ネギ補佐生徒 第2話




 “何か”へと近づいているのは確かだった。
 けれど足は止められず、寮の外へと出る。空を見上げれば、二つの影が寮の屋根の上で戦っていた。

「だぁ、くそ! なんであんな所にいるんだよ!!」

 もう一度寮の中に入る。最上階の一つ下の階の非常階段に向かう。
 “何か”へ近づくのは確かに怖かった。だがそれでもあの二つの影を確かめたいと澤村は思ったのだ。
 ワクワクしていた。ないと思っていたものがあるかもしれない。童心に帰ったかのような気持ちが澤村の心を躍らせていた。
 もしかしたら、この“何か”はいいことなのかもしれない。恐怖は、知らないからというだけかもしれない。
 ここまで“何か”に近づいたのだから、逃げるなんて逆に卑怯ではないか。
 焦燥にも似た感情に襲われながらも目的地につく。
 手すりに足を乗せて、パイプや壁の凹凸を利用して寮の屋根の上へと辿り着いた。
 だが、走り続けたということ以外で高鳴っていた鼓動が一瞬にして静まった。
 澤村が先ほど見た光景が嘘のように、そこには誰もおらず何もなかったからだ。

「――――なっ」

 火照った体も一気に冷めた。
 辺りを見まわしても、誰もいない。冷めた体から何かが込み上げてくる。

「なんなんだよ、ちきしょーーーーー!!」





 狼の遠吠えのように吼えた澤村の頭上では、

「あいつ……私達に気がついたのか」

 エヴァンジェリンがそれを見つめていた。
 いくら月明かりで明るいとはいえ、ネギとエヴァンジェリンは、それなりの速度で空中で戦闘をしていた。
 高畑や他の生徒・教師らに気づかれぬよう、それなりの魔法をかけていた。
 なのになぜ澤村は、自分たちのことに気がついたのか。

「マスター、どうかされましたか」

 澤村の姿を凝視しているエヴァンジェリンを肩に乗せているロボ―――絡繰 茶々丸の無機質な声がエヴァンジェリンの耳に入ってくる。

「茶々丸。あの坊主、どう思う」

 エヴァンジェリンに顔を向けていた茶々丸は、澤村へと視線をむけた。

「身体能力は長けているようですが……詳しいことはわかりません」

 それなりのデータは茶々丸のメモリに入っている。だが、メモリにも限界がある。余程特別な生徒でなければデータには入れない。
 澤村は男子中等部であり、その中でも彼は普通の一般人であった。
 魔法も気を使う格闘術も陰陽道も知らない……そんな彼がなぜ、ネギの補佐として異端揃いの3−Aに来たのか。

「あのジジィ…何を考えている」

 頭上での会話は、未だ寮の屋根の上で地団駄踏む澤村には聞こえなかった。





  ネギ補佐生徒 第2話 魔法





「どうしたんだ? 澤村」

 朝練の最中、同じサッカー部員に聞かれた。
 昨晩の異様な光景を見て妙に高ぶってしまい、眠れなかったのだ。しかし、そんなこと言えばただの変人なので言わない。
 澤村は、朝練で流れた汗を肩で拭いながら、なんでもないと答えた。その返答にサッカー部員はニヤリと口元を緩める。

「お前純情そうだもんなー。女子寮行って興奮しちまったんだろ?」

 その言葉に思わず澤村はドリブルしていたボールを踏んでしまう。豪快にこけた澤村は、痛みに耐えながらも、

「そんなわけないだろ!」

 と叫んだ。
 そんな様子を亜子が首を傾げて見ていた。





 朝練が終わり、周囲の女子生徒から視線を浴びながらも3−Aの教室に入る。

「おはよ、澤村君」

 昨日、3−Aの中で一番初めに話した生徒、裕奈が元気よく澤村に挨拶する。
 澤村もおはようと返した。昨日のような緊張はもうない。昨日の一連の騒ぎで耐久性がついたらしい。
 鞄を置いて、席にでも着こうと腰を下ろそうとした澤村に、

「亜子の肉じゃがのご感想は?」

 裕奈がにやにやと顔を緩ませて聞いてきた。どんな意図があるかなんてすぐに澤村はわかったが、今はそれどころじゃない。それ以前の問題なのだ

 ――――― 一口も食べてなーい!!

