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同級生型敬語系素直クール その1

「日阪君っ…!」
 忘れ物を取りに戻った放課後の教室。
 その入り口の戸を開けようとしたところで、日阪明俊(ひさか あきとし)はおよそ信じられないものを目にし、固まっていた。
 下校時間はとうに過ぎ、誰も残っていないはずの教室で、それは行われていた。
「はあっ…! 日阪くんんぅ」
 鼻に掛かったような切なげな声を上げ、明俊の名を口にしながら、抱えた体操服に顔を埋めている女子生徒は、彼の記憶が正しければクラスメイトの雪雨瑞希(ゆきさめ みずき)だ。
 入り口の戸に嵌まっているガラス越しに見えるのは、彼女の後ろ姿のみだが、凛とした声と背中の中程まである綺麗な黒髪、女子高生の平均身長を大きく下回る小柄な体躯が、明俊にその女生徒が瑞希であることを伝えていた。

 雪雨瑞希は才色兼備のクールビューティ(友人の吉木に言わせれば、その容姿からクールプリティと呼ぶのが相応しいらしい)として学校内で有名で、常に無表情で、思った事をはっきり言う性格だが、言葉にトゲや嫌味はなく、その裏表のない人柄で男子からも女子からも好かれている女の子だ。
 当然、男は瑞希を放っておかないが、彼女は次々と申し込まれる交際を全て断っているとの噂だ。
 明俊も、告白するなんておこがましいことは出来ないが、彼女は外見も内面もすごく魅力的だと感じていた。2年になって同じクラスになれた時は、友人とともに喜んだものだ。
 別に特別仲良くなれるとも思っていないが、自分好みの可愛い子が同じクラスにいるのはそれだけで嬉しい。
 まるで人形のように華奢な身体。白磁器のように滑らかで白い肌。艶やかな黒髪。キリっとした少し太めの眉。そして整った顔立ち。
 どんな相手に対しても常に敬語を使う変わった女の子だが、それは丁寧さというよりも穏やかさが強調され、彼女の魅力の1つとなっている。と、明俊は評価している。
 表情だって、一見無表情だけど、変化に乏しいだけでまったく無感動なわけではないのだ。
 彼女の表情からその心情を完全に理解することは出来ないけど、「楽しそうだ」とか「悲しそうだ」ぐらいは読み取れているような気がする。
 さすがに本人に「今楽しいって思ってる?」とか変な確認をしたわけではないが、たぶん合ってるだろうと明俊は考えている。

 その彼女が何故、明俊のものと思われる体操服に顔を埋め、あまつさえ下腹部を机の角(この机も明俊の席だ)に押し付けているのか、明俊にはさっぱり分からなかった。というよりも、頭がまったく回っていなかった。
 目の前で起きているこの状況は、明俊の頭が処理出来るキャパシティを軽くオーバーしている。
 とりあえず、教室を間違えた可能性を考慮して視線を上に移すが、そこには2-Cと書かれたプレートが納まっていた。間違い無く自分の教室だ。
 となると、彼女が今、硬く抱き締めている体操服はやはり明俊のもので、自分はそれを取りに戻って来たのだけれど「雪雨さん、盛り上がってるところ悪いけど、その体操服を持って帰りたいんだ。返してもらえるかな?」とか言えるわけなく。
 ああ、混乱してるな僕は、と思わず明俊は頭を抱えた。

「あぁ…。日阪君気持ちいい…。気持ちいいです」
 教室の中では彼女の行為がますます過激になり、普段の彼女からは到底想像出来ないような痴態が繰り広げられていた。
 彼女は今や、体操服を下敷きに明俊の机に覆いかぶさり、一心不乱に下腹部を机の角に押し付けている。その激しさに机がガタガタと揺れ、思わず明俊は机の中に入れっぱなしの教科書類が飛び出してしまうんじゃ無いかと場違いな心配をしてしまう。
「日阪君のが…。ぁはあ! 日阪君の気持ちいっ!」
 どちらかと言うと、綺麗よりも可愛いと称される顔を淫らに蕩けさせ、瑞希が自慰に没頭している。
 机の角には明俊の体操服が巻き付けられ、瑞希が己の制服のプリーツスカートをめくり、下着越しに擦りつけている。スカートに包まれた小さなお尻が、悩ましげに小刻みに上下し、明俊の目を奪った。
「んっ、あっ、いい…。いいです…。あぁっ…」
 彼女ははぁはぁと息を荒げながら机にしがみつく。お尻の動きが激しさを増し、円を描くような動きに変化していった。

 ……と、とりあえずこの場から立ち去ろう。
 色んな意味でショッキングな光景の前で、いくらか働き始めてた頭が、まともだが無難な対応策をようやく弾き出す。
 明俊がそっと引き戸から離れかけた時、感極まったような嬌声が発せられた。
「好き! 好きです日阪君っ!」
 明俊は予想だにしなかった言葉にギクリと固まった。次の瞬間、不意に廊下に響いた音で、自分が鞄を取り落とした事に気付いた。
 しまった! と思ったのと同時、教室内から聞こえていた彼女の声も机の音もピタリと止む。
 水を打ったような静寂に、教室内にいる彼女の緊張が廊下の明俊にも伝わった。
 明俊は慌てて鞄を拾い、散らばった中身を素早く掻き集めた。拾った中身を満足に鞄に入れる間も惜しみ、廊下を駆け出していた。

 * * * * *

 慌てて身なりを整えた瑞希が恐る恐る引き戸を開けると、そこにはすでに人の姿は無く、廊下は放課後の静寂を取り戻していた。
 おそらく、誰かに見られてしまったのだろう。自分が自慰に耽る姿を。
 はた目には完璧なポーカーフェイスを保っているように見える瑞希だが、内心は後悔と動揺と羞恥心が激しく渦巻いていた。このまま消えてしまいたい気分とは、まさにこのことだと思った。

 図書委員会の仕事で遅くなり、教室に置きっぱなしだった荷物を取りに戻った時、彼の体操服が無造作に机に置かれているのを見つけた。
 想いを寄せる彼の体操服を目にし、気が付けばそれに吸い寄せられるかのように手に取り、顔を埋めていた。彼の匂いを胸一杯に吸った後は、もうこの場が教室であることが綺麗に頭から消えていた。
 だからって、いくらなんでも教室でシテしまうなんて。瑞希はため息をついた。
 思わずその場に座り込んで泣きたい衝動に駆られる。もう、どうしていいか分からず、視線を落としたとき、それを見つけた。
 震える手でそれを拾い、最後のページを確認する。

 それ──生徒手帳には、日阪明俊の名前が記されていた。

 * * * * *

「よう、遅かったな。明俊」
「…やあ、おはよう。吉木」
 翌日、いつもより遅い時間に登校してきた明俊は、前の席に座る吉木元春(よしき もとはる)にだるそうに片手を上げて挨拶を返した。
 体が重く、席に着く時に思わず年寄りのようなため息を吐いてしまう。
「なんだ。随分とお疲れだな」
「うん、ちょっとね…」
「先週の中間試験の疲れがまだ取れないのか?」
「そういうんじゃないよ。ちょっと寝不足なだけ」
 あくびを噛み殺しつつ、明俊は昨日のことを思い出していた。

