朝。
いつものように合流して、いつものようにおはようのキスをするだのしないだので絡み合って、いつものように半ば強引にキスされて、いつものように腕を組まれて歩き出した直後、
「明俊君、今日のお昼はお弁当ですか?」
「うん、そうだけど?」
片腕をぎゅっと抱かれた感触に、未だ慣れずに微妙に身体が逃げるように傾いたまま、日阪明俊(ひさか あきとし)が質問に答えた。もちろん腕を抱いているのは雪雨瑞希(ゆきさめ みずき)で、質問したのも瑞希だ。
「それは丁度良かったです。私、今日明俊君にお弁当作ってきたんですよ?」
「え、そうなの?」
「はい。こう見えても私、料理にはちょっと自信があるんです」
そう言って、瑞希は得意げに薄い胸を反らす。あまりこういったボディランゲージをしない瑞希にしてはレアなアクションだ。余程自信があるのだろう。
「自分で言うのもなんですが、自信作です。味見してもらった母にも、いつもより美味しいと言って貰えました。明俊君に食べてもらえると考えただけで、魔法みたいに上手に作れたんですよ? 料理は愛情というのは本当なんですね」
瑞希は楽しげに明俊を見上げる。相変わらず瑞希のストレートな表現に、明俊は苦笑いしてしまうが、別に嫌がっている訳では無い。単に照れくさいだけで、本音を言うと非常に嬉しい。
「ありがとう。この前もらった瑞希さんちの晩ご飯美味しかったし、楽しみだなあ」
明俊は素直に喜んでから、ふと疑問が湧いた。
「…でも、丁度良かったって、なんで?」
自分が弁当を持参した事が、何故丁度良かったのだろうか? むしろ、お弁当を作ってきてくれたのなら、僕は弁当を持って来なかった方が良いのではないだろうか?
明俊の疑問に、瑞希が楽しげに微笑む。
「明俊君が持ってきたお弁当は、私が頂きます。明俊君は、私のお弁当を食べて下さい」
「お弁当を交換するってこと?」
「そうです」
「なるほど。そういうのもいいね」
瑞希が作ってくれたお弁当を食べた後に、持参した弁当まで食べるのはちょっと苦しいかなと思っていたので、瑞希の提案は明俊としても好都合だ。
「でも、なんだか悪いなあ。僕の弁当が瑞希さんの口に合えばいいけど…」
「悪いなんてことはありません。明俊君のお弁当を食べるもの目的の1つなんですから」
「え? なんで?」
思わず自分の鳩尾ぐらいの高さにある瑞希の顔を見下ろす。
「明俊君のお弁当は、明俊君の家庭の味なわけですから、将来明俊君のお嫁さんとなる私としては、その味を覚えておく必要があるんです」
お嫁さん、なんて、子供みたいに可愛い言い方をする瑞希に、明俊は一瞬微笑ましくて吹き出しそうになるが、子供らしい言い方だけに、彼女の純な想いを感じ取り、打って変わって赤面する。
照れ隠しに「家庭の味なんて立派なもんじゃないよ。僕が作ってるんだし…」と、ごにょごにょと言葉を濁す。
「? なんですか?」
「あー。……いや、なんでもないよ」
照れ隠しに言ったセリフを聞き取ってもらえなかったようだが、別に言い直す必要性も感じなかったので、明俊は誤魔化すことにした。
「えっと、じゃあ今の内にお弁当を交換しておこうか?」
明俊は鞄から布に包まれた弁当を取り出し、瑞希に差し出すが、瑞希はそれを受け取らずに、いたずらっぽい微笑みで明俊を見上げる。
「私としては、教室で、『お弁当忘れて行きましたよ。あ・な・た(はぁと)』と言いながら渡したいのですが、どうでしょう?」
「……却下します」
明俊は脱力して、手に持った弁当を思わず取り落としそうになった。
「というか、今年一年は学校ではあまり過剰な接触はしないってルールを忘れたわけじゃないでしょ…」
明俊と瑞希は高校2年生で、クラスメイトだが、来年も同じクラスになれる可能性を高めるために、出来るだけ学校内でイチャつくような行為は慎んでいた。特別、風紀に厳しい学校ではないが、あからさまに学校内でイチャついていると、先生に目をつけられて、来年は確実に別々のクラスになってしまう事が予想出来るからだ。
瑞希としてもそれは分かっているはずなのだが、学校内で何かに付けて明俊との親密な関係をアピールしようして、非常に油断ならない。ただでさえ二人は名前で呼び合っているのだ。二人が付き合ってるということは、すでに周りにバレてしまっているし、明俊としては出来るだけ、“高校生らしい、清く爽やかな交際関係”というヤツを瑞希と築いていると周囲に印象付けたいと考えている。
僕達はTPOをわきまえた付き合いが出来ていますよ、と。だからクラスが一緒でも問題ありませんよ、と。
「駄目ですか? それは残念です」
さして残念がってはいない様子で、瑞希も弁当を取り出して明俊と交換する。瑞希とて、先ほどのセリフは本気ではないのだろう。明俊に断られるのを分かった上で言っているように感じる。
なんか、僕が困る姿が見たいだけなんじゃないかな…と、明俊は最近思うようになってきた。
瑞希は明俊から受け取った弁当を鞄に入れ、押さえるようにそっと手を当てた。その手には並々ならぬ思いが込められていたが、明俊は気付かなかった。真直ぐ正面を見ている瑞希の瞳の奥が、微かに燃えている。
…まだ見ぬ明俊君のお母様、勝負です。私のお弁当が美味しいか、お義母様のお弁当が美味しいか…。
瑞希は割と致命的な勘違いを抱えたまま、密かに闘志を燃やし、心の中で明俊の母親(の想像図)に挑戦状を叩き付けていた。
「ところで瑞希さん、あのさ…」
一方、明俊は瑞希から受け取った弁当を鞄にしまいながら、恐る恐る口を開いた。
「まさかと思うけど、お弁当にパンツとか入ってないよね?」
我ながら、何わけの分からないことを聞いているんだ、と思うが、恐るべきことに彼女には前科がある。きちんと確認しておかなければ、安心してお弁当を開けることが出来ない。
明俊の疑惑の視線に、瑞希はきょとんとした顔を向けてきた。
「入れて欲しかったんですか?」
「違うよ!」
思わず叫んだ。
「もし良ければ、食後にデザートとして脱ぎたてをお渡しましょうか?」
「要らないからっ! そんなデザート聞いたことないよ!」
「換えの下着がないので、使ってもらった後に返していただかないといけませんが…」
「だから使わないってば!」
「今日は淡いブルーの柄で、小さなリボンがこう…」
「そんな報告しなくていいからっ! 話聞いてる!?」
「パンツだけじゃなくて、私を丸ごと食べてもらってもいいんですよ?」
「ちょっ、だから、」
「明俊君が私よりも私のパンツの方がいいと言うのなら、私としては非常に複雑な心境ですが、パンツをお渡しいたします」
