ネギ補佐生徒 第7話




「京都ぉーーっ!!」

 桜子の声が、京都の空に轟く。

「これが噂の飛び降りるアレ!」

 拳を握りしめて言った裕奈の声に掻き消されながらも澤村のポケットに入っていた携帯の音が聞こえてきた。
 こんな時間に誰だろうか。
 音の理由がメールだと確認した後、折りたたみ式の携帯をぱかりと開いてメールを開いた。


  そっちは女子に囲まれてもう京都についた頃か?
  俺達は、今から飛行機に乗り込むぜ!
  お土産話聞かせろよ〜? あ、お土産も忘れるなよ、生八橋。中身はチョコ。あんこは俺無理。
  俺もハワイの砂、とってきてやるからな!
  それじゃ、ハワイだからメールできないけど、寂しがるなよー!
  あ、女子がいるから大丈夫か。それじゃ!


 文面を見て、澤村は眉間に皺を寄せた。人の気もしらないで……。
 元ルームメイトからきたメールに少なからず怒りを感じながらも、添付されているファイルに気が付く。
 嫌な予感がするが、気になるため開いてみる。すると、

「あのやろぉ……」

 最大限に怒りを押さえ込んで出た、震えた声が口から漏れる。
 空港ではっちゃけてますと言わんばかりの元クラスメイト達が写っている画像。わざわざ撮ったらしい。
 自分の嫌味のために画像を送るくらいなら、後ろに写る怒った担任のためにさっさとゲートを潜ってしまえ。お土産など買ってやるものか。ハワイの砂などいらない。甲子園球場とは違う。
 黄色い声が飛び交う清水寺。
 空を見上げれば、さきほどの桜子の声が吹き飛ばしたのかと疑ってしまうほど、雲が自分たちの所にだけなかった。

 ―――――こんにちわ、京都。そして沈め、ハワイ。

 清水寺から見上げる空は、澤村が想像していたハワイの海の色と、とても似ていて悲しかった。





  ネギ補佐生徒 第7話 露天風呂での遭遇率は50%





「いくら景色が綺麗でも、ハワイがよかった……」

 諦めがついたとは思っていたが、先ほどの元ルームメイトの嫌味に近いメールと画像でハワイへの未練がふつふつと湧き上がってきた。
 柵に上半身を預けてぼーっと京都の景色を見つめる。なんだか急にやる気がなくなってきた。
 ネギにそう言えば、彼は慌てた様子で澤村の気分を盛り上がらせようとするだろう。そんな空想がすぐにでてくる。
 ……少しだけおかしかった。

「ホラ、ネギ君、行こ行こーーー!」

 まき絵の声に澤村はゆっくりとした動作で振りかえった。ネギがまき絵に背中を押されている姿が見える。
 ああ、ネギの手伝いしないといけないんだ。
 そう思い、溜息をつき、澤村はネギを中心にして歩き出した団体を追いかけた。
 えんむすびの神、良縁祈願、等といった文字に、澤村はついつい亜子に視線を向けてしまう。
 楽しそうにアキラと何か話している。
 なんだか随分と彼女とは違う世界に踏み入れてしまったな、と実感する。一番このクラスで身近だった亜子が今ではなんだか遠くにいるように思えた。魔法とか、そんなこととはきっと無縁のはずだ。
 クラスメイトと話したり、マネージャーとして部室内を走り回ったりする亜子の姿は、本当に普通の女子中学生の姿だ。
 彼女を誉めるサッカー部員は多い。同時に、彼女に好意をよせるサッカー部員も。
 そこまで考えて、先輩にフラれた彼女に新しい相手はできたのだろうかとふと思った。もしできたのなら、応援してあげたい。
 音羽の滝へと向かう亜子に誰との縁を期待しているのか気になりつつ、澤村は足を前へと出すのだった。





