第三十四話



「―――ん?」

無数に立ち並ぶ鳥居。
その幾つかを潜り抜けると、激ははたと足を止めた。

「どうしたんですか?」

振り返るネギに目もくれず、激は注意深く周囲を見回した。

「ん、ちょっとな……」

黒い瞳に映るのは、鬱葱とした竹薮が造り出す薄い暗闇と、くすんだ朱色の鳥居のみ。
しかし、激の長年において錬磨された直感は、この空間に違和感を見出していた。

何と名状すべきか、完成されたパズルのピースの一つに、違う絵柄の物が混じっている様な、微かではあるが確かな違和感。

雹も同じ感覚らしく、警戒心も露に腰に下げた刀の柄に手を掛けている。

「ちょっと、どうしたのよ?」

走っていた足を止め、問い掛けるアスナに激の目が刃の如く鋭利に細められる。
もっとも、それは少女に向けられてはおらず、視線は虚空を彷徨っていた。

「なーんか変な感じがすんだよ……なあ?」

雹に同意を求めると、銀髪の青年は静かに頷いて肯定した。

「うん……何か、罠があるかも……」

―――もしくは、既にその術中か。

激は自らの不甲斐無さに、奥歯を強く噛み締めた。

どうやら、自分達は平和を享受し過ぎてしまっていたらしい。
練磨されていた筈の直感は、知らず知らずの内に錆付いていたようだ。
GSとして現役だった頃ならば、こんな曖昧な答えなど導き出さなかったものを。

「でも、気のせいかも知れませんよ?」

そう言ってネギが見上げてきたが、不安はこびり付いて離れない。
まるで、泥沼に肩まで浸かっている様な不快極まる感覚だった。

「でもまあ、何にしても先行ってみるしかないんじゃない?」

そのアスナの言葉は楽観的とも取れたが、実際にそれぐらいしか手立ては思いつかなかった。
激は、溜め息をつきながら棍棒を肩に担ぎ直すと、鳥居で出来た道に目を向ける。
ゴールは、まだまだ先のようだ。

「ったく爆の奴、面倒な事させやがって……」

帰ったら、絶対何か奢って貰うことにしよう。


             ◇◆◇◆◇◆


三十分も走っていると、激と雹はともかくとして、さすがにネギとアスナの疲労の色が、それと分かる程に濃くなってきた。

「ううっ……何て長い石段なの……」

とうとう力尽きたアスナが四つんばいになって崩れ落ちる。
手から離れた『ハマノツルギ』が地面に転がされた。
運動神経の良い彼女だったが、さすがこの終わりの見えないマラソンは堪えた様子だ。

「……こいつぁ異常だな」

少女とは対照的に息一つ切らしていない激が奥の方を睨み付ける。
石段も鳥居も途切れる事無く続き、出口の気配は全く無い。

「いくらなんでも、長すぎるよ」

雹が呟く。
確かに石段は遠目に見ても長いと思ったが、三十分というそう短くは無い時間の中を駆け抜けて来たというのに、未だ到着の兆しすら無いというのはどういう事だろうか?

その時、ふよふよと浮遊していたちび刹那がはっとして声を上げた。

『こ、これはもしや……』

「え!? 何ですかちび刹那さん」

訝しがるネギには答えず、式神はしばし思案顔をすると、

『ちょっと先を見てきます。ネギ先生!』

「う、うん!アスナさんは休んでてください」

ネギを伴い、鳥居の奥へと飛んでいった。

「よろしくー……」

返事をする間にも遠ざかっていく二人を、四つん這いのまま力無く見送るアスナ。
彼女の傍では、激と雹が剣呑な顔をして佇んでいる。

「あんた達は行かないの?」

疲労した顔を向けてくるアスナに、激は自らの顎に手を添えた。

「ん、ちょっと―――」

「うひゃ!?」

「キャア!?」

激の声は、悲鳴に似た叫びに掻き消された。
振り返ると、そこにはアスナに激突したネギの姿があった。
正面からでは無く、何故か、後方から少女の臀部にぶつかっている。

「……やっぱりか」

激は忌々し気に舌打ちをすると、柵の向こうにある竹薮に視線を向けた。
次いで、棍棒を投槍の様に投じる。

薄暗い闇の中に放り込まれた棍棒は、数秒後、反対側の竹薮の中から投じられた勢いをいささかも緩めずに返って来た。
激は首を僅かに傾けると、一瞬前まで頭があった位置を通り過ぎた棍棒の半ばを掴んで止めた。