「話を聞いてっ! というか分かってて言ってるでしょ!?」
ぜーはー言いながらツッコミを入れる明俊を、瑞希がどこか拗ねたような表情で見上げる。
「だって、最近ご無沙汰じゃないですか…」
「ご、ご無沙汰って…」
まるでセクハラオヤジのような物言いに思わず絶句する。少なくとも女子高生の言うセリフには聞こえない。
「もう2週間近くも、正確には12日も、愛しあってないんですよ?」
「一般的に、それくらいじゃご無沙汰って言わないんじゃないかな…」
二人が付き合い始めて、3週間ほどが経っていた。
付き合い始めて1週間ぐらいまでは、毎日のように身体を重ねていたが、最近は瑞希の言うように“ご無沙汰”になっている。
「仕方ないよ。なかなか二人っきりになれないし」
ご無沙汰の理由はそれだった。
瑞希の家は母親が専業主婦なので、そういうことが出来るタイミングがなかなかないのだ。かといって、ホテルなんて行くのはちょっと恥ずかしいというか後ろめたいというか。さすがの瑞希もホテルには抵抗があるらしい。
実は、瑞希には言っていないが、明俊の家ならば誰にも邪魔されずにすることが出来る。でも、それは──
「私にとってはご無沙汰ですよ。毎日でも抱いて欲しいところなんですから」
「ま、毎日って…」
「明俊君は、したくないんですか?」
「いや、その、まあ、えっと……」
思わず口籠る。もちろん、したくないわけではないが、さすがに「したい!」なんてはっきり言えない。積極的な瑞希と付き合って随分慣れたつもりだが、明俊は筋金入りの純情派だ。根っこの性格は、なかなか変われるものではない。
「もう、図書室でしちゃいましょう? 私また鍵借りてきますから」
「だ、駄目だよ。この前だってキスしてるのを危なく見つかりそうになったんだし」
「でも、もう私、気が狂っちゃいそうです」
「そんな大袈裟な…」
「大袈裟じゃ無いです。このままですと明俊君を押し倒しかねません。教室とかで」
「…お願いだからやめてね?」
“教室とかで”を強調して言う瑞希に、明俊が真顔でお願いする。すでにそれに近いことはされているので、瑞希ならやりかねない。
「じゃあ、抱いて下さい」
「だから、場所がね?」
「…仕方ありません。母に頼んで少しの間、家を開けてもらいましょう」
「え、頼むって?」
「私はこれから明俊君とよろしくするので母さん邪魔です。と…」
「ちょ、何言ってるの! 駄目だよそんな! というか頼んでるセリフじゃないよ、それ!」
「もう、明俊君は我が侭ですねえ…」
「………」
なんだかもう、脱力して何も言葉が出ない。そんな明俊をそのままに、瑞希は重々しい調子で口を開いた。
「…ホテル、しかないですね」
「ええ!?」
「行きましょう、ホテル。早速今日、学校の帰りにでも。ホテルにはちょっと抵抗ありましたが、よくよく考えれば今の私達のためにあるような施設じゃないですか。利用しない手はありません」
「駄目だよ! お金も掛かるし…」
「お金は私が出します。私が誘ってるんですから」
見れば、瑞希の目が据わっている。なんというか、開き直ってるというか…。さっきの気が狂いそうという発言も、あながち冗談ではないようだ。
「…あー、瑞希さん?」
「何ですか? 言っておきますが、もうホテル行くのは決定ですよ? 正直、今すぐにでも行きたいところなんですから」
瑞希に睨み付けられるように念を押され、明俊は「うっ」と怯む。思わず禁断症状という言葉が明俊の脳内をよぎった。
「いや、あのね? ホテルじゃなくても大丈夫な所あるんだ」
「どこですか?」
仕方がない。さすがにホテルに行くのはまずい。だから、仕方がない。自分にそう言い聞かせながら、明俊は打ち明けた。
「…僕の家。誰も居ないから、その、ホテル行かなくても平気だよ」
「明俊君の家、ですか?」
「うん。今、父親が海外に出張というか、単身赴任というか。まあ、とにかく家に居なくて、母さんも父さんについて行っちゃったから、今は僕独りなんだ」
もごもごと言いにくそうに答える明俊に、瑞希はきょとんとする。
「え? そういう居ないなんですか? 今日だけ居ないのではなくて?」
「うん。僕が高校に入ったと同時に海外に行ったんだ。だから、もう1年以上独り暮らしだよ」
「そう…、だったんですか」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「……」
案の定、下から問いつめるような瑞希の鋭い視線を感じる。明俊は気付かない振りをして、正面を向いてすたすたと歩くが、瑞希が正面に回り込んできた。
「どうして、今の今まで言ってくれなかったんですか?」
「いや、その、言うタイミングが無かったと言うか…」
「私、何度も明俊君におねだりしましたよね? どこでもいいから抱いて下さいって」
「お、おねだりって…」
なんというか、非常にエロいワードだが、確かにここ1週間ほど、ことあるごとに瑞希は明俊を誘ってきた。
・おねだりその1
移動教室の際、明俊を最後まで教室に残らせ、誰も居なくなった教室で熱烈に唇を重ねてきた。
・おねだりその2
放課後、図書室に連れ込まれ、首筋についばむようなキスをしながら、明俊のふとももに股間をぐりぐり押し付けてきた。ちなみにこの時、危うく先生に目撃されそうになった。
・おねだりその3
明俊がトイレで用を足してる時に闖入してきて、個室に引っ張り込まれて、むき出しの股間を扱かれたり、明俊の手をスカートの中に引き込んで下腹部を押し付けたりした。
一歩間違えばとんでもないことになるような状態だ。誘うとか、おねだりとか、そんな生易しいレベルの行動じゃない。明俊はその度に、ここじゃ駄目とか、する場所がないからとか、事を急ぐと元も子もなくしますよ閣下とか、なんだかんだと理由を付けて断り、瑞希をなだめすかしていた。
…なんか、普通、逆じゃないかな? ここ1週間の出来事を思い出し、明俊は思わず考え込んでしまう。
女の子ががっつく男に対して「ここじゃ駄目」とか「外じゃ嫌」とか言うんじゃないかな? 普通は。
思わず遠い目をして自分の生き方を振り返り始める明俊に、瑞希が責めるように言う。
「酷いです、明俊君。私がどれだけ我慢してたか分かりますか?」
「あ、いや、その…」
「もう少しで、ネット通販でバイブを買いそうになったんですよ?」
「バッ!?」
「どれが一番明俊君のに似てるかなとか、夜遅くまでネットでカタログ見てムラムラしちゃって、翌日寝不足になったこともあるんですよ?」
