「ただいま帰りました」
「あら、おかえりなさい。瑞希」
図書室での情事後、その後始末が終わり、夕方遅くなってから自宅に帰った雪雨瑞希(ゆきさめ みずき)を、ややのんびりとした声が迎えた。
奥からパタパタとスリッパをならして、瑞希よりも頭2つ分近く背の高い女性があらわれる。だいたい、20代前半から後半ぐらいだろうか。
まずその胸に目が行く。エプロンをこれでもかと押し上げている豊かな膨らみは、弾丸ライナーのように平坦な瑞希のそれとは対照的だ。いや、対照的なのはそこだけではない。
女性にしては長身の体躯、豊かな胸にくびれたウエスト、そこから滑らかに裾野を広げ、ハートを逆さにしたような見事なヒップ、むっちりしとつつもスラリとした脚。
普段着+エプロンという所帯じみた格好なのに、彼女が歩く玄関までの廊下が、まるでファッションショーの舞台になったかのような錯覚を覚える。
「今日は遅かったのね。…あら? そちらの男の子は?」
にこやかな表情を絶やさずこちらを見る女性に、瑞希がいつもように平坦な口調で答える。
「彼は私の恋人で、遅くなった私を家まで送ってくれたんです」
その声で、明俊ははっと我に返った。そうだ、ここはパリやミラノのショー会場ではなく、雪雨さんの家だった。
「は、はじめましてっ。日阪明俊(ひさか あきとし)と申しますっ!」
びしっと気を付けの姿勢から、ずばっと最敬礼を繰り出す。明俊は緊張の余り、動きが堅くなる。
こ、恋人として紹介されてしまった…。いやまあ雪雨さんとは確かにそういう関係なんだけど、付き合い始めたその日の内にこんな状況になるとは思わなかった。この女の人は、雪雨さんのお姉さんだろうか。
学校を出る時、家まで送って行くと言ったのは明俊だが、家の前で「それじゃ、また明日」と帰ろうとしたら「そんな急がなくてもいいじゃないですか」と瑞希に手を取られ、半ば強制的に玄関に上がる羽目になってしまった。カッコつけて「送って行く」なんて言わなきゃ良かったと一瞬後悔したが、でも僕の、か、彼女…なんだし、自分も送って行きたかったし、でも、こんな状況はまだ心の準備が出来ていないと言うか、と、揺れ動く思春期の男心。
そんな明俊に、長身の女性がのんびりと答える。
「あらまあ。瑞希が恋人を連れてくるなんて思わなかったわ。はじめまして。瑞希の母です。わざわざ娘を送ってくれてありがとう」
穏やかな微笑みに、明俊の緊張が幾分おさまるが、彼女の言葉の意味に気付いて、後から驚きが来た。
……え? 母?
「え? お母さんですか? てっきりお姉さんかと…」
だって、女子大生かOLくらいの年齢に見える。高校生の娘を持つ母親とは思えない。
「あらあら嬉しいわ。お世辞が上手なのね」
単なる勘違いなのだが、彼女は頬に手をあて、相変わらずにこにことしている。
この人が雪雨さんのお母さんかあ。想像と違ったなあ…。明俊は思った。
いつもにこにこしてそうだし、体型だけじゃなくて表情も対照的だなあ。
と、観察してる明俊の左腕が、不意に左へ引かれた。
「わ、雪雨さん!?」
瑞希がまるで自分のものだと主張するかのように明俊の腕を抱き締める。お、お母さんの前でこんなっ! と明俊は泡を食う。振りほどく訳にもいかず、わたわたと慌てることしか出来ない。瑞希の無表情に見える顔の奥に、不満げな感情が浮かんでいるように見えた。
「そんな顔しなくても、取らないわよ。瑞希」
娘の突飛な行動に全く驚きを見せずに、母親は微笑ましそうにくすくすと笑う。
「ほらほら、放してあげなさいな。彼、困ってるわよ?」
ぴたりと寄り添っている娘とあわあわとしている彼を見て、まるで学生時代の自分と夫のようだと彼女は思う。
自分達も外から見たらこんな感じに見えたのだろうか? 彼女はくすぐったそうに微笑む。
「日阪君は私のです。手を出したら母さんでも許しませんよ?」
「そんなことしないから、安心なさい」
母親の言葉の真偽を見定めるかのように、瑞希が敵意むき出しでじっと見つめている。
なんでこんな状況になってるの!? と明俊は一人慌てる。
「お母さんが愛する男の人は、お父さんだけよ? 他の人なんて目に入らないわ。今までも、これからもずっとそうよ」
にこにこしたまま答える彼女をみて、明俊は納得した。あー…、なるほど。雪雨さんの母親だ。
「…そうですね。確かに父さんと母さんを見てると納得出来ます」
瑞希はそう言って、きつく抱き締めている腕を緩めた。
明俊は、瑞希が発していた敵意が波が引くかのようにすうっと穏やかになったように感じた。
…これは、浮気なんかしたら殺されそうだ。明俊は思わず気を引き締めた。実の母にも対してもこんな調子じゃ、浮気なんてしたらどうなるか分からない。当然、浮気などする気はさらさら無いし、むしろ、自分が先に愛想つかされてしまいそうだが、彼女の敵意が自分に向けられた時の事を想像して、明俊は背筋が冷たくなる。
でも、なんていうか。
こんな些細な事で嫉妬する彼女がとても可愛いというか。好かれてるってことがはっきり分かって、なんだかとてもくすぐったい気持ちになる。
「じゃあ、僕はこの辺で…」
未だ腕を抱いている瑞希から、さり気なくするりと腕を抜き、頭を下げ、明俊はそそくさと玄関のノブを掴む。
「あら、もう帰るの? 上がって行ってくださいな」
「日阪君、上がっていってください」
「いえいえ! もう遅いですし、お邪魔する訳には」
ステレオで言う母娘に、明俊は慌てて断った。
挨拶だけでいっぱいいっぱいなのに、家に上がるなんで無理だ。
「遠慮しないで。そうだ、晩ご飯食べて行きなさいな」
「そうですね。折角ですから、晩ご飯“も”食べて行ってください」
「いえそんな! お気持ちだけ頂いておきます!」
なぜか強調するかのように“も”を付ける瑞希をとりあえずスルーして、明俊は頭をさげて辞退する。
「あら、もうすぐ用意出来るのよ?」
「私はさっきのでお腹がいっぱいですが、日阪君は逆にお腹空いたんじゃないですか?」
「ちょっ!」
何言っちゃってんのーッ! 思わず叫びそうになった。
「あら? 瑞希、何か食べて来たの?」
「いえ、特に何も」
頭に?マークを出してる母親をよそに、瑞希は明俊を真っ直ぐ見上げ、
「晩ご飯“も”美味しいですよ? ですから、晩ご飯“も”食べて行ってください」
と、いたずらっぽく微笑む。
言外に、「さっき食べた私は美味しかったですよね?」と言ってるのが分かった。
な、な、な…! 明俊は驚きの余り、口をぱくぱくとさせることしか出来ない。
なんなのこの娘!? ここに不純な生徒がいるよ! PTAは何してるの!?