 亜子は初め、澤村のことを怖い男子と思っていた。
 鋭い目つきに日本人とは違う、少し彫りの深い顔立ちと群青の瞳。唯一日本人っぽいと思わせることのできる茶髪ときちんとした発音の日本語に黄色人種特有の肌の色。
 ただ……怖いと思うのは、本当に初めの時だけで。
 練習中、タオルを渡せば、ありがとうとニカリと笑って受け取ってくれるし、ボールを追いかけている澤村の姿は、とても輝いていてサッカー部員の中で一番と言っていいほど、真剣に取り組んでいた。
 それを見てからは、サッカーの話をするくらいの仲にはなっていたが、特別仲がいいというほどではなかった。たぶん、サッカー部の中では、一番会話をしない人物だ。サッカー以外の雑談など、したことがなかった。
 そんな彼が、

「手伝う」

 と一言零して、洗濯を終えたユニフォームをたたみはじめたのだ。
 亜子は、自分の横に座って卒業してしまった大好きな先輩が着ていたユニフォームをたたみ初めた澤村を見る。意外にも、その手付きはかなり慣れたものだった。
 鋭い目は自分を見ることはない。ただただユニフォームをたたむだけ。
 正直戸惑った。
 いつもいつも、自分に気を遣ってくる澤村に戸惑った。戸惑った様子は、表に出てしまって、彼を避けているような態度になってしまったかもしれない。
 それでも彼は亜子を気遣う。
 それは今も変わらないようで、えんむすびの神、良縁祈願、等の文字を見て自分を見てくる澤村を、彼に見つからないようにちらりと見た。
 相変わらず鋭い目。よほどハワイに行きたかったのだろう。なんだかムスっとした表情が子供っぽくておもしろい。
 くすり、笑いを一つ漏らすと、亜子は歩き始めた。
 だが、アキラと音羽の滝へと階段を踏みこんだ彼女に、

「縁結び、なんて祈るんだ?」

 後ろから澤村の声がかかる。いつのまに傍にきたのだろうか。がばりと振り返えると、亜子をきょとんした表情で見下ろす澤村の顔があった。アキラも亜子に不思議そうな視線を向けている。
  因みにアキラは、亜子から澤村のことを聞いており、彼が影ながら亜子を支えてくれたことをよく知っていた。なので彼のこの言葉が亜子に気の利かない言葉を かけているのではなく、彼女が立ち直ったことへの賛辞と次の恋へと一歩踏み出そうとしている応援の言葉だとアキラは思ったのだろう。先に行ってるね、と亜 子に一言を言うと、返事を待たずにその場を去っていってしまった。
 亜子は未だに驚きの表情を澤村に向けている。
 さっき澤村を見た時は結構離れていたので、まさかこんな近くにいるとは思わなかったのだ。

「どうかした?」

 本当に不思議そうに聞いて来る澤村に、慌ててなんでもないと亜子は返す。

 あなたとの馴れ初めを思い出していました。

 なんて仮令好きだった先輩に頼まれようが、お金を出されようが、恥ずかしくて言えるわけがない。
 言った途端、きっと清水の舞台から飛び降りるに決まっている。
 顔が熱い。確かめなくてもきっと自分の顔は真っ赤だ。澤村の事を別に恋愛感情としてみているわけではないのだが、友達に改めて友達として好きだよ、などと言ってしまった気分だ。
 顔が風呂でのぼせたかのように真っ赤になっている亜子を澤村は眉間に皺を寄せて見る。
 そんな彼に、亜子はもう一度なんでもないと言うことしかできなかった。





 自分の見当違いなのか、それとも質問がストレート過ぎたのだろうか。なんてことを思う。
 澤村は、頬を染めるとは言えないほど真っ赤になった亜子にそっか、と軽く返事をして彼女から離れた。
 その瞬間、

「キャーーッ!?」
「な、何、またカエルーーー!?」

 カエルという単語に、澤村は甲高い声が聞こえてきた方を見た。新幹線での出来事から、もしかしたら関西呪術協会がまた妨害を謀ったのかもしれない。
 見れば、穴に落ちたまき絵とあやかを引き上げるネギと明日菜の姿。