「……」
瑞希さん、いったい何をやってるの、きみは…。もはや言葉が出ず、心の中で突っ込みを入れる。
瑞希さんは、人形のように華奢で、僕の胸ぐらいまでしか身長が無くて、肌なんかミルクのように白く瑞々しくて、髪もほつれ一つない綺麗な黒髪で、夏服がとても清々しくて、どことなく浮き世離れした容姿なのに、なんでこんなにエッチなの…。明俊は思わず瑞希の端正な顔を見つめてしまう。
瑞希はキリっとした少し太めの眉を心なしかつり上げ、明俊を真っ直ぐ見上げている。
「今日は、今までしてもらえなかった分、たっぷりしてもらいますよ?」
「お、お手柔らかにお願いします……」
「却下します」
瑞希はくすくすと微笑みながら即答し、明俊の腕を引いて楽しげに歩き出す。
「これからは毎日、明俊君の家で愛しあえますね?」
「…勘弁して下さい」
ああ…、と明俊は天を仰ぐ。だから、瑞希さんには黙っていたのに。僕が独り暮らししてるなんて知ったら、絶対に毎日とか言い出すだろうから、言いたく無かったのに。
ずるずると引きずられるようにして歩く明俊に、瑞希が思い出したかのように口を開く。
「あ、もしかして」
「え、なに?」
瑞希はくるりと振り向き、明俊を見上げる。
「今までしてもらえなかったのは、私、放置プレイをされてたんですか?」
「違うよっ! 人聞きの悪いことを言わないでっ!」
通学路に、明俊の悲痛な叫びが響き渡った。
* * * * *
がやがやと昼休みの喧噪に包まれた教室で、
「なんだ、今日の弁当袋はずいぶんと可愛いな」
友人の吉木元春(よしき もとはる)が机をくっつけながら明俊に言った。
「あー…、いつも使ってる包みが洗濯中なんだ。これしかなくてさ」
明俊の机に乗った弁当は、薄桃色と白で構成された可愛らしいチェックの布で覆われている。その弁当は、本当は瑞希が作ってくれたものなのだが、そんなことを言ったら何を言われるか分からない。明俊はとっさに誤魔化した。
友人の吉木はそんな明俊に気付かない様子で、さして興味も失せたように「ふーん」とだけ言う。明俊の家庭の事情を知っている吉木は、明俊が弁当を自分で作って持ってきていることを知っているのだ。
「あー、腹減った。さあメシ食おうぜ」
「うん。いただきます」
明俊は若干緊張した面持ちで、弁当箱をぱかっと開ける。直後、そのまま逆再生のような動きで蓋を閉めた。
「どした?」
「い、いや、なんでも…。は、ははは…。」
菓子パンを頬張る吉木に、明俊は取り繕うように笑う。もう一度、弁当の中身を隠すように、そろそろと蓋を開けると、さっき自分が目にしたものは見間違いではなかったことが判明した。
弁当には、“明俊君 愛してます”とご飯の上に器用に炒り玉子で記されていた。
ちょっ、なにこれ!? 明俊は、文字の内容よりも、文字そのものが綺麗に表現されていることに驚いた。
ぶっちゃけ、瑞希の事だし、海苔か何かで“I LOVE YOU”とか書いてあるかも、と覚悟はしていたが、別の意味で予想を裏切られ、明俊は唖然となる。
“俊”とか“愛”とかどうやってるのコレ!? さして広くないご飯のスペースに、これだけ精密に文字を記せるものなのかと、明俊は瑞希の職人めいた仕事っぷりに舌を巻く。
しかもご丁寧に、炒り玉子で文字を型抜きしたようになっている。ご飯が文字の型に盛り上がり、その周囲を炒り玉子が埋め尽くしていたのだ。まるで、ご飯と炒り玉子を使ったドット絵のように見える。さらに驚くべきことに、ご飯は無理矢理その型に整えられたのではなく、あくまで自然に、まるで炊き立ての白米のようにふんわりと盛られていた。
執念とも取れる瑞希の弁当に、明俊は思わず瑞希へ視線を走らせる。
明俊から3列程席が離れた瑞希は、仲の良い女子数名と机をくっつけ、お昼の準備をしているところだった。机を動かしながらも、その視線は明俊に向けられており、明俊と目が合うと僅かに微笑む。そして、「あ・い・し・て・ま・す」と口パク。思わず明俊は赤面して顔を背けた。
「…何やってんだ? 明俊」
早くも菓子パンを1つ平らげ、包みの袋をくしゃくしゃと丸めながら、吉木が気味悪そうな顔をする。
「い、いや! なんでも」
「何を挙動不振になってるんだ?」
「な、なんでもないよ!」
訝しむ友人に明俊は手を振って誤魔化す。片手は弁当の蓋を持ったままで、いかにも蓋で中身を隠してますといった格好だ。
「なに隠してるんだよ? 失敗でもしたのか?」
「あ!」
止める暇もあればこそ。ひょいっと、吉木が明俊の弁当の蓋を取り上げた。途端に、吉木の身体が固まるのが分かった。
世にも恥ずかしい文字付きの弁当が、白日の下に晒される。
炒り玉子を載せたご飯。ミニハンバーグが二つ。ポテトサラダにプチトマトがちょこんと乗っかり、アスパラガスのベーコン巻きが縦に並ぶ。ブロッコリーとニンジンのバター炒めが彩りを添え、デザートとして、イチゴとオレンジが別の容器に収まっていた。
明俊はわたわたと「いやこれは」とか「違うんだよ」とか意味不明に言い訳めいた言葉を口にするが、
「…ふーん、そうかそうか。まあ別に、お前と雪雨さんが付き合ってるなんて、クラス中が知ってるしな」
何を今さら、といった感じで吉木が明俊に蓋を返す。
「あー、うん」
てっきり、からかわれるか騒がれるかと思っていた明俊は少々拍子抜けした。
「今日は、たまたま作ってもらっただけで、別にいつもじゃないよ?」
「分かった分かった。いいから早く食え」
それでも思わず言い訳してしまう明俊に、吉木が呆れたように言い、もう1つの菓子パンを開けながらため息を漏らす。なんでコイツがあんな可愛い娘に好かれているんだ。と顔中に書いてある。
「い、いただきます」
明俊は改めて小声で言って、ぱくりと炒り玉子入りご飯を一口。…うまい。絶妙な甘さの炒り玉子が、口の中でとろけ、バターの香りが食欲をそそる。続けてミニハンバーグ。これもうまい。冷めたおかずなのに、作り立てのように柔らかくジューシーだ。コクのあるソースが、また絶妙な味わいでハンバーグの肉を溶かし、ふわりとバジルの香りが鼻に抜ける。
ぱくぱくと、さも美味しそうに食べる明俊に、吉木が冷めた口調で告げた。
「…なあ、明俊」
「ん? なに?」
「この前貸すって言ってたCDな。やっぱ貸さねえ」
「え? なんで?」
「うるせえうるせえ! お前みたいな幸せモンに誰が貸すかコノヤロー!」
「ちょ、なんでいきなり怒ってんの!?」
超うまそうに愛妻弁当を頬張りやがる幸せ者に、友人の妬みと嫉みが混じった罵声が降り注いだ。
