第六話



「貴様は、昨日の辻斬り女」

刹那を見るや、爆は露骨に嫌な顔をした。

どうやら昨晩の事が余程腹に据えかねたらしく、罰さえ与えなかったが未だ怒りの残り火が燃えているらしい。
変な所で執念深い。

「……あの、その事については本当に反省してるので、そろそろ許して貰えないかと……」

治癒しかけていた傷を容赦なく抉られ、刹那の大きく無い身長がさらに縮んだようになった。

「まあいい。で、何の用だ?」

相変わらず倣岸不遜に爆は話しを引き戻した。
刹那もあの一夜でこの青年の性格を把握したらしく、それに関しては特に何も言わなかった。

「はい。学園長が、部屋に来るようにと」

「何?」

爆は再び、いや先程よりも嫌そうに顔を顰めた。
未だ爆はあの老人の事を地球外生命体と疑っているし、学園長の方もいろいろ警戒しているからだった。
昨晩爆の空けたクレーターの事もそれに拍車をかけている。

つまり、お互いに心良く思っていないのだ。

「何故だ?」

変な用件ならば、会うまでも無くこの場で断ってやると心に決めて、爆は刹那に訊ねた。

「それが、来たら話すとの事で……」

爆の眉間に皺が寄る。
そういう方法を取ると言う事は、どうせ碌な事ではあるまい。

「爆さん、何かしたの?」

それまで二人の話を聞いていた風香が横合いから不安げに口を出した。

「まさか、食い逃げとか…」

「いやいや、もしかしたら大乱闘でも……」

「お前らそこになおれ。ぶん殴る」

顔を向き合わせ失礼極まる想像をする姉妹に、
爆は頭をごつんと小突いた。

「「いったぁ〜……」」

うっすらと目に涙を溜め、その場に蹲った。

「爆さん、あの早く……」

急かす刹那に、爆は軽く舌打ちをした。

「しょうがない、行ってやるか」

やはり心底嫌な表情をして、爆は大儀そうに座っていたベンチから腰を上げた。


ノックも面倒だとばかりに乱暴に扉を開き、爆は学園長室に入った。

「ジジイ、何の用だ」

相変わらず敬老精神を知らない爆に、学園長は深く溜め息をついた。
それには呆れと、微妙に諦観も含まれている。

「もうお主にはつっこむ気力も失せたわい……」

つるりとした額に憂鬱そうに手を当てる。
しかし爆は御託はいいとばかりに容赦なく話を急かした。

「それより早く用件を伝えろ」

「そうじゃな……今日来てもらったのは、お主にわしの孫の護衛「断る」

言い終わる前に、爆は即答した。
それはもう、きっぱりと。
反論を寄せ付けないが如く。
爆は続けて、

「冗談はその存在だけにしろ」

彼が学園長をどう思っているかがよく分かる一言。

「え? わし生きてる事自体ふざけてる?」

「大体、何で俺がそんな面倒な事をしなければならん」

肩のジバクくんも嫌なようで、『ヂィッ!』と中指を立てている。

「お主の実力を見込んでじゃな……」

ぶしつけに言い放つ爆に、学園長は食い下がった。
彼も爆の性格は別として、その腕前は認めている。

それに何より、楓から聞いた話や、長年の人の上に立つ者としての経験がなせる勘で、爆の本質を見抜いていた(だからと言って仲が改善させるわけではないが)。


一度守ると決めさせてしまえば、この男は絶対に裏切らない。


しかしこの様子では、その『決めさせる』というのは不可能に思えた。

「どうしても頼めぬか……」

多少声のトーンを落として、学園長が目を伏せた。

「何度も言わせるな」

これ以上付き合っていられないとばかりに、爆はくるりと学園長に背を向けた。

「(交渉は決裂か……)」

学園長は組んだ両手に顎を乗せると、溜め息まじりに呟いた。

「仕方ない、木乃香の護衛は他の者に任せるか」

その時、爆はぴたりと歩みを止めた。

「……木乃香?」

たしか、刹那の警護している少女の名ではなかったか。

普段はやたらと礼儀正しい彼女が、愚にも付かない疑惑だけで血相を変えて殺しにかかってくるほど、刹那にとって何より重きに置く少女。

「ふむ」

爆は、己が好奇心がむくむくと首をもたげて来るのを感じていた。
再び、学園長と向き直る。

「おいジジイ。その仕事、引き受けてやる」

ぽかんとしている学園長に言い放った。


「と、言うわけだ」

爆は、学園長室の前で待機していた刹那に言った。

「そうですか……爆さんも護衛に……」

そう言う刹那は複雑な心境だった。


爆の強さは身に染みている。
味方であれば、これほど心強いことは無い。

だが、それは自分が木乃香を守るには力不足だと言われている様なものだった。

もちろん、身の程など心得ている。
しかしそれでも自分の力で守りたいというのは、自分の我侭だろうか。

「よし、案内しろ」

刹那が胸中でそんな事を思っているなど、爆は露知らず、彼の口から吐き出されたのは主語も述語も無い単なる動詞だった。

「は?」

それで理解など出来る筈が無い。
刹那は聞き返した。

「何処にですか?」

「決まってるだろう」

爆は刹那の横を通り過ぎて、廊下に足を伸ばした。

「その木乃香という奴の所だ。俺は顔を知らんしな」


爆と刹那は食堂棟を歩いていた。

「顔も知らずに引き受けるとは……」

理解不能な爆の脳内に辟易して、刹那は呆れ気味に言った。

それに爆はふんと鼻を鳴らして応じる。

「俺は俺の事にしか興味は無い。それより、本当にここらへんにいるんだろうな?」

爆は胡散臭そうに人込みの中を見渡した。

「ええ、まだお昼休みですから、多分……」

言い終わらない内に、刹那は立ち止まった。
その視線の先には三人組みが笑いあって歩いて来る。


左にいるのは、赤色の混じった髪をツインテールにしている少女。

真ん中にいるのは、英国人だろうか、栗色の髪に眼鏡を掛けている、十歳程の少年。

そして右にいるのが、腰まで伸びた黒い髪に、何処かおっとりとした雰囲気の少女。


「爆さん、彼女です。あの、一番右にいる」

「ほう、あの遊星XジジイのDNAが混じってるとは思えんな」

たしかに、外見で見れば血が繋がっているとは誰も信じないだろう。

「それで、どうす……えっ?」

刹那が横を見れば、隣にいた筈の爆の姿が消えていた。
青年を探し視線を四方八方に巡らした時には、彼はずんずんと大股で三人に歩み寄っていた。


談笑しながら道を行く三人。
左から、神楽坂アスナ、ネギ・スプリングフィールド、そして近衛木乃香。
彼らの前に、一つの人影が立ちはだかった。

「それでさー……」

「おい」

楽しい会話は、傍若無人な呼び掛けで遮られた。

声の主は勿論―――爆その人である。

見知らぬ人物に話し掛けられ、三人は歩みを止めた。

「な、何よアンタ?」

「お前じゃない」

勇敢に爆の前に出るアスナをにべも無く押し退ける。

そして、突然の闖入者に少し怯えを見せるネギの横を通って、爆は木乃香の前で立ち止まった。

「お前が近衛木乃香か」

「? はあ……」

爆は、少し何かを考えるように目を細めると、再び口を開いた。


「……俺にお前を守らせろ」


空間が、一時停止した。
その一部始終を物陰に隠れて見守っていた刹那が、心の中で絶叫を上げる。

それはないだろう、と。


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