「ネギ先生」

 まき絵を引き上げるネギの手伝いをしながらも、澤村は真剣な表情でネギを見ることで、彼に意見を求めた。
 頷くネギ。澤村と同じ考えだったようだ。
 関西呪術協会が絡んでいる。
 何をしていたのかは詳しく知らないが、この穴は明らかに人間が掘った物だ。自然にこうなったとは考えにくい。その証拠に綺麗に四角く穴があいている。

 ――――――チャンスさえあれば、ネギの持つ親書を狙うつもりなんだ。

 気が付けば、引き上げられたまき絵とあやかに明日菜が何か言ってるのをよそに、ネギは後ろを振り返っていた。彼の視線を追いかけた先には、

「……桜咲さん」

 澤村の零した言葉に、ネギは、さっきもこちらを見ていましたと答えた。

「やっぱり怪しいぜ、兄貴、旦那」

 気になったのだが、なぜこのエロガモは自分のことを旦那というのだろうか。
 旦那、なんてまるで年寄りみたいでいい気分がしない。ちょっと頭にきたので澤村は指でカモの鼻をぐいぐいと押しやる。

「な、何すんですか、旦那!」

 別に自分は悪いことしていない。そう言いたいのだろう。

「押し心地が良さそうだったから」

 ネギの肩の上でキーキーいうカモを軽く流す。ネギはそんな二人など気にもとめず、何やら考え込んでいる様子だった。

「はいはい。気を取り直して、音羽の滝行こーよ」

 明日菜の言葉に、澤村は考え込んでいるネギを気にしつつも音羽の滝、三筋の水へと寄っていく。
 縁結びには興味ないが、とりあえず健康にはなっておきたい。
 ……身に危険がふりかかる機会が多そうだし。
 と、中央の水に近寄ったとき、違和感を感じた。理科の実験の時や保健室行った時に似たような臭いを嗅いだことがある。
 隣を見れば、頬を火照らせている女子中学生の集団が。
 思わず持っていた柄杓を落としてしまう。
 カランと音を立てて地面に落ちていく柄杓。
 倒れていく女子中学生の集団。

「え、え、え?」

 混乱。もしかして自分が柄杓を落としたせいで彼女たちは倒れたのだろうか。
 辺りを見回す。縁むすびの水を飲もうとしなかったクラスメートたちは、澤村のせいだとは思っていないらしく、倒れた集団を呆れた表情で見たり、笑いながら見たり、引き攣った表情で見たりと人それぞれであった。
 とりあえず自分のせいではないとわかって澤村は一安心する。
 そのおかげか混乱していた頭もようやく冷静さを取り戻した。倒れたクラスメートは皆、三筋の水を飲んだ。それも縁むすびの。
 学業と健康を飲んだ他の観光客に変化は見受けられない。
 視界には縁むすびと言われている滝。それを柄杓で汲んで、飲む前に鼻を近づけてみる。
 匂いですぐに水の正体がわかった。

「これ……お酒じゃないか」

 つまり彼女たちはこれで酔い潰れたのだ。一体どのくらいの量を飲んだのだろう。呆れた顔で澤村は彼女達を見た。
 でもおかしい。ここの滝にお酒が流れるはずがない。あまり好ましい行動ではないが、岩の壁をつたって三筋の滝の屋根を見る。丁度ネギも同じ事を考えていたらしく、彼は屋根の上にぴょんと飛び上がってきていた。
 慣れたとはいえ、やはりこういうことを当たり前のようにされると、戸惑ってしまう。それにそんなひょいひょいと普通の人ではやらないようなことをやらないでほしい。魔法がばれてしまったからと慌てるネギの姿は、子供らしいと言えばそうなのだが、正直見苦しい。
 心の中でネギを非難しつつも、彼にこう言う。

「ネギ先生、やっぱりこれも……」
「はい。関西呪術協会の妨害、だと思います」

 妨害にしては、少し可愛げがあるな、などと思ってしまうのは自分だけだろうか。
 そんなことを思いながらも、新田と瀬流彦……つまりネギ以外の教師が視界に入ってきたので、慌ててネギにそれを知らせながらも岩の壁から降りる。
 お酒がどばどばと流れ、下に溜まってきたせいか周辺は酒臭かった。
 匂いに顔を顰めながらも、酒を飲まなかったクラスメイトたちの集団から刹那の姿を探した。
 クラスメイトの中に彼女の姿はない。
 もしかして彼女が……?
 それにしてはずいぶんと可愛い妨害をするものだ。結構真面目そうに見えるのに。