 心の中で叫んでいた。結局あのまま食事もとらず、シャワーを浴びて寝てしまったのだ。朝食も適当にパンを買って食べてしまっている。

「亜子が心をこめて作った肉じゃがのご感想は〜?」

 そんな澤村をよそに裕奈は、顔を近づけて聞いてくる。
 澤村は迷った。どうする。食べていないと正直に言っていいのか?
 それとも嘘でもおいしかったよというべきか。いや、それ以前になぜ裕奈が亜子から肉じゃがを貰ったことを知っているのだろうか。いやいや、それよりもなぜ亜子が作ったということをそんなに引っ張るのだろうか。意図はわかる。わかるけど理由がわからない。何故?
 手を頭にもっていき、えーと、と澤村は言葉を濁す。

「まさか、食べてない……とか?」

 澤村は、ぎくりと心臓が動いた気がした。乾いた笑みしか浮かんでこない。
 それを肯定と見た裕奈は、盛大な溜息をついてみせた。

「澤村君、それはいくらなんでもひどいぞー?」

 冗談っぽく言ってはいたが、裕奈は明らかに批判の目を澤村に向けている。
 だが、食べるのを忘れた理由はきちんとあるので、澤村はすぐに昨日の寮についた後の話をした。
 満月を通りすぎた影のことは除いて。
 澤村の話を聞き終えると、裕奈はお疲れさんと気の毒そうに言った。鳴滝姉妹のイタズラは、彼女たちも知っている様だった。

「亜子が説明に来たの、すっかり忘れてたわ」

 澤村と裕奈は、二人して苦笑しあった。
 そんな二人の耳に、

「みんな、おはよー!」

 元気よく教室内に入ってきたネギの腕をがっしりと掴んでいるツインテールの女子の挨拶が入ってきた。
 ネギの後ろには学園長の孫、近衛木乃香の姿もある。

「おはよー」

 裕奈は、その3人に席から立ちあがって歩み寄って行く。
 彼女の背中を見送り、澤村は時計を見た。もうすぐチャイムが鳴る。ロボットにしか見えない女子は、ネギと話しているが、澤村の隣にいる金髪の幼女がいない。
 思わずほっとしてしまう。
 学園中にチャイムが鳴り響いた。





 授業中、ネギの様子に澤村は小首を傾げた。
 ぽーっとクラスの女子を見てみたり、哀愁を漂わせながら溜息をついたりとまるで悩んでいますと言っているかのようだった。
 英語の教科書を読む亜子の声をBGMに澤村はネギを観察する。ネギの補佐ということで、気になるところを紙に書き込んでいるのだ。
 例えば、黒板に字を書くときの踏み台が必要だとか(委員長であるあやかが既に用意していたが)子供が故に、生徒を注意しても逆効果な場合が多いなど……気がついたことをとにかく書き込んでいる。

 ネギの補佐生徒として、具体的な活動内容がないとなれば、自分が具体的に行動しなければならないのだ。
 それは、男子生徒たちによからぬ誤解を生まないためでもあったが、引き受けたからにはきちんとしようと思った澤村の生真面目さからでもあった。
 亜子が教科書を読み終えるが、ネギはそれに気がついていないようで、また溜息をついている。
 まただ、と澤村は頬杖をついてネギを見た。
 こうやって授業が止まるのは、5回目である。少しだけ苛立ちが表にでてきた澤村は、シャーペンでトントンと机をつつき始めた。

 硬い机をつつき始めてすぐに、その音は他の音とシンクロした。頬杖をやめて、辺りを見回す。
 左斜め前、レンズが少し大きめな眼鏡をかけている女子がこつこつと人差し指で机を突付いていた。
 きっと彼女も自分と同じ考えを持っているのだろうと、澤村はどこか安心してしまう。
  しばらく見ていると、眼鏡の女子の後ろに結っている長い髪が揺れた。視線が合う。澤村は、手の動きを止めてネギをちらりと見た後、 彼女に苦笑をしてみせ た。すると彼女は、憮然とした感じで澤村を見るとすぐに視線を前へと戻してしまう。机を突付くのもやめてしまっている。
 どうやら澤村がここにいることも彼女にとっては異常な現象だと思われているらしい。
 仕方ないか、と澤村は溜息をついた。

