一瞥して、爆は六メートル程離れた位置に立つ少女に切っ先を突きつけた。

「いい加減にしろ……これ以上の戦いは無意味だ」

「……」

少女はそれに無言で応じた。

おそらくは、今後の戦闘方針を推し量っているのだろう。

この六メートルという距離は、一見飛び道具を使う少女にとっては有利だ。

対して、爆の基本攻撃は接近戦。

とは言っても、遠距離攻撃も出来るのだが、その存在を、彼女は予感はしているだろうが、知らない。

ジバク君を投げる事による攻撃は、その予備動作で分かるので、あまり脅威とは感じていないだろう。

「はっ!!」

一声と共に、無数の手裏剣が爆を狙った。

黒光りする刃の軍勢に、爆は後退もせず、逆にしっかりと地面を踏みつけた。

そして左腕を腰に引き寄せる。
すると爆の周囲に、高められた念動波が無数の球体の形となって漂った。

「くらえ……シンハ!!」

拳が突き出され、放たれた念動波が烈風の如く手裏剣郡を吹き飛ばした。

「何っ!?」

弾き返された無数の手裏剣は、さながら津波の様に主であるはずの少女に襲い掛かった。

さすがに、それを受けては無事ではすまない。

少女は横に飛び退いて、得意の瞬動でその範囲から退避する。

しかし、その体勢が突如崩れた。

「えっ?」

空中で体がくるくると回転する。

遠のいて行く地面を見れば、戦いの前半で投げた手裏剣が刺さっていた。

それに足を引っ掛けてしまったのだ。

「(くっ……何たる不覚……)」

自分への怒りに目を覆いたくなる。

だが、その怒りはすぐに絶望に置き換わることになった。


自分が、背中から着地するであろう地面には、巨大な刃が生えていた。


それは、先程爆の防いだ巨大手裏剣だった。

「くっ!」

何とか回避しようと体を動かしてみるが、手足の届かない空中ではどうしようも無い。

そうしている間に刃はすぐそこまで迫っている。

少女に出来る事は、目を瞑り、襲い来る死の痛みを待つだけだった。

「(……こんな事で死ぬなんて、全くついてないでござるなあ)」

胸中で自嘲気味に笑う。

そして、静かに死を待った。

だが、少女の身体が、刃では無い別の物にぶつかった。

それは―――

「まったく、世話を焼かせおって」

テレポーテーションで割って入った、爆だった。
その背には鋭利な刃が食い込み、白いシャツに赤い染みを作っていた。
少女を抱き止めた際に仰け反ってしまったからだ。

「な、何で敵である拙者を……」

「……お前は、仕事を遂行しようとしただけだ。それに……女が死ぬのは好かん」

そう言って、爆は少女を乱暴に下ろし、背中の刃を抜いた。

いつのまにか足元に来たジバクくんが心配そうに鳴き声を上げる。

『ヂィー…ヂィー…』

「心配するな生物。俺は世界制覇をする男だ。これくらい何でもない」

そう笑って見せた。

少女はそれを呆気に取られて見詰めていた。

「それより、お前……えっと」

少女の名を呼ぼうとして、それを知らない事に気付く。


「……長瀬、楓でござる」


少女は、その名を告げた。


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