 昨日、あの後、気がついたら家の前にいた。どんな経路で帰宅したのか全然憶えていなかったが、早鐘のように鳴る心臓と滝のように流れる汗で、おそらく家までノンストップで走ってきたのだと推測される。手には鞄の中身を抱えたままだった。
 おかげで玄関に入ったとたんに倒れこんで、しばらく起き上がれなかったが、雪雨さんに自分の存在が知られる前に立ち去る事が出来たに違いない。
 あの状況だ。彼女は誰かが自分の痴態を見ていたことには気付いてしまっただろうが、その誰かが僕だとは気付かれていないだろう。
 あの時、雪雨さんは僕のことを好きだと言っていた……ような気がする。気が動転していたので聞き間違いだったのかもしれないが……。
 それよりも、彼女のあの痴態が頭から離れない。

 毎日学校で会うクラスメイトの、非日常的な行動。
 感情の変化や起伏に乏しくて、決して取り乱すなんてことがなさそうな雪雨さんが、まるで発情した動物のように腰を振っていた。
 しかも僕の名前を口にしながら、僕の体操服を、僕の机の角に巻き付けて。
 あの時はあまりに唐突で、あまりに理解の範疇を超えた光景だったために気が付かなかったが、精巧な人形のように可憐な彼女が淫らに乱れる姿は、計り知れないほど催淫的だ。思い出す度に、下半身に血液が集中しそうになる。
 僕だって健康な男子高校生だ。女の子にだって興味あるし、出来ればエッチなことだってしてみたい。
 でもさすがに彼女の痴態を思い描いて処理する気にはなれなかった。クラスメイトを想像して、なんて、生々しすぎるというか、事が終わった後、首を括りたくなるほどの罪悪感が生まれるのは容易に想像が出来た。一時の自己満足のためにそれはできない。
 それにしても、ホントにあの雪雨さんが僕のことを?
 僕は、運動神経は人並み、成績も、生物は得意だけど、総合的に中の中といったところ。
 まさに平凡を絵に描いたような人間だ。
 雪雨さんに好意を持たれる理由はとんと思い当たらないが、ホントにそうだとしたら、もちろん嬉しい。
 雪雨さんはちっちゃくて可愛くて、そのくせしっかり者で。クールだけどおしとやかで。
 だがあまりに非現実的な昨日の情景に、あの放課後の出来事は夢だったのではないかとすら思ってしまう。
 よく考えれば自分と雪雨さんはクラスメイトだと言っても、せいぜい挨拶を交わすぐらいの関係だ。
 お互いをよく知らないし、好きとか嫌いとか以前の問題なのではないか。
 やはりあれは夢か何かで、百歩譲って夢じゃないにしても、たぶん聞き間違いとか見間違いだったんだろう。
 ……いや、でもでも。
 雪雨さんの切なそうな声が耳の奥に、普段のクールさとは打って変わった扇情的な痴態が網膜に、圧倒的な存在感を持って今なお張り付いて剥がれない。
 だとすると、昨日のことはやはり実際に起きたことで……。ということは雪雨さんは僕のことを?
 と、昨日から延々と繰り返される自問自答に、明俊の思考がループする。
 明俊は軽く頭を振って、メビウスの輪のようにループしつつ知恵の輪のようにこんがらがった思考を切り上げた。この繰り返しで明け方まで眠れなかったんじゃないか…。
 それに、いったいどんな顔して彼女と接すればいいのだ。
 彼女に僕が覗いていた(恣意的に覗いていたわけでは決してなく、あくまで事故だ)ことがバレなかったのだから、ごく普通に対応すればいいんだけど、不自然な態度になってしまいそうで怖い。
 とにかく、なるべく雪雨さんと接触しないほうが良さそうだなぁと、とりあえず今日の方針を決定する。
 明俊は本日何度目かのため息を吐き、何気なく机の端を一瞥した。
 そこは昨日、瑞希が下腹部を押し付けていた角だ。明俊の体操服を巻き付けて。下着越しに。一心不乱に。
「──っ!」
 瞬間的に顔がカっと赤くなるのを感じた。
 今、ごく普通に過ごそうと決めたばかりなのに、何を想像しているんだ僕は。
 明俊は眼をきつく瞑り、両方の眉毛を人差し指と親指ではさむように揉んで雑念を振り払う。