「せ、センセー。読み終わりました」
「えっ!? あ、はい、ご苦労様です。和泉さん」

 遠慮気味な亜子の声と慌てた様子のネギの声が澤村の耳に入る。ようやく再開か、と澤村はそちらに視線を向けた。
 だが、次の言葉を聞いたとき、澤村は己の耳を疑った。

「和泉さんは、ぱ……パートナーを選ぶとして、10歳の年下の男の子なんてイヤですよねー……」
「えええ!?」

 亜子の驚く声が教室内に響く中、澤村は、目の前の子供教師が何を考えているのかと訝しげな表情で見つめてしまう。
 それは、眼鏡の女子も同じだった。肩がぷるぷると震えていて、ネギを睨んでいる。
 澤村は、やっぱり彼女とは仲間だと勝手に思い込みながらも、その会話の成り行きを見ていた。

「そ、そんなややわ急に……。う、ウチ困ります。まだ中3になったばっかやし……」

 耳まで真っ赤にしてあたふたと返答する亜子。突拍子もないネギからの思わぬ質問にどう対応すればいいのかわからないでいる。
 そんな亜子を澤村は、なんで子供相手にまじな反応をするのだろうと、溜息をつきながらまた頬杖をついた。
 挙句の果てには。

「で、でも、あのその……今は特にその……そういう特定の男子はいないっていうか……フラれました!」

 そこまで言うか、と頬杖をついた手で目を覆った。澤村は、見ているだけなのに自分の方が恥ずかしくなってきたのを感じてくる。
 そんな感情の裏で澤村は、亜子が先輩のことに関して口にできることに驚いていた。

 澤村から見たフラれた後の亜子は、先輩のことなど口にできないのではないかと思わせるほど凹んでいた。それなりに彼女も成長しているのだろうと、澤村は目を細める。
 それよりも、ネギはなぜパートナーなんて単語をだしたのだろうと澤村はもう一度ネギに視線を戻す。
 後ろの髪をアップにしている女子にからかわれているようで、あたふたしていた。
 どこか悩んでいる様子に見える。ネギの補佐する生徒である澤村に、仕事が課せられたようだ。
 結局授業はあまり進まず、ふらふらと歩きドアに頭ぶつけながらも教室から去っていくネギにツインテールの女子が追いかける。その様子は、ネギの保護者といった感じだった。
 それを見た澤村は、慌てて教室から出る。

「ネギ先生!」

 まだ少し抵抗のある単語だが、澤村はネギを引きとめるために少し大きめな声で言った。
 それなりに大きい声で言ったはずなのだが、ネギはそれに気がつかない。気がついたのは、ネギの後を追った女子だった。

「ちょっと、ネギ! 呼んでるわよ!」

 彼女の声も聞こえなかったのか、ネギはふらふらと去っていってしまう。
 ツインテールの女子は、まったく、と両手を腰にあてて溜息をついた。

「ごめんね」

 澤村と目があうと、女子はそう言って苦笑した。澤村も苦笑して首を横に振った。

「いいよ。一応ネギ先生の補佐としてこっちに来てるから、話を聞こうと思っただけ。えっと……」

 途中まで名前が出ているのだが、はっきりと出てこない。澤村は、頭ではなく首をかきながら乾いた笑みを浮かべて、

「ごめん。名前、なんだっけ?」

 と言った。ツインテールの女子は、気にした風もなく答えてくれる。

「神楽坂明日菜。一応アイツの保護者」

 保護者、という単語に澤村は首を傾げる。その様子に明日菜は第一印象とは違うなと思った。
 初めは目が鋭く、仏頂面でなんだか昔の自分のようだと思ったが、さっきまで澤村の一連の動作と表情を見て、それは吹き飛んだ。