「瑞希もそう言ってるし、せめてお茶だけでもどう?」
そんな二人の様子に気が付いていない調子で言う母親の言葉で、明俊ははっと閃いた。
びしっと姿勢を正し、
「お言葉に甘えさせて頂きたいところですが、こんな時間ですし、今日は雪雨さんを送りにきただけなので、これで失礼させて頂きます。一度、キチンと御挨拶に伺いたいと思っておりますので、その時に改めてお邪魔させて頂きます」
と、スラスラと自動書記のように言葉を発し、ペコリと丁寧に頭を下げる。
「あらそう? じゃあ今度いらしてね。楽しみにしてるわ」
「そうですね。そんな気を使ってくれなくてもいいんですが、そうことなら、また今度招待しますね」
一部譲歩することでこちらの目的を通す、そういった交渉術があったことを明俊は思い出していた。とっさに言った割には上手くいったようだ。
少し残念そうに眉を下げながらも、感心したように微笑む瑞希ママと、無表情の瑞希。だが、瑞希の瞳の奥が微かに燃えているように見えるのは、明俊の気のせいだろうか。彼女が言う招待に、明俊は何か薄ら寒いものを感じるが、今日の所はこの状態から抜け出すのが先決だ。
「それじゃあ、お邪魔しました」
「あ、日阪君。ちょっと待っててください」
玄関を出ようとする明俊に瑞希はそう言うと、家に上がってパタパタと走り去る。やや間を置いて、紙袋を持って戻ってきた。
「お土産です。温かい内にどうぞ」
「あら瑞希、気が利くわね」
どうやら何か料理を詰めて持って来てくれたようだ。明俊は晩ご飯を断ったことに罪悪感を覚えながら、紙袋を受け取る。
「お口に合えばいいんだけど…」
「食が進むと嬉しいです」
と言う二人に明俊は、いえそんな、と手を振る。
「有り難く頂きます。こちらこそ、せっかくのお誘いをすみません」
「感想聞かせてね?」
「そうですね、私も是非感想が聞きたいです」
「はい。必ず。──それじゃ、お邪魔しました」
本日2度目の挨拶をして、明俊は玄関を出た。
* * * * *
外はすでに黄昏れ時を過ぎ、藍色の空が明俊を出迎える。
夜になり、冷えてきた空気を胸一杯に吸い込み、大きく吐き出した。
あー…、緊張したなあ…。明俊はこりをほぐすように首を回す。
まさか雪雨さんのお母さんに紹介されるとは思わなかった。まあでもそんなに悪い印象を与えなかったと思う。雪雨さんのお母さんが優しそうな人で良かった。
今日は色んな事があったな。というかありすぎた。雪雨さんと付き合う事になったばかりか、学校でセッ…エッチ、しちゃうし、そのまま、玄関だけとは言え、家にお邪魔しちゃうし。
雪雨さんの大胆な言動にはこれからも振り回されそうだけど、でもそれは、それだけ彼女が僕のことを好きだってことで、そう考えると胸が熱くなって、なんだか落ち着かなくて、頬もなんだかゆるんじゃって。
ああもうっ! 家に向かって歩く足が止まる。今すぐ彼女の家に戻って彼女を抱きしめたい。頭ではそんな事出来ないと分かっているけど、自分の腕の中にすっぽりと収まって幸せそうに肩口に額を押し付ける彼女を思い出すと、もう、腕と胸が何かしびれたようにぞくぞくする。
あー。ハマるってこういうことなのかなあ…。
明俊はもう、引き返せないくらい瑞希が好きになっている自分を自覚した。
* * * * *
そんな事を考えながら、幸せな気分で自宅に着いた明俊だが、お土産として渡された紙袋の中身を見て、瑞希の斜め上っぷりを再確認する事となった。
「お土産って、これ…パンツじゃないか……」
今日一日、様々な予想外の展開を乗り越えた明俊だったが、今度こそ膝から力が抜けて崩れ落ち、がっくりと床に手を付く。
料理もちゃんと入っていたが、紙袋の一番下に見覚えのあるショーツがビニール袋にくるまって入っていた。
確か、これは今日雪雨さんが穿いてたパンツだ。行為の時にびしょびしょになってしまったが、さすがにノーパンで帰る訳にも行かず、家が近いですから平気です、と彼女は穿いて帰った。
まさにorz状態のまま明俊は、お土産を渡す時の彼女の言葉を思い出した。
「温かい内にどうぞ」って、脱ぎたてって事!? それにどうぞって!
「食が進むと嬉しいです」って、お、オカズにしろと!?
「是非感想が聞きたいです」って、それ聞いてどうするの!?
明俊はしくしくと女の子のように泣きたい気分になった……そう、なった、はずなのに。
え、ちょっと待って。なんで、こんな…。
意に反して、ぞくぞくと背筋が震えるのを感じて愕然となった。股間は勝手にむくむくと膨らみ、ズボンを押し上げ始めていた。
思わずビニール袋に入った瑞希のショーツに目が行く。柔らかそうな素材で出来ており、小さく丸まったそれは、見た目にもふかふかとした印象を与える。白を基調とした布地で、小さな薄ピンク色の花柄が散らばっていた。クロッチの部分を中心に彼女の染みが広がり、卑猥に濡れそぼっている。
明俊は喉の奥がかぁっと熱くなり、息が自然と荒くなった。
これは、雪雨さんがさっきまで穿いてたもので、この染みは、彼女が興奮して出来たもので、彼女が興奮したのは、ぼ、く、な訳で、僕に対して、こんな、絞れるくらい、壊れた蛇口のように雪雨さんは、濡らして。
明俊の頭に、図書室での情景が浮かび上がる。小さな彼女が、僕にまたがって、頬を染め、髪を振り乱して涎を垂らしながら、腰を振っていた。
明俊は喉の奥が、まるで胸焼けしたかのようにジンジンと熱くなるのを感じた。ズボンの中のものは呆れるぐらい硬くなっている。熱にうかされたかのようにビニール袋に手を入れて、震える指がそれを掴んだ瞬間、ビクリと固まる。……温かい。
濡れて、冷たくなっているはずなのに、まるでたった今この状態になったかのような温かさを放つショーツに、明俊は理性を失った。
単純に考えて、作り立ての料理と一緒に入っていたのだから、その熱に温められただけなのだが、程よく、人肌に温められ、さらにほわほわと柔らかな感触を持ちつつも、さらさらとしたショーツの肌触りを指先に感じた瞬間、もうそれに自分のものを擦り付けることしか考えられなかった。
* * * * *
……。
………。
………や…。
…やって、しまった…。
ああっ…。明俊は今度こそ、本当に、しくしくと女の子のように泣きたい気分になった。
遠い空にいる父さん、母さん。お元気ですか? あなた達の息子は、女の子に下着を渡されて興奮する変態になってしまいました…。
* * * * *
どんなに落ち込んでいても、朝はちゃんと来るわけで。
明けない夜はない、という希望的な意味合いの言葉よりも、否が応にも朝が来る、と言った歓迎したく無い方の心情で、明俊は通学路を歩く。
未だに夕べの自己嫌悪を引きずっていた。自慰の後は、大抵自己嫌悪に陥るものだが、あの時のそれは別格だった。なまじ、物凄く気持ちよかっただけに罪悪感もひとしおだ。
そう、気持ちよかったのだ。物凄く。
女の子の下着でしちゃうなんて、どれだけ変態なんだ僕は。と明俊はがっくりとうなだれる。
どんな顔して雪雨さんと接すればいいんだ…。と、昨日とまるで変わらぬ状態のまま、とぼとぼと歩く。
そんな彼に、凛とした声が掛けられた。
「日阪君、おはようございます」
まさに、ちょこん、という擬音がぴったり当てはまるような感じで、瑞希が正面に立っていた。
朝日を背面から浴び、輪郭にキラキラと輝く光の粒を纏いながら歩み寄る瑞希が、それはそれは清らかで、穢れ無いものに見えた。すっきりとした夏服も、彼女の清純さを引き立てているように見える。
長袖のブラウスに透ける細い腕も、プリーツスカートから覗く丸いひざ小僧も、紺のハイソックスに包まれた細いふくらはぎも、下手に触れたら壊れてしまいそうな危うさを感じさせる。
「お、おはよう。雪雨さん」
愛くるしい彼女の挨拶は、本来なら歓迎すべきものだが、今の明俊には眩しすぎて直視出来ず、後ろめたさに思わず視線を反らして挨拶を返してしまう。
不意に、ぐいっと顔を正面に向けられる。瑞希が正面から明俊の頬を両手で挟んでいた。
そのままついっと背伸びをし、唇に柔らかな感触が生まれる。