「…瑞希、お弁当食べないの?」
「食べますよ? 今は精神を集中しているのです」
一方、明俊の弁当を目の前にした瑞希は、目を瞑り、眉間に皺を寄せてうつむいている。
「なんでお弁当食べるのに精神を集中する必要があるのよ…」
呆れたようなクラスメイトの声も、今の瑞希には届かない。
明俊が独り暮らしで、弁当も自分で作ってるというのは想定外だったが、この弁当は紛れもなく明俊の家庭の味のはずだ。
それにしても…。瑞希は思った。明俊君の手作りのお弁当を食べることが出来るなんて、なんという僥倖だろうか! うへへ…、と思わず口元が緩みそうになる。
はっ!? いけないいけない。瑞希は頭を軽く振って煩悩を追い払う。お互いの手作り弁当を交換しあうなんて、幸せすぎて、脳みそがお花畑一色になる所だった。この弁当をしっかり味わい、味を分析して、明俊の家庭の味をこの舌に覚え込ませねばならない。
瑞希は意を決し、くわっと目を見開いた。
「では、参ります!」
え? 何処に? と、ポカンとする友人たちをそのままに、瑞希は気合一閃、弁当箱をがぱっと開けた。
「……」
「……」
「……」
「…別に、普通のお弁当だよね? 瑞希」
瑞希の剣幕に何事かと、級友たちが開けられた弁当を思わず覗き込んだが、拍子抜けしたように口を開く。
白いご飯に梅干しが1つ。カボチャの煮付けに、ぜんまいとこんにゃくの煮物。鶏肉とさやえんどうの味噌炒めに、がんもどきとゆで卵の煮物。地味な色合いの煮物ばかりだが、確かに普通の弁当だ。瑞希はしげしげと弁当を観察する。
盛り付けがいい加減というか男の子らしいというか、大変大雑把な感じだが、煮物は全体的に良く味が染みているように見える。それに、この香りはなんだろうか? 弁当箱を開けた途端に、食欲をそそるような良い匂いが香り立っていた。
「いただきますっ…!」
瑞希は箸を取り、弁当に手を付ける。まずは、カボチャから…。箸で小さく切り分け、口へ。
「これは……」
味付けは普通だ。しかし、このカボチャは…。瑞希は慌てた様子で隣のぜんまいも口へ運ぶ。…これもそうだ。味付けは普通なのに、物凄く美味しく、香り高い。
明俊の手作り弁当は、食べるたびに驚きがあった。一通りおかずを食べた後、普通なのに、どこか普通ではない味わいをかもし出す料理の正体に気付き、がたんっと瑞希が椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「瑞希? どうしたの? おーい」
呼び掛ける友人の声もまるで耳に入らず、瑞希は明俊の所へ早足に向かった。
「明俊君っ!」
「わ、瑞希さん!? な、なに?」
突然、血相を変えて詰め寄る瑞希に明俊は慌てる。
「なに? じゃありません。なんですかあのお弁当は!」
「え? あ、ごめん! 不味かった?」
「違います。逆です。美味しかったんです」
「あ、ホント? 良かった。瑞希さんのもすごく美味しいよ」
「良くありませんっ! それに私のは美味しくありません!」
「ええ!? なんで?」
なんだか良く分からないが、なにやらただ事ではない瑞希の様子に、明俊が恐る恐る声をかける。
「み、瑞希さん? 一体どうしたの?」
「…明俊君、あのお弁当の食材は、どこで手に入れたんですか? あんなに良い材料を使った料理は初めてです」
まず、美味しさの秘密は食材の良さだった。スーパーで買ったような食材ではない。まるで採り立ての様な新鮮さを誇っていた。
さらに、
「調味料もそうです。市販のものではありませんね? 一体どこで買ったんですか?」
あの香りの正体は調味料にあった。特に醤油と味噌が絶品だった。市販のものではありえない香りと、奥深く、かつ、さわやかな味わいに瑞希は大きな衝撃を受けた。
「え? いや、あれは…」
答える明俊に、瑞希が待ってましたとばかりにずいっと顔を寄せる。明俊は思わず逃げるように身体を反らす。
「ウチで、採れたヤツだけど…」
「…え? 明俊君の家で、ですか?」
「うん。あ、肉とかは違うけど、野菜はウチで採れたものだよ」
「そ、それでは調味料は…?」
「それも自家製。醤油と味噌だけだけど。お酒は作っちゃダメだから、みりんとかは市販のものだけどね」
「……」
なんということだ。さも当然のように答える明俊に、瑞希は呆然となった。
視線を落とした先、明俊が食べている最中の、自分が作った弁当が見えた。
途端にかぁっと顔に血が集中する。
「ご、ごめんなさいっ!」
「え? あ、ちょ、瑞希さん!?」
食べかけの弁当を奪い去り、瑞希は突然走り出して廊下に飛び出した。
* * * * *
屋上で、瑞希は膝を抱えてうずくまっていた。顔を膝に埋め、微動だにしない。時折、細い肩が微かに震え、嗚咽が顔と膝の間から漏れる。
恥ずかしい。もう消えてしまいたい…。何が「自信作」だ。馬鹿じゃないだろうか。
瑞希は自分の不甲斐無さに止めど無く涙が溢れてくる。熱い水が堰を切ったように目蓋から漏れだし、制服のプリーツスカートを濡らしていく。
ちょっと味付けが上手く行っただけで、いい気になっていた。愛しい彼に自信を持って渡せるだけの、立派なお弁当が出来たと思っていた。しかし、彼が持参した弁当は、瑞希の物とは根本から違っていた。食材ばかりか調味料のレベルで手作りなのだ。そのような物を目の当たりにし、瑞希は自分が作った弁当がとても貧弱で粗末な物に思えた。
瑞希の弁当は今や屋上に散乱し、無惨な姿を晒している。明俊は美味しいと言ってくれたが、こんなもの、見るのも嫌だった。プラスチックの弁当箱が、屋上のコンクリートに叩き付けられヒビが入っている。
こんなことなら、渡さなければ良かった。今朝の自分の舞い上がりっぷりを思い出し、縮こまるようにぎゅっと膝を抱く。
自己嫌悪、自己嫌悪、自己嫌悪…。自己嫌悪の嵐だった。この程度の弁当で満足していた自分が、あさはかで、情けなくて。
「…ぅ、うぅっ……」
嗚咽が漏れ、膝頭に顔を擦り付ける。新しく吹き出した涙が、白い頬を伝わり細い顎からこぼれ落ちる。長い黒髪が小さな身体をカーテンのように覆い、屋上の床を掃く。
「…居た! 瑞希さんッ!」
明俊の声に、瑞希がビクリと震える。
「探したよ…。瑞希さん、一体どうし」
「来ないで下さいっ!」
ほっとしたように歩み寄る明俊を、瑞希が押しとどめる。
「み、瑞希さん?」
悲鳴にも似た叫び声に、明俊の身体が硬直する。一体どうしたんだ? 僕は、何かまずいことをしでかしてしまったのだろうか?
