3の467文庫
「入り口」 >>> 「トップ」 >>> 「文庫一覧」 >>> 「妹的幼馴染み系素直クール」


妹的幼馴染み系素直クール

 ──10年前。
 依友太一(よりとも たいち)13歳。
 沢澄知晶(さわずみ ちあき)6歳。

「たいちおにいちゃん。おにいちゃんは、しょうらいのゆめってありますか?」
「ずいぶん難しい言葉知ってるね。……知晶は将来の夢あるの?」
「うん。あります」
「へえ、なに?」
「わたしのゆめは、たいちおにいちゃんのおよめさんになることです」
「そ、そっかあ。でもそれは大きくならないとなれないよ?」
「どのくらいですか?」
「えっと、大人になるくらい、かな」
「おとなですか。とおいです」
「そうだね」
「がんばります」
「そ、そっか。えっと、がんばれ」
「はい」

 ──5年前。
 依友太一、18歳。
 沢澄知晶、11歳。

「太一兄さん。女の人は16歳で結婚出来るそうです」
「ああ、そうだね」
「じゃあ、16歳になったら、私のことお嫁さんにしてくれますか?」
「え? うーん。そうだなあ……」
「だめ?」
「知晶が16歳になってもそう思っていたら、その時に答えるよ」
「本当?」
「ああ」
「約束ですよ」
「うん。約束する」

 ──そして、現在。
 依友太一、23歳。
 沢澄知晶、16歳、になる前日の事だった。

 * * * * *

 午後9時を10分ほど回ってから、依友太一は会社から自宅に帰った。
 閑静な、と言えば聞こえは良いが、要するに周りに何も無く、静けさだけがウリの住宅地の一角。そこにあるアパートの一室が、太一の自宅だった。
 所謂ベッドタウンと呼ばれるその街は、最寄りのコンビニまで徒歩8分、駅に至っては徒歩35分、バスを使っても7、8分はかかるという、都内にしてはなかなか辺鄙な所に位置している。
 ちょっと不便だが、周りは静かだし、自分が住んでる部屋も両隣が空いているため、気兼ねなく暮らすことが出来るので、太一は気に入っていた。

 太一は自室のドアノブに鍵を突っ込み、回した。その時、いつもとは違う手ごたえを感じ、一瞬、首をひねるが、すぐにその原因に思い当たり、鍵を抜いてドアノブをひねった。
 鍵がかかっているはずのドアはあっさり開き、太一に予感が当たったことを知らせる。
 1Kの部屋の小さな玄関には、見覚えのある女物のローファーがちょこんと1足。
 太一が後ろ手に玄関のドアを閉めるのと同時、奥から制服を着た小柄な少女が顔を出した。

「おかえりなさい」
「ただいま。来てたのか、知晶」
 知晶と呼ばれた少女が「うん」と頷きながら、玄関まで歩み寄ってくる。
 少し長めの漆黒の髪の毛がさらさらと揺れ、小さな耳が隙間から覗く。くっきりとした眉と、髪の毛と同じ色の大きな瞳。華奢で小柄な体を包む黒いブレザーの制服が、それとは対照的なミルク色の肌をより白く見せている。

 太一と知晶は、少し歳が離れた幼馴染みの関係だ。通常、そういった関係はお互いに歳を経るにしたがって疎遠になっていくものなのだろうが、彼らの場合はその例に当てはまらなかった。今でも家族ぐるみで仲が良いし、太一が社会人になって独り暮らしを始めてからは、平日に顔を合わせる機会は減ったが、かわりに休日は必ずと言っていいほど知晶は太一のアパートに遊びに来ていた。
 つまり、幼い時からの親しい関係が今でも続いているというわけだ。もちろん、親しい関係というのは兄妹のような、という意味であり、所謂恋人とかそういった類のものではないと、太一は思っている。

