ネギ補佐生徒 第19話





「まだですか」
「もう少しや!」

 千草の苛立った返答にフェイトはそう、と短く返す。
 フェイトは、未だに召喚されていない魔物を早く見たいわけでも、短気なわけでもない。
 千草に促すような質問をしたのには、理由がある。

「―――――彼が来るよ」

 顔を横に向ければ、水飛沫を上げて杖に跨って来るネギの姿。

「何!? まさかあのガキか!」

 ネギは、こちらを見据え、更に加速してきた。

「ちっ……しぶといガキやな」
「あなたは儀式を続けて」

 そう言ってフェイトは札を取りだし、

「ラーク」

 呪文を唱えた。
 現れたのは、木乃香達に矢を放った鬼。

「ルビカンテ、あの子を止めて」

 コクッと頷いた鬼は、その大きな翼を羽ばたかせてネギに向かって飛び立つ。
 右手には、鬼の身体に合った巨大な剣が握られている。

「うっ……」

 澤村がまた声を漏らした。
 鬼……ルビカンテに魔力を吸い取られたからだ。
 更に加速するネギ。

 ――――――ネギとルビカンテが、接触する。





  ネギ補佐生徒 第19話 長き夜と大鬼





「―――――え」

 ネギは声を漏らす。
 一発で仕留めることなど、思っていなかった。
 思ったのは、少しでもいいからダメージを与えることだけ。
 けれど、ルビカンテは、

「何だ!? この魔力の強さは!! 兄貴の拳を……」

 びくともせずに、その厚い胸で受けとめていた。

「―――――――!!」

 重音。

「兄貴、上!」
「風楯―――――!」

 カモの声に上を向くと、迫り来る剣を持った鬼の大きな拳。
 瞬間、頭の中と共に風楯が弾けた。
 ネギの体が杖に押さえつけられる。
 それが自分の体が急降下させるということに気がついたのは、水面が目の前に迫っていたとき。
 自分の体にかかった重圧が杖にかかり、ネギの体が杖ごと湖へと向かっていたのだ。

  ――――――ザパァアン!!

 水が立つ。

「ぐっ……ゴボッ!」

 チカチカする頭と水に打ち付けられた体が痛い。
 それでもなんとかカモが自分の肩にいるか確認する。
 魔法障壁で受け止めたのに、この威力。小太郎とは比べ物にならない。
 殴られた頭が痛い。
 まるで理性を失ったかのような鬼の雄叫び。ルビカンテには、知性などなかった。
 ただ戦うことを望む、狂戦士。
 今の攻撃がもし剣だったなら――――――
 背筋がぞっとする。
 水の中でネギは激しく首を左右に振る。
 とにかく、この場をどうにかしよう。
 このまま普通に湖からでても追い討ちをかけられるだけだ。呪文だって唱えられない。
 だが、息だって正直もちそうになかった。
 ネギは、杖に水中で跨り直す。
 上昇。
 予測通り、鬼が待ちわびていた。

「くっ……」

 ルビカンテは予想以上に素早く、完璧に振りきることは不可能だ。

 ―――――どうする?

 せっかくフェイトへの対抗策ができたというのに、こんなところで躓くなんて。
 杖を握る拳に力がこもる。
 その時、

「―――――――――――――!!」

 長い雄叫び。
 拳が放たれるわけでも剣が振られるわけでもなかった。
 ただ、叫んで体を反らすだけ。

「な、なんだぁ!?」

 なんでも知っているカモも驚きの声をあげる。
 そして響く、パン、と乾いた音。

「お、鬼が……」

 鬼がいたところには、煙しかない。
 ルビカンテは、その身を破裂させて煙となり消え去ったのだ。
 何もしていないネギの目の前で。





 それは、ネギの所だけではなかった。

「何、コレ……」

 次々と断末魔を上げてその身を破裂させる化け物達に、明日菜が呟く。
 その表情からは、恐怖があった。
 数十匹の化け物達が彼ら特有の重圧のある声をあげ、煙となって消えて行く。
 自分の膨らむ身体に恐怖の入り混じった声で叫ぶものや、自分の異変に気付かずに消え去るもの。
 その光景は酷く、異常だった。