そう口を開こうとした時、瑞希が顔を膝に埋めたまま、震える声で答えた。
「来ないで下さい…。明俊君に合わせる顔がありません…」
「…え? ど、どういう事? なんで?」
「あんなお弁当を、あんな、どうしようもないお弁当を渡してしまって、私は…」
「ど、どうしようもないって、なんで!? そんな事ないよ!」
明俊は散らばっている弁当の残骸を目にし、ぎょっとする。なんでこんなことになってるんだ。
「いつもよりちょっと上手に作れたからって、調子に乗って…。明俊君のお弁当は、材料も調味料も手作りなのに、私のは味付けで誤魔化すような粗末なもので……。自分が情けないです」
「ぼ、僕のは、あれは、確かに自家製だけど、瑞希さんの味付けが誤魔化しだなんて思わないよ!」
「材料から手作りするという発想がまるで無かった自分が情けないんです。明俊君の事、好きなのに、愛してるのに、なんで、そんな、当たり前の、事に、気付かな…ぅう…」
最後の方は涙声で途切れ途切れだった。ひどく頼りなさげな細い肩が、小刻みに震えている。
「瑞希さん…」
自分のために、そこまで真剣になってくれて、傷付いてしまって、泣いてしまっている瑞希に、明俊は身体が自然と動いた。
明俊の足音が聞こえ、瑞希は身体が震える。不意に足音が止まり、ゴリッゴリッと、何かが砕けるような音がくぐもって聞こえた。
「うん。やっぱり美味しいよ。瑞希さんのお弁当」
明俊の明るい声が耳に届き、続けて、またガリゴリと音が。
え? と、顔を上げて明俊の行動を確認し、瑞希の表情が固まった。
「な、なにやってるんですか!? 駄目です! それ、落ちたご飯…! 明俊君!」
明俊は屋上に散乱してる瑞希の弁当を拾って食べていた。砂が付いたご飯は、明俊が咀嚼する度にガリゴリと不快な音を響かせる。
「や、やめて!!」
平然と、本当に美味しそうに、落ちたご飯を食べる明俊を、瑞希が悲鳴を上げて止める。涙で赤くなった目を大きく見開き、明俊にしがみつく。
「なにやってるんですか! やめて下さい!」
「だって、本当に美味しいし」
「だからって、そんな落ちたのを食べなくても…」
「だって、瑞希さんが誤魔化しだなんて言うから」
瑞希は呆然と明俊を見上げる。明俊も瑞希を見下ろし、
「僕はこの味好きだよ。うん。すごく美味しい。誤魔化しだなんて全然思わない。それに、瑞希さんが僕のために作ってくれたんだから、残すなんて出来ないよ」
そう言ってにっこりと微笑み、また落ちたおかずを摘む。
「駄目ーッ! 何でまた拾うんです!? 駄目って言ってるじゃないですか!」
おかずを摘んだ腕にしがみつくように明俊を止める。瑞希はもう、訳が分からず、声を荒げる。
「あはは、こんな取り乱した瑞希さん、初めて見るなあ」
「なに言ってるんですか!? 取り乱すに決まってるじゃないですか!」
呑気な調子で言う明俊に、瑞希は叫び返す。ホントに訳が分からない。彼は何を考えているのか。
「とにかく、そんなもの食べないで下さい。落ちてしまってますし、……出来損ないなんですから」
「やだ」
「あっ!」
呟くように付け加えた瑞希の言葉に、明俊はむっとした調子で言うと、摘んだおかずをひょいっと口に放り込んだ。ゴリゴリと、歯がむずむずするような不快な音を立てつつも、明俊は平然と咀嚼する。
「なんで!? なんで食べるんですか!!」
「だから、瑞希さんが作ってくれたお弁当だからだよ。美味しいし、出来損ないなんかじゃない」
「もう、美味しいのは分かりました! でも地面に落ちてるんですよ!? 食べないで下さい!」
「じゃあ、瑞希さん、また僕にお弁当作ってくれる?」
「え!? そ、それは…」
口籠る瑞希に、明俊は、
「あ、あんな所に美味しそうなベーコン巻きが…」
「駄目ーッ! 分かりました! 作ります! 作りますから!」
瑞希が明俊の胸ぐらを掴むような勢いで叫ぶ。そんな瑞希に明俊は満足そうに微笑みかけて、彼女の頬に残った涙を優しく指で拭った。
* * * * *
「まあ、そんなわけでさ、父さんの仕事の関係で、ウチはちょっとした自給自足みたいになってるんだ」
「そうなんですか」
明俊と瑞希は、未だ屋上で、二人仲良く並んで座り込んでいる。散らばった弁当を掃除し、屋上に来る時に明俊が持ってきた弁当(明俊製。瑞希の食べかけ)を二人で食べ、屋上のちょっと奥まったところで壁にもたれてのんびりと雑談している。
すでに昼休みは過ぎ、午後の授業が始まっているが、まあ仕方が無い。このままサボってしまおう。クラスメイトへの言い訳が悩みの種だが、今はこうして瑞希とおしゃべりすることの方が大事だ。
「父さんの場合、仕事の関係といっても、趣味と仕事がほとんど同じような人だから、どこまで仕事でどこまで趣味か分からないけどね」
明俊は自由奔放な父親を思い出して、苦笑いを浮かべた。
明俊の父親は、植物学の権威で、今は南米におり、現地の大学で農業の支援と教育を行っている。その影響で、明俊の家には植物を育てる畑があり、おまけに味噌や醤油を作る発酵蔵まである。そのため、ある程度の自給自足は出来、少なくとも野菜はほとんど買わずに済むようになっている(さすがに冬は限界があるが)。
「なるほど。どうりで料理が美味しいはずです」
すっかり落ち着いた瑞希は、納得したように頷く。理論と実践に基づいた野菜造りだ。美味しく出来ないはずが無い。
「明俊君が生物の成績が良いのも、お父様の影響ですか?」
「うん。小さい時から、山に連れて行ってもらったり、研究室で顕微鏡覗かせてもらったりしてたから、自然と興味持ってね」