「はい」
「ん?」
 太一が革靴を脱いで部屋に上がったと同時、知晶が小さな両手を差し出してきた。
「鞄、持ちます」
 鞄を寄越せとのことらしいが、こちらを見上げ、小さな手を突き出してくる様は、まるで抱っこをねだる子供のようだ。彼女は太一の胸よりも背が低く、身体付きも近ごろの女子高生にしては女らしさの主張が薄い、有り体に言えば、非常に華奢で起伏に乏しい体型なので、余計にそう見えてしまう。
「いや、いいよ」
 その子供っぽい仕草に噴き出しそうになりながら、太一が答えた。
 この部屋は1Kで、玄関からキッチンを抜け、部屋に辿り着くまでわずか6、7歩だ。わざわざ鞄を持ってもらうほどでも無い。そう思ったが、
「駄目です」
 と、知晶に半ば強引に鞄を奪われた。
 知晶は太一の鞄を大事そうに胸に抱え、部屋に戻って行く。仕方なく、太一もその後に続き、前を行く彼女のつむじを見下ろしながら問いかけた。
「学校から直接来たのか?」
「うん」
 知晶が通っている高校からこのアパートはそれなりに近い。ギリギリ徒歩圏内といったところだ。
「珍しいな。平日にくるなんて」
「せっかく合鍵を持ってるんですから、有効利用です」
 つむじから、どことなく楽しげな知晶の声が聞こえてくる。ちなみに合鍵はねだられて根負けするような形で渡した。
 今日のように平日で、しかも学校から直接来るのは珍しかった。彼女は特にクラブに所属していないため、学校が終わってから真っ直ぐ来たのだろう。ということは、太一のアパートに来てから少なくとも5時間近くは経っている計算になる。
「言ってくれれば早く帰って来たのに」
「ん、いえ。それなりに楽しかったですから」
「楽しかったって、何が?」
 ゲームでもしてたのだろうか? 最近、特に新作とか買って無いはずだが……。
 太一の問いに、知晶が平然と答えた。
「なんていうか、帰りが遅い旦那様を待つ若奥様の気分。というのを満喫してました」
 キッチンを抜けて8畳の和室に入り、薄くいたずらっぽい笑みを浮かべて彼女が振り返る。
「時計と電話を見比べながら、『あの人まだかしら…? そろそろ連絡してみようかしら…』なんて思い悩んでいる奥さんの気分を味わってたら、すぐ時間が過ぎてしまいましたよ」
「………学校から帰ってから、ずっとそんな事してたのか?」
 このヒマ人め。と、太一は思わず呆れた。
「ずっとじゃないです。掃除したり、Yシャツにアイロンかけたりもしてました」
「ああ、そうなんだ。いつも悪いな。助かる」
「んーん。好きでやってますし。ついでに本棚の裏とかパソコンのブラウザの履歴とかもチェックしてますし」
「待て。それはやめろ」
「でも基本ですよね?」
 人の悪い笑みを浮かべながら、しれっと彼女が答える。
「太一は、本棚の裏どころか、押し入れの奥にも何も隠して無いし、ブラウザの履歴も毎回消してるみたいだからつまらないですけど」
 太一は「お前がそういうことするから痕跡を消さないといけないんだろうが」と言いかけ、口をつぐんだ。
 彼女の家捜し癖はいまに始まったことではなく、太一が実家に住んでいた時からのものだった。今ではもう、こいつの習性なのだろうと、太一は諦めている。コンセント周りのコード類に異常な関心を示す小動物のようなものだ。きっと。
 知晶の習性を今さら言っても仕方が無いので、太一は別の話題を切り出した。
「なあ、いい加減に呼び捨てやめろよ。“太一兄さん”だろ?」
 諭すような口調で言うと、知晶はふいっとそっぽを向いた。
「やです。太一はお兄さんじゃないですから」
「昔はそう呼んでくれたじゃないか……」
 いつの頃からか、知晶は太一を呼び捨てにするようになった。7つも年下の女の子に呼び捨てにされるのは何とも奇妙で、太一はあまり好きでは無かった。
 出来れば昔のように“太一兄さん”と呼んで欲しい。その呼ばれ方が好きなのでは無く、なんとなく、知晶には兄として接して欲しいと太一は思っていた。
 しかし、知晶はどことなく必死な表情で太一を見上げ、こう言うのだ。
「私は、太一と兄妹になりたくないから、太一兄さんって呼ばないことにしたんです」
 俺は妹同然だと思ってるのになあ……と、太一は知晶の真意に気付かず、心の中で溜め息を付きながらスーツを脱いだ。
「じゃあせめて、さん付けで呼んでくれよ」
「それもやだ。なんか余所余所しいですし」
「余所余所しいって、そんなしゃべり方してるお前が言うなよ」
 知晶は何故か敬語で会話する女の子だった。昔から、それこそ子供の頃からそうだったので、自分は聞き慣れているが、学校で浮いたりしてないだろうか? と、つい心配してしまう。まあ友達は多いようなので杞憂なのだろうけど。