「何が起こっている」

 仕事仲間である真名の言葉に刹那は、わからないという言葉しか返すことができない。
 古菲がつまらないと騒いでいるが、そんなことを気に留めていられるほどの余裕は皆無だ。
 だが、緊張感は解かれない。
 まだ敵が残っているからだ。

「なんや知りまへんけど、困りましたなぁ〜」

 パシャリ、と月詠が音を立てて一歩進める。

「お前にもわからないのか」

 鋭い目を月詠に向けて問うが、目の前の後輩は、さっきの自分と同じようにわかりまへんと答えるだけ。
 嫌な予感がする。
 光の柱といい、化け物たちのことといい。
 不安からくる考えなわけがない。
 明らかにおかしい。
 そんなことを考えていると、

「―――――行け、刹那」

 真名の声が頭にすっと入ってきた。
 彼女の銃は、月詠をしっかりと捕らえていた。

「ここは、私達に任せろ。何か嫌な予感がする」

 真名も刹那と同じことを考えていたらしい。
 ライフルを月詠に向けつつそう言った。
 2対1ならば、例え神鳴流が相手でも大丈夫だろう。
 刹那は、こくりと頷いた。

「行きます、明日菜さん!」
「え、あ、うん!」

 どこか流れについていけていない明日菜の返事を聞き、刹那は走り出した。

 ―――――まだ間に合う!

 そう言い聞かせながらも、刹那は不安を隠せなかった。
 フェイト、千草、澤村、ネギ――――――そして、木乃香。
 あの光の柱の元で、何が起こっているのだろうか。





 ルビカンテが破裂して消え去るのを見て、フェイトは澤村を見た。
 魔力供給する相手がいなくなったおかげか、表情はまた穏やかになっている。
 自分が召喚した鬼・ルビカンテに何が起きたと言うのだ。
 ネギの攻撃を受けたようには思えない。
 なら、考えられることはただ一つ。

 ――――――魔力が大きすぎた?

 化け物たちが魔力による強化を受けきれなかったというのか。
 いくら魔力が大きくても、その供給量はきちんと札が制御しているはずだ。
 魔力が大きすぎて制御しきれなかったとでもいうのか。
 それとも札が澤村の魔力の波長と合わせることができなかったのか。
 近くにいる澤村の表情は穏やかだし、魔力が急激に増加したわけでもない。
 彼が意図的に、何かしたようには思えない。
 感情的とも思えない。
 彼の力に対する不完全さが、札をいかれさせたのか。
 鬼の器が小さかったとでもいうのか。
 わからない。
 これは予想外のことだ。
 原因を追求したいところである。
 しかしフェイトには、深く考えている暇などなかった。

「風花・風塵乱舞!!」

 ズバァ! という爆音にも近い音で思考を絶たれたからである。
 風で大量の水が霧状となり水煙となる。
 視界が白く霞む。
 だがこれも意味はあまりない。
 煙の動きでネギがどこにいるかは大体わかる。

「そこか」

 掌をそこに向ける。
 しかし、煙の中から現れたのはネギが使っている杖のみ。

「杖……?」

 主のいなくなった杖は、フェイトの横を通りすぎカランカランと音を立てて地に落ちる。
 白い霧が薄れつつあるがまだ視界は良くない。
 だが、フェイトは気付いた。
 自分の背後に敵がいることを。

「わぁぁぁああっ!!」

 ネギの全身全霊のパンチ。
 それをフェイトは、障壁のみで受けとめた。
 ネギが拳に力をこめても、障壁を破られることはない。
 目の前にいるネギに冷たい目を向けつつもフェイトは言う。

「……だからやめた方がいいと言ったのに」

 ネギの肩の上にいるカモが何か言っているが、戯言に付き合う必要は無い。
 未だに障壁に拳を当てているネギの手首を掴み、

「―――――つまらないね」

 そうこぼした。

「明らかな実力差のある相手に、何故わざわざ接近戦を選択したの?」

 ネギの腕に力がこもるが、フェイトの手からネギの腕が解放されることは無い。
 ギリギリとネギが身体を震わすだけ。

「サウザンドマスターの息子が……。やはり、ただの子供か」

 期待ハズレだよ、と空いてる手を挙げる。
 もう、必要無い。トドメをさそう、と。
 だが、

「フフフ……へっ……へへへ」

 笑い声。
 まさか狂ったのか、とフェイトはその手を止めた。

「ひっかかったね?」

 ニカリと笑うネギがその言葉と同時に、空いている手をフェイトの腹部へと添えた。

「――――――解放」

 ――――――魔法の射手・戒めの風矢!!