明俊が少し照れくさそうに頭の後ろを掻く。
「そうだったんですか。私の父も趣味で植物を育てているんです。プランターにハーブや簡単な野菜を育てているくらいですが」
「へえ、そうなんだ? あ、もしかしてハンバーグのソースに使ってたバジルって…」
「あれに気付いたんですね? あのバジルは父のプランターから拝借しました」
「すごくいい香りだったよ。お父さんにご馳走様でしたって言っておいて」
「父にお弁当に使うって言った時は、喜んで分けてくれたのに、恋人のお弁当ですと言ったら、すごく慌てていました。今度家に連れて来いと言っていたので、その時に直接お礼言って下さい。たぶん、父もその方が喜ぶと思います」
嬉しそうに言う瑞希に、明俊は若干戸惑う。
「お、お父さん、慌ててたんだ…?」
「ええ、朝なのに大声を上げて、絶対に今度連れて来いと言ってました」
「へ、へえ…そぉなんだ…」
なんとなく、あまり歓迎されていないような予感を感じ、明俊は背筋が冷たくなった。
「…明俊君」
「なに?」
瑞希は姿勢を正すようにして明俊の方へ向き直り、
「明日は、もっと美味しいお弁当作ってきます。……だから、楽しみにしていて下さい」
真直ぐ見つめる瑞希に、明俊は微笑みを返す。
「うん。ありがとう。楽しみにしてる。……あ、そうだ」
「?」
「瑞希さん、僕の家の野菜持って行ってさ、それでお弁当作ってよ。瑞希さんの料理の腕なら、きっとすごく美味しく出来るよ」
「いいんですか?」
「うん。ただで作ってもらうのも気が引けるし」
「そんなの気にしないで下さい。でも、ありがたく頂きます。本当は自分で一から作りたい所なんですが…」
残念そうに顔を伏せる瑞希に、明俊はちょっと考えてから、口を開いた。
「今ある野菜って、全部僕が作ったんだ。ほら、父さんも母さんも去年からいないしさ。だからね、材料は僕が作って、それを瑞希さんが料理して…。なんていうか、共同作業みたいというか。こういうのも良いと思うんだけど、瑞希さんは、どうかな?」
「共同作業、ですか?」
きょとんとこちらを見上げる瑞希に、明俊がちょっと照れくさそうに答える。
「そう、共同作業」
「……良いですね、それ。すごく良いです」
瑞希は、共同作業、共同作業と繰り返し一人ごち、くすくすと微笑む。
「また一つ、明俊君との共同作業が増えましたね?」
「またって?」
「そんなの、決まってるじゃないですか」
こちらを覗き込むようにして首を傾げ、床に手を着いて、そのままついっと顔を上げ、柔らかく唇を重ねてきた。
明俊は思わず、うっと仰け反り、後頭部を軽く壁にぶつけてしまう。
「キ、キスのこと?」
「そうです。そして、その後の行為も、です」
瑞希は猫のようにするりと、あぐらをかいた明俊の太ももの上に横座りになり、首に腕を回す。
「ちょ、ちょっと待って! 駄目だからね? ここ学校だからね?」
明俊は焦ってあぐらを崩し、逃げるように立ち上がろうとするが、
「大丈夫ですよ。屋上なんて誰も来ません。それに今、授業中ですから」
と、のしかかられてしまう。
「ストップ! ストーーップ! ダメ! 絶対!」
まるで何かの標語のように、明俊が待ったをかける。のしかかった瑞希はまるで鉛のように動かない。普段は羽のように軽いのに、なんでこんな時は重いのか。ひょっとして自重を自由に変える能力でももっているのか? と、明俊は混乱の余り、あり得ない事に思考を巡らせてしまう。
「では、明俊君の家で、ですね?」
「あ、う…」
「今朝、約束しましたよね? たくさん、気持ちよくなりましょうって」
「う、うん…」
仕方なく頷く明俊に、瑞希がいたずらっぽい微笑みを向ける。
「ああ、放課後が楽しみです。今から腰が疼いちゃいます」
「は、ははは…」
うっとりとした表情で言う瑞希に参りつつも、いつもの調子に戻った彼女に安心する明俊であった。
* * * * *
明俊の部屋で、絡み合う影が二つ。
「明俊君、私もう…」
はあはあと荒い息をついて、瑞希がうるんだ瞳で懇願する。その手は明俊の腰に伸び、雄々しくいきりたった股間のそれを愛おしそうに撫でている。
「う、うん…」
明俊は股間の刺激に若干腰を引きつつ、舌で愛撫していた瑞希の胸から顔を離した。
「ちょっと待ってね」
そう言ってベッドを降り、薄暗い部屋で机の引き出しを探る。そんな明俊を瑞希が赤く上気した顔で見つめる。
「久しぶりなんですから、今日はナカに注いで欲しいです…」
ゴムを装着し、覆いかぶさってきた明俊に、瑞希が熱に浮かれた顔で言った。肉棒をぴたりと覆っているゴムに手を伸ばし、引き剥がそうとする。
「駄目だよ。ちゃんと付けないと…」
「最初の頃は付けてなかったじゃないですか」
「それはそうだけど…」
瑞希はまだ、初潮を迎えていない。普通よりも少し遅れているが、17、8歳で初潮が来る女性は、それほど珍しくないらしい。それゆえに、最初の頃はゴムを付けずにしていたが、いつ初潮が始まるか分からないので、最近はきちんとゴムを付けるようにしている。瑞希は不満がっているが、こればかりは仕方ない。
瑞希は未練がましく爪でかりかりとゴムの根元を引っ掻いている。明俊はそんな瑞希の意識をゴムから引き剥がすべく、彼女の乳首に吸い付いた。
「はっ、あ!」
さらに、ぐしょぐしょに濡れそぼっている秘所に指を這わせて、ゆるゆると刺激する。
「あ、んあ…ゃあ…。明俊君、早く…!」
「ん? なに?」