「このしゃべり方は癖ですから、諦めて下さい。それより」
 そう言うと、知晶は太一を見上げたまま、覗き込むように小首を傾げる。
「くん付けならどうですか? たっくん、とか」
「それは勘弁してくれ」
「わがままですね、太一は」
「どっちがだ」
 そんな、いつもの調子でやりとりをしながら、太一が脱いだスーツをハンガーに掛けようと手を伸ばしたところで、知晶が割り込んできた。
「私がやります。スーツを貸して下さい」
「別にいいのに」
「駄目です」
 太一の答えを待たず、知晶がスーツを手にする。
 てきぱきと、慣れた手付きでスーツをハンガーに掛ける知晶を、太一はネクタイを緩めながらなんとなく眺めた。
 知晶は、太一が会社帰りの時は必ずこうやって出迎えた。まずは玄関で鞄を持ちたがり、脱いだスーツもハンガーに掛けたがった。
 太一には知晶が何故そんなことをしたがるのか分からなかったが、手伝ってくれるのは助かるのでなすがままにしていた。
 丁寧にハンガーに掛けたスーツをクローゼットに入れようとしたところで、知晶が不意に眉根を寄せた。
「……タバコ臭い。どこか寄ってきたんですか?」
「ああ、ちょっと飲みにな。…………会社の同僚とだぞ?」
 じっとこちらを見つめる知晶の視線を受けて、つい言い訳するように付け足す。今日は週末なので同僚と軽く飲んできたのだ。
 お前が来るって知ってれば、真っ直ぐ帰ってくるつもりだったんだぞ。と口にしようとしたところで、唐突に、知晶がぽふっと胸に寄りかかってきた。
「あ、おい」
 突然の行動に目を丸くする太一をそのままに、知晶は両手を背中に回し、胸に顔をうずめるように抱きしめてくる。
「こ、こら。何してんだ」
 制服を着た女の子に正面から抱きつかれ、太一は一瞬ドキッとする。
 何をドキドキしてるんだ。相手は知晶だぞ? 確かにここ数年、急速に可愛くなってきて、不意に近付かれると内心慌てることはあるが、身長どころか身体付きまで子供の頃から全然変わって無いじゃないか。というかそもそもまだ子供じゃないか。何を慌てる必要があるんだ。と、太一は自分に言い聞かせるようにして心を落ち着かせる。
 そんな太一の心情を知ってか知らずか、知晶はYシャツに顔をうずめ、くんくんと匂いを嗅ぐ。
「んー…、タバコ臭い。あとお酒の匂いもします」
 そして「臭い臭い」と繰り返す。しかし、その言葉とは裏腹に、口調は不快そうな感じではなく、逆に楽しんでいるかのようだ。その証拠に、もっと匂いを嗅ぎたいかのように、ぎゅーっと強く抱きついてくる。
 お腹に微かに知晶の胸の膨らみを感じ、太一は落ち着かせた心臓が、また早くなるのを感じた。
 不意に高鳴ってしまった心臓を誤魔化すように、太一はぶきっらぼうに言い放った。
「じゃあ嗅ぐな。悪かったな、臭くて。つーか嫌なら離れろ」
「いえ。別に嫌じゃないですよ? タバコの匂いもお酒の匂いも好きじゃないけど、太一からしてる時は好きです」
 平然と言いながら、Yシャツに子猫のように頬を擦り付ける。
 なんと答えて良いものやら、太一は返答に困った。とりあえず、未だ引っ付いている知晶を引き剥がそうと、肩に手を掛ける。
「ほれ、放せ。着替えられないだろ?」
「ん。もうちょっと」
 言いながら、知晶はくりくりと額をYシャツに擦り付ける。もじもじと身体を動かしているため、知晶のささやかな胸の膨らみがお腹に擦り付けられ、柔らかな感触がより強調されてしまう。
「…ほら、もう時間切れだ」
 思わぬ感触に、声が裏返りそうになるのを押さえ、知晶を引き剥がした。
 知晶は一瞬残念そうな顔をするが、
「あ、そうだ。首筋見せて下さい」
「いでで! ネクタイ引っ張んな!」
 何を思ったか、知晶に唐突にネクタイを引っ張られ、思わずぐえっと呻いてしまう。
 ネクタイを引き寄せられ、前かがみになった太一の首を覗き込みながら、知晶が確かめるように言った。
「キスマークとか、無いですよね?」
 至近距離での発言。吐息が耳にかかる。一瞬遅れて、ふわりと薄く甘い匂いも鼻をかすめた。
 太一は、折角抑えた心臓がまた大きく鼓動するのを感じた。
「そんなんあるか」
 それでも普段通りに口を利けたのは、彼女とのスキンシップに慣れているからだろう。
「ん。よろしい」
 偉そうに言って、年下の幼馴染みの少女は満足げな顔でネクタイを放した。
 ようやく解放され、太一は胸の鼓動を悟られないように、少し乱暴にネクタイを引き抜いた。