目の前に軽く瞑った目蓋が見える。長い睫が微かに震え、白磁器のような肌に、うっすらと青い血管が透き通っているのを確認出来るくらい、至近距離。
ふっと、なごり惜しむかのように唇が離れ、すとんと瑞希が踵を着く。
彼女は両手で明俊の頬を挟んだまま、僅かに微笑む。
「おはようのキスです。目、覚めました?」
遅れて、やっとキスされた事に気付いた明俊は顔に血が集中する。挟まれた頬が熱い。
「あ、え、う…」
しどろもどろになって言葉が出ない明俊に、瑞希は、
「まだ覚めませんか? じゃあもう一回」
と、背伸び。
「さ、覚めた! 覚めたよ!」
我に返った明俊は、慌てて仰け反りキスをかわそうとするが、頬を挟んでいた両手がするりと首に巻き付き引き寄せられる。爪先立ちし、顔を目一杯上に向け、首にぶら下がるような形でキス。
「んー! んー!」
細い腕の、どこにそんな力があるのか。がっちりと首を抱えられ、逃れられない。
「んんっ! っぷあ!」
仕方なく、彼女を抱きかかえるようにして持ち上げ、顔を離すことに成功する。キス中の呼吸が未だに上手く出来ない明俊は、肩で息を付く。恥ずかしいやら苦しいやらで、顔が真っ赤に染まる。
「日阪君の方から抱き締めてくれるなんて嬉しいです」
「雪雨さんが放してくれないからじゃないか…」
首に腕を絡め、抱きかかえられた格好のまま、嬉しそうに微笑む瑞希に、明俊はため息を付くことしか出来ない。
「私としては、このまま教室まで運んで欲しいところですが、どうでしょう?」
「……却下します」
朝からどっと疲れた気分で、明俊は瑞希を地面へ降ろす。羽のように軽くて、人形みたいに細いのに、とても柔らかくて温かい彼女をこれ以上抱き上げていると、ヘンな気分になってしまいそうだった。
そもそもここは通学路だ。幸い、周りに人はいなかったから良かったものの、こんな光景をクラスメイトに見られたらと思うと気が気ではない。
「じゃあ日阪君の左腕で我慢します」
言うが早いか、瑞希は猫のようにするりと明俊の左側に回り込み、腕にしがみつく。
「…えっと、学校が近くなったら離れようね?」
「却下します」
左腕に感じる温かな感覚にどぎまぎしつつ、諭すように言う明俊に対し、瑞希は即答して腕に顔を擦り付ける。
「教室まで、いえ、授業が始まるまで放したくありません」
「いや、いやいやいや!」
彼女ならホントにやりかねない。そりゃ、しがみつかれて嫌な気はしないけど、時と場所というものがあって、学校と言う集団社会で生活している以上、時には自分の主張よりも周りに合わせる事を優先することも大事だと思うんだ。と、彼女を必死に説得する。
「私の目的は、日阪君と私の関係を学校中の生徒に知ってもらうことですから、注目されるのはむしろ好都合です」
「な、なんで知ってもらいたいの!?」
「日阪君に悪い虫が寄らないようにするためです」
「心配しなくてもそんなの寄って来ないからっ!」
残念ながらというか幸いにもというか、約17年間生きてきて、そんな経験は一切ない。明俊は思わず頭を抱えそうになった。
「あ、あのね? 生徒はともかく、先生に注意されると思うんだ」
そうだ。自分達が通う高校は、特別、風紀に厳しい訳では無いが、学校内をこんな状態で過ごしている生徒を生活指導の先生が放っておくわけがない。
「生徒同士で腕を組んではいけないという校則はないと思います」
「な、無いかもしれないけどさ、その、心情的に反感買いそうでしょ?」
「先生にどう思われようと、私は気にしません」
僕は気にするのーッと叫びそうになるのを押さえ、明俊は瑞希の顔を覗き込むようにして、あえて、責めるような口調で言った。
「雪雨さんはさ、来年も僕と同じクラスになりたくないの?」
「なりたいに決まってるじゃないですか」
なんでそんな当たり前のことを聞くのか分からない、といった風に瑞希が答える。
「じゃあ、少しは自重しないと」
「…どうしてですか?」
我が意を得たりといった調子で言う明俊を、瑞希は不思議そうに見上げる。
「ほら、クラス編成って、先生が決めるでしょ」
「そうですね。どういう基準か分かりませんが、結構ルーズに決めていると聞いた事があります」
「うん、だからさ、“学校内でイチャついているけしからん生徒がいる”って先生に思われたら、確実にその生徒は別々のクラスにされるよね?」
「…………」
明俊の言わんとしていることを理解して、瑞希は不機嫌そうに目を反らした。
こんな言い方は卑怯だな、と思いつつも、明俊は心を鬼にして口にする。
「僕は、来年も雪雨さんと同じクラスになりたいなあ。高校生活最後の1年だし」
ごめんね雪雨さん。僕だって雪雨さんとイチャイチャするのは嫌いじゃないし、むしろ好きなんだけど、急がば回れというか、その方が結果的に僕達にとって良いと思うんだ。
「……でも、それでも私は、日阪君とこうしていたいんです…」
瑞希は駄々をこねる子供みたいなことを言って、うつむく。明俊の腕がぎゅっと抱き締められる。
そんな調子で言われたら…雪雨さん卑怯だ…。明俊は胸が痛くなった。耐え難い痛みを覚え、とてもたまらない気分になる。
僕の腕を抱き締める彼女の姿が、まるで、お気に入りのおもちゃを大人の勝手な都合で取り上げられそうになっている子供みたいに見えた。腕をしっかと抱き締め、悲しげにうつむく彼女は、とても健気で頼り無く、僕はたまらなく胸が苦しくなった。
「…あー、」
明俊の声に、彼女は微かにビクリと震える。拒絶されると思っているのかもしれない。明俊は気付かない振りで、素早く言葉を続ける。
「あのさ、僕、環境美化委員でね? 週に3日、30分ぐらい早く学校に行って、花壇とか植え込みに水をやったりしないといけないんだ」
「…?」
頭の後ろを掻きながら、恥ずかしげに視線を反らし、早口で言う明俊を、瑞希が見上げる。
「だからね? その、週に3日だけだけど、その時なら、先生も他の生徒もいないし、もし雪雨さんが良ければ、30分早起きしてもらわないといけないけど、こうやって腕を組んで学校に行ったり、キ、キスしたりしても平気だと思うんだ。……それじゃ、駄目かな?」
途切れ途切れ言う明俊のセリフに、瑞希の表情が笑顔に変わっていった。
「…やっぱり、日阪君はとっても優しいですね。素敵です。惚れ直しました。大好きです」
初めて見る、彼女の満面の笑顔に、明俊は思わず見とれてしまう。
瑞希は心の底から嬉しそうに明俊にしがみついた。
「週に3日以外でも、学校の近くまでなら腕を組んでもいいんですよね?」
「あー、うん」
「良かった。──行きましょう、日阪君」
満面の笑顔のまま、腕をぐいぐい引っ張って歩く瑞希に、明俊は困ったような、嬉しいような、なんとも言えない笑顔でついていく。
「日阪君。私まだ、学校でイチャつくのを諦めてませんよ?」
「え!?」
驚く明俊に、瑞希はこちらを真直ぐ見上げる。
「今年一年は我慢します。でも、来年は最後ですから、先生を気にする必要はありません」
いつものいたずらっぽい笑顔で、瑞希は続ける。
「一年間おあずけされる分、来年はすごいことしちゃいますよ? 覚悟しててくださいね?」
心の底から楽しそうに宣言する瑞希に明俊は、
「お、お手柔らかにお願いします…」
と、力無く頭を垂れるのが精一杯だった。
* * * * *
ぽいっと、折り畳まれたノートの切れ端が、明俊の机に飛び込んで来た。
今は授業中、教師が黒板に向かっている隙に、明俊の隣の席に座っている生徒が放り投げたようだ。
今日はこれが最後の授業。試験も終わったばかりだということもあって、ほとんどの生徒が授業を聞いているようで聞いていないような雰囲気だった。
明俊の机に放り込まれた切れ端には「日阪君へ」と書いてある。
いったい誰が? と教室を見渡すと、3列程席が離れた先にいる瑞希が、明俊に視線を送っていた。僅かに微笑んで、白い指がちょいちょいと明俊が持っている紙片を指す。
なんだろう? 明俊は教科書を立てて壁にし、幾重にも折り畳まれた紙を開いた。
“私のびしょびしょに濡れたパンツは気持ちよかったですか?”