「あのさ……桜咲さん、知らない?」

 最前列にいた、自分と同じ価値観を持つと思われる女子―――長谷川千雨に澤村は問う。
 千雨は、なんだか嫌そうな表情をした。澤村は、少し気落ちする。

「知らねぇよ」

 眼鏡の奥にある目は、少し吊目だった。それを見たとき、きつい性格もしれないと思ったのだが、それは見事に的中したようだ。こういうのをツンデレというのだろうか。でも、あの大きな眼鏡をとれば綺麗な顔をしているかもしれない、と思いつつも彼女にありがとうと礼を言う。
 いくら探しても刹那はみつからない。明日菜とネギたちが酔いつぶれた生徒達を運んでいるのをよそに澤村は彼女を探す。どうせすぐにバスに乗って帰らなければならないのだから知らせねばいけない。

「まさかネギ先生みたいに屋根の上に……」

 なんて冗談で周辺の屋根を見渡すと、

「あ」

 いた。ネギの様子をじっと見ている刹那が。
 ……こう揃いも揃って大胆な行動をされると、一般である自分はどう対応すればいいのかさっぱりだ。

「澤村さーん! 手伝ってもらえますかー?」

 そうネギに言われるまで、刹那を間抜けな表情で澤村は見つめていた。





 ホテル嵐山で人気のないところについて、カモの第一声は、

「やっぱりあの刹那って奴の仕業に違いねぇよ、兄貴!!」

 だった。
 そんなカモの言葉に、ネギは唸る。怪しいと思う反面、生徒を疑うなんてことをしたくないのだろう。
 澤村は、疑念はあるものの、カモのように完璧に彼女がスパイだと思ってはいない。情報がなさすぎるのだ。
 そんなことをしていると、明日菜が二人に歩み寄ってきた。酔いつぶれた子は、部屋で休んでいるという言い訳を教師たちに伝えたらしい。
 そして、

「一体、何があったっていうのよ」

 そうネギ達に聞いてきた。確かにこんなことが起こるなんて、ネギ―――魔法が関わっているとみるだろう。
 渋るネギにカモが言っちまえよと急かし、しぶしぶとネギは明日菜に事を説明した。

「えーーーっ!? 私達3ーAが変な関西の魔法団体に狙われてる!?」
「ああ、関西呪術協会っていうらしい」

 澤村の言葉を聞きつつも、どうりで、と納得がいったような様子で、明日菜は腕を組む。

「また魔法の厄介ごとかー……」
「すみません、アスナさん」

 ネギも少なからず一般の人間を巻き込んでしまったことに負い目があるらしく、すまなそうに明日菜に言う。
 だが、明日菜は、仕方ないっといった表情をしながらもこう言った。

「ふふっ……どーせまた助けて欲しいって言うんでしょ? いいよ。ちょっとなら力貸したげるから」

 少しだけ笑っている明日菜。
 心の底から明日菜はすごい、と澤村は思う。危険なのに、こうやってネギに力をかすのだから。
 自分は逃げ回ったり怖がったりで関わりたくないと思っていたのだが、彼女は快くネギの申し出にイエスという。

「あ〜〜〜っ見て見て!!」

 そんなことを思っていたら、いつのまにか会話が進んでいたらしく、気が付けば、ネギは名簿を指差しながら叫んでいた。
 カモがネギから名簿を受け取り、見ていたので澤村も覗き見る。
 そこには、桜咲刹那という名の下に、京都、神鳴流という手書きの文字が。実家が京都と言っていたのは、やはり本当だったらしい。
 ……にしてもこの文字は誰が書いたのだろうか。ネギが書いたにしては、ずいぶんと大人な字である。