「…何をさっきから百面相してるんだ?」
 眼を開けて正面を見ると、吉木が呆れたような顔をしていた。
「悩み事なら相談に乗るぞ。女と金以外だけどな」
 まさにその女が悩みのタネなんだが、気を使ってくれている友人の言葉に自然と笑みが漏れる。
 気を取り戻した明俊は、
「ありがとう。何でもないよ。大丈…」
 夫。と言いかけ、二の句を失う。
 吉木の脇に、いつの間にか雪雨瑞希が佇んでいた。
「おはようございます。日阪君、ちょっといいですか?」
「おお、おはよう。雪雨さん。な、なにかな」
 普段通りに接しようと決めていたのに、急な瑞希の来訪に明俊は気が動転して挙動不振になってしまう。
 いつものように穏やかな口調で挨拶をする彼女を見て明俊は、ああ、やっぱり雪雨さん、今日来てたのか。と今更のように確認した。
 先ほど教室に入ったときには、彼女の姿を確認するのが怖くて、一目散に自分の席に着き、周りも極力見ないようにしていたのだ。
「日阪君、体調が悪いんですか?」
 そんな明俊の様子を知ってか知らずか、凛としながらもやさしい響きを含んだ瑞希の声が届く。
「あ、いや、たいしたことないよ」
 駄目だ、まともに彼女の顔を見ていられない。
 思わず顔を背けて答える明俊の視界に、ふっと何かがよぎった。
「ちょっと失礼しますね」
 ひやりとした感覚が額に生じる。
 瑞希が右手を明俊の額に、左手を自分の額に当て、ん〜、と可愛らしく小首をかしげている。
 明俊は驚いて声が出ない。
「ん〜…。手じゃ良く分かりませんね。じゃあ、」
 さも当然のように行われたそれに、一瞬何が起きたのか分からなかった。
 気がついたら、目の前に彼女の顔があった。
 軽く目を瞑り、お互いの息が掛かる距離。額に感じる体温。
 気がつけば、おでことおでこがくっつけられていた。
 そう理解した瞬間、明俊は全身の血液がどっと音を立てて顔に集中するのを感じた。
「…あら? 急に熱が…」
「ぉわぁ! だっ、大丈夫大丈夫! なんでもないなんでもない!」
 慌てて離れた拍子に、椅子から転げ落ちそうになる。
 なんなんだ。なんで今日に限ってこんなに雪雨さんが僕に絡んでくるんだ?
 僕と雪雨さんはいつも挨拶を交わすぐらいがせいぜいの、普通のクラスメイトだったはずじゃないか。
 普段通りに振る舞おうとしても、こんなことされてはとても平静でいられない。
 周りのクラスメイトも何事かと明俊たちの方を伺っている。「瑞希ってば、いつの間に日阪君とあんな仲になったの?」とか、女子の声が聞こえる。
 明俊は助けを求めるように、前の席の友人に視線を走らせた。おそらく自分の顔は真っ赤になってるだろうが、そんなことは構っていられなかった。
「あー、平気平気。こいつ、ちょっと寝不足なんだってさ」
 明俊の視線を受けて、吉木が助け舟を出す。
 持つべきものは友達だ。明俊は思わず感動するが、
「まあ、どうせエロDVDでも徹夜で観てたんだろがなッ!」
「な! ちょっ、おま」
 根も葉もないデマを口走る友人に慌てる明俊。ちらりとこちらを見た吉木の目が「なにお前、雪雨さんにこんな羨ましい事されちゃってるワケ?」と語っていた。この野郎。さっきの優しさは偽りか。
 というかエロはまずい。このタイミングでエロネタは、とてつもなくまずい気がする。
「冗談! 冗談だから!」
 慌てて取り繕うとする明俊に、さらに追い討ちをかける悪友。
「なんだよ明俊。この前すごくいい女家庭教師モノが見つかったって喜んでたじゃないか」
「なあ!? なんだそれ!」
「とぼけるなよ〜。きれいなおねえさんは好きですかって書いてあるパッケージ向かって、好きですっ!って宣言してたじゃないか」
「そんなことするか!」
 ひそひそと囁きあう声が教室中から聞こえる。女子たちは、日阪君ってそんな人だったの? と眉をしかめ、男連中は、みんなのアイドル・雪雨さんにあんな羨ましい事してもらったんだから、当然の報いだ、と心の中で吉木にGJサインを送っている。
 そんな中、一人だけ冷静に見える瑞希が、明俊の顔をじっと見つめ、
「日阪君は、年上の女性が好みなのですか?」
 と訊いてきた。しかも、
「もし良ければ、研究のためにそのDVDを貸して頂きたいのですが」
 などとのたまう。
「け、研究!? いやあの、吉木の言うことは冗談だからっ!」
「冗談とは、好みの女性についてですか? それともDVDについてですか?」
「両方っ!」
 瑞希の余りにピントがずれた発言に、今まで散々煽っていた吉木も、ざわついていた周りのクラスメイトたちも言葉を失ってぽかんとしている。
「では、別に年上でなければ駄目というわけではないんですね?」
 瑞希が心なしか、問いつめるような表情で聞いてくる。
 その表情と、何が目的なのか良く分からない内容の質問に、明俊は口篭りながら頷いた。
「ええっと、まあ、その……はい」
「それを聞いて安心しました」
 何がどう安心したのか分からないが、明俊はどことなく必死な感じだった瑞希の表情が和らいだように感じた。
「あ、そうでした。肝心な用件を忘れてました」
 瑞希は胸の前でパムっと手を合わせると、制服のポケットから黒い手帳を取り出し、明俊に差し出してきた。
「生徒手帳?」
「ええ、日阪君のですよ。拾ったんです」
「あぁ、ありがとう。いつ落としたんだろ。気付かなかった」
 生徒手帳は常に携帯する事を義務付けられているが、所持をチェックする先生も居なかったし、そもそも使用するタイミングなんてほとんどなかった。
 電車通学などで学割の定期券を購入する場合は、駅員に見せる必要があるらしいが、家が徒歩圏内にある明俊には関係なかった。そもそも、どこにしまっておいたかも忘れていたぐらいだ。
 おぼろげに、鞄に入れておいたような気がする、とその程度の存在だった。
 そんな様子で生徒手帳を受け取る明俊を見て、瑞希は微かに口元を綻ばせた。
「拾ったのは、昨日ですよ?」
「え?」
「昨日、この教室の前で拾ったんです。放課後に」
「──!」
 瑞希が言わんとしている事を理解し、明俊は思わず固まった。瑞希は相変わらず無表情だが、楽しそうに微笑んでいるようにも見える。
 あの時か。明俊は愕然となった。廊下に鞄の中身をまき散らした時、拾い損ねたんだろう。
 ということは、彼女は──
「それと、これもお返ししますね」
 固まった明俊をそのままに、瑞希は紙袋から綺麗に折り畳まれたブルーのジャージを取り出した。それは学校指定の体操服で、「2-C 日阪明俊」と書かれた名札が縫い付けられている。
 それを目にし、明俊はさらに固まる。昨日の情景が脳内にフラッシュバックする。
「あ、安心して下さい。ちゃんと洗いましたから。それとも……」
 明俊は呆然と瑞希を見上げる。瑞希は淡い微笑みを浮かべながら真直ぐ明俊を見つめている。
「…洗わずに、そのままの方が…、私の染みが、付いたままの方が良かったですか?」
「んなっ!?」
 自分だけに聞こえるように囁かれた言葉に耳を疑った。
 いったい何を、いったい何を言っているんだ雪雨さんは。明俊の脳みそは昨日の放課後以上に混乱していた。口をぱくぱくさせて言葉を失う。
 知ってるんだ、彼女は、昨日目撃したのが僕だって知ってるんだ。でも、だからって、なんでこんな挑発するような事を。
 訳が分からず汗だくになっている明俊に、瑞希はさらに囁く。
「とっても、気持ち良かったです。ごちそうさまでした」
「なっ ご、ごちっ!?」
 ごちそうさまって…、ごちそうさまって! 明俊は瑞希に自分が見ていたことを知られた事に驚いたが、それ以上に現在の状況に驚いていた。
 だって、なんでこんな。自分が密かにオナニーに使ってたものを、その持ち主にバレてるのを分かった上で、しししし染みが付いたままの方がだの、気持ちよかっただの、ごちそうさまだの言いながら返しに来れるのか、この娘は。
 しかも皆がいる教室だぞここは。小さな声とはいえ、周りに聞こえたらどうするのか。
 あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ! 『同級生の女の子のオナニーを目撃してしまったと思ったら、いつの間にか感想を言われていた』
 自分が思った事を素直に言うとかチャチなもんじゃ断じて無く、もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分で明俊は瑞希を見つめた。瑞希は相変わらず平然としているが、心なしか、頬にうっすらと赤みがさし、瞳もうるんでいるように見えた。
 バクンと明俊の心臓が大きく波打つ。
 そんな顔は反則だ。
 そんな顔して自分の痴態を報告してくるなんて、いったい雪雨さんは僕をどうするつもりなのか。
 混乱に混乱を重ね、明俊の脳みそのブレーカーは落ちる寸前だ。
 その時、教室の戸が勢いよく開いた音で、明俊はぎりぎりで我に帰った。
「ホームルーム始めるぞー。席着けー」
 担任が来たことで皆ばたばたと何事も無かったかのように席に戻りはじめる。
「…お話したいことがあります。放課後、図書室でお待ちしています」
 瑞希は先ほどと同じように、明俊だけ聞こえるように囁くと、ついっと踵を返し自分の席へ戻って行った。