「はあっ! だめ! くわえながらしゃべるのだめっ!」
乳首を甘噛みされつつ返事をされる刺激に、瑞希の小さな身体がベッドの上で跳ねる。
明俊は胸への攻めを続けながら、中指を秘裂にゆっくり挿入して行く。
「あぁ…、ゆび、あ、あっ!」
入り口を小刻みに擦るように指を動かし、徐々に奥まで挿れていく。
「ん、あ、ああっ! きもちいい! それ、それいいです!」
瑞希の腰がはしたなくベッドから浮き上がり、じゅぶじゅぶと音を立てて掻き出される愛液が、お尻を伝ってシーツに落ちる。
明俊は乳首からヘソ、脇腹へと舌を滑らせつつ、秘所に挿れた中指を折り曲げて天井を擦る。
「ここ擦られるの、瑞希さん好きだよね?」
「そこ、そこすき! すきです! きもちいッ! あーッ! んぁあ!」
瑞希はがくがくと頷きながら、身体をくねらせ快感に耐える。華奢な身体がベッドで跳ね、だ液でぬるぬるにされた乳首が、薄い盛り上がりの頂上でふるふると震え、艶やかな黒髪が白いシーツに乱れて広がる。
「だめ! だめ! イッちゃう! イッちゃいます! や! いやぁッ!」
急速に登り詰めていき、瑞希は首を振って快感に耐える。
「いいよ。瑞希さんイッちゃって」
「いやあ! あきとしくんのほしいッ! おねがいいれてくださいはやくもうイッちゃう!」
瑞希の目が完全に情欲に染まっている。口の端から涎を垂らしながら懇願する瑞希に、明俊の腰がぞくりと震えた。
「イッ……ひぁ…あ…」
絶頂の寸前で明俊が手を止めた。瑞希は透けるように白い肌を赤く上気させ、余韻に身体をビクビクと可愛らしく震えさせている。
「あ、あきとしくんはやく、おねがいです、もうだめくるっちゃいます」
瑞希が震える手で明俊の腰のものをさする。息も絶え絶えで、薄い胸が大きく上下している。
「でも、ゴム付きだよ?」
「いいです! ゴム付きでもいいですからあ!」
「指でも気持ちいいんでしょ? こことかさ」
意地悪く言って、挿れたままの中指で膣内をこねまわす。
「やッ! あああ!」
突然の刺激に、瑞希がたまらず仰け反った。軽く達してしまったらしく、膣内からさらさらした液体が断続的に飛び散ってシーツと明俊の腕を濡らす。
「い、いじわる! いじわるですっ!」
本当ならば起き上がって明俊を押し倒し、騎乗位で挿れてしまいたいのだろう。瑞希は両手をついて起き上がろうとしてるが、腰が抜けているのか上手く起きあがれないでいる。支えている両肘がかたかた震えている。
「ホントに、おねがいですから、いれて…っ! いれてください…」
涙さえ浮かべ、瑞希が懇願する。
さすがに、これ以上は明俊も限界だった。可愛らしい瑞希が卑猥に乱れる姿を見ているだけで出てしまいそうだ。
「…入れるよ」
「あ、あああッ…!!」
待ちかねた挿入に瑞希はそれだけで軽く達してしまう。かたかたと震え、大きく仰け反り、白い喉を無防備に晒す。
喉から胸元のラインが、薄暗い部屋に艶かしく白く浮かび上がり、明俊の興奮を盛り上げていく。
たまらなくなって、仰向けになった瑞希に覆いかぶさってキス。
「明俊君…。んぅ、ちゅ、は、んぅ…」
唇をねぶりながらも、明俊は腰の動きは止めない。
「はあ、あ、んぁ…。あきとしくんきもちいいです…。んう、はッ…」
明俊に組み敷かれながらも、瑞希も下から応戦する。明俊の首に手を回し引き寄せ、口内に舌を入れる。
「んッ、はぅ、あ、うんッ」
明俊は瑞希の背中に手を回し、そのまま持ち上げるようにして体位を変えた。
「ああッ…! いいです、これすき…」
対面座位の形となって、瑞希が愉悦の声を上げて腰をくねらせ始める。
瑞希の腰に合わせて、明俊も下から突き上げだした。
「はあッ! ん! あッ! ああーッ!」
奥を突かれて、瑞希がまた軽い絶頂に達する。
「すごいです! さっきから、何回も! あッ! やあ! また、きちゃう! ああああッ!」
ぎゅうぎゅうと熱い襞が痙攣を起こしたように締め付け、膣内で精液を子宮へ誘う動きが始まる。
「あッ…、あッ…! 奥が、んあッ、あッ! あ、あたま! へんになりそ…です…ッ!」
ぱちゅぱちゅと淫らな水音が部屋に響かせ、瑞希が激しく腰を振る。熱い肉棒が子宮口にぶつかり、腰の奥が溶けそうになる。膣内から熱い粘性の液体がどばどばと溢れ、肉棒との摩擦をより滑らかにする。
小刻みに軽い山を越え、瑞希の頭は肉欲一色に染まっている。眉根を寄せ、顔を真っ赤に染めて、がくがくと腰を明俊に打ち付ける。
「あーッ! あーッ! あーッ! あーッ!」
人形のように華奢な身体一杯に快感を溜め込み、瑞希は爆発寸前の風船のような焦りと、その後の開放感を予感させる大きな浮遊感を感じる。
「きもちい! きもちい! あ! ひぁ! あーッ!」
結合部は粘度の高い愛液でぐちゃぐちゃと泡立ち、二人の腰がくっついたり離れたりする度に、何本もの糸を引く。明俊もがちがちになった肉棒で、貫かんばかりに乱暴に瑞希の腰を引き寄せ、打ち付ける。
「あきとしくんきもちいーッ! おくいいよう! あーッ! きちゃう! あ、あ、あ、あ!」
これまでにない大きな絶頂を予感し、瑞希が乱れに乱れる。明俊の身体にしがみつき、飛んで行きそうな感覚に耐える。耐えて、耐えて、より大きな絶頂で飛び上がりたい。
明俊もそろそろ限界だった。瑞希の襞々がみっちりと肉棒に絡み付き、ピストン運動の度に腰が抜けそうな快感が亀頭部分から裏筋を通って陰嚢に痙攣を起こす。
「くるッ! きちゃうぅう…ッ! あ、あ、あーッ! んああ! はあッ! イ、イキそ! ああッ!」