「ネギ先生、このメモは誰が?」

 顔を上げてそう聞くと、意外な名が出てきた。

「タカミチ……高畑先生です」
「高畑先生って、ネギ先生のことは……」
「知ってます。高畑先生とお父さんは、知り合いなんですよ」

 にこにことそういったネギに澤村は顎に手を添えて思考を巡らせる。
 高畑がネギを魔法使いだと知っていて、しかも彼の父親とも知り合いときた。つまり、魔法と繋がりがある。
 ということは、関西呪術協会のことも知っているはずだ。それに、学園長だってそれについてはきちんと知っている。
 しかし、二人は刹那が京都出身ということを知っているのだから、注意してみているはず。スパイ、というにしては、些か情報が漏れ過ぎではないだろうか。
 このクラスには、学園長の孫である木乃香もいる。それなのに刹那はこのクラスにいる。
 おかしい。そこまで学園長たちが無防備なはずがない。
 カモが何か騒いでいるがあえて無視する。今は考えることに集中だ。
 だがそれもすぐに阻まれた。

「ネギ先生―――教員は早めにお風呂を済ましてくださいな。澤村君もネギ先生と一緒に入ってね」

 しずなの言葉に慌てるネギの代わりに明日菜と二人で返事をする。
 去っていくしずなを確認してから明日菜はほっと息をついた。

「5班もすぐお風呂だし、続きは夜の自由時間に聞くよ。OK?」

 明日菜の言葉にネギ、カモ、澤村はそれぞれ返事をしつつ、彼女と別れた。





「露天風呂って僕はじめてなんですよー。楽しみだなぁ」

 切り替えが早い。まったくこの子供先生ときたら。
 ジト目で思わず澤村はネギを見てしまう。ネギは首を傾げるだけだ。

「あ、ここですよ」

 見上げれば男湯とかかれたのれんが視界に入ってくる。

「あれ?」

 ここは混浴の場所ではなかっただろうか。
 ホテルについたとき、きちんと男湯“だけ”の場所を確認した時は、別の場所だったはずだ。ネギに確認をとろうと横を向いたが、

「……おいおい」

 いなかった。ごそごそと音がするのは、きっとネギがもう服を脱ぎはじめたのだろう。

 ―――――やっぱり、子供は苦手だ。

 そんなことを思いながらもネギを追った。

 ……後に澤村は、ネギをとことん恨むこととなる。

 服を脱ぎ、いざ露天風呂へと足を運ぶ。
 二人して露天風呂の広さや外装にはしゃぎ、体を洗う。
 その時ネギが頭を洗っていないことに多少首を傾げたが、今日は洗わないだけかもしれないと体についた泡と共に適当に流す。

「いい湯ですね」

 湯に浸かったネギの第一声はそれだった。
 ハワイにはさすがにこれはない。澤村は少しだけ救われた気持ちになる。

「風も流れてて気持ちがいいですね」

 ネギも初めての露天風呂に、くつろぎモードだ。

「おうよ、これで桜咲刹那の件が無ければなー」

 猪口を片手にカモもネギと同じ様子。

「あいつ、いつも木刀みたいなの持ってるし、魔法使いの兄貴じゃ、呪文唱える前に負けちまうよ」
「う〜〜〜ん。魔法使いに剣士は天敵だよ」

 彼女が持っているのは木刀ではない。二人の会話に、澤村はあれは本物の刀だが、スパイの可能性は低いと言おうとしたが――――カラカラという扉が開く音が聞こえてきたため、会話は中断される。
 しかも、入ってきたのは……

「ななななんで!? 入り口は男女別なのに中は同じー!?」

 刹那だった。一緒に岩陰に隠れて小声でいってくるネギに、澤村はやはり止めるべきだったと後悔した。
 パシャリという水の音が響く。ネギとカモが岩の陰から顔を覗かせて刹那を見ていた。

 ―――――このエロガキはっ!!

 歯をくいしばり、親の仇といわんばかりにネギを睨み付けた。因みに澤村はきちんと岩を背にして身を隠すだけで、刹那の裸など断じて覗き見ていない。神に誓ってもいい。

 こいつ、利口そうな顔して本当ただのませたエロガキなのでは?