 その後、部屋着に着替え、座ぶとんに腰を下ろしてやっと落ち着いたところで、知晶が聞いてきた。
「お腹空いてませんか?」
「ん……、少し空いてるかな」
 言われてから気付く。軽く飲んできただけなので、小腹が空いていた。それに気付くと同時に、知晶のことを思い当たった。
「あ、お前、メシは?」
「まだですよ?」
 当然のように答える知晶に、太一は眉をしかめた。
「あれ、なんだよ先に……って、待ってたのか」
「うん」
「ごめん。悪い」
 何の連絡もなく急に、悪く言えば勝手に、太一の所に来たのだから謝る必要はないのだが、なんとなくばつが悪くなって謝ってしまう。
 申し訳なさそうな顔をする太一に、知晶は何でもないように首を振る。
「私も連絡しなかったですし。それにさっき言った通り、旦那様の帰りを待ってる若奥様ごっこして楽しんでましたから」
「……お前はなんでも楽しめそうだな」
 呆れたようなほほえましいような、微妙な気分で太一が苦笑する。
「なんでもじゃないですよ? 私が楽しめるのは、相手が太一だからです」
「俺はお前のおもちゃか」
 太一は思わず苦笑する。知晶は何か言おうと口を開いたが、先に太一が促した。
「で、メシどうする? 何か買いに行くか?」
「太一の帰りを待ってたのに、私が何の用意もして無いと思いますか?」
 太一の問いに、知晶は得意げに言って、腰をあげた。
「ん……いや、何か良い匂いがするな、とは思ってたけど」
 畳の上に転がっているテレビのリモコンに、寝転がるように手を伸ばしながら太一が見上げると、知晶はポケットからシンプルなヘアゴムを取り出して、髪を後ろで縛りながら答えた。
「温め直すから、ちょっと待っててください」
 そして、エプロンを着けながら台所へ向かう。
 くるりと踵を返し、制服のプリーツスカートとエプロンの裾が舞う。真っ白い膝の裏と、華奢な太ももが覗き、太一は慌てて視線を逸らした。横に寝転がるような姿勢で見上げていたため、際どい位置まで太ももが見えてしまった。
 極力平静を装いながら、手にしたリモコンをテレビに向け、電源ボタンを押す。が、なんど押しても反応がない。なんだ? と思ってリモコンを見ると、リモコンをテレビとは反対に向けており、見当違いのボタンを押していた。
 思わず、ため息が出た。……なんであんなんで動揺してるんだ、俺は。本当に今日はどうかしてる。
 太一は軽く頭を振りながら、手にしたリモコンを持ち替えた。