『間違い無いようですね……』

四人と一匹の視線が、重々しく口を開いたちび刹那に集中する。

『これは、無間方処の呪法です。今、私たちがいるのは半径五百メートル程の半球状のループ型結界の内部。つまり……』

声音に、一段と重い響きを含まれた。


『閉じ込められました。この千本鳥居の中に』


風に撫で上げられた竹薮が、ざわりと鳴いた。


             ◇◆◇◆◇◆


アスナは、缶のおしるこを一息にあおった。

「ふぅ――……一息ついた……」

結界の存在を知ってしばらく、闇雲に走り回った挙句辿り着いたのは無人の休憩所だった。
状況は一変せず、相変わらず閉じ込められたままだったが、自動販売機の存在はありがたかった。

「あー、ちくしょ。平和ボケしちまったい」

飲み干した缶コーヒーから口を離して、激が自らに憤る。
現役時代ならば、みすみす罠などに嵌らなかったものを。
物理的な障壁ならば、たとえダイヤモンドで造られていてもガラスを割るよりも簡単に破壊できるが、相手が術で張られた結界では如何ともしがたい。

「空からも無理だもんなあ……」

雹の指先が、背負った翼に触れる。
やはり空間そのものが隔絶されているらしく、空からの脱出を試みた雹は飛び上がった瞬簡に転移させられ、地面と密接な関係を築く事になった。
恐らくは、激がテレポーテーションを駆使した場合も同じ結果が待っているだろう。

「もー!そもそも何であいつら親書渡すの妨害しようとするのよっ!!」

腕を振って癇癪を起こし始めたアスナに、隣のネギは恐れをなしながらも推測する。

「そ、それはやっぱり東と西を仲良くさせたくないからじゃ……」

「何で仲良くさせたくないのよ」

「えーと、それは……」

言いよどむネギに、正面で人形の様にちょこんと座るちび刹那が救いの手を差し伸べた。

『関東の人達が伝統を忘れて西洋魔術に染まってしまったことが原因の一つらしいですが……』

彼らには、彼らなりの誇りという物が存在するのだろう。
伝統を守ろうとするのは決して間違いでは無いが―――手段は選択するべきだ。

『それより今のこっちの戦力を分析した方がよくねえか?』

カモが提案を口にする。

『そうですね、この状況ではいつ敵が来るかわかりませんし……』

『ああ、一昨日は刹那の姉さんがいたけどな』

「俺らがいるじゃねえか」

横合いから声を投げ掛けたのは激だった。
青年はコーヒー缶を胸の前に掲げると、その表面に横から人差し指を突き立てる。
スチール缶はまるで紙で作られているかの如く容易く穿たれ、次の瞬間には粉塵となって指の隙間から零れ落ちた。