 ついそう思ってしまう。
 澤村の睨みが効いたの効かなかったのかはわからないが、ネギはハッと身体をびくつかせ、

「澤村さん、距離をとりましょう」

 と言って、別の岩陰へと隠れた。今度の岩はこの露天風呂内では一番大きく、姿を隠すのには丁度いい。
 ネギはいつのまにか小さな杖を取り出していて、いざという時に備えている。
 澤村も、手に持っているタオルを思わずぎゅっと握り締めてしまう。緊張している。刹那がスパイだとはもうほとんど思っていないのだが、ネギの緊張が移ってしまったらしく、頭がうまく回らない。

「困ったな……魔法使いであるネギ先生なら、なんとかしてくれると思ったんだがな……」

 そんな呟きが露天風呂に響いた。
 やっぱり彼女は、敵じゃない。そう澤村は思ったのだが、ネギはそうは思わなかったらしい。
 杖を握り締める手が、緊張からではなく敵意から握り締められる。
 そして、刹那がそれに気付かないはずがなかった。

「殺気?」

 小さな呟きが聞こえたかと思った途端、何か割れる音が聞こえた。それと同時に露天風呂から光が消え失せる。

「誰だっ!?」

 間もおかず響く刹那の声に澤村は、自分の名を出そうとしたのだが……

  ザバッ

 刹那を敵だと思っているネギは、見つかったという焦りから動いてしまう。刹那に敵だと勘違いされたまま、こちらの場所が完璧にばれてしまった。
 澤村が何か思う暇もなく、首元にぞくり、悪感が走った。本能的に身体を湯船に沈める。ネギの頭を下げさせるのも忘れない。
 音は無かった。
 有ったのは、頭のてっぺんに感じる、空気を切る風と目の前を舞う、ネギの髪……だったもの。
 本能が、命の危険を知らせている。

「マス・テル・マ・スキル・マギステル……!」

 ネギの詠唱が聞こえてきたとか、刹那が裸だということとか、そんなことに気を囚われずに、振り返る。
 大きな岩が真っ二つになっていた。切り口もすっぱりと綺麗だ。

「風花・武装解除!!」

 大きな風と共に、湯船の水が飛沫をあげた。
 澤村たちに詰め寄ってくる刹那の刀が風に乗って吹き飛んだ。だが、刹那の動きは止まらない。

 ―――――来る!

 彼女は今、対峙している人物が澤村とネギだと気が付いていない。止めなければ、命がない!
 ソフトボールの投げ方を見よう見真似で再現する。湯船にタオルを持った手を通して、刹那にそれを投げつけた。
 しかし相手はプロ。意図も簡単にタオルを掴み取られた。しかも濡れたタオルは武器になる。相手に
 武器を渡したようなものだった。
 ネギの口元から首にかけて巻き付く濡れタオル。きっと詠唱をされないための対処だ。

「むぐ!?」

 ネギに巻き付けているタオルの端を持った拳が、澤村の喉元に触れるのと同時に、

「ぐっ……」

 急所である、澤村の股間にもう片方の手が伸びた。
 そして、

「――――何者だ。答えねば捻り潰すぞ」

 凛とした声。刹那のタオルを持っているため近くにある顔は、鋭く、冷たいものだった。
 ぐん、と力が込められる。澤村は顔を顰めた。
 人間の急所というものは、中心を縦一直線にひいたライン上にある。その中でも股間というものは、どんな達人でも鍛えるのは難しい個所であり、一番命からかけ離れているものでもあるのだが、苦痛は一番大きい。敵に何か吐かせるために攻める場所では最適な個所である。
 当然、少しでも力がこめられれば、痛いに決まっている。苦痛に耐えながらも澤村は、