 遅めの夕食は、湯豆腐と、湯通しした豚肉を乗せたサラダだった。
「ごちそうさま」
 お茶を啜り、ふぅと一息。食後はやはり、濃く煎れた熱い緑茶に限る。
 食器を下げ、ちゃぶ台を布巾で拭きながら知晶が尋ねた。
「美味しかったですか?」
「ああ」
「良かった」
 布巾をちゃぶ台の端に置き、知晶もお茶を飲みながら微笑む。そして、そのままじーっと太一を眺め続ける。
「………」
 じーー。
「………」
 じーーー。
「………」
 じーーーーー。
「……どした?」
 知晶の視線に耐え切れなくなって、太一が切り出した。
「ん? 見てるんです」
「……何を?」
「太一を」
「……なんで?」
「見たいから」
「……そうか」
「うん」
 いたずらっぽく微笑んで、ちゃぶ台の上に身体を倒し、顎を乗せる。上目遣いで太一を見つめ、絹糸の様に細く艶やかな髪の毛がさらさらと肩口からこぼれ、テーブルに広がる。
 知晶は楽しげに頭をゆらゆら揺らしながら、なおもじーっと見つめてくる。
 太一は視線から逃れるかのように、少し背を倒してお茶を飲む。
「……行儀、悪いぞ」
 それには答えず、知晶が楽しげに口を開いた。
「ご飯、美味しかったですか?」
「ん? ああ、うまかったよ。……さっきも言ったろ?」
 知晶の良く分からない行動に、太一はつい口調がぶっきらぼうになってしまう。
「じゃあ、ご褒美が欲しいです」
 頭を傾け、覗き込むような形で知晶が言う。その言葉に、なんとなくイヤな予感を感じ、太一は身構えてしまう。思わず胡散臭さそうな視線を知晶に向けた。
「……ご褒美ぃ? なに?」
「……んっ……」
 知晶が取った行動に、太一は盛大に溜め息をつきたくなった。
 知晶はちゃぶ台に乗り出すようにして顔を突き出し、軽く目を瞑っている。
「………」
 太一が呆れて言葉を失っていると、知晶は焦れたように更にちゃぶ台に乗り出し、
「んーーー」
 と、唇を突き出してくる。
「………」
 キスをねだる知晶に贈られたのは、デコピンだった。
「いたっ」
 ぺしっと軽く、太一のデコピンが知晶のおでこにお見舞いされる。
「お前なあ……」
 太一が心底呆れたように溜め息をついた。
 知晶はデコピンされたおでこをさすりながら、不満そうに唇を尖らせる。
「けち」
「そんなご褒美は受け付けられません」
「昔はよくしてくれたのに」
「……子供の頃の話だろ」
 それに、“した”んじゃなくて、お前から“してきた”んだ。と付けたし、何を考えているんだ。という感じで太一が眉をしかめる。
「つーかもう10時半じゃないか。そろそろ帰らないとまずいだろ?」
 太一が帰宅したのが9時10分。それから食事してなんだかんだとくつろいでたら、いつの間にか10時30分になっていた。知晶とはいくら家族ぐるみの付き合いだとはいえそろそろ家に帰さないとまずい。
「ほら。送って行くから」
 立ち上がり、ほれ立てやれ立てと知晶をせかす。知晶の家はここから歩いて30分ほどだ。結構離れているし、なによりこんな夜中に一人で帰すわけにはいかない。
 それに、知晶には悪いが、今日は何か調子がよろしくない。メシだけ作らせて帰らせるとは、物凄く酷い扱いで非常に心苦しいが、その埋め合わせは後でするとして、とにかく、今日はこれ以上、知晶と顔を合わせていると何かマズい気がして、さっさと送って一人になりたかった。
 しかし、知晶はそんな太一を更に追い詰める。
「今日は泊まります」
「はぁ!?」
 思わず素っ頓狂な声が出た。
「と、泊まるって、お前……」
 頻繁に遊びに来ていた知晶だが、今まで泊まったことはない。予想外の展開に、太一は思わずうろたえた。
「いやいやいや、ちょっと待て。そんな急に……」
「駄目?」
「だ、駄目っつーか……。家に連絡は? それに学校」
「朝、学校に行く前にお母さんに言ってきました。学校は明日お休み。土曜日ですから」
 しれっと言いつつ、「ほら。お泊まりセット」と楽しげにバッグの中から歯ブラシやヘアブラシなどを取り出し、太一に見せる。
 ……始めからそのつもりだったのか、こいつめ。
 呆れ顔の太一を尻目に、知晶はバッグから荷物を取り出す。タオルやパジャマはともかく、下着まで引っ張り出すので、太一は慌てて止めた。
「ちょっ、お前! それはしまっておけ!」
「これ?」
 びろんと、知晶が純白のブラジャーを両手で広げて見せる。
「おまっ…広げるな!」
「この前買ったんです。可愛い?」
「胸にあてるな!」
 控え目に飾りが付いたブラジャーを制服の上から胸にあて、小首を傾げる知晶に、太一は思わず頭を抱えたくなった。
「あのなあ。泊まるつもりなら、事前に言っておけよ……」
「ごめんなさい。迷惑でした?」
「あ、いや……。そういうわけじゃ、ないけどさ…」
 不安げな表情でこちらを見上げてくる視線を受けて、太一が口ごもる。
「とりあえず、一応家に連絡だけするぞ。おばさんに言ってあるなら大丈夫だろうけど、一言預かるって言っておかないといけないしな」
 そっけなく言いつつも、知晶を安心させるように頭に手を置き、ぽんぽんと撫でる。知晶を見下ろした時、バッグの中にブラとおそろいの柄のショーツが目に入り、慌てて視線を逸らす羽目になったが。