「ッーーーーーーーーーーーーーー!!」
声にならない悲鳴を上げ、ばしっと手を叩くような勢いで紙を閉じる。危なく大きな音が出そうになって、背中にどっと冷たい汗が噴き出した。
か、完全に不意を突かれた…! 心臓が大型の単気筒エンジンのようにドカドカ鳴る。
今朝はこのことで頭がいっぱいだったのに、雪雨さんに会ってから、キスだのなんだので、すっかり頭から消えていた。
板書している先生も周りの皆も特に気付いていないようだ。皆が真面目に授業を受けている時期じゃなくてホントに良かった。シーンした授業風景だったら、確実に気付かれていただろう。こんなメモを見られたら、もう生きて行けない。
明俊は真っ赤な顔で、瑞希の方に呆然と目を向けた。
瑞希は僅かに頬を染め、いたずら顔で微笑んでいた。
* * * * *
これは、いくらなんでも一言文句を言ってやらないと気が済まない。
正直、アレは無い。周りに気付かれなかったから良かったものの、皆や先生にあのメモを見られたらと思うとぞっとする。第一、メモが僕の所に来る前に、誰かが見てしまう危険性だってあったんだ。
そう思い、授業が終わり、放課後になった瞬間に瑞希の席へ行こうと立ち上がりかけたとき、瑞希がこちらに向かってくるのが見えた。視線が真っ向からぶつかり、明俊は思わず顔を背けてしまう。
椅子から浮かせた腰を下ろし、顔を伏せる。
「日阪君」
クラスメイトが思い思いに帰り始めた教室で、上から彼女の声がした。明俊は椅子に座り、顔は背けたままなので、彼女の表情は確認出来ないが、少なくとも声はいつも通り平坦だ。
彼女に対して答える声が、自然と不機嫌な調子になった。
「…なに?」
「そんな、怒らないでください」
「だって!」
明俊は思わず声を上げ、瑞希を見上げる。そして驚いた。瑞希は少し困ったような顔をしていた。てっきり、例のいたずら顔をしてると思ったのに。
「あんなに驚くとは思いませんでした」
「……驚くに決まってるでしょ…」
明俊は少し毒気を抜かれて顔を伏せ、力無く答えた。
「でも、嬉しかったです」
「…僕が驚くのがそんなに嬉しいの?」
脱力して机に突っ伏しそうになる明俊に、瑞希はふっと顔を近付け囁きかけた。
「あんなに驚いたという事は、私のパンツが凄く気持ちよかったんですね?」
どかんっと顔が沸騰した。
「自分で渡しておいてなんですが、まさか、日阪君が本当に使ってくれているとは思いませんでした。これは嬉しい誤算です」
本当に嬉しそうに囁く瑞希に、明俊は真っ赤になった顔を隠すように背け、
「別に、つ、使ったなんて、言って無いよ」
と、精一杯、平静な声で言う。こんな分かりやすい反応をしておいて、説得力の欠片もないが、言わずにはいられなかった。
「隠さなくてもいいじゃないですか。私は使ってもらって嬉しかったんですから」
あっさり看破され、言葉を失う。否定も肯定も出来ずに、明俊は話を逸らした。
「な…なんで、パ、…あれを入れたの?」
「私は日阪君の体操服を借りたので、そのお返しにと思いまして」
どこの世界にそんなお返しをする女子高生がいるの……。明俊はもう呆れて声が出ない。
勝手に人の体操服をオカズにしたばかりか、自分の下着を相手にオカズにして貰うために渡すなんて。
「感想、必ず聞かせてくれるって言いましたよね? 使い心地はどうでした? どれくらい興奮しました?」
つ、使い心地って!? 明俊は夕べの自慰を思い出し、頭から湯気が出そうになる。思わず見上げた瑞希の顔が、いつものいたずら顔になっていた。
しかし、僅かに頬を染め、目も微かに潤んでいる。その顔をまともに見てしまい、明俊の心臓が大きく跳ねた。
瑞希は明俊の答えを待たずに、さらに囁く。
「日阪君が私のパンツでしてるかもと思うと、凄く興奮して、昨日あれだけ注がれたのに、我慢出来なくて、2回も一人でしちゃったんですよ?」
な、なんで、なんで雪雨さんは毎日オナニーの報告をしてくるんだ…。そんなに僕を挑発してどうするんだ。
いつの間にか二人っきりになっていた教室で、明俊は、ただただ呆然と瑞希を見つめる事しか出来ない。
瑞希はくすくすと楽しそうに微笑み、
「私たち二人とも、お互いを想ってオナニーしてたんですね。日阪君はどれくらい気持ちよかったですか? 私は凄く気持ちよかったですよ?」
腰を屈め、明俊の顔を覗き込むように顔を近づける。明俊は思わずのけぞって椅子から落ちそうになり、机を掴んでこらえる。
明俊は何か言おうとしたが、上手く言葉が出てこない。何を言えばいいのかも分からない。
その間にも瑞希はさらにじわじわと近付く。お互いの息が掛かりそうな距離まで来た所で、瑞希はとんでもない事を言ってきた。
「今日も、図書室でしませんか?」
なッ!
「……に言ってるの? 駄目だよ」
かろうじて、かすれた声を出した明俊に、瑞希は、んー、と可愛らしく小首を傾げ、
「じゃあ、どこでしましょうか? 視聴覚室とか防音で良さそうですよ?」
と、まるでデートの場所を選んでいるかのように、楽しげで気楽な様子で言う。
「ちょっ、するのは確定なの!? というか、今年一年は学校内ではイチャイチャしないって…」
「イチャイチャではありません。これは愛の営みです」
「どっちも学校ですることじゃないよっ!」
思わず絶叫した。もう訳が分からない。女の子って皆こうなんだろうか?
