ネギ補佐生徒 第４８話
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「ある意味でお前らは澤村翔騎であり――――」 澤村翔騎は、エヴァンジェリンの声に木乃香と和美の支えでなんとか立ちあがりながらも彼女を見る。 「――――また別のある意味で澤村翔騎ではない」 気休めのように思えた。 たとえ中身が本物でも、外見が偽者ならばこの身を封印されるという事実は変わらない。 それに心すらも、もう本物ではないのだ。 “澤村翔騎”の劣化コピーにすぎない。 「俺は、偽者だ。澤村翔騎じゃない、ただの『共歩き』だ。封印されなきゃいけないのは……俺なんだよっ！！」 血を吐くように言葉を放つ。 もっとすんなり受け入れられたならどんなに楽だったろう。 こんな醜態を晒さずにすんだというのに。 どうしても欲が出てしまう。 自分はこんなにも貪欲な人間だったのだろうか。 悔しくてしかたがなかった。 「エヴァちゃん、なんとかならんの？ 翔騎君、何も悪いことしてへんのに……」 木乃香が言い出したと同時に、皆がそうだとエヴァンジェリンに詰め寄っていった。 ネギ達ももう一度掛け合っている。 だが、エヴァンジェリンはきっぱりと答えた。 「無理だな。これは一種の呪いといってもいいほどのものだ。こいつも魔力だけは妙にあるし……６年間という長い時間に逆らうようなことは、魔法でも難しいことだ」 そんなっ、と皆が訴えてくれる。縋ってくれる。 その言葉に嬉しいと思うと同時に、辛く感じた。 サワムラは、じっとこちらを見詰めていた。 申し訳なさそうに、じっと……じっと見詰めていた。 ―――――辛いのは自分だけじゃない。 不思議とそう思えた。 澤村は、苦笑を漏らす。 サワムラも苦笑を漏らす。 辛いけれど、自分がはっきりと言うしかないのだ。 地に声を落とす。 「―――――いいんだよ、もう」 その場が静まり返る。 自分を支えてくれている木乃香と和美もこちらを向いているのが頬にかかる吐息でわかった。 「……“澤村翔騎”が本当にいなくなるくらいなら俺は消えた方がいい。たとえ中身が本物と言われても、身体が偽者じゃ意味がないんだ」 澤村さん、とネギの震える声が聞こえてくる。 『じゃあ、先生は―――――お父さんに追いつくためには……会うためには、誰かの命を奪ったり――――』 嗚呼、こんな事……ネギに問う資格など自分にはないのだ。 自分は、正義と言いながら何かの命を奪う人間だった。 自分をも殺すような人間なのだから。 人を殴ることを気にしているくせに、そんな人間だった小さな自分が汚い人間に思えた。 「そういうところがお前らしいな、澤村翔騎。悪を悪と、悪いモノは悪いと……誰に対しても思うことができ、口に出せるお前のそういう一般的すぎる一般論は新鮮だ。魔法使いの考えとも似ているが、お堅い頭じゃないところが一般人の考えで面白い。誇りに思え」 その言葉が酷く嬉しくて、 その言葉が酷く悲しくて、 その言葉が酷く虚しくて、 ――――――涙が、溢れそうになる。 だからそう見えてしまったのだろう。 歪む視界に映る――――― 「それが私の知る澤村翔騎の美徳だ」 ――――――自分に向けてくれた殺人者の顔が、酷く……酷く優しい微笑のように見えたのは。 ネギ補佐生徒 第４８話 変えられない事実 木乃香と和美の支えなしでふらりと立つ澤村の姿が、ネギには大きく見えると同時に小さくも見えた。 表情は、毅然とした物に変わっている。 ……ただ、瞳が潤んでいることがどうしても気になった。 「澤村さんっ」 杖を投げ捨て、エヴァンジェリンの元へと歩いていく澤村の前へと出た。 止めたかった。 彼に対して嫌いという感情を持っていても、いなくなってほしいなんて思ったことは一度たりともない。 「……俺は、何かを守るために何かの命を奪う奴だったんだよ」 そう零して、ネギの横を通りすぎる。 そのまま彼は、古菲に手を差し伸べた。 「本、いいかな」 古菲は答えない。 