―――激の十八番、物質の構成の原点である『秘点』を見抜く、『極目』の技だ。

雹は特に行動を起こさなかったが、普段の間抜けな行動が嘘かの様に、冷気にも似た鋭利な殺気を放っていた。

「「「「………」」」」

世界が、一瞬にして凍結した。

「(……爆さんと同じ世界の人達だからなあ)」

性格も然る事ながら、実力も只者である筈が無い。
ネギは冷や汗が頬を伝うのを感じながら、強引に納得させられてしまった。

「んー……そういえばさあ」

沈黙が唸り声に破られる。
視線を一身に集めたその声の主は、ネギから受け取ったサンドイッチを頬張るアスナだった。

「前から気になってたんだけど、契約執行するとどれ位強くなるの?」

『あーそいつは実際にやってみた方がいーかな』

そう言ってカモは腰掛から飛び降りると、近くにあった手頃な岩によじ登った。

『姐さん、この岩に思いっきりケリ入れてみろよ』

「これ!? こんなん蹴ったら私が痛いわよ!」

自分の足と岩を交互に見詰める。
地面から巨大な竹の子の様に突き出した岩はいかにも頑健そうで、全力で蹴った所でとてもどうにかなるとは思えない。

『いーからいーから』

それでも促すカモ。
アスナはしぶしぶながら意を決すると、目の前の岩目掛けて目一杯の力を込めた踵落しをお見舞いする。

「て……てぇい!!」

だが、待っていたのは当然の結果だった。
じん、とした痛みと衝撃が接触した足を伝わり頭頂部まで駆け上る。
無論、岩は少女を嘲笑うかの如く無傷で鎮座しているのみ。

「あたた……」

痛む足を押さえぴょんぴょんと飛び跳ねるアスナを尻目にして、カモはネギに前足を向けた。

『よし兄貴、契約執行やってくれ』

ネギは頷くと、アスナの契約カードを天に掲げた。

「契約執行三十秒間・ネギの従者・『神楽坂明日菜』!」

呪文が紡がれるのとほぼ同時に、アスナの全身を、炎にも雷にも似た光が覆った。

「(……いつもながら変に気持ちくて慣れないんだよねこれ……)」

まるで暖かい水の中に包まれている様な、心地良い浮遊感。
強い力を得たという、本能的な快感もあるかも知れない。

『うっすら光って見えるのが姐さんの身体を覆っている魔力だ。もう一度蹴ってみな、随分違うハズだぜ』

カモはそう言うものの、つい今し方痛い目を見た手前、アスナはやはり躊躇してしまった。

「んーと……」

しかしそれも数瞬の事、彼女は足を振り上げると、再び踵落しを岩に叩き込む。

「た……たあーーーっ!」

鈍い音を立てて砕かれたのは岩だった。
少女の足が、重いハンマーの如く岩を半分の大きさに縮める事に成功する。

「……」

先程とはまるで違う結果に、蹴り崩したアスナ自身が愕然とさせられた。

「そーいや、『気功術』のライセンスの奴も同じ感じので戦ってたなあ」

そう言って回想する激は、さして驚愕している様子は無かった。
それに、アスナは軽く憤慨したが、それもすぐに冷めた。

彼は、例えそれが鉄塊でも必要とあらば鼻歌交じりに粉砕してしまうのだろう。

その時、ネギが激に訊ねた。

「前から聞きたかったんですけど、激さん達が言ってるライセンスって何なんですか?」

「爆の奴から聞いてなかったのか?」

聞き返す激に、ネギは首を横に振る。

ライセンスとは、成人していない子供が針の塔でGCに登録された際に、その証明であるGCウォッチと共に受け取る『技』の源だ。
『武術』や『超能力』などの多彩な種類があり、それによって使用できる『技』が決定される。

「俺は『武術』だな」

激が棍棒を突き出す。

「僕は『剣術』だ」

雹は刀の柄に手を載せる。

「へえ……それじゃ、爆さんのライセンスは何なんですか?」

あの青年の事だから、さぞかし強力なライセンスを持っているのだろう。
期待が込められたネギの問いだったが、返って来たのはあまりにも意外な答えだった。

「持ってないよ」

素っ気無く、雹。

「……え?」

「だから、あいつはライセンスなんて持ってねえんだよ」

雹の言葉を引き継いだ激の声は、半ば呆れ気味だった。

そう、爆はライセンスを持ってはいない。

何しろ、学校の帰りにそれまで一の世界『ファスタ』のGCであった炎に、聖霊ジバクくんとGCウォッチ―――壊れて、今持っているのはGSウォッチだが―――を託され、そのままGCに就任させられてしまったのだから。

「(よく考えりゃ、あいつその時から異常だったんだなあ……)」

しみじみそう思う。
ジバクくんの存在があったとはいえ、それまで一般人だった彼がよく立派にGCをしていたものだ。
その上、たった一年で実力においてそれを遥かに超えたGSにまでなってしまったのだから、その成長ぶりはまさに異常と言う他に無い。
この世界に来てからは、更に強くなった様だ。

「(爆の奴、本当に世界制覇しそーだな……)」

空恐ろしくなってしまった激は、本題へと話しを切り替えた。

「……ま、大丈夫だろ。俺も雹も弱かねーし、嬢ちゃんも坊主もなかなかやるって聞いてるしな」

ネギとアスナを見遣る。

「そーよ、あいつら全然たいしたことなかったし」

少女が余裕を見せた、その時だった。

周囲の竹薮が、風も無いのにざわめく。
飛び交う無数の音に混じって、何処からか聞こえて来たのは、たしかに人間の声だった。


「……へへへっ、そいつは聞き捨てならんなあ」


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