「私の部屋に居候してんのよ」

 だから一応保護者、と明日菜が言うと澤村は納得した様子で小刻みに頷いた。
 だがすぐにそれは止まり、目を上へと泳がせた。自分の部屋は、ネギの部屋と隣と昨夜まき絵から聞いている。つまりは、

「俺の隣の部屋なんだ、神楽坂さん」

 澤村の鋭い目がまん丸になっていた。思わず自分の言葉に頷く明日菜の顔を凝視してしまう。すると、あることに気がついた。
 急に目を細めた澤村に、明日菜はきょとりとする。

「私の顔に何かついてる?」

 澤村は、無言で首を横に振る。

「いや……神楽坂さんって、オッドアイなんだ」

 右目が緑、左目が青。珍しい組み合わせでもあった。二つの瞳はとても綺麗で澄んでいる。
 じぃと見つめていると、チリンと鈴の音が聞こえてきた。そして明日菜の笑い声。

「え、あ……え?」

 明日菜の反応に思わず澤村は、一歩後退して彼女を見てしまう。明日菜の笑いのツボにはまることをした覚えがない。
 澤村にごめんごめんと笑いつつ、明日菜は言う。

「なんか、澤村君がネギに似ててね」
「いや、勘弁してくれ」

 考えるよりも口が先にでてしまう。子供苦手であり、さっきの苛立ちもあるから仕方がないが、それでも人から15歳である自分が10歳の子供と似ているといわれるのは嫌だ。
 そんな気持ちが滲みでていた。
 澤村の反応で察したのか、明日菜はごめん、と真面目に謝った。

「澤村君も大変ね。子供あんまり好きじゃないのに補佐だなんて」

 まぁね、と苦笑した。
 その澤村の様子に明日菜は、首を傾げる。それなのに嫌なのになぜ補佐なんて引き受けたのだろう。
 明日菜が教室まで一緒に行こうと指で合図してきたので澤村はそれに頷いて、二人で歩き始めながらも会話は進む。

「本当は断ろうとしたんだ。けど、学園長にね」

 扉が開いたままの教室の出入り口をくぐり、教室内に入る。
 クラスメート達は、きゃっきゃっ騒いでいたが、二人は特に気にせずに教室の後ろ―――つまり澤村の席へといった。
 エヴァンジェリンが休みなので、明日菜はそこに座る。

「学園長に? なんで」
「どうしてもって頼まれたんだ」

 それだけだろうか、と明日菜は澤村を見ている。それを察した澤村は、頭をかいて言いづらそうに言う。
 この話題をだすと、ほとんどの人は気まずそうにするからだ。だからあまり口にしていない。
 今知っているのはルーメイトやサッカー部の数人くらいだろう。亜子だって自分の境遇を知っていない。

「学費とか生活費、出してもらっちゃってるからさ。はっきり嫌とはいえなかったんだ」

 澤村の思ったとおり、明日菜は目を見開いて驚いていた。直球で両親がいないことを言わなかったが、学費と生活費の援助を受けているということで察しがついたのだろう。
 しかし、澤村の予想とは違う言葉が明日菜の口から出る。

「私も学費とかみてもらってるのよ。新聞配達して、ゆっくりでもいいから返そうと思ってるの」

 それを聞いた澤村は、明日菜をまじまじと見てしまう。いつもの自分とはまったく逆の立場だった。しかも彼女は今の時期からバイトをして学費などを返している。勉強で大変なのに早朝に行われる新聞配達をやっているなんて……。尊敬の色を含んだ瞳で彼女を見てしまう。

「その反応から見ると、澤村君はバイトしてないのね」
「今のうちにやりたいことやっとこうと思ってさ。中学卒業したら、就職する気ではいるけど、それまではサッカーやりたいから。卒業したらサッカーは完璧にやめるつもり」

 明日菜も明日菜で、澤村が眩しく見えた。エスカレーター式でそれなりに学生として楽ができるのに、あえて苦しい方に身を投じるなんて。しかもやりたいことがあるのに、それを中学を卒業したら捨てる覚悟がある。