「そうですか。わかりました」
「え?」
瑞希の予想外の聞き分けの良さに、明俊は思わず声が出た。
「学校じゃ無ければいいんですね?」
「いや、あの」
何か嫌な予感がして言い淀んでいると、不意に、まるで言葉を遮るように頭を抱きかかえられた。
「うぁ…!」
ベージュ色のベストが目の前に飛び込んできた。ニットの感触が頬をくすぐり、エンジ色のリボンタイが視界の端で揺れている。
「今日、私の両親、帰りが遅くなるんです」
頭をぎゅっと胸に抱きかかえられ、囁かれたセリフに、明俊は思わず背筋がぞくりと震える。
ちょっと待って、こういうセリフって……。現実に、こんなセリフを自分が言われる時が来るとは思いもしなかった。
「昨日、今度招待するって言いましたよね? 早速ですが今日招待します」
「ぁ、ぅ…」
華奢で、平らに見えるのに、柔らかく温かい胸に顔を押し付けられ、頭が熱を帯びる。思考がまとまらない。
「私の部屋で、いっぱいしましょう?」
いつも通り平坦な彼女の声が、どこか遠くから聞こえるように耳に届いた。
* * * * *
その後、どういう風に雪雨さんの家まで移動したのか、よく憶えていない。
とにかく、僕は、半ばぼーっとした頭で、雪雨さんに手を引かれるがままに歩いた。
僕の手を引く雪雨さんは、まるで、今にも走り出したい衝動を押さえるかのように、早足で歩いていた。
その間、雪雨さんも僕も、全く会話をしなかったと思う。少なくとも言葉を交わした記憶は無い。
「どうぞ。上がってください」
僕を引く手が止まり、発せられたその声で、僕は雪雨さんの家に着いた事にやっと気が付いた。
ここにきて、ようやく僕の意識が正常な働きを取り戻した。敷き居を跨ぎ、昨日もお邪魔した玄関に足を踏み入れる。
「……お邪魔します」
同時に、急激な緊張に襲われた。これから僕は、彼女の部屋で……。そう思うと、意識がはっきり覚醒した分、より鮮明な緊張が身体を走る。
明俊は心臓が早鐘のように鳴り、目眩を覚えた。
明俊の背後で、バタンと玄関が閉まり、ガチャと鍵が掛かる音がやけに大きく聞こえた。すぐ後ろに瑞希の息遣いを感じる。
「日阪君」
いつも通りの瑞希の平坦な声が聞こえた。「なに?」と明俊が振り返った瞬間、ぶつかるような勢いで瑞希が飛び込んできた。
明俊の首に腕を回し、頭を抱えるようにして瑞希が唇を押し付ける。その勢いに明俊は尻餅を付きそうになり、すんでのところで踏みとどまった。
「んっ…ふぅ、んぅ…」
瑞希は目一杯背伸びし、明俊の首からぶら下がるような格好で情熱的に唇を重ねる。明俊の唇をむしゃぶり、舌を入れて口内をなめ回す。
ふぅふぅと荒い鼻息が明俊の顔をくすぐる。明俊も瑞希の背中に手を回し、上から応戦する。
「んぅ…ちゅ、はぁ…、んんむ…」
お互い、首をぐるぐる振って唇をむさぼる。熱い吐息と涎が隙間から漏れ、熱で頭がぼーっとなる。
やっと離れたお互いの口から、だ液が糸を引いた。
「……雪雨さんの部屋で、するんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんですが、どうにも我慢出来なくて」
荒い息をつきながら問う明俊に、瑞希がいたずらっぽい微笑みで答える。お互いの顔が赤く染まり、熱い息が掛かる。
気が付けば、瑞希の足は地面から浮いており、明俊の腕の中にすっぽりと収まっていた。
ふぅふぅと荒い息をつきながら、しばし見つめあう。
「…部屋に、案内しますね」
まるで、長い葛藤の末に決断した答えのように、瑞希が言った。
明俊は唾を飲み込むようにして頷いた。
* * * * *
初めて入る女の子の部屋で、明俊はとても落ち着いていられず、そわそわと身体を揺する。
瑞希は2階にある自室に明俊を案内すると、「お茶を入れてきますから、どうぞくつろいでいて下さい」と言って、階段を降りた。
瑞希は明俊と同じく一人っ子らしい。
8畳ほどのその部屋は、洋室で、全体的に白かベージュの落ち着いた色合いでまとめられており、絵に描いたような女の子の部屋という感じではなかった。
壁にクローゼットと本棚が埋め込まれているため、8畳よりもゆったりとした印象を受ける。
明俊は部屋の中央にある小さなテーブルの前で、思わず正座をしていた。「くつろいでいて下さい」と言われても、とてもそんな気分にはなれない。
女の子の部屋をあまりじろじろと眺めるのは失礼な気がして、首を固定して視線を動かさないようにする。特に、壁際に設置されたベッドには極力視線が行かないようにした。
明俊は、童貞を捨てた男は全てに対して自信に満ちあふれ、緊張などしないものだと漫然と思い込んでいたが、それが間違いであったことを身を持って知ることになった。
こういう事は、たぶん童貞とかそんなの関係ないのだろう。自分は脱童貞したはずなのに、ちっとも女の子に対して慣れるようになる気がしない。
口の中がカラカラになり、手が異様に冷たく冷えてきたのに、手のひらは汗でびっしょり濡れていた。
「お待たせしました」
瑞希の声で、明俊は面白いくらいびっくりする。
「コーヒーで良かったですか?」
「あぁ、うん。ありがとう」
コーヒーカップが二つ並んだお盆を、瑞希がテーブルに置く。香ばしいコーヒーの香りで、明俊は幾分緊張が和らいだような気がした。
「どうぞ」
「ありがとう。頂きます」
明俊の前にカップを置き、瑞希が隣に腰を下ろす。
喉を潤すのと、緊張している頭を冴えさせるため、明俊はブラックのままカップに口を付けた。
そんな様子をどこか楽しそうに瑞希が見つめ、ふわりと軽く寄り掛かかってきた。不意に瑞希の感触を感じて、明俊は危なくコーヒーを取りこぼしそうになった。
「あの、あんまり寄り掛かられると、コーヒー飲みにくいんだけど…」
寄り掛かられ、身体が逃げるように傾く明俊に、瑞希がいたずらっぽい微笑みを向ける。
「日阪君は、私の部屋にコーヒーを飲みに来たんですか?」
「ちょっ、雪雨さんが出したんじゃないか…」
「あ、そう言えばそうでした。でも…」
本当に忘れていたように苦笑し、自然な動きで明俊の手からカップを奪い取りテーブルに置くと、そのままのしかかって来る。
「私、もう我慢できないみたいです」
そう言って、身体を密着させてくる。
「ゆ、雪雨さん、ちょっ、待って」
「気持ちいい事、しましょう?」
ぴったりと身体を密着させ、鼻と鼻がくっつきそうな距離で囁くと、明俊に唇を重ねる。
「ふぅ…、んっちゅ、はぁ、んっ…」
明俊に覆いかぶさり、胸に手をついた体勢で、瑞希がキスの雨を降らせる。ちゅっちゅと唇をついばみ、舌でちろちろと口の周りや唇の裏側をなめ回す。
「んぅ…。日阪君のお口、コーヒーの味がしますよ?」
「今、飲んでたから…」
瑞希の情熱的な口づけに、明俊は熱にうかされたように答えた。
目の前の瑞希はすっかり発情した様子で微笑んでいる。長い黒髪がフローリングに垂れ下がり、明俊の頬を優しくくすぐる。
「日阪君の、大きくなってますね」
瑞希の柔らかい太ももの下で、明俊の下半身はズボンを窮屈そうに押し上げていた。
明俊は思わず視線をそらし、言い訳するように呟いた。
「雪雨さんがエッチ過ぎるからだよ…」
「私がエッチなんじゃなくて、日阪君が私をエッチにさせるんです」
「僕のせいなの…?」
「そうですよ? 私、日阪君を好きになるまでこんな気分になった事ありません。オナニーだって、日阪君を好きになったら、自然と身体が求めたんです」