 * * * * *

 この後は、それはもう散々だった。
 瑞希さんが囁いた内容は、幸いにも皆に聞こえてなかったらしく、そこは突っ込まれなかったが、おでこで熱を測られる等の過剰なスキンシップをネタに、クラスの男からは総スカン喰らうし、女子はなんか面白がって根掘り葉掘り訊いてくるし、それによってさらに男連中にハブにされるし。
 瑞希さんはあれからはいつも通りに戻った。女子に囲まれてなにやら質問攻めにされていたが、のらりくらりとかわしていたようだった。こちらにちょっかいをかけてくることも無くなったのは、不幸中の幸いだ。逆に、嵐の前の静けさみたいな感じでそれはそれで不安だったけど、これ以上問題が大きくならなくなったのは助かった。

 そんなこんなで放課後。
 丸一日イジられまくって体力も精神力も尽きる直前の明俊は、重い身体を引きずるようにして、朝、瑞希に言われた図書室の前にたどり着いた。
 体が重い理由は、クラスの皆にイジられたからだけではない。これからいよいよ瑞希と顔を合わせるのだ。しかも恐らく図書室では二人っきりになってしまうに違いない。中間試験が終わったばかりの今、わざわざ放課後に図書室を利用する生徒なんて居ないだろう。必然的に明俊と瑞希は二人っきりとなる。
 瑞希の、意図が掴みかねる挑発の数々も、明俊の心を乱す。
 いったい彼女は何を考えているのか。
 …ええい、ここで思い悩んでいても仕方ない。
 明俊は意を決して図書室のドアを開けた。

 * * * * *

 中に入ると、図書室独特の、埃とインクが混じったような匂いが鼻をついた。
 そういえば図書室に入ったのはいつ以来だろう。少なくとも積極的に利用した記憶は無い。
 意外に広い図書室を、明俊が物珍しそうに辺りを見渡しながら奥に進んで行くと、
「良かった。来てくれたんですね」
 と、後ろから瑞希に声を掛けられた。
 振り向くと、瑞希が部屋の入り口の方から小走りに寄ってくる所だった。
 僅かに口元をほころばせ、嬉しそうな笑みを浮かべている。その笑顔に明俊の心臓が小さく跳ねた。
 …やっぱり可愛い。これで困った行動を取らなければ最高なのに。
「えっと、話って何かな?」
 心臓の鼓動を誤魔化すように、努めて平静を保って切り出すが、その直後に自分の質問の馬鹿さ加減に気付いた。何の話って、そんなの決まっている。昨日のことで、今朝の続きだろう。
「日阪君。貴方が好きです。付き合ってもらえませんか?」
 瑞希が平然とした口調で告白してきた。言い淀む気配は微塵も無い。
 明俊はこの展開を予想していたが、緊張で早くも平常心を保つ自信がなくなってきた。
 そんな明俊の様子を見て、瑞希は微かにばつが悪そうに微笑んだ。
「って、昨日聞かれちゃいましたよね?」
「まあ、その……ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど…」
 明俊は照れくさくなり、思わず顔を背けて頭の後ろを掻く。
「そんな謝らないで下さい。あれは私が悪かったんですから」
 瑞希がついっと歩み寄り、見上げてくる。
「あんな形で告白しておいてなんですが…。お返事、聞かせて貰えますか?」
 明俊は自分の胸くらいに位置している瑞希の顔を見下ろす。
 告白をされたのなら、返事をしなければならない。
 明俊はその覚悟もしていたが、いざそのターンになると、とても冷静ではいられなかった。
 いっぱいいっぱいの明俊は、自分を見つめる瑞希の瞳が不安げに揺れていることに気付くことが出来なかった。

 とりあえず明俊は、昨日から心にあった疑問をぶつけてみた。
「…あのさ、なんで僕なの?」
 そうだ、これを聞かないと始まらない。
 生まれてこの方、女の子から告白なんてされたことが無い。自分の一体どこに彼女は惹かれたのか?
 自虐的なセリフになるだろうし、言ってて自分が情けなくなりそうだが、口にしなければならないと思った。
「あの、客観的に見てさ、僕って全然魅力ないような気がするんだ。特別勉強出来るわけでもないし、スポーツも人並みだし。だから、純粋になんで僕なんかにって思って…」
「そんなことありません。日阪君はとても素敵です。勉強だって、生物の成績は学年トップじゃないですか」
「よ、よく知ってるね。まあ生物だけは得意なんだけど…。というか、雪雨さんみたいな可愛い女の子にそんな事言われると、無茶苦茶嬉しいんだけどさ、だからこそ、余計になんで? って思っちゃって」
 段々自分が何を言ってるのか分からなくなって来た。明俊は顔が熱くなっていくのを感じながらも続ける。
「だから、何が言いたいのかって言うと、凄い失礼なことを承知で言うけど、ホントかなって思っちゃうんだ」
「私の告白が信じられないってことですか?」
「えっと、信じられないと言うか、理由が分からないというか」
「理由は簡単です。日阪君はとっても素敵で優しいからです」
 面と向かって言われると照れるが、自分のどの辺が素敵で優しいのか分からない。
「あー、えーと…。ありがとう。嬉しいけど、僕って雪雨さんと余り話とかしたこと無いような気がするんだ。だから、その…」
 言いよどむ明俊を瑞希はじっと見つめ、語り出した。
「先週の、生物のテストの時間を憶えてますか?」
「え? 生物の?」
 おそらく先週行われた中間試験の事だろう。生物のテストは中間試験の最終日、一時限目に行われた。
「あの時、日阪君は私の体調が悪いみたいだって先生に言ってくれましたよね?」
「あー…」
 思わず遠い目をする。確かに言った。
 あの日は朝から雪雨さんの体調が悪そうだった。始めは気のせいかな? と思ったけど、表情がいつもより硬かい気がしたし、顔色もなんだか悪いように見えた。
 どうしたんだろう、声かけた方がいいかな? でも勘違いかも知れないしなあ…。そう思った明俊は、彼女と仲が良い女子が瑞希の異変に気付くのを期待したが、試験直前のこの時間は、みんな教科書や参考書を広げて最後の詰め込みに忙しそうで、とても気付く気配は無かった。
 そうこうしているうちに試験が始まってしまった。明俊は裏返しに配られた問題用紙をめくりながら、瑞希の様子を盗み見た。瑞希は微かに眉をしかめ、目を辛そうに伏せ、いつもは瑞々しい桃色の唇も、紙のように白くなっているように見えた。これは本当に体調が悪そうだ。そう思った瞬間に明俊は手を挙げ、先生を呼んでいた。