 電話に向かい、暗記してある番号を打ち込む。数度の呼び出しの後、『もしもし?』と聞き覚えのある声が電話に出た。知晶の母だ。
「夜分遅くにすみません。太一ですが……」
 途端に、『あらあらあらあら』と所謂おばちゃん特有の甲高い声に迎えられた。
『太一君? 久しぶり〜。元気? あ、そうそう。知晶がそっちに行ってると思うんだけど、よろしくね〜。なんならそのままずっと一緒に暮らしてもらってもいいわよ〜。学校までの距離はあんまり変わらないし〜。え? 駄目? も〜、太一君相変わらず真面目なんだから。まあとにかく、そんなわけだから、知晶をよろしくね〜。末長く。なーんてね。あはは。じゃ〜おやすみ〜』
 まくし立てるような知晶母のセリフに太一は、「お久しぶりです」「ええ、それで…」「いやいや、そんなわけには……」「いや、ちょっ」「あ、おやすみなさ(ガチャ。ツーツー)い」と、相槌程度の対応だけで精一杯だった。
 ため息をついて振り返ると、ちょこんと正座してる知晶が「ね?」と見上げてくる。
「おばさん、あんなに放任主義だったか?」
「放任主義ってわけじゃないです。太一だもの。信頼されてるんですよ」
「信頼されてるっていってもなあ…」
 昔からの付き合いだからといって、そんなに簡単に外泊を認めて良いのだろうか? 大学の頃とか、実家から通っている女友達はほとんど門限があるらしかったので、まだ高校1年生の知晶にそんな甘い対応でいいのか? と人事ながら心配してしまう。
「太一の所に泊まるって言ったら、あっさり承諾してくれたし、むしろそのまま一緒に住んじゃえって言われました」
「あー、さっきも電話で似たようなこと言ってたな…」
「あと、『必ず仕留めて来い』とか『手ぶらで帰ってきたら家に入れない』とも言われました」
 太一は「なんだそりゃ?」と思いつつも、深く追求しないほうが良さそうな予感がし、口を閉ざした。
 気を取り直して、財布と携帯を持って上着を手に取る。その様子に、知晶が怪訝そうに見上げてきた。
「どこか出かけるんですか?」
「とりあえず、お前は先に風呂に入っちゃえよ。俺はコンビニにでも行ってるから」
「わざわざ外に出なくても。なんならお風呂に一緒に」
「却下だ。却下」
 ぴしゃりと言って上着を羽織る。