じっと澤村を見詰めていた。 「渡さないで下さいっ！！」 ネギは振り返って声を張る。 真剣な眼差しの古菲はそれに答えず、 「わかたアル」 いつもと違うトーンで、澤村に本を渡した。 ネギはもう一度彼の元へ駆け寄ろうとするが、それはできなかった。 荒々しい音がネギの前で鳴った。 「悪いけど、邪魔しないでほしいな」 サワムラ・ショウキ。 身体は本物でも中身は偽者と称す、始まりと終わりを持ってきた人。 「ここまで事態を悪化させたのは、オレの責任だ。入れ替わる前は、オレは確かに本物を心を持っていた。でも本のことを知る頃には―――――いや、待て。こんな言い訳を言うつもりじゃないんだ」 気難しそうな顔で頭をがしがしとかきむしるサワムラ。 一体何がしたいのだろう。 澤村の崩壊の始まり。 澤村の終わり。 その両方を持ってきた彼は、自分に何を言いたいのだろうか。 「確かに巻き込んで悪いと思ってる。でも、ここからは“オレ達”の問題だ」 「でもっ」 自分も何が言いたいのかわからない。 ただ、澤村が封印されるということだけは避けたいという想いが溢れてくるだけ。 サワムラは、溜息を漏らす。 「オレもあいつと同意見なんだよ」 顎で澤村を指すといたって真面目な顔で言葉を続ける。 「だから、そっちの意見はある意味新鮮で初々しくもあり、なんだか懐かしい」 何を、言っているのだろう。 わからない。 「その無垢さはオレ達は持っていないし、持つものじゃないと思っている。大事にしてほしい。けど――――」 嗚呼、なんで澤村を嫌いと思うのか、わかった気がする。 似てる。 やっぱり似てるんだ。 同じ道だけど、違う方向に進んでいる。 ネギ・スプリングフィールドと澤村翔騎は。 だから、嫌いなんだ。 「―――――だからこそ、オレは……オレ達は、君が嫌いだ」 別の方向を歩んでるからこそ、互いにその思想を認め合うことができないなんだ。 道が違うから。 命を犠牲にしたくないネギ・スプリングフィールド。 命を犠牲にする澤村翔騎。 いや、これはあくまでも一つの例。 仮にネギ・スプリングフィールドが命を犠牲にすることがあったとしても、やはり澤村翔騎とは別の方向へと向かっているのだろう。 共に歩む道は、正義。 「――――僕も“あなた達”のことが嫌いです」 いや、ある意味で認め合っているのかもしれない。 だからこそ“嫌い”という言葉が出てくるのだ。 自分の進む方向を確実にするために。 そして彼らには、余計なお世話でしかないけれど、邪魔させてもらおう。 それが、ネギ・スプリングフィールドの目指す場所だから。 本を奪い取る事は簡単だった。 傷ついている上に元々実力差のある澤村がネギの素早い行動に反応できるはずもない。 「ネギ先生！？」 「ネギっ！！」 澤村と明日菜が同時に、そして別々の声色で言葉を放つ。 驚きと歓喜。 奪い取った本を胸に抱えて、ネギは杖に跨った。 「―――――僕が見つけ出します。二人が壊れずに生きる方法を……絶対！」 根気比べかただの駄々か。 わからないけれど、ただ――――――これがネギ・スプリングフィールドの在り方だと、さわむらしょうきという名を持つ二人に示したかった。 「アスナさんっ」 刹那の声がした。彼女を追いかけようとしたのだろう。走り出した刹那をエヴァンジェリンは一声で止めていた。 澤村と明日菜が擦れ違う。 そして、どさり、と。 澤村はネギの後を追う明日菜の姿を見送りながらも尻餅をついた。 それを見た木乃香が、急いで彼に駆け寄ってくる。 「翔騎君っ」 背に小さな手が触れられた。 温かい。 嗚呼、もうすぐこの温かさも感じない所へ行くんだな、としみじみと思ってしまう。 「大丈夫」 ぐっと足に力を入れて立ち上がる。 「大丈夫」 もう一度、そう零す。 大丈夫。 まだ行ける。 「大丈夫って……ふらふらじゃないっ」 和美の顔が心配そうに言いながらも澤村の腕を肩に回させて片手を彼の胸に添えて体を支えてきた。 こんな顔もするんだ、この人。 