「憶えててくれました?」
「うん、憶えてる。…でも、それが理由?」
 確かに結果的に瑞希は体調が悪いままテストを受ける事態を回避したが、明俊がやった事は瑞希の様子を先生に伝えただけだ。別に体調を回復させたわけじゃないし、人を好きになる理由としては弱いような気がした。
「でも、私にとっては充分な理由なんです」
 瑞希はちょっと自嘲気味に微笑んだ。
「私って、すごい無表情なんですよね? 自分では普通に表情を変化させてるつもりなんですが、誰もその変化に気付いてくれないみたいです。でも、貴方は誰も気付かなかった私の体調を見抜いてくれた」
「あの時は、皆周りを見る余裕が無かったから、気付かなかったんじゃないかな? 僕は生物は得意だから少し余裕あったし。だから瑞希さんの様子に気付いたのかも」
「その気付いてくれたところが嬉しかったんです。たぶん、余裕があっても他の人は気付かなかったと思います。私の表情を見て、体調とか気分を当てられるの、両親ぐらいなんですよ?」
「そ、そうなんだ」
 確かに一見無表情だし、良く観察しないと微妙な変化に気付くことが出来なそうだ。
「僕は雪雨さんのこといつも見てたから、気付いたのかも…」
 何げなく言ってから気付いた。何言っちゃってるんだ僕は! 自分の言ったことに気付いて顔がカっとなる。
「そうなんですか? 嬉しいです」
 あわあわと慌てる僕をそのままに、瑞希は心底嬉しそうに微笑んだ。目を微かに細め、口を僅かに綻ばせているだけだが、明俊には瑞希が心から喜んでいるのが分かった。それが分かって一層顔が熱くなった。
「あの時、日阪君が私の事を心配して先生を呼んでくれた時、思ったんです。この人なら、私のこと分かってもらえるって。本当に理解してもらえるって。それが、貴方を好きになった理由です」
 自分で理由を聞いておいて何だが、こうはっきり言われると非常に照れる。明俊の顔はもはや耳まで真っ赤だ。
「な、なんていうか、その、ありがとう。そんなに好きでいてくれたなんて、思わなかった」
「もう。日阪君って、敏感なのか鈍感なのかどっちなんですか?」
 瑞希がちょっと拗ねたように眉根を寄せる。
「昨日、私がしてたことを思い出してもらっても、私がどれだけ貴方のことが好きか、分かってもらえませんか?」
 彼女にしては珍しく、恥ずかしそうに目を反らし、最後のほうは小声になりながらも続ける。
「私、日阪君のことを想って、日阪君の体操服を抱き締めながら、日阪君の机で、その…オ、オナニーしてたんですよ?」
 そうだった。いや、忘れた訳ではないが、余りに非日常な光景だったので、それはそれ、これはこれ、みたいな感じになってしまっていた。
 下品な言い方になってしまうが、こうはっきりと「オカズにしてました」と言われると照れるというかなんと言うか。
 言った本人も、さすがに恥ずかしいのか「もう。女の子にこんなこと言わせないでください」と冗談めかして責めてくる。
「そ、そんな事言ったって、雪雨さんだって朝、染みだのごちそうさまだの散々僕を挑発してたくせに…」
「だって、日阪君見てたらちょっと困らせたくなったんです」
「な、なんで?」
「だってそうじゃないですか。私の、オ、オナニー、見てたのに、知らないふりするんですから。それに、疲れたような、困ったような顔で登校してきましたし。私の気持ち知ったはずなのに、そんな態度取られたら不安になるじゃないですか」
 …ああ、そうか。なんとなく、彼女の気持ちが分かった。
 まあ、だからってあんな挑発してこなくてもと思うが、その理由が分かったら、急に彼女が愛おしく見えてきた。今すぐにでも抱き締めたい衝動に駆られる。
「見ましたよね? 私が日阪君の机にしがみつきながらシテるところ…」
 いつの間にか、身体が密着しそうなくらいの至近距離から見上げられていた。
 彼女の顔が赤いのは、窓から差し込む夕日の所為だけじゃないような気がする。表情は相変らず変化に乏しいが、瞳が潤んでいるのがはっきり分かる。今朝のあの顔だ。
 明俊は熱にうかされたように答えた。
「うん、見た。…それで僕のこと好きだって言ってて、びっくりして鞄落としたんだ」
「私も驚きました。つい夢中になっちゃって、教室だっていう事すっかり頭から抜けてて。あの時、すごい後悔したんですよ? なんでこんなことしたんだろうって」
「雪雨さんも後悔することなんてあるんだ?」
「ありますよ。日阪君、私をなんだと思ってるんですか?」
「ご、ごめん! 雪雨さんて、いつも落ち着いてるから、そういう失敗とかしないって思ってた」
「落ち着いてなんかいません。今だって、すごくドキドキしてます。心臓が破裂しちゃいそう。ほら」
 そう言って、瑞希は明俊の右手をとって、胸に押し付けた。
「わ! ゆ、雪雨さん!?」
 明俊は熱湯に触ってしまったかのような反応で手を引こうとしたが、瑞希は想像以上に強く握っていてそれを阻まれてしまう。
 ブレザー越しに、胸の感触が手のひらに伝わる。華奢で、起伏に乏しいように見えるのに、びっくりするほど柔らくて右手が硬直したように固まった。
 瑞希は明俊の右手を半ば抱き締めながら、さらに身体を寄せてくる。
「教室でシテるのを誰かに見られたんだってわかった時、ホントに泣きそうになりました。でも、廊下に日阪君の生徒手帳が落ちてるのを見つけて、凄く、ほっとしたんです。見られたのが日阪君で良かったって思ったんです。ちょっと変なタイミングですけど、私の気持ちも伝えられましたし」
 瑞希は意を決したかのような顔つきで明俊を見上げ、これ以上無いくらい、はっきりと想いをぶつけてきた。

「日阪君、貴方が好きです。
やさしく笑ってる貴方が好き。
苦手な数学の授業中、ノートに何回も数式を書き直してる貴方が好き。
得意な生物の授業中、真剣な顔で先生の話を聞いている貴方が好き。
今、こうして私の話を聞いてくれている貴方が好き。
貴方を独り占めしたい。もう、どうしようもなく、好きなんです」

 明俊は、頭に麻酔が掛かったかのようになっていた。思考がまとまらない。僕はこの娘のどこまでも真直ぐな告白に、どう答えるべきなんだろうか?
「えっと、」
 明俊はカラカラになった喉を無理矢理潤すように唾を飲み込む。
「と、とりあえず、手、放してくれるかな? 落ち着かなくて…」
「答えを聞かせてくれたら、放します」
 あっさり却下された。
 仕方なく、右手をなるべく意識しないようにしながら、頭を総動員する。
「さっきも言ったけど、すごく嬉しい。こんな僕をそこまで好いてくれてるなんて」
「…私、口下手ですから上手に言えませんけど、本当はもっともっと好きって言いたいんです。これでも言い足りないくらいなんです」
 これ以上言われたら、恥ずかしくてそれこそ何も言えなくなってしまう。
 ふと、明俊は瑞希に抱きしめられている右手に違和感を感じた。……震えてる?
 よく見ると、彼女の細い肩が微かに震えていた。
 雪雨さんも緊張しているんだ。
 明俊は一度息を吸い、心を落ち着けると、出来るだけ真剣な表情で瑞希を見つめた。
「あの、雪雨さん、僕は、」
「駄目」
「──え?」