 驚きから目を密かに見開いた。
 詠唱なしでの呪文ができるほどの実力があるとは正直思えない。
 なら、何故?
 風の帯にその身を拘束されながらも、フェイトは理解する。

「……そうか! これは、遅延呪文」





 難関は突破できた。
 あとは、木乃香と澤村を奪取するのみ!
 手元に杖を戻し、ネギは祭壇の中央へと駆け寄る。
 しかし、

「何!? 姉さんがいねぇっ!?」

 台の上に寝かされていた木乃香の姿がない。
 澤村は依然として球体の中で台の傍にいるのに、彼女だけが。

「お、オイ! 兄貴、アレ!!」

 信じられないものを見たかのようなカモの言葉に、ネギは彼が指差す場所を見た。

「こ……これは!?」

 愕然とする。

「ふふふ……一足遅かったようですなぁ。儀式はたった今、終わりましたえ」

 宙に浮く千草と身体を横たえたままの状態の木乃香。
 だが、千草の言葉にネギは答えられなかった。
 地響きをたて、湖から現れるのは、4本の腕に前後両面にある顔に白く輝きを放っている巨体。
 いや、巨体とだけでは表現しきれないほどの大きさだ。
 自分たちがいるこの湖に収まりきっているのが不思議なほどのその鬼に、ネギは言葉がでなかった。





「ちっ……」

 風圧で、ザシュリ、と肩が服ごと切れた。
 痛みを感じる間もなく間を詰めてくる敵に、真名は引き金を2度引いた。
 だがそれは、甲高い音で難なく弾かれる。
 真名は、地を蹴った。
 後ろに身体をずらす。
 それと同時に現れたのは、古菲。彼女の拳が、月詠を捉えた。
 月詠の身体が、数メートル飛ぶ。

「真名、あれ見るアルよ!」

 その言葉に真名は古菲の指差す場所を見た。
 もちろん、それは月詠もそちらを見ていたからである。

「千草はん、すごいもん呼びはりましたなぁ」

 その声を聞きつつも、真名はそれを凝視した。

「刹那……まだついていないのか」

 この距離からでもはっきりと解かる、化け物の形状。
 あれはまさしく鬼だ。
 それも、さっき見た鬼たちとは比べ物にならないほどの。
 古菲が大きいアルね〜などとのたまっているが、そんな気軽に言えるほどのものではない。
 見たところ、完璧にこちらに出てきていないようだ。
 まだ間に合う。
 さきほどみた水飛沫。あれはきっとネギだろう。
 今、頼りになるのは彼だけ。
 さすがにあそこまで巨大なものは相手したことがない。
 けれども偉大なる魔法使いの子供である彼が、止めてくれるであろう。

「頼むぞ、ネギ先生」

 不安はない。
 あるとすれば、ホテルで騒いでいた偽澤村ぐらいだろうか。
 すぐに彼が本物ではないことはわかった。
 あそこまで性格が違えば、いやでもわかる。

「――――ん?」

 真名は疑問の声を漏らす。
 なら彼はどこにいるというのだ。
 木乃香は千草の手におちているから姿を見ていなくても特に疑問はない。
 なら、彼は?
 答えを導き出す前に、思考は中止される。
 月詠がこちらに向かってきたからだ。
 澤村がどこにいて何をしてるのかわからないが、とにかく今は自分の仕事を全うすることを優先しよう。





「何や、あれ!?」

 小太郎が、楓の尻に敷かれつつも声を張り上げた。
 小太郎と楓の対決は、小太郎の負けだった。
 影分身の多さに、小太郎の狗神はあっけなく見きられたのだ。
 腕を取られて、今はこうやって楓の尻に敷かれている。
 楓は小太郎の声に彼の目線を追う。
 夕映も顔を上げている。

「鬼、でござるか」

 遠くからでもわかる形状を見て、楓は呟く。
 どうやらあちらの状況はあまりよくないらしい。

「か、楓さん、これは……」

 夕映が近づき、楓に言う。
 その表情は恐怖が覗われる。
 そんな彼女の恐怖を和らげるつもりで楓は微笑みを向ける。
 とその時、

  ――――――パシィィイン!!