「ぐっ……さ、桜咲さん、俺だよ。俺―――――澤村 翔騎」

 と言った。隣にいるネギは、恐怖で震えていて使い物にならない。
 カモなんて論外である。
 なので、すぐに気が付いてくれた刹那に澤村は心の底から感謝した。

「え、あ……澤村さんに、ネギ先生……?」

 苦笑して澤村は頷く、ネギは平常に戻るまで時間がかかりそうだ。

「あ! す、すいません!!」

 さっきの冷たさはどこへやら。大きな水音と水飛沫をあげて顔を赤らめた刹那の顔が離れていく。
  それと同時に、ネギの顔に巻き付いたタオルも名残惜しそうにネギの身体を這いながらも湯船へと落ちていった。カモは未だに動かないネギに戸惑いつつも声を かけている。岩の上にあった乾いたタオルを手に取りそれを腰にまくと、澤村は出入り口付近にあった、刹那のものと思われる乾いたタオル持ち出す。
 顔を軽く逸らしたまま、それを手渡す。そんな澤村の一連の動作をみて刹那は首を傾げていたが、澤村の意図がわかったのだろう。
 彼女は、小さくすいません、と零しながらもそれを受け取って身体に巻き付けた。
 ネギならともかく、お互いは同い年の男女。気にならないといえば嘘である。たとえ剣士である彼女だって、一般人に近い同い年の澤村に裸を見せるというのには羞恥心が湧き起こるし、抵抗だってある。
 加えて、

「手、洗った方がいいと思う」

 そう、刹那は澤村の急所を掴んでいた。澤村は、敵に対する最善の処置だと思っているので、あまり気にしてはいないが、やはり握っていた場所が場所である。
 目の前の彼女は、もしかしたらすぐにでも手を洗いたいかもしれない。しかし、当人の目の前で洗いづらいだろう。
 澤村なりの気遣いだった。
 彼の言葉に、刹那は自分の手を見る。正確にいうと、彼の急所を掴んでいた手。
 先ほどよりも顔が赤くなり、その手を背に隠す。

「いえっ、あの、これは、そのっ……。仕事上、急所を狙うのはセオリーで……」

 そんな刹那の様子に、

「えと……ごっごめんなさい、澤村さん」
「え? あ、いやっ……」

 澤村はなんだか自分まで恥ずかしくなってきた。急所を狙う、というのは、こういう場合、仕方が無いと思って割り切っていたのだが、目の前の彼女の反応は、年頃の少女のそれで。

「その、こっちこそなんというか、申し訳ない」

 せっかく非常識な思考を取り入れたのに、常識的な反応されては困る。ヘコヘコしてしまうではないか。
 いえ、と慌てた様子で刹那が言う。そんなやり取りが数回後、手近にあった石鹸で刹那が手を洗っていると、

「や、やいてめぇ、桜咲刹那!」

 いつのまにかネギの頭の上いるカモがどっかの不良かのように刹那に絡んできた。

「やっぱりてめぇ、関西呪術協会のスパイだったんだな!?」
「なっ違う、誤解だ!! 違うんです、先生!! 澤村さん!!」

 すぽんと刹那が持っていた石鹸が彼女の手から飛び出していった。
 余程慌てたのだろう。かなりの勢いだった。
 飛び出た石鹸は、湯船へぽちゃんと音をたてて落ちていく。
 澤村は、カモを軽く睨む。
 誰のせいでネギが刹那を疑い、自分がこんな目にあったと思っているのだ。

「そ うだぞ、エロガモ。出身が京都ってわかっている時点で、学園長は彼女を孫である近衛さんと同じクラスにしない。たとえ近衛さんが無関係だとしても、桜咲さ んを一緒にするのは危険だと思うだろ。神鳴流とかい言う流派も書かれていたし、尚更だ。学園長達だって、多少は警戒してるだろ。それにさっきの彼女の言葉 だって、よく考えれば敵の言葉じゃないだろうがっ。彼女は敵じゃない」