かぁっと明俊の顔が火照った。瑞希の告白に、文字通り顔から火が出そうだ。
「最初は、日阪君に対する自分の気持ちがよく分かりませんでした。でもすぐに、ああ、これが恋なんだって気付きました」
思わず両手で顔を押さえたくなり、視線をそらす明俊をそのままに、瑞希の告白は続く。
「日阪君を想うと、苦しくて、切なくて、でも心が溶けそうに甘くて。布団の中で、一晩中自分を慰めて悶えてた事もあるんですよ?」
もう明俊は恥ずかしくてどうにかなりそうだった。雪雨さんは、なんでこんなに真直ぐ告白出来るのだろうか? ちらりと瑞希の顔を見た瞬間、明俊の心臓がバクンと跳ねた。
瑞希は明俊に負けないくらい、顔を真っ赤に染めていた。瞳をうるませ、半開きの口から熱い息が漏れている。
「日阪君と恋人になったら、この症状が収まると思ったんです。でも、逆でした。一人で想ってた時の何倍も日阪君が恋しくて、もう、駄目なんです。この気持ち、分かってくれますか?」
「うん、分かる…」
明俊は忘我状態でうなずく。目の前の瑞希から目を放せない。
「僕も、昨日、雪雨さんの家から帰る途中、急に雪雨さん抱き締めたくなって、思わず戻りたくなったんだ…」
「…そうなんですか? とても嬉しいです」
明俊のセリフに、瑞希は一瞬驚いたように目を開く。すぐに微笑みに戻ると、
「…今なら、私を抱きしめられますよ?」
顔を近づけ、頬と頬を擦り付けようにして耳元で囁く。
その声で、明俊は弾かれたように瑞希を抱き締めた。
「雪雨さんっ! 好きだっ!」
「あ、あああッ! 日阪君ッ!」
明俊が口走った言葉に、瑞希が震える。顔をお互いの首筋に埋めるようにして、力一杯抱き締めあった。
「日阪君ッ! 私も好きですッ!」
抱き締めあう二人は、お互いの熱い体温でまるで茹だるように頭が朦朧とし、息が荒くなる。熱い吐息がお互いの首筋に掛かり、さらに体温を上げて行く。
二人はまるでお互いの身体が溶け合うような錯覚を覚えた。
でも、何かが足りない。
熱にうかされた頭で、瑞希はそう考えていた。
もっともっと溶けて混ざりたいのに、何かが自分と彼を遮断している。
その邪魔者の正体に気付き、瑞希はがばっと身体を起こした。
真っ白な顔がまるで内側から火を灯したように紅く上気し、黒髪はもつれて乱れ、桃色の唇を半開きにして荒く息をついている。
「服、邪魔ですね」
瑞希は瞳をうるませ、まるで独り言のように呟いた。
そうだ。服だ。これが溶け合う私たちの邪魔をしてるんだ。服を脱いで、お互い生まれたままの姿で抱き合えば、きっともっと溶け合える。
瑞希には、それがとてつもなく素敵な事に思えた。想像しただけで腰が震える。
明俊に馬乗りになったまま、ニットのベストに手を掛け、乱暴に脱ぎ捨てる。続けて、興奮のあまり震える手で、リボンタイを外し、ブラウスのボタンを外し掛けたところで手が止まった。
真っ赤な顔のまま、すっくと立ち上がり、窓際まで歩く。シャッと小気味良い音とともに、淡いベージュ色のカーテンが引かれ、部屋が薄暗くなった。
まだ明るい外の光が透け、薄暗い部屋に浮かび上がる瑞希のシルエットを、明俊は沸騰寸前の頭で眺める。
明俊の目の前で、瑞希がブラウスのボタンを外して行く。
薄暗い部屋に、瑞希の透けるような白い胸元が徐々にあらわになって行き、明俊の目を釘付けにする。
薄暗い部屋の方が、明るい部屋よりも何倍もいやらしかった。
特に、カーテンに太陽の光が透けている状態が、明るいうちからカーテンを閉めて、自分たちは今、人に見せられないような事をしているんだと否が応にも自覚させられ、背徳感を大いに刺激する。
明俊は荒い息で喉がカラカラになり、股間のものはズボンの中でチャックをはち切らんばかりにいきり立っていた。
瑞希はブラウスのボタンを全て外し終え、するりと肩から滑り落とした。
ほっそりとした首筋。白い胸元から艶かしく浮き出ている鎖骨。小さな胸を、白を基調とし、控えめにレースの飾りが付いたシンプルなブラジャーが覆う。細いのに、あばらがあまり目立たないすべすべとした胴回り。
目の前で裸になって行く瑞希に、明俊の興奮が高まる。
すっかりブラウスを脱いだ瑞希は、スカートに手を掛け、ファスナーを下ろす。スカートがフローリングに落ちて広がる。
瑞希はとうとう下着姿となって、明俊の目の前にその姿を晒した。
ブラジャーとお揃いのショーツは、同じく純白で、控えめなレースの飾りが付いていた。クロッチの部分が見た目にも分かるほど濡れており、白い布地に恥部が透けて見える。
その光景は、目眩がするほどの卑猥で、明俊は居ても立ってもいられなくなり、腰を上げた。
「私だけ裸なんてずるいです。日阪君も、脱いで下さい」
平坦に聞こえる口調だが、目はうるみ、顔も真っ赤に染まっている。
むしろ、弾けそうな興奮を、無理矢理押さえ込んだような平坦さに感じられた。
「ぅ、うん」
明俊は喉がひり付き、かすれた声しか出ない。
ワイシャツのボタンを震える手で外し、下に着ていたTシャツを脱ぐ。ズボンも下ろしてトランクス姿となった。いきり立ったペニスが、トランクスを呆れるくらい盛り上げている。
お互い、はぁはぁと息を荒げ、歩み寄る。徐々に歩み寄るスピードが上がり、終いには、半ば走り出しそうな勢いで抱きついた。そのまま激しくキス。
首に手を回して唇を押し付ける瑞希を、明俊が抱きかかえるように持ち上げる。脇の下から手を差し入れ、背中と頭を支えてきつく抱き締める。瑞希も明俊の頭を抱えるようにしがみつき、唇をねぶる。
お互いの熱い吐息と、直接触れあう体温で、瑞希は頭が痺れ、腰の奥からトロトロと温かいものが溢れてくるのを感じた。明俊も、瑞希の柔肌を直接身体で感じて、興奮で脳みそが沸騰する。抱きかかえた瑞希の、すべすべとした下腹部に、張り詰めた熱い肉棒をぐりぐりと押し付ける。
「日阪君、ベッドに…。このまま、ベッドに運んで下さい」
潤んだ目で訴えかける瑞希を、明俊はベッドに運び、押し倒す。ベッドが二人分の体重で沈み込み、軋む。
明俊はそのまま唇を重ね、右手を瑞希の胸に当てる。
「!」
ビクッと瑞希が震えた。
至近距離で見つめあう目が、僅かに困惑の色を浮かべているが、明俊は止まらなかった。
「んぅ、ゃッ…日阪く、ぅん…」
明俊は瑞希の唇をついばみながら、右手を動かす。揉むと言うよりも撫でるような感じで、ブラジャー越しに胸の感触を味わう。
ごわごわしたブラジャーの下で、うっすらと微妙に膨らんでいる胸がふにふにと揺れるのが分かった。
明俊がブラジャーに手をかけ、引き上げようとした時、瑞希がその手を掴んだ。
「日阪君、あのっ、胸は…」
珍しく慌てた様子で、瑞希が明俊の手をブラジャーから引き剥がす。
「駄目?」
明俊の問いかけに、瑞希は恥ずかしそうに視線を逸らしモゴモゴと口籠る。
「私、む、胸にはちょっと自信が無くて、ですから、その、」
「……駄目。見せて」
「ぇ? ぁッ!」
瑞希のいじらしい様子にたまらなくなった明俊は、強引にブラジャーを引き上げ、胸を露出させた。真っ白い、なだらかな曲線が、外気に触れてふるふると震える。
「ゃあッ!」
恥ずかしさに顔を真っ赤に染め、瑞希が身体をひねって胸を隠そうとする。明俊は瑞希の手首をベッドに押さえつけ、それを阻止した。
「雪雨さん、可愛い。凄く可愛い」
羞恥に取り乱す瑞希が酷く新鮮で、明俊は情欲を肥大させる。