 太一の部屋の風呂場は所謂ユニットバスだが、よくあるトイレと一緒になっているタイプのものではなく、風呂場だけのユニットバスで、トイレは別に設置されている。そのため、脱衣所として使えるスペースがない。
 一人暮らしで誰かを泊めることなど無かったので今まで不便には感じなかったが、まさかこんな事態になるとは思わなかった。
「部屋のドアを閉めれば大丈夫ですよ。上がったら声掛けます」
「いいよ。丁度コンビニで買うものもあったし。ほら、さっきのご褒美。お前の好きなハーゲンダッツのビターキャラメル、買ってきてやるから」
「ご褒美ならお風呂に一緒に」
「だからそれは却下だっつーの」
「けち」
 知晶は不満そうについっとそっぽを向いて、わざとらしい口調で言い募る。
「夜中まで帰りを待ってて、晩ご飯まで用意してたのに、カップアイス1つで済まそうなんて。太一にとって、私は税込み263円程度の存在なんですね」
「ちょ、お前、それは……」
 勝手に上がって、勝手にメシ作って、勝手に待ってたのはお前だろう。という言葉は、さすがに飲み込んだ。
 知晶は拗ねたような口調だが、あくまでポーズだろう。本気でそう思ってるわけではないだろうが、一度こうなるとなかなか解放してくれない。
 知晶は基本的に、とても聞き分けの良い利口な娘だ。しかし、昔からときどき妙に抵抗する時があり、太一はその度になんだかんだと振り回されてきた。
「久しぶりに、一緒にお風呂入りたいなと思ったのに」
 久しぶりにって、いったい何年前の話だ。最後に一緒に入ったのは、もう10年以上も前だろうに。
「……はぁ」
 太一はため息をついて、正座のままそっぽを向いてる知晶のそばにしゃがみこんだ。
「……お前、明日で16歳だろ?」
「うん。……覚えててくれたんですね。誕生日」
「当たり前だろ。毎年プレゼントあげてるじゃないか」
 誕生日のプレゼントは何がいい? と聞くと、大抵、キスだのなんだの無茶を言ってくるのが困るが、太一は毎年何かしらプレゼントを贈っていた。
 ちなみに去年はコートを贈った。知晶は高校受験を控えていたので、受験シーズンの冬に風邪などひかぬようにと、奮発して上質なカシミアのコートをプレゼントした。今年もすでにプレゼントは用意してある。
「16歳になる女の子が、一緒に風呂に入りたがるなよ。もう大人なんだから」
 大人、というフレーズになんとなく違和感を覚えたが、太一は諭すように言った。しかし、知晶は待ってましたとばかりに口を開いた。
「じゃあ、誕生日プレゼントは一緒にお風呂が…」
 そのセリフに、太一が「却下だって言ってるだろ」と言う前に、「あ、違います。そうじゃなかった」と知晶が慌てて取り消した。
「今のは無し。今年の誕生日のプレゼントは、もっと大事なリクエストがあるんです」
「……お前のリクエストは、いつも突拍子のないものだからなあ…」
 太一は思わず胡散臭そうな顔をしつつも、「何だ?」と先を促す。
「ずーっと昔から予約してるお願いだから、突拍子なくないですよ?」
「昔から?」
「うん。でもそれは、日付けが変わって、私が16歳になった時に改めて言います」
「日付けが変わってからって……。もしかして、そのために今日泊まることにしたのか?」
「うん。どうしても16歳になった瞬間に伝えたいんです」
「………」
「? 太一?」
 一瞬、言葉を失った太一に、知晶が不思議そうに首を傾げる。
「あ、いや。まあ、なんだ」
 太一はなんでもないように手を振り、続ける。
「そのリクエストは置いておいて、とりあえず風呂入れ。上がったら携帯に連絡してくれ。鍵は持って行くから、風呂入る前に戸締まりしとけよ」
 話を切り上げるように少し早口で言い、立ち上がる太一に、知晶がすかさず、
「お風呂は一緒に「いつまで繰り返すつもりだ」
「……けち」
 光の速さで突っ込まれ、唇を尖らせる知晶を尻目に太一は呆れた顔で玄関に向かった。