 澤村は、思わず早口で捲くし立ててしまう。刹那も彼の言葉に頷いた。

「澤村さんの言うとおり、私は敵じゃない。15番、桜咲刹那。一応先生達の見方です」

 綺麗になった手で、刀を鞘にしまう。
 刹那の言葉にようやくネギの意識が戻ってきた。

「……へ? それってどういう……」
「私は、このかお嬢様の……」

 ネギの言葉に答えようとした刹那に、

「ひゃぁあーーーーっ!」

 悲鳴がそれを止めた。

「この悲鳴は……っ」
「このかお嬢様!? まさか奴ら、このかお嬢様に手を出す気か……!?」

 このか“お嬢様”?
 首を傾げつつもネギと刹那の後を澤村は追う。
 三人で脱衣所の扉を開く。

「いやぁぁ〜〜〜ん!!」
「ちょっ……ネギ!? なんかおサルが下着をーーーっ!?」

 そこには、木乃香と明日菜が小猿軍団にひん剥かれているというなんとも緊張感にかける光景があった。
 ネギも思わずずっこけている。
 それでも事態は進んでいく。
 下着姿だった彼女たちは、素っ裸という状態へと格下げ。小猿軍団はそろって鳴き声をあげて、床に倒れこんだ木乃香の回りをぐるぐると小躍りしている。

「あ、せっちゃん、ネギ君、澤村君!? あーん、見んといて〜〜っ」

 半泣きで訴えてくる木乃香に思わず、澤村は顔を背けた。
 ぷるぷると震える刹那の姿が視界に入る。びびるとか、顔が引き攣るとか、そんなことの前に、なんだか感心してしまった。
 おお、怒ってる怒ってる。臨界点は近いぞ。

「このかお嬢様に何をするかーーー!?」
「えーーー!?」

 斬る、と刀を抜く刹那にネギは駄目です、と慌てて止める。
 猿を斬るのは可哀相だ、と。

「さ、桜咲さん何やってんの!? その剣、ホンモノ!?」

 そりゃあ、誰だって驚くよな、と澤村は素っ裸の明日菜の言葉に頷いてしまう。
 自分の腰に抱き付いてきたネギに刹那は、

「こいつらは低級な式神! 斬っても紙に戻るだけで……わっわっ」

 いくら子供とはいえ、腰という中途半端な位置に抱きついた上に、ネギはぶら下がるように刹那に抱き付いていたため、

「わーーーー!?」

 刹那、ネギ、明日菜は倒れた。ちなみに澤村は無事である。一歩引いて見ていたのが吉とでたようだ。
 刹那のタオルが小猿に奪われたのを見て、慌てて澤村は刹那たちから視線をはずす。
 顔を背けるのは、これで何回目なのだろう、と内心呆れる。背けた先には、

「三人とも! ふざけてる場合じゃないぞ、近衛さんが……っ!!」

 小猿軍団にさらわれていた。あの先は露天風呂――――つまり外である。
 外に連れ出すつもりなんだ、素っ裸の彼女を。それは関東魔法協会的にも世間的にもまずい。非常にまずい。
 いろいろな考えに押されて追う澤村の横を、

「お嬢様!」

 素っ裸なんてことなど気にも留めずに走り出す刹那が通った。脱衣所から飛び出す。両手にはしっかりと刀が握られていた。

「神鳴流奥義……――――」

 刀が弧を描く。
 追いついた澤村の身体に風がぶつかってきた。

「―――――百烈桜華斬!!」

 小猿たちは紙へと戻り、宙を舞う。
 刹那の片腕にはしっかりと木乃香。
 裸の女子二人。

 ―――――奇妙な光景である。

 とにかく二人は無事でほっと安堵をつく。澤村は彼女たちに背を向けた。もちろん、裸だから。

「このかー!」
「このかさん、大丈夫ですか!?」

 慌てて追いかけてきたネギとタオルを巻いた明日菜が近寄ってくる。

「……フン」
「ん?」

 鼻で笑う声に空を仰ぐ。ガサリと近くの木から音が鳴った。
 誰かがこちらの様子を見ていた?
 しばらくその木を睨んでいたが、バシャッという水音に澤村は視線を軽く戻す。もちろん、明日菜達の裸を出きるだけ見ないようにするためだ。
 ネギと明日菜の肩越しに、走り去る刹那と、そんな彼女に手を伸ばして呼び止める木乃香の姿があった。

 ―――――やっぱり厄介なことになりそうだ。

 しみじみとその光景を澤村は見つめるのであった。

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