 気が付いたら、彼女に首を抱きつかれ、唇を奪われていた。
 しっかりと首を固定され、がむしゃらに唇を押し付けられる。
「んっ…はぁ」
 脳が溶けそうなくらい情熱的に、唇を重ねられる。
 息をつく暇も無い。お互いの口から熱い吐息が漏れ、密着した身体から湯気が登りそうなくらい体温が上昇する。
「ちょっ、雪雨さ、んぅっ」
 やっとショックから抜け出した明俊の口は、また問答無用で塞がれた。
 無茶苦茶に唇を重ね、吸い、舌を入れ、また重ねる。
 息を吸うのも忘れ、酸欠寸前まで唇をむさぼり、やっと離れたときはお互いの顔がべとべとで、明俊は机に背を押し付けられるような形になっていた。

「…私、ずるいですね」
 興奮してるのか、酸素が足りないのか、その両方か、瑞希は肩で息をついている。長い黒髪がカーテンのように垂れ下がり、彼女の顔を隠す。
「雪雨さん…」
 同じように息をつきながら、明俊は彼女を呆然と見上げる。お互いの吐息が熱い。
「日阪君に、答えを迫っておきながら、その実、怖くて、答えを聞きたく無いんです。貴方に拒絶されたら、私、きっと生きて行けません」
「雪雨さん、僕は、」
「駄目ですっ! 言わないでっ!」
 悲鳴じみた声を上げ、瑞希が明俊にしがみついた。瑞希の髪の毛がふわりと明俊の顔をくすぐる。
「こんなこと言われても、迷惑なだけだって分かってます。でも、駄目。貴方の答えが、例え私を受け入れてくれるものだとしても、今は怖くて聞けません」
 耳もとで聞こえる声が震えている。明俊をきつく抱き締めている細い腕もはっきりと分かるくらい震えている。
 まるで羽のように軽い彼女。苦しいくらいきつく抱き締められているのに、酷く頼りない。
 どうしようもなく愛おしくて、明俊は瑞希の背中に手を回していた。
 抱き返す瞬間、瑞希の肩が息を飲むように震えた。
「日阪君日阪君っ…」
 瑞希が明俊の肩に顔を埋め、泣いているような声をだす。もしかしたら本当に泣いているのかもしれない。
 声を掛けたい衝動を必死に押さえる。今は言葉では無く、態度で示す時だと思った。
 出来るだけ優しく、でも自分の気持ちが伝わるように強く、彼女を抱き締め、右手で彼女の髪を撫でた。

 * * * * *

 どれくらいそうしていただろうか。
 すごく長い時間だったような気もするし、ほんの1、2分ぐらいしか経っていないような気もする。
 瑞希の震えはもう無くなっていた。抱き締めたままの状態なので彼女の表情は分からないが、落ち着いているように感じる。
「……大丈夫?」
「はい」
 そっと声をかけると、瑞希ははっきりとした声で答えた。
 明俊は抱き締めていた手を緩め、彼女の肩に手を掛けそっと押し戻そうとしたが、瑞希に遮られた。
「もうちょっと、このままで居させて下さい」
「え? でも」
「駄目ですか? 日阪君の腕の中がとても心地よくて」
 瑞希が嬉しそうに言って、くりくりと額を明俊の肩口に押し付ける。
 明俊とて、このままずっと抱き締めていたかったが、そうも言っていられない。ここは学校の図書室なのだ。生徒は来ないだろうが、いつ先生が来るか分からない。
 それに──
「ほら、先生とか来るかも知れないし。ね?」
 口では優しく言って聞かせるような調子だが、内心はかなり焦っていた。
 昨日の痴態、今朝の挑発、そしてさっきのキス攻勢から現在の密着状態。
 女の子との触れあいなんて皆無に近い明俊は、正直、もうどうにかなってしまいそうだった。
 肩なんて信じられないくらい薄くて、首筋も腰回りも怖いくらい細いのに、どこまでも柔らかくて。
 ふわりと香る髪の毛とか、密着している部分の熱さとか、もう、なんなんだこれは、と。
 正直な下半身はすっかり目覚めてしまっている。瑞希は明俊のやや右側から抱きついているため、ズボンの中で堅くなったそれに気付いていないようだが、ちょっと身体をずらすと接触事故が起きてしまいそうだった。

 しかし瑞希はそんな切羽詰まった状態の明俊をさらに追い込んでくる。
「それなら平気です。私は図書委員ですから、先生に今日は図書室の整頓をするって伝えてありますから」
「そ、それならなおさら先生が様子見に来るんじゃないの?」
「いえ、鍵は私が預かってますし、図書委員の先生はもう帰られました」
「ええ!?」
 そんな無責任な。いいのかそれで?
「よくある事なんですよ? 私は去年も図書委員でしたから、信頼されてるみたいです」
 続けて、彼女はとんでないことを言い出した。
「それに、すでに鍵を掛けてありますし。だから、誰にも邪魔はされません」
「ちょ、いつの間に…」
「日阪君が図書室に入った後、鍵を掛けてから声を掛けたんです」
 なんてこった。あの時、入り口のほうから彼女が来たのはそういう訳だったのか。
「誰も、邪魔しに来ませんよ? 日阪君…」
 うっとりとした口調で囁きながら、するすると瑞希の手が下に降りる。
 やばっ、と思った瞬間には、瑞希の小さな手が明俊のに触れていた。
「あら、こんなに…」
 キャーーー! と思わず叫びそうになる。明俊は瑞希を強引に引き剥がし、背を向けた。
「ご、ごめん!」
「どうして謝るんですか?」
「いや、だって」
「私で興奮してくれたんですよね? 嬉しいです」
 ぴたりと瑞希が背中に抱きつく。手を前にのばし、明俊の胸とお腹を抱えた。
 背中から瑞希に抱きしめられ、温かい体温を感じ、思わず震えてしまう。
「よろしければ、私を使って鎮めて下さい」
「いやその大丈夫! 少し落ち着けばおさまるからっ」
 やばいやばい。深呼吸をして落ち着かせようとするが、瑞希の手がまた下へ。危なく彼女の手を捕まえて阻止する。
 完全に彼女に腰を後ろから抱えられている状態。思わず引いた腰の後ろ、お尻に瑞希が下腹部を押し付けてきたのを感じた。
 雪雨さん、ちょ、駄目だって! もはや声にならない。

「…もう、私が我慢出来そうに無いです。日阪君ので私を鎮めて下さい」
 そう言って明俊の手を取り、後ろへ引く。ぐちゃりと、お湯を浸したスポンジのような感触が指先に。
 同時に「はぁっ…!」と背中にくっついている彼女がぶるぶると震えた。そのまま明俊の手をぐりぐりと押し付ける。
 ぐちぐちと淫らな水音が図書室に響く。指先に感じるマシュマロのような感触と、つぎつぎと溢れ出す生暖かい液体が、明俊の理性を粉々に砕いた。

「っあ!」
 振り返り、彼女の肩を掴んで机に押し倒す。神経が焼き切れそうなくらい頭に血が登っている。
「…雪雨さん、ごめん。もう、止まりそうに無い」
 瑞希も顔を真っ赤にし、半開きの唇から荒い息が漏れている。瞳も完全に情欲に染まっている。