下着ドロ騒ぎの時の印象が強いせいか、こんな表情をするとは思えなかった。３−Ａのクラスの女子達は、確かに強引なところがあったり、特殊だったりするけれど……いい人ばかりらしい。 男子中等部３−Ａも、そうだった。微笑が漏れる。 「笑ってる場合じゃないです」 ぴしりと夕映にそう言われても、笑うことしかできなかった。 のどかもその横で心配そうにこちらを見ている。 やっぱり笑うことしかできなかった。 「……さっきの俺、変だったろ。怖くないの？」 自分だって怖かった。 だと言うのに彼女達は自分の傍に寄ってきてくれる。 くすぐったいけれど、素直に嬉しい。 「でも、今の翔騎君はうちらの知っとる翔騎君やえ？」 小首を傾げてそう言ってきた。和美達も頷いている。 澤村は、そっかと零す。 再確認した感じだった。 やはり彼女達は、とてもいい人達なのだ。 刹那もこちらに駆け寄ってきてくれた。 そんな大丈夫、と零すと彼女は微笑んだ。そして、サワムラの方を見る。 表情は見えなかったが、その雰囲気は戦闘をしているときのように張り詰めていた。 「あの子を止めなかったってことは、封印反対派ってことだよな」 苦笑して頭を掻くサワムラに刹那はそのまま言葉を続けた。 「嘘に嘘を重ねれば、ボロがでます。けれどあなたの話を聞くかぎり、そのボロが見当たりません」 「そりゃ、事実だからな」 サワムラは、肩を竦める。 けれど刹那は、ですがと言葉を繋げた。 「その嘘の準備期間が６年もあれば、嘘を嘘の論理で固めることも可能なはずです」 サワムラが目を丸くする。 澤村は苦笑してしまっていた。 自惚れかもしれないが、彼女も自分が封印されることを嫌だと思っている。 だから、そんな言葉がでてしまうのだろう。 でも――――― 「嘘でなくてもボロは出るもんだ」 澤村の服にくしゃりと皺ができる。和美の添えていた手だった。 腕が木乃香の手に引っ張られる。目の前にいる夕映とのどかはこちらを不安そうに見ていた。 頭を掻きたかったが両手は塞がっていて、苦笑しかできなかった。 澤村は、サワムラが言葉を続ける前に、声を出す。 「明日菜さんの攻撃をあいつが受けた時点で、事実は見えてる。俺が見て見ないフリをしただけだから」 刹那が振り返った。 ―――――事実は事実。 もう嘘とか真実とか討論する段階は終わってしまったのだ。 気持ちの整理もついている。全ての準備は整っていた。 「言ったじゃんか。いいんだよ、もう」 優しく、 柔らかく、 言葉を零す。 視線が自分に集まる中、もう一度この言葉を言う必要があるんだろうな、と澤村は思った。 言う相手は、この場の人間ではない。 ――――――待ってて。 鈴音と共に残した明日菜の言葉。 正直言って、彼女の前に立って自分の存在を否定するのは辛かった。 神楽坂明日菜は、全てを振り払うかのように走っている。 視線の先には、綺麗すぎる夜空を翔け抜けるネギの姿。 「ネギーーーーーー！！」 轟く自分の声。 明日菜以外に彼の姿を追うものはなく、それを聞いたネギはゆっくりと降下してきた。 女子中等部校舎前。人は自分達以外いなかった。 「どこに……行く気なの？」 本を握り締めたまま黙りこくるネギに、明日菜は優しく問う。 ネギと明日菜の気持ちは一緒だった。 澤村を封印したくない。消したくない。失いたくない。 理解できても納得がいかないものなんて多々ある。その多々ある中でずば抜けて納得がいかないのが、澤村のことだったのだ。 「図書館島です。あそこには、閲覧禁止として置かれている魔法書が一般人に秘密で保存されていますから」 学園長である近衛近右衛門から期末テスト後に聞いた話とかで、あそこには魔法書も一般人に見つからない様に保管されているらしい。 ネギはそこに行くと言う。 明日菜は、私も行くとネギに訴えた。自分も澤村を失いたくないとそう伝えた。 それをわかっていたのだろう。 ネギは、微笑を浮かべて言ってくる。 「一緒に行きましょう、アスナさん」 明日菜は頷く。 二人は息を揃えて走り出した。 |