 * * * * *

 太一は玄関から出るなり大きく深呼吸し、
「っはあああああぁぁぁぁ…………」
 でっかいため息をついた。
 秋が深まり、夜はしんと冷え込む季節。微かに白い息が、玄関の明かりに透ける。
 太一はポケットに手を突っ込み、この辺りで一軒しかないコンビニに足を向けた。
 ハーゲンダッツのビターキャラメルの他に、追加でリッチミルクも頼まれてしまった。
 社会人1年目の給料日前のこの時期に、そんな贅沢なもの頼みやがってアイツめ。タダでさえ今月は、誕生日のプレゼントで財布が軽いと言うのに。と、太一は独り毒づきながら街灯の下を歩く。
 はあ…と、また溜め息が出た。
 別に、アイス代が痛いわけではない。知晶の誕生日のリクエストが、太一の心に重くのしかかっていたのだ。
 やつのリクエストは大体想像が付く。16歳と言えば、あれだ。あれしかない。

『16歳になったら、私をお嫁さんに──』

 とうとうこの時が来てしまった。という感じだった。
 昔は、それこそ口癖のようにしょっちゅう言ってた事だが、最近はとんと言わなくなってたから、忘れてるとばかり思っていたのに…。
 太一の淡い期待は砕け散ってしまったようだ。
 もしかすると違うリクエストかもしれないが、わざわざ泊まりに来てまで16歳になった瞬間に言いたいことなんて、それしかないと思われる。
「はぁ……」
 太一は今日何度目になるか分からない溜め息を付いた。
 予想通り、知晶のリクエストがソレだった場合、もちろん、答えは決まっている。──却下だ。
 当たり前だ。当たり前だろう? まだ高校生なのに結婚なんて出来るか。そもそも自分は23歳で知晶は16歳だ。この歳の差はどうだ? 犯罪だろう?
「歳の差7つは大きいよなあ…。さすがに駄目だろ?」
 太一はつい独りごちた。
 しかし、知晶が高校を卒業し、大学を出ると、
「そしたら、あいつは22歳で、俺は29か…」
 これなら、ギリギリOK、か? ……って、何考えてんだ!
 ふと心に浮かんだ考えを、慌てて掻き消す。
 そうじゃない。そういうことじゃない。知晶は妹なんだ。俺は“太一兄さん”と呼んで欲しかったはずだろ!
 太一はブンブカ頭を振り、すれ違った人を無駄に怯えさせつつ夜道を歩いて行った。

 * * * * *

「はあ……」
 本日1発目の溜め息は、午前0時0分16秒に出た。
 ちゃぶ台を挟んで向こう側には、水色のパジャマに着替えた知晶がちょこんと座っており、彼女の前にはこちらに向けられた書類が一枚。……婚姻届だ。
 わざわざ時報で時間を確認し、文字通り日が変わった瞬間に出してきた。
 一体どのようにリクエストしてくるのかと思ったら、こんなものを出してくるとは。
「……これは、なんだ?」
 溜め息からたっぷり30秒後、絞り出すように声を出した太一に