「はい…。
私の初めてをもらって下さい。
私の中に貴方のを下さい。
私の心も身体も貴方のものにして下さい」

 ……なんて殺し文句。
 それに対し、明俊は口付けで答えた。

「んっ、ふぁ、ちゅ、んふぅ」
 瑞希に覆いかぶさり口を蹂躙する。彼女も明俊の口にむしゃぶりつき、舌で口内をなめ回す。
 お互いに舌を絡めあい、涎を啜りあう。悦ばせるためのテクニックなど一切なく、本能的に行動していた。
「は、んぅ、口、日阪君のお口おいしいですっ」
 無茶苦茶に唇を吸いたてる。そんなにおいしいなら、と明俊は舌を瑞希の口中にねじ込ませ、だ液を流し込む。
 ズズッ…ジュル…ジュルル……。
 瑞希は明俊の頭を抱え、一心不乱に舌を吸った。コクコクと喉を鳴らす度に、頭がとろけていく。
「んはぁっ…もう、もう駄目ですっ…!」
 組み敷かれた状態の瑞希が、下から腰を浮かせて明俊に押し付けてきた。
 腰の奥が疼いて仕方ない。
 埋めて欲しい。埋めて欲しい。埋めて欲しい。
 腰の奥が空っぽになったかのように寂しく、切なく疼く。
 彼のでっばりで、空っぽの部分を埋めて欲しい。

 明俊も腰を押し付けはじめた。痛いほどいきり立ったそれは、ズボンを押し上げ、瑞希の下腹部を制服越しに突き刺さらんばかりに刺激する。
「ひ、日阪君、下さいっ! 私っ、もうっ」
 瞳を潤ませ、切なそうに眉を寄せて懇願する瑞希を見て、よりいっそう下半身に血液が集中した。
 明俊は無遠慮に瑞希のスカートに手を突っ込み、下着をずり下げた。
 もはや下着として機能しない程にびしょびしょに濡れたショーツが、くるくると丸まる。
 明俊は震える手でベルトを外し、ズボンと一緒に下着も降ろす。弾かれたようにガチガチに堅くなった陰茎が飛び出した。

 ああ、これが日阪君の…。ボーっとした頭で瑞希が見つめる。
 びくびくと痙攣し、雄々しくそそり立つそれが、これから自分の中に入ってくると思うと、腰の奥がぞくぞく震えた。お腹の中から温かいものがトロトロと流れてくるのを感じ、自然に息が荒くなっていく。
 明俊も息を荒くし、瑞希の足を広げさせ、腰を掴む。
 …いいよね? 入れるよ雪雨さん。
 明俊は確認を取るように瑞希を見つめた。瑞希が壊れたようにガクガクとうなずく。はしたなく浮かせた腰から、とめどなく愛液が滴る。
 それっ! 日阪君のそれ下さい! もう私もう! 瑞希は極度の興奮で声が出ず、犬のようにはっはっと荒い息をあげる事しか出来ない。

 くちっ…と、ドロドロにぬかるんだ割れ目に自分のものをあてがい、明俊がゆっくりと腰を進ませる。
 トロトロに溶けた熱い肉壷に自分のが入って行く。ぎゅうぎゅうに締め付けながらも柔らかく収縮する感触に腰がぞくぞくっと震える。女の子の中がこんなに熱いとは思わなかった。
「うくっ…! 雪雨さんすごい…」
 明俊は未知の快感に思わず声が出た。
「日阪君のすごいですっ! 広げてっ! 熱くてっ!」
 瑞希の方も未体験の快感に身悶えた。信じられないほど硬化した肉棒が自分の中に侵入してくる。狭いところを無理矢理広げ、その度に内面の襞が擦られる感触で腰が勝手にびくびくと跳ねてしまう。

 プツと何かが弾けた。
「ああああああああああ!!!」
 破瓜の痛みに絶叫し、瑞希が仰け反る。
「雪雨さん、入ったよ…全部」
「は…はい…」
 身を引き裂かれるような痛みが走るが、それ以上に喜びの方が大きかった。
 日阪君のが、自分のナカに入ってる。その事実が瑞希をさらなる興奮へ導いていく。
 空っぽの部分がぴったりと満たされる。
 まるで元から1つであったかのような、充実感。
 入ってる。彼のが。私の一番深いところに。
 彼のが、日阪君のが、私のナカを埋めている。
 ああ、熱い彼のものが分かる。私のナカでビクビク震えている。
 瑞希は、自分が彼のものをすっかり受け入れていると実感し、喜びと悦びが混じり合ってお腹の奥が熱くなってきた。
 心が、身体が、満たされていく。破瓜の痛みすら悦びに変わり、興奮に変換されていった。
「あ……、あ……、あぁ……ッ」
 それは瑞希のお腹の中でじわじわと大きくなっていった。
「あ、あ、あああっ、これ、これっ」
 腰が勝手にガクガクと震え、お腹の中で大きくなっていったものが、津波となって身体を駆け巡った。
「あ! あ! ああーーー!」
 瑞希は一気に絶頂に登りつめた。手足をぴんと伸ばし、背骨が折れそうなくらい仰け反る。
「雪雨さん!? うわわっ」
 瑞希の尋常では無い反応に、一瞬焦るが、次は自分が慌てる番だった。
 己の棒にみっちりと絡み付いた襞が、突如として不規則に収縮する。
 さらにまるで蠕動運動のように、陰茎の根元から先端に向けてぎゅうぎゅうと引き込まれる。
 骨盤が引き抜かれそうな感覚に襲われ、陰嚢の裏がきゅっと引きつる。
「っううう!!!」
 凄まじい快感にたまらず爆発する。
 熱い塊が精道を削りながら弾丸のように飛び出る。
 尾てい骨を直接いじられているような感覚が全身に走り、足の筋肉が吊りそうなほど硬直する。
「うッ! ぐッ!」
 2度、3度と大きな波が腰を中心に広がり、その度に精道を削って熱いものが排出される。
 ばしゃばしゃと音がしそうなほどの勢いで、精液が瑞希の子宮を叩く。
 その衝撃に、瑞希がまた震えた。
「あーッ! あーッ! あーッ! あーッ!」
 瑞希はビクンビクンと引き付けを起こしたかのように震えながら絶叫する。
 絶頂を向かえ、敏感になったところへ熱い塊が容赦なく叩きつけられた事で、また弾ける。
 止めどなく送り込まれる快感の電気信号に、頭がどうにかなりそうだった。

