Act2-3


【エヴァ】


「おーい、エヴァ。学園長がお呼びだ」

 上機嫌で登校してくると、学園の玄関でタカミチに捉まった。
 ジジイに呼ばれたと言うことは、どうせ昨夜のことについてだろう。
 不愉快極まりないが、この事件についての情報を聞いておくのも悪くあるまい。

「チッ、まったく……どうせ昨夜のことだろう?」

「ああ、そうだ。何せ……魔法先生が一人やられたんだからな。命に別状は無いが、重傷なんで入院しているよ」

 魔法使いが一人やられたか。
 タカミチが言うには、その時見た犯人は黒マントを纏った金髪の貴族風の男らしい。
 だが、今回の事件の根っこは、あのレンとか名乗った白い少女だということはほぼ確定している。
 ……ということは、根っこの他にも敵がいるという訳か。

「フン……しかし、私を集まりに呼んでいいのか? 嫌悪してる奴らもいるだろうに」

「今回に至っては、そうも言っていられない。手練れの魔法使いが倒されたんだからな」

 魔法使いの集まりがある場合は、大抵私は呼ばれない。
 様々な理由はあるが、主な理由は真祖である私の存在を嫌悪している者達がいるからだ。
 ……まあ、中には坊やや志貴みたいなのもいるが。
 タカミチからいくつか情報を聞き出しているうちに、いつの間にかジジイの部屋の前に着いていた。

「……エヴァ、気をつけた方がいい。今回の事件は、二十七祖が関わっているようだからな」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 タカミチは深刻そうな表情で忠告してくるが、私にとっては大して驚くことでもない。
 曖昧に返事をして、他の魔法使い達を探しに行ったタカミチの背を見送った。
 あまりにくだらない忠告に、その背中に向けて小さく呟く。

「……二十七祖ごとき、驚くまでも無い」


 何せ――――私は、真祖の姫君を殺したという男を囲ってるのだからな。




〜朧月〜




【志貴】


「へくしゅっ!! ……んー、風邪ひいたかな……。レン、降りるよ」

 既に寒さが身に染みる季節になっているので、なるべく早めに風邪を治した方がいいだろう。
 俺の後をとてとてとついてくるレンの姿を確認しながら、一階へ降りてテーブルに用意されていた朝食を頂く。
 用意されていたのはトーストに目玉焼きという、洋風な朝食だった。
 しかし、一人で朝食というのは何とも味気ないな……。

「……彼女達と一緒に食べられるくらいの時間に起きれたらいいんだろうけど……ま、起きれないだろうな。…ん?」

「……」

 いつの間にか、隣の椅子に飛び乗って座っていた猫姿のレンが、俺の太腿に右前脚を乗せて見上げていた。
 私がいる、という無言だけれど優しい意思表示に、思わず微笑みながら朝食を食べる手を止めて、レンの頭を撫でてやる。
 こんな、静かで穏やかな雰囲気の朝食もいいな、と思いながら残っていたトーストを食べ終えたのだった。



 台所で食べ終えた食器を洗ってから、ナップザックを背負って外へ出る。
 エヴァちゃんの家の鍵をかけたことをちゃんと確認して、本来の目的である経済学部へ向けて歩く。
 俺の隣には、青い髪の毛の後ろに黒い大きなリボンをつけ、黒いコートを纏った紅い瞳の可憐な少女姿のレンがいる。
 耳が少し尖っているが、髪の毛で隠しているので、注意深く見なければわからないだろう。

「昨夜もかなり寒かったけど、朝もこんなに寒いのか……。レン、寒くないか?」

「……」

 レンは無言で首を横に振る。
 元々彼女は黒いコートを着ているので、このくらいの寒さなら問題ないだろう。
 彼女が無理をしてる風にも見えなかったので、麻帆良大学経済学部棟へ向けて歩き始める。
 しばらくして、俺の横に並べるように少し歩調を速めて歩くレンにの姿に気付き、少し歩くスピードを落としてやる。

「ちょっと街に出ただけで、人の数が凄いな……。……ってコレ、登校風景なのか。ウチの高校とは違うなぁ……さすが学園都市」

 エヴァちゃんの家からしばらくは木々に囲まれて静かだったが、ちょっと街に足を踏み入れただけで途端に騒々しくなる。
 俺の横を駆け抜けていく男女共に制服が多いため、すぐに皆学園に向かっているのだと気付いた。
 人の流れに流されないように、レンの手を握ろうと手を伸ばす。