  「すごいわね」
  「そっちこそ」

 二人して微笑み合う。

 ――――似た境遇。

 それが互いの親近感を与え、二人は親しくなれたのだ。





「―――以上です」
「ご苦労じゃったのう」

 フォフォと相変わらずの笑い声。
 澤村は、念のために報告にいったのだ。今日の授業のこともだ。個人的に腹が立ったというのもあるが。

「わざわざ報告にまで来てもらって……いやいや、澤村君を選んで正解じゃったよ」

 はぁ、となんと答えていいのかわからず、澤村は曖昧な返事をした。
 だが澤村が報告に来たのは、これ以外にもあった。

「学園長、つかぬことをお聞きしますが、よろしいでしょうか」

 なんじゃ、と長い眉の下からのぞかせた瞳を澤村に向ける。澤村は、笑い飛ばされるのを覚悟で言う。
 もし違ったら、冗談ですと言い逃れよう。

「……昨夜、棒のようなものに跨った人らしき影と大きなこうもりのようなものを見たのですが」
「――――ほう」

 それは短い返事だった。その返事で一瞬にして学園長室の空気が一変した。
 学園長は、笑い飛ばすでもなく軽蔑的な目を向けるでもない。それは、肯定のサインだった。
 “何か”が目の前にあった。

「意外に早かったのう。もう少し、遅いかと思ったんじゃが」

 椅子をくるりと回して、学園長は澤村に背を向けた。
 澤村は、その背をまっすぐ見据え、確認するかのように言った。
 “何か”は―――――

「――――――“魔法”ですか」

 頭の中に浮かんできた、ファンタジーな単語。
 そんな単語が浮かんだことに驚きを感じてはいたが、今はそれを考えている余裕がなかった。
 ぎしり、と学園長が座る椅子が音をたてる。
 澤村の喉は妙に乾いていた。心臓もバクバクと音を立てていて、澤村の頭でそれは響いている。

「そうじゃ。そして君も魔法使いの資質を持っておる」

 学園長の言葉が、澤村の言葉を貫いた。
 全身の毛が立つのを感じる。身体が熱い。そんな澤村をよそに学園長は静かに言う。

「あのクラスメート達に囲まれることで、君の魔法使いとしての能力が覚醒すると思ったんじゃよ」
「なぜ!!」

 バン! 音をたてて澤村の両手が学園長の机を叩いた。

「なぜ、遠回しなことをしたんですか!?」

 そう。学園長が直接言ってしまってもよかったはずなのだ。こんなまどろっこしいことなどしてなんの利点があるのか。学園長のやり方に澤村はどうしても納得がいかなかったし、癪だった。

「今時、『君は、魔法使いだ』といっても信じるものなど少ないじゃろうが」
「そんな浅い理由だけではないでしょ。俺がどういう性格なのか、6年もの付き合いでわかるはずです」

 あなたなら尚更だ、と背を向けたままでいる学園長を睨んだ。
 澤村の言っていることは事実だ。学園長は、澤村のことをよく知っている。どんな性格なのか、どう行動するのか。

「だから、じゃよ」

 学園長の顔が澤村の視界に入る。真剣な表情。
 その表情に、澤村は乾いたままの喉で声を絞り出した。

「あなたも、魔法使い……ですか」

 学園長の後ろ頭が少し動いた。澤村の言葉に頷いている。

「そして、君の両親も魔法使いじゃった」

 学園長の机を叩いた手をゆっくりと離す。

「君が見たのはおそらく、魔法使い同士の戦いじゃろう。それが見えたのは、魔法使いとしての資質があったからじゃ」

 射抜くような学園長の眼差しに、澤村は一歩足をひいた。

「それも見極めたかったのじゃよ。君は、魔法を本能的に自分から遠ざけ、魔法をどこかで拒絶しておった。君自身が魔法を知りたいと、興味を持つ必要があったんじゃよ」

 まるで心の中を見透かされている様で、自分の気がついていない奥底のものまでもが読まれているように澤村は思えた。

「君の性格なら、わしの頼みを断れんじゃろうと思うての」

 髭を撫でながらフォフォと笑う学園長に澤村は、苛立ちを感じていた。
 自分は学園長の手の平で転がされたような者だったのだから仕方がない。

「魔法使い同士の戦闘をみて、ワクワクしたじゃろ?」

 思ったとおりじゃ、とまた笑う学園長の言葉にしぶしぶ頷くが、ワクワクしたのは自分が当事者ではないからだ。
 自分は、魔法使いなんてなる気はない。ただ、“魔法”という物があることだけに心を躍らせただけだ。