我を失ったかのように胸にしゃぶりついた。
「んんッ!」
すでに硬くしこっている桜色の突起を吸われ、瑞希が仰け反る。胸の先端から電気が走ったように鋭い刺激が全身を駆け巡った。
「ぁッ! やあッ! ふあッ!」
舌で乳首を転がされる度に、瑞希の身体がガクガクと痙攣し、薄い胸がふるふると震える。
全身を襲う鋭い快感に、すでに腕の力が抜け、抵抗出来ない瑞希を明俊はさらに責める。逆の先端に吸い付き、だ液でぬるぬるになった方を指でいじる。
「やッ、やあッ! ひさかく、それ、駄目ぇ!」
両方の乳首を容赦なくいじられ、瑞希は髪を振り乱して悶える。両手で明俊の頭を抱きかかえ、波のように断続的に押し寄せる快感に耐える。
「ひぅッ…」
唐突に止んだ愛撫に、瑞希は空気が抜けたような声を出してしまう。
長い黒髪は乱れてベッドの上に散乱し、耳まで真っ赤に染まっている。荒い呼吸に胸が上下し、ぬるぬるにされて、きゅっと硬くなった先端がふるふると震えている。
「雪雨さん可愛すぎるよ…」
明俊はうわ言のように呟き、乳首をいじっていた右手を下へ移動させた。すべすべしたお腹を堪能するようにすべらせ、ショーツの中に侵入する。
「ああ…!」
瑞希は待ちかねたかのように腰を浮かし、明俊の指に自ら股間を押し付ける。
ぐちゅぐちゅと淫らな水音が響き、明俊の指に熱い粘液が絡み付く。
「ああ、んっ、指、日阪君の、指」
ショーツの中で明俊の指が秘裂を擦る。そこはすでにとろとろに溶けて、明俊の指がにゅるにゅると花びらをかき分ける。
「気持ちいい、気持ちいいです…。ぅうんっ」
瑞希はくねくねと腰を動かし、もっともっととねだる。眉根を寄せ、腰を振って喘ぐ瑞希に、明俊は激しく劣情をそそられる。
雪雨さんが乱れる姿がもっと見たい。明俊は痛そうなくらい硬くしこった乳首に吸いついた。
「ゃッ! 胸、駄目、あッ!」
左手と唇で乳首を責め、右手で秘所を責め立てる。複数の箇所から同時に迫る快感に、瑞希が悶える。
「ああ、駄目、きもちぃッ! 両方、すごいッ あ、あ、あ、あ」
秘所をいじる右手はすでに手首まで濡れ、中指を挿入し肉壷をかき回す。
「ゆび、なか、だめ、ひさかく、だめ、むね、なか、あ、らめ、らめ」
長い黒髪を振り乱し、慣れない快楽に、瑞希は途切れ途切れ喘ぐ。呂律が回らなくなり、半開きの唇から涎が垂れる。
明俊が膣に入れた中指を折り曲げ、指の腹で天井を擦ると、瑞希がビクビクと反応した。
「あッ! やッ!? なに? あッ、だめッ! 擦るの駄目ですッ! それッ、あーッ!」
小さな身体を跳ね回らせ、強烈な快感に耐えるが、もう腰の奥が切なくて切なくて我慢の限界に到達する。
「ひ、ひさかくんだめわたしもう、おねがいいれていれてひさかくんのおねがいもうわたし」
情欲に染まった瞳で瑞希は哀願する。淫靡に乱れまくる瑞希が見たくて、拙い性知識を総動員して責めていた明俊だったが自分ももう限界だった。
明俊は瑞希のショーツを脱がし、自分のトランクスも下ろす。鉄棒のようにギンギンに硬直したペニスが飛び出した。興奮のあまり、先端がすでにカウパー腺液で濡れてテラテラと赤黒く光っている。
ガチガチにいきり立ったそれを、瑞希がうるんだ瞳で見つめる。ふぅふぅと熱い吐息が唇から漏れ、腰の奥がじんわりと熱くなる。すでに太ももの内側まで濡らしている愛液が、さらに秘所から溢れる。
明俊は熱くぬかるんだ蕾に自分のものをあてがい、ゆっくりと挿入させた。
「あぁ、入ってきます…。日阪君のが、ふぁあ…」
さんざんいじられた肉壷は、驚くほど熱く、侵入する度にじゅぶじゅぶと結合部から愛液が滴る。
「はぁっ…。日阪君の入って、気持ちいい…」
切なく疼く膣内に恋人の熱を感じ、瑞希が震えた。ぽっかりと空いた場所が埋まっていく。瑞希は身も心も溶けそうになり、恍惚とした表情で声を上げる。
「あぁ…日阪君の素敵です……。私のナカ、嬉しくて溶けそうです」
「僕も気持ちいい、雪雨さんのすごい…」
ぎゅうぎゅうに締め付けながらもトロトロに柔らかい肉壁が明俊のものに絡み付く。明俊はたまらず腰を振り出した。
「んあッ! は、あぁッ! ゃッ! あぅんッ!」
抽送に合わせて瑞希が可愛く喘ぐ。
「ああ素敵気持ちいいッ! あン! ああッ! はあ」
小さな身体を淫らにくねらせ、悦びに悶える。
「あッ、やッ、きもちいいきもちいいきもちいい」
可憐な顔を蕩けさせ、瑞希は狂ったように喘ぐ。小さな胸がふるふる震える。
「ひさかくんのすごい、きもちい、あッ! あーッ! きもちいッ ふああッ!」
瑞希が声を上げる度に、膣がきゅうきゅうとうねる。入り口はきつく締め付けて肉棒の幹を扱き、内部は不規則に蠢いて敏感な先端に吸い付くような刺激を与えてくる。
まだ一度も精を放っていない明俊は、迫りくる射精感に奥歯を噛み締めて耐える。
「あーッ! あーッ! いきそ、いきそ! わたし、もうッ」
瑞希もまた、さんざん愛撫された末の挿入に、早くも絶頂を迎えそうになる。
「雪雨さんッ、僕も…ッ」
「あーッ! あーッ! あーッ! イク! イッちゃいます! だめ、もうッ!」
細い身体をビクンビクンと痙攣させ、瑞希が悶える。顔が情欲に歪み、黒髪が乱れてベッドに広がる。
「うッ…ぐッ!」
「だめイクッ! あッ! あーッ! ああーーーーーーーッ!!」
耐え抜いた末の射精は、凄まじい勢いで精液を噴射し、瑞希の胎内にぶつかってきた。
「あああああーーーッ! あああああーーーッ!」
熱い塊を子宮口に浴び、瑞希が絶叫する。膣が精液を搾り取るかのように収縮し、痙攣する。
ビューッ、ビューッと溜め込んだ精液が断続的に発射される。明俊は瑞希の腰を掴み、貫かんばかりに腰を押し付ける。骨盤が引き抜かれそうな射精感に、噛み締めた奥歯がぎりっと軋む。
「あ、あ、ナカ、熱い…。あああっ…」
膣内に感じる子種の熱に、瑞希がかたかたと震える。足を突っ張り、シーツを握りしめて絶頂の余韻に身体を委ねる。
「くはぁっ…」
ようやく射精が収まり、明俊はぐったりと瑞希に覆いかぶさる。小さな瑞希に体重を掛け過ぎないようにしたいのに、身体が言う事をきかない。
「ああ、日阪君…」
恋人の重さを感じ、瑞希が幸せそうに呟いた。
明俊の背中に手を回し、汗で濡れた身体を密着させる。お互いの身体が溶け合うような感覚を覚え、瑞希はうっとりと目を瞑った。
* * * * *
「あッ…、あッ…、あッ…」
日がほとんど地平線に沈み、藍色が空を埋め尽くそうとしている時間。
カーテンを閉めた瑞希の部屋は、すでに真っ暗に近く、身体の輪郭をかろうじて確認出来るくらいの明るさしかない。
「うン、気持ちいい、奥、いいです…。素敵…、ああっ」
明俊と瑞希は対面座位の形で抱き合っていた。
お互い、何度達した覚えていないが、この体勢に落ち着いてから、すでに2回は出している気がする。
人一倍小柄で、下手をしたら中学生よりも身長が低い瑞希は、この体勢でも明俊よりも頭半分低い。
だが、より身体を密着でき、したいときにキスも出来るし胸もいじってもらえるこの体位を、瑞希は気に入っていた。
「はっ、あン、あッ、んぅ、ちゅ、ふぅ…」
腰を振って快楽を貪る瑞希に、明俊は口づけをする。
「ちゅ、はあ、んぅ、ちゅぱ、ふ、んぅ…」
お互いに舌を絡めあい、ついばむように唇を吸う。瑞希の腰を支えていた明俊の手が、すべるように胸に移動する。