 空気を裂く音がした。
 巨大な竜巻を纏った光が、鬼へとまっすぐに放たれた。
 光の出所は、祭壇の中央。
 光を放ったのは、ネギだろう。
 夕映が息を飲む声が聞こえてきた。あんなものを受けてもびくともしない鬼に楓は、

「……さすがに、ネギ坊主ではきついでござるかなぁ」

 小さく呟いた。





「お……――――き、ろ……ら!! おき――――……さ、むら……き!!」

 闇に響く誰かの声。
 なんだかとても苛立った声だ。
 思考をするのをやめて再び眠りに入っていた意識が、少しだけ覚醒した。
 まだ視界は闇に包まれている。
 眠ったままで、思考しているのだ。
 それは千草の術だった。
 念には念を入れて、澤村が肉体的に眠り続けるようにしているのだ。
 下手に暴れられて魔力の暴走などが起こらないようにという処置が、それだった。
 では、なぜそんな澤村に声が響くのか。
 意識だけが、覚醒する。

「だ、れ……?」

 精神、意識、頭の中……いろいろな言い方があるが、とにかく声を出した。
 なんだか知らないが、妙に身体に力が入らない。
 鉛のように重かった体は、さっきよりも重い……というより、動かない。

「やっと起きたか、澤村翔騎」

 上から見下すような口調。そんな口調をしているのは、澤村の知る中では一人しかいない。

「エヴァンジェリン……?」

 そうだ、と響く声。
 テレパシーみたいなものなのだろう。
 でも、なぜ?

「事情はジジィから聞いた。澤村翔騎。お前のことも、だ」

 お前のことも……つまり、自分に魔力があるということが、エヴァンジェリンに知られてしまったということか。
 いや、そのことは、とりあえず置いておこう。
 彼女なら知ってしまっても他言することはないだろうし。
 それに、戻ったとしても彼女の前に現れる前に女子中等部から去る予定だ。
 うん、問題ない。
 なぜ自分に話しかけてきたのか聞く。
 すると、

「――――――お前、何を考えている」

 嘲笑うわけでもなく、怒るわけでもなく。
 まして泣いてなんか彼女はいない。
 無しか表さない、酷く冷たい声だった。
 怖い。
 今にも殺されそうなほど。

「闇に堕ちる気か」

 考える前に答える。
 どうだろうな、と。
 エヴァンジェリンがフンと鼻を鳴らした。

「お前がどうなろうとかまわん。だがな、ぼーやに何かあったら私が困るんだ」

 それは、どういう意味なのだろう。
 別にエヴァンジェリンがネギのことをどう思っているかというのは気にすることではない。
 こうやって自分が千草に捕われていることとネギの命がどう関わるか、ということだ。

「俺がどうなろうとネギ先生達は助かると思う」

 だって、強いじゃないかとこぼす。

「――――――今近くにいたら、捻り潰しているところだ」

 酷く冷たい声に重みがかかる。
 刃物で囲まれている気分だ。
 生きた心地がしない。
 もう死んでしまっているのかと思うほど。

「弱者が弱者振るんじゃない。同情を貰おうとでも思ったか」
「そんなこと思ってない。同情なんていらない。頼まれたって貰ってやるもんか」

 そんなの貰うくらいなら堕ちるところまで堕ちてやる。
 こんなことで同情なんて欲しくない。悪いのは自分だとわかっているのに、否定されるなんていやだ。

「弱者は、助けてもらう生き物ではない。強者の踏み台だ」

 彼女らしい言葉だと思った。
 ならネギ達の踏み台になりたい。罪滅ぼしや自分への罰として。

「確かにぼーや達は強いさ」

 私に比べればまだまだだがな、というのも彼女らしい。
 少しだけ、笑ってしまいそうになった。
 ……いや、待て。
 ネギ達が強いということを肯定するのに、なぜ自分は彼女から冷たい言葉を貰わねばいけないのだろうか。
 その答えは聞かずとも返ってきた。