「じゃあ、なんであのクラスなんですか? 女子中等部の3−Aになぜ?」

 学園長自身が魔法使いなら他にもいろいろなやり方があったはずだ。クラスだって別のところでもいい。

「君が見た魔法使い同士の戦いは、ネギ君とエヴァじゃろう。あの二人は強大な魔力をもっておる」

 わしよりもある、と言う学園長の言葉に澤村は、エヴァンジェリンに関してだけは納得してしまった。
 エヴァンジェリンのあのオーラは普通ではない。今の学園長とどこか似通ったものもある。魔法使いといわれて、納得してしまう。
 だが、ネギはそうは見えなかった。
 魔法使いだということに納得がいかない。
 エヴァンジェリンのようにピリピリとしたオーラがないからだ。

「ネギ先生が……?」
「彼は、サウザンドマスターという偉大な魔法使いの息子じゃ。エヴァも……君に隠す必要ないから言っておくが、吸血鬼の真祖でのう。そんな二人のいるクラスにおれば、必然的に目覚めると思うての」

 もしかしたら、コレに近づいてはいけない、近づいたら後戻りできないという予感は、自分が魔法使いの素質があるということに直感的に感じていたからだろうか。
 そして、それを知ってしまったら魔法使い……魔法の世界に引きずりこまれるという恐怖感。
 なぜ、恐怖を感じる?
 いつもの自分なら、そういうのには首をつっこんでいくじゃないか!
 ぐるぐると思考が回る澤村の頭に学園長の声が響く。

「東の長であるわしとしては、魔法使いとなって関東魔術協会の手助けをしてもら――――」
「―――俺は!!」

 学園長の言葉を遮る澤村の声が学園長室に轟いた。

「俺は、男子中等部の澤村翔騎です! 魔法使いでもなんでもない、ただの学生です!! だから……っ!」

 ――――だから、何も変わらない。今までの生活は壊れない。平和で穏やかな生活がずっと続くんだ。
 自分の胸に手をあて、まるで確認するかのように澤村は声を張り上げた。

「……そうか」

 女子中等部に通わさせた時とは違って、学園長はすぐに身を退いた。
 澤村の恐怖に歪んだ顔が強い拒絶がでていたから。

「じゃがな、君のように強大な魔力をもっとる者は、狙われやすい。できるかぎり守るつもりじゃが……保証はできんぞ」
「自力で切り抜けてみせます。逃げるだけなら、俺にだってできます」

 逃げるだけなら、きっとできるという自信。そして、自分が魔法使いではないかぎり、そんなことに巻き込まれないという自信があった。
 自分は、まだ無関係なのだと。
 あえて学園長は無理だという指摘をしなかった。きっと身をもって知ると思ったからだ。

「もう俺があのクラスにいる必要はないでしょう?俺を男子中等部に戻してください」

  魔法使いがいることは、確かに面白い。それでも嫌だった。魔法使いが近くにいることで、自分も魔法使いにならなければいけないように感じたから。早くあの 女子中等部――――特にネギとエヴァンジェリンから離れたかった。感情だけで先走った澤村の言葉に、学園長はなだめるような口調で言う。

「せめて後1週間くらいは、待ってもらえんか。周りの生徒の反応もあるじゃろうし」

 元はと言えば学園長のせいなのだが、彼の言うことは確かに正しい。澤村は素直に頷いた。
 まだ情報が混雑している頭で澤村は学園長に別れを告げて去っていく。
 どこか不機嫌さが覗える澤村の背中を見送ると学園長は呟いた。

「ただの学生、か……君の両親は、ただの魔法使いじゃったのにのう……」

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