「はあっ、日阪君、あッ! むね、いいッ! は、んぅ」
明俊は両手で胸を撫でるように揉む。ぷっくりと盛り上がった小さな突起に、触れるか触れないかぐらいの微妙な刺激を与え、瑞希を焦らす。
「ゃ、いやッ、ああ、お願い、いじって、乳首…もっと…はぁッ!」
瑞希は我慢出来ずに明俊の手に自分の手を重ね、ぐりぐりと乳首をいじる。鋭い刺激に仰け反り、白い喉を晒す。甘い痺れが脊髄を通る度に、膣内がきゅうきゅうと締まり明俊を刺激する。
「雪雨さん、乳首よわいんだね。凄い締まるよ…」
「きもちいいんです…。すごく、ああッ」
小さい胸ほど感度がいいってやつなのかな、と思いつつ口には出さず、明俊は瑞希の望みを叶えるべく、指で桜色の突起を摘む。瑞希の身体をやや後ろに倒させ、唇でも乳首をねぶる。
「あッ! それいいッ! いいですすごいッ! きもちぃッ!」
瑞希は明俊の頭を抱え、もっと吸ってとねだるように胸に押し付ける。その間にも腰の動きは止めておらず、くいくいと淫らにくねらせて膣内を肉棒に擦り付けている。
「はぁッ! はぁッ! ぁッ! んあッ! ああ…ッ!」
瑞希は切なげに眉根を寄せ、桃色の唇から熱い吐息を漏らす。胸の刺激と膣内の刺激が混じりあって、腰がきゅんきゅん疼く。
明俊は空いている左手を瑞希の腰に回し、後ろからぐいぐい引き寄せ始めた。
「んぁッ! ああッ! あッ、あッ、はッ、奥ッ、来て、きもちいいッ!」
容赦なくぐいぐいと腰を引き寄せられ、子宮口に熱い肉棒が突きささる。瑞希は明俊の肩を掴んで、より一層激しく腰を振る。
もっと、もっと奥を突いて欲しい。壊れるくらい、突いて欲しい。
「ああッ! ああッ! ああッ! ああッ!」
人形のように小さく可憐な瑞希が、より強い快楽を求めて腰をくねらせる。ガクガクガクガクと無茶苦茶に振り、その度に唇の端から涎が落ちる。
明俊は両手を瑞希の背中に回し、腰と肩をそれぞれ支え、瑞希の腰の動きに合わせて、強く引き寄せる。
「あああッ! はあッ! あッ! あーッ!」
節くれだった熱い肉棒に、子宮を揺さぶられ、襞を擦られ、瑞希は急速に登りつめる。
「ああッ! あーーッ! あーーッ! こし、とけちゃうッ! おくが、ああーーッ!」
瑞希の頭はもはや快楽一色となり、口走る言葉も文脈が不明になる。腰が溶けそうに心地よく、身体の中心から激しい浮遊感が生じる。
「とんじゃうッ! わたし、もう、おく、あーッ! いきそ、ですッ! もう、あーッ!」
「僕も…ッ! 出すよ!」
お互い腰をくねらせながら、絶頂に向かって高めあう。明俊は肉棒に精液が大挙して押し寄せる感覚を覚え、さらに激しく腰を突き上げる。
「日阪君ッ! 私ッ! イクッ! イクッ! ああッ!」
「うくッ! 出る…ッ」
射精感がマックスに到達し、明俊は力一杯瑞希の細い腰を引き寄せ、突き立てた。
びゅるるるッ! と熱い塊がほとばしる。
「あああああああああああーーーーーッ!!!」
目一杯突き立てられ、絶頂に達したのと同時、精液が熱い波となって子宮に押し寄せる。
「あーッ!! あーッ!! ああああーッ!!」
瑞希は小さな身体をがくがくと痙攣させ、身体がバラバラになりそうな凄まじい絶頂感に意識が飛びそうになる。
意識を手放さないよう、力一杯明俊を抱き締る。この快感を出来るだけ長く味わっていたかった。
「ぁ、はあっ…。ひさかくん…」
恍惚とした様子で呟く瑞希に、明俊は優しい口づけで答えた。
* * * * *
「ん〜〜っ…。気持ちよかったですね?」
「う、うん…」
大きく伸びをしながら言う瑞希のセリフに、明俊は赤面した。
二人はベッドの上でシーツにくるまりながら寄り添っていた。シーツの下は裸のままだ。
「大満足です。こんな幸せな気分は初めてです」
「そ、そう。良かったね…」
心底嬉しそうに目を瞑り、瑞希が明俊に寄り掛かる。
明俊は思わず視線をそらしてしまう。何故か猛烈に恥ずかしい。
「私はもう、日阪君無しでは生きて行きません」
「あはは…」
うっとりとした声で言う瑞希に、明俊は乾いた笑いを浮かべることしか出来ない。
行為の最中は極度の興奮で頭がイッてたせいか、そうと感じなかったが、終わった後に猛烈な恥ずかしさが込み上げてきて、瑞希を直視出来ない。
「私をこんなに夢中にさせた責任、取って下さいね?」
「せ、責任?」
「そうです。責任です」
瑞希は明俊の肩に額をくりくりと擦り付けながら言う。
「一生、私は日阪君の傍を離れたくありません」
その言葉の意味するところを理解し、明俊はより一層、顔が赤くなる。それは、つまり──
「私を、もらってくれますか?」
こちらを見上げる瑞希と真っ向から視線が合う。恥ずかしさに思わず視線をそらしたくなるが、寄り添っている瑞希の手が僅かに震えてるのを感じ、明俊はそれを堪えた。そらしちゃ駄目だ。
「……僕はまだ学生だし、その、そういう責任は今すぐ取ることは出来ないけど、でも、」
明俊はなるべく真剣な表情を作り、瑞希の視線を正面から受け止める。
「僕も、雪雨さんとずっと一緒に居たい」
明俊の答えに瑞希は微笑み、小首を傾げるようにして下から覗き込んできた。
「ずっと、ですか?」
「ずっと、……一生」
ちょっと言い直して、明俊は限界が来た。恥ずかしくて真剣な表情が崩れる。
「約束ですよ?」
「うん、約束する」
それでも目だけはそらさずに、瑞希を受け止める。
僕は、雪雨さんが好きだ。だから、本当は悩む必要なんか無くて、凄く恥ずかしいけど、でも、一生一緒に居たいと思うこの気持ちは本物だ。
瑞希は明俊の肩に頭を乗せ、うっとりと微笑む。
「嬉しいです…。日阪君。…いえ、明俊君」
「え!?」
突如名前で呼ばれ、泡を食う明俊に、瑞希は上目遣いで答える。
「私達は、もう夫婦同然なんですから、これからは名前で呼びますね? ね、明俊君?」
明俊は、うっ、と言葉に詰まった。名前で呼ばれるのが、こんなに恥ずかしいとは思わなかった。
実際に 呼ばれて分かる 破壊力
明俊 心の俳句
思わず現実逃避する明俊だったが、瑞希の言葉で我に返った。
「明俊君も、私の事を名前で呼んで下さいね?」
「ええ!?」
驚く明俊を、瑞希が期待に満ちた目で見つめてくる。その目が今すぐ言って欲しいと語っていた。
「えっと、その……。み、瑞希さん」
「はい。なんですか? 明俊君。──ああ、すごく、いいです。名前で呼び合うのがこんなにいいとは思いませんでした」
「ははは…」
「出来れば“瑞希さん”ではなく、“瑞希”と呼び捨てに欲しいところですが、どうですか?」
「さん付けで勘弁して下さい…」
力無く答える明俊に、瑞希はくすくすと微笑む。
「では、呼び捨てにされる感動は、本当に夫婦になった時に取っておきますね?」
二人はしばし見つめあい、
「…明俊君」
「な、なに? ゆ…、瑞希さん」
「明俊君」
「……瑞希さん」
「明俊君」
「瑞希さん」
明俊君、瑞希さん、明俊君、瑞希さんと繰り返し、瑞希の顔が満面の笑みに変わる。明俊は茹でダコ化している。
名前を呼び合う幸せを噛み締めながら、彼女は彼に抱きついた。
彼はわたわたと慌てながらも、控えめに抱き返し、優しく髪を撫でる。
淡いベージュ色のカーテンの向こう。
満点の星空が、二人を祝福するかのように瞬いていた。
終わり
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