「ぼーや達は強いが、あんな鬼には勝てん。ましてやお前の魔力で強化された鬼なんかはな」

 なるほど。この身体の異常はそれのせいか。
 と、澤村はようやく理解する。
 そして、なぜ彼女がこうやって自分に言葉を投げかけたのか。
 エヴァンジェリンが何か言う前に、澤村は言う。

「――――悪いけど。俺、何もできないし、自分から力を使う気もないから」





 景色は木のみ。
 光の柱が見えない木の中を走る。

「ああ、もう! なんでこんなに遠いのよ!」

 苛立ちを隠すことなく明日菜は言葉を放つ。

「あともう少しのはずなのですが……」

 刹那の顔にも焦りの色が滲み出ている。
 ネギ、木乃香、澤村……3人の安否が気になる。

 ―――――姐さん! 刹那の姉さん! そっちは大丈夫か?

 頭の中で響く、カモの声。

「カモ!?」
「カモさん!?」

 思わず立ち止まりそうになるが、明日菜と刹那は走りつづけた。
 頭の中で響くカモの声は、切羽詰まっており、緊急事態ということがよくわかる。
 ハマノツルギをカードに戻し、明日菜は額にカードをあてる。

「力を貸してくれ。こっちは今、大ピンチなんだ」

 先ほどよりもはっきり聞こえてくるカモの声に、

「今そっちへ向かってるわよ!」
「それじゃ間に合わねぇ!!」

 と答えるが、カモはその言葉を否定した。

「カードの力で喚ばせてもらうぜ!!」

 カードで喚ぶ?
 一体どういうことだろうかと明日菜は首を傾げる。

「って、え!?」

 足元に現れた魔方陣。

「きっとカードの力とはこの事なのでしょう。明日菜さん、構えてください」

 切り替えの早い刹那に、明日菜はどもりながらも答えた。
 カードをハマノツルギへと変え、自分の身体が薄くなっていくのを見届ける。
 視界が光に包まれながらも明日菜は、やっぱり魔法ってすごい、などと戯言を頭の中でこぼした。





 沈黙。
 もう一度眠ろうとした澤村の意識に、

「くだらないことで絶望したか、澤村翔騎」

 エヴァンジェリンの冷たい声が響く。
 彼女にしてはくだらないことだ。
 だが、澤村にとってそれはとても重要なこと。

「……どんなに自分が頑張ってもいつだって足手まといなのは、さすがにきついよ」

 苦笑交じりの嘆き。
 サッカーのようにコツも何もなかった。
 とにかく我武者羅に進んで、無駄に終わって……。
 初めてサッカーをやり始めたときのようだった。
 あの時は諦めなかったのに、なんで魔法に関することはこうやって諦めてしまったのだろうか。
 わからない。
 わからないけれど、もう疲れた。

「ジジィの言う通り、腰抜けだな。お前は」」

 鼻で笑った声がする。
 なんとでも言ってくれ、と意識上の声を出さずに思う。
 魔法に対する恐怖と好奇心。
 矛盾する感情を抱えたままでいた自分に何をしろというのだ。

「そんなお前が、なぜ魔法に興味を持つ。なぜ魔法使いになることに恐怖する」
「こっちが、知りたいよ」

 呟くように声を出す澤村にエヴァンジェリンも呆れ果てたのか、それとも苛立ちを感じたのかわからない。
 けれど、こう言った。

「もういい。お前が使えない奴だということは、よくわかった」

 無機質な声。
 初めからわかっていた癖に。
 そう悪態つくとまた彼女は怒るのだろう。
 だからあえて何も言わない。

「それと、お前は一つ勘違いをしている」
「勘違い……?」

 不思議そうな自分の声。
 別にどうでもいいと思っているのに、何故か口にでていた。
 どちらが本心なのだろう。
 もしかして、もう一人の自分が口を開かせたのだろうか。

「―――――力があるとはいえ、それ以外はただの一般人だったお前は、よくやった方だ」

 らしくないエヴァンジェリンの言葉に少しだけ思考が飛んだ。
 彼女は鼻を鳴らすと、自分とのテレパシーを切ったらしく、どこか空虚な感じが澤村の意識に居座った。
 澤村は、しばらくして、

「外は……どうなってるんだろう」

 そう、呟いた。

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