「ちょ……放してくださいっ!」


 突然背後で聞こえた、女の子の怒ったような声に、思わず振り向いてしまう。
 後ろでは、ミニスカシスター服の女の子が、私服の男性に腕を掴まれて動けずにいた。
 麻帆良学園には宗教系の学校もあったはずだから、そこの学生さんなのだろうか。
 背中のナップザックから取り出した地図を見て、学園付属の宗教系の建物を目で探しながらそう考えていると、女の子が周りに出来た人垣に助けを求めるように視線を巡らせていた。
 しかし、もう始業時間が近いのだろう、誰一人として彼女を助けようとはせず、徐々に人垣も減っていく。


「いいじゃん、一日くらい学園休んだって構わないだろ。シスターなんて、堅苦しくて疲れてるんだろうしさぁ」

「……確かに堅苦しいし、疲れるけど、あなた達みたいな人と一緒なのは嫌です」

「そんなこと言わないでさ、俺の車でドライブに行こうよ」

「どこにでも連れて行ってあげるからさ」

「今行きたいのは学園です。車に乗っていくほどの距離でもないので結構です」


 男達は冷たくあしらわれながらも、シスター服の女の子をどうにかして自分達の車に乗せようとしていた。
 交番は近くには見当たらず、始業時間が近いこともあって、誰もが皆彼女達を避けて走って行く。
 俺はため息をつきながら、彼女達に足を向ける。
 こんないらぬお節介ばっかりしてるから、俺は損するのかもしれないな、と思いながら。


「……あぁもう、さっさと乗れよ!」


 俺がその輪に近づこうとした時、苛立ったリーダー格らしき男が女の子の首にナイフを突き付けた。
 しかも他の二人の男達は、そのナイフを持った男と女の子を周りから隠すように立ち位置を素早く変えている。

「……!」

 何度も行っているらしく、それぞれの役割分担が自然になされている。
 恐らく、男達はこういうことを何度もやって手馴れているのだろう。
 近づいていく途中にある車の中に目をやれば、ガムテープやロープ、手錠といった拘束道具等が転がっている。
 ――――こういう奴らは、本当に気に食わない。

 七夜の気配遮断を使って音も無く壁役の男達に近づき、脇腹へ一撃ずつ拳をめり込ませると、男達は苦悶の声をあげながら呆気無く崩れ落ちる。
 彼らの呻き声を聞いて、やっと俺の存在に気付いたナイフを持った男が、慌てて牽制のためにナイフの切っ先をこちらへ向けてきた。
 その瞬間を狙って、ナイフを持った右手首を思い切り蹴り上げてやる。
 勢いよく蹴り上げられた男の手から飛んだナイフが、地面に金属音を立てながら落ちて転がっていく。

「がっ……! て……テメェ、よくも……!」

「……チャンス! さんきゅ、おにーさん!」

 ナイフを失って怯んだ男の手から、女の子が礼を言いながらシスター服を翻して、学園に向かって走り去っていく。
 男は慌てて女の子を追いかけていくが、思いの外シスター服の女の子の足は速く、あっという間に登校ラッシュの中へ姿を消した。
 恐らく、あの子はもう安全だろう。
 ……が、今度は俺がとばっちりで酷い目に遭いそうなので、近くで待ってたレンを抱きかかえると、脱兎の如く逃げ出した。
 レンはお姫様のように抱き上げられて嬉しそうに微笑んでいたが、こちらは男達の怒号が後ろから聞こえてくるので、
 逃げることに必死でそんなレンを見ている暇などなかった。


 ――――その後、何とか撒くことができたが、本日も朝っぱらから不幸なようだ……。





□今日のNG■


 シスター服の女の子の首元に、ナイフが突きつけられる。
 周りの男達は手馴れているらしく、周りからの視界を遮るようにさり気なく立ち位置を変えていた。
 こういう奴らは、本当に気に食わない。
 近づいていく途中にあった車の中に目をやれば――――


 ――――笑顔で注射器を構える、割烹着の悪魔の姿が。


「こっ……ここここここはっ、琥珀さ……っっっ?!!」

 袖で目を擦ってよく見直せば、そこには注射器が転がっていただけだった。
 ……注射器見ただけで、こんな幻覚まで見るなんて……。
 どうやら、俺のトラウマは相当根が深いらしい……。


 レンが見せてくれた幸せな箱庭の夢の中で、唯一の『恐怖』。
 確かに琥珀さんは薬物はお手の物だけどさぁ……蛍光ピンクとか虹色の液体が入った注射器ってのは無いんじゃないかな、レン?


前へ 戻る 次へ