「僕も…ッ 限界…! 出るッ」
「イキますッ! あ、ああ、あ…ッ! イ、ィクう…ッぁ、あッあああああーーッ!!」
同時に、弾けた。
腰が抜けるような凄まじい絶頂感に、お互い力一杯抱き締めあい、身体を密着させて耐える。
「あーーッ! あッ! んああああッ!」
津波のように激しいエクスタシーに、瑞希は明俊の身体に爪を立ててしまう。そうでもしないと意識ごと身体が弾けてしまいそうだった。
「あ…、ふ…」
抱き締めたまま瑞希はかたかたと震え、激しい絶頂の余韻に浸りながら、愛しい人と愛し合う幸せを噛み締めていた。
* * * * *
「瑞希さん、もう帰らないと…」
「もう1回だけしましょう? ね?」
「駄目だよ。もう6時回ってるし…」
「大丈夫ですよ。ね、あと1回」
時刻は夕方の6時を過ぎ、家に連絡もせずに一人娘を預かっている明俊としては、あまり落ち着いていられない時間帯になってきた。
あの後、二人でシャワーを浴び、そのまま浴室で触りっこ。ムラムラして我慢出来なくなった二人は、お互いろくに身体も拭かず、抱き合いながら明俊の部屋に戻って再び貪りあった。シャワーを浴びた意味が全くない。
「まだ平気ですよ。いっそのこと、今日は帰らないって連絡を…」
「駄目駄目駄目ーー!」
言うが早いか、携帯電話を取り出して連絡を取ろうとする瑞希をすんでの所で阻止する。
「もう駄目! 今日はお終い! ほら、瑞希さんも服着ないと」
いそいそと服を身につけ始める明俊を見て、瑞希も諦めたようだ。しぶしぶ淡いブルーの下着をつけ始める。
明俊は思わず目を逸らした。情事後というやつは、何故にこうも生々しく、恥ずかしいのか。赤面して瑞希に背を向け、服を着終える。
「明俊君って、エッチの時と普段の時との差がありすぎですよ」
「わあっ!?」
ぴたりと、突然背中から抱き締められ囁かれた声に、明俊は飛び上がりそうになった。いつの間に近寄っていたのか。
「今日なんか、すごいいじわるで、なかなか挿れてくれなかったのに…」
「や、やめて! 思い出させないで!」
己の所業を思い出して、顔面が沸騰する。
「お風呂場でも、わざと核心の部分には触らずに焦らして、私の悶える姿を見て喜んでましたよね?」
「よ、喜んでた、わけじゃ…。と、とりあえず服をちゃんと着ないと。ね?」
パンツを穿いただけの格好で、どことなく、うっとりとした口調で言う瑞希に、明俊は嫌な予感を覚えた。
「思い出したら、余計欲しくなってきちゃいました。明俊君…」
するりと伸ばされた瑞希の手が、明俊の股間をまさぐる。
「ちょ、もっ、だっ、みっ」
ちょっと! もう! 駄目! 瑞希さん! と言ってるつもりで、明俊は瑞希の破廉恥行為を阻止する。明俊は瑞希の手を掴んで、自分のお腹の前で固定した。
「今日は終わりだって! もう6時半になっちゃったよ。ほら、ね?」
「じゃあ、せめてキスだけでももう1回して下さい。そしたら諦めます」
「ちゃんと服着て、帰り支度して、玄関の所まで行ってからキスしようね? 家まで送って行くから」
この場でキスしたら、絶対になし崩し的にエッチになだれ込もうと考えていることが容易に想像出来た。その証拠に、わざとらしい、瑞希の舌打ちが聞こえる。
「今、チッて言ったよね?」
「気のせいですよ。わかりました。残念ですが、今日は諦めます」
後ろから回された腕の力が緩み、明俊はほっと一息付くが、
「楽しみは、明日に取っておきますね? これからは毎日、明俊君と愛し合えるんですから、焦る必要なんてありませんしね。明日もまた、たくさん愛し合って、たくさん気持ちよくなりましょうね?」
嬉しそうな口調で、念を押すように言う瑞希に、ほっと付いた一息が、ため息に変わってしまった。
* * * * *
「……」
もう、なにこれ…。
昼休み、登校途中に瑞希から受け取った弁当を開けた途端に、明俊は机に突っ伏しそうになった。またぞろ、何か書き文字がしてあるだろうと思っていたが…。
弁当のご飯部分には、“今日は3回希望”と鳥そぼろと桜でんぶで記されていた。ちなみに“3回”の部分は強調するかのように桜でんぶになっている。文字が崩れてくれていればいいのに、瑞希の仕事に掛かれば、細かい文字も型崩れを起こさずに、憎たらしいくらい鮮明に解読可能だ。
こんな文字、周りにお披露目出来ない。どうやって食べれば良いのか。お椀を開けずに中身を食べるように言われた子坊主の気分が良く分かった。しかも状況的にはトンチで切り抜けられる状態ではない。
というか、何も弁当をメッセージ代わりにしなくてもいいではないか。絶対、僕を困らせたいだけでしょ!? と、明俊は非難の視線を瑞希に向ける。瑞希は涼しげな表情で明俊の視線を受け止め、携帯をいじり出す。
明俊の携帯が震え、瑞希からのメールを着信した。
“お弁当、交換しましょうか? 中身は同じですし。もっとも、交換したら私のお弁当にその文字が出てくるわけですが。明俊君がそれでもよければ、言って下さい”
そんなこと、出来る訳がない。瑞希のお弁当に、そんな、“今日は〜回希望”なんて書いてあったら、まるで僕が催促してるみたいじゃないか…。
どっちに転んでも、自分の不利益に繋がる事態に、明俊はがっくりとうなだれる。とりあえず、「希望回数に関しましては、前向きに検討しますので、お願いだからお弁当をメッセージ代わりにしないで…」と返すのが精一杯だった。
終わり
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