「くッはあっ…!」
 目の奥がちかちかするほどの射精感が過ぎ去り、明俊は力一杯食いしばっていた歯を解放する。
 ただ一度の射精なのに、精嚢が空っぽになった気がした。
「…雪雨さん、大丈夫?」
「はっ…はい…。だいじょ……ぶ、です…」
 瑞希は時折ぴくぴくと痙攣しながらも健気にもうなずく。
 長い黒髪が机に乱れて広がり、涎と涙でべとべとの顔にも幾筋か張り付いている。
 首筋まで真っ赤に染まり、荒い呼吸に胸が上下する。
「あたまが…どうにかなっちゃうかと思いました…」
「うん…。僕も…」
 未だ繋がったまま、明俊は身体を倒して瑞希と唇を合わせる。
 ついばむようなキス。瑞希は明俊の首に手を回し、もっともっととキスをせがむ。
「んっ、ちゅ、んぅ…」
 ぴちゃぴちゃとお互いの唇をついばみ、吸い付く。
「日阪君…」
「なに?」
 鼻と鼻の頭がつっくきそうなくらいの至近距離で見つめあう。
「まだ、大きいままですね」
「あー……うん」
 あれだけの精を吐き出してなお、明俊のペニスは堅さを失っていなかった。
 瑞希がくすくすといたずらっぽく笑う。
「私のナカ、こんなにたぷたぷにしておいて、まだ出し足りないんですか?」
 明俊の顔がかぁっと赤くなった。
 思わず視線を逸らした明俊に、瑞希は囁きかける。
「いいですよ。私ももっと欲しいですから…」
 ぞくり、と明俊の背筋を何かが走り抜けた。
「あッ、ナカで大きく!?」
「行くよ、雪雨さんッ! 動かすからね!」
「はいっ! たくさん動いて、たくさん出して下さいっ…!」
 じゅぶじゅぶと音を立て、熱くたぎった肉棒が初々しい花びらを掻き混ぜる。
 激しい腰の動きに、精液と愛液と少し血の混じった液体が、結合部から飛び散る。
「うあ、すご…!」
 ギチギチに締め付けながらも熱くとろける膣内が、明俊のものにグネグネと絡み付く。
 押し込む度にぷりぷりした襞が敏感な先端を包み込みながら擦れ、引き抜く度に腰ごと持っていかれそうな吸引が発生する。
「あぁぁッ、あぁ、すごいっです! ナカ、擦れて! はぁッ!」
 腰を打ち付けられる度に子宮を突き上げられ、ズルッと引き出される度にカリ首で肉襞をこそぎ取られる。瑞希は初体験とは思えないほどの快楽によがり狂った。
「そこっ、そこイイ! 気持ちいい! あーッ! あーッ!」
 瑞希はガクガクと身体を痙攣させ、不馴れな快感に耐える。
 小さな身体を目一杯仰け反らせて乱れる彼女を見て、明俊がさらに強く深く腰を打ち付ける。
「あッ! あーーッ! そんな、駄目ッ! ゃあッ!」
 全身を襲う快感に、瑞希が助けを求めるように明俊を見る。その顔は快楽に蕩けきっている。
 明俊はたまらなくなり、瑞希を抱き締め、唇を吸った。
「んッ! はッ! んぅんッ」
 華奢な身体をきつく抱き締め、無茶苦茶に唇を嬲る。
 身体を起こして対面座位の形となり、明俊は瑞希を上下に揺さぶる。
「か、はッ! う、ふぅう!」
 瑞希は容赦なく子宮口を突き立てられ、喉の奥まで衝撃が伝わり、苦しそうに息を吐いた。
 だが子宮口を突かれる苦しさは、程なく快感へと変わり、愉悦の声に変わっていった。
「あッ、ひぁあッ! 気持ちいいッ! 気持ちいいッ! 奥、来て! すごいよぅ!」
 小さな身体をくねらせ、瑞希は自ら腰を振り出す。
「日阪君ッ! 日阪君ッ! 日阪君ッ!」
 桃色の唇から涎を垂らしながら、自分が感じるポイントに明俊のペニスが当たるように腰をくねらせる。
 がくがくがくがくと無茶苦茶に腰を動かし、整った顔が淫らに歪む。
 ちっちゃくて、華奢で、人形みたいに可憐な瑞希が、快楽を貪るべく貪欲に腰を振る姿に、明俊は頭のどこかで何かが切れる音が聞こえた。
「んあッ は、あ! イッ、イキそ、です! 私、もおッ!」
「僕も、あと少しでッ…!」
 瑞希の声が1オクターブ上がり、悲鳴のような嬌声を上げる。
「お願い、一緒にッ! 一緒にぃッ! ひあ! あッ!」
「雪雨さんッ! 雪雨さんッ!」
 ぐちゃぐちゃと結合部が泡立ち、溢れる愛液がボタボタと床や机に落ちる。
「あッ、あッ! もッ、もう駄目来ちゃうお願い一緒に」
 切羽詰まった声を上げ、頭を振り乱して快楽に耐える。
「イクよッ! イクよッ!」
「好きッ! 日阪君大好きッ! あぁイクッ!」
「僕も好きだ!」
「あッ! あッー! イクッ、イキますッ! あ! あーッ! ああああーーーーー!!!」
「うっ! ぐ…!!」
 ビクンッ! と身体を震わせ、瑞希が絶頂に達する。同時に明俊も絶頂を向かえた。ビューッ! ビューッ! と堰を切って精液がほとばしり、瑞希の子宮口を叩く。
 明俊は絶頂に震える瑞希をきつく抱き締め、下半身ごとめり込ませるように腰を押し付け、お腹の奥の奥まで精液を染み込ませる。
「あっ、はあ……。ナカ、出て。気持ち良いです…」
 精液の熱さに、瑞希は白い喉をさらしてかたかたと震える。
 愛しい人に注がれる幸せを感じて、瑞希は目を閉じた。

 口を半開きにし、伏せた睫を震わせている雪雨さんの顔を見ると、劣情が再沸騰する。
 僕のはまだ萎えていない。もっと擦り付けたい。もっとめり込ませたい。
 彼女の細い腰を支え、上下に揺さぶる。
「ぇ!? やッ! 日阪君駄目ッ!」
 水音を立てピストン運動をすると同時に、どぼどぼと接合部から精液が溢れる。
 二人の間に精臭が立ち上り、頭の芯が痺れたような感覚を覚える。
「駄目ですッ! や、やあ! ひあッ! あーーーーッ! もおらめぇ!」

 * * * * *

「…えーと、大丈夫? 雪雨さん」
 その後、さらにもう1戦交えた僕達は、文字通り精魂使い果たした。
 あちこちに体液が飛び散り、あたり一面に精臭が漂っている。
 これからの後始末を考えると、気が滅入る光景だ。
「腰が抜けて、立てそうにないです」
 彼女はぺたんと床に座り込んだまま立ち上がれないでいる。
「鎮めて欲しいと言ったのは私ですが、足腰立たなくなるまでされるとは思いませんでした」
「ご、ごめん。その、なんか止まらなくて…」
 差し出した手に掴まって、瑞希さんがよろよろと立ち上がる。
「日阪君は、ケダモノですね」
「うう…」
 反論出来ない…。
 雪雨さんは僕に寄り掛かると、下から顔を覗き込むように見上げる。
「でも、とても素敵な体験でした。またして下さいね」
 彼女の見とれてしまうほど可愛い笑顔を見て、ケダモノでもいいや、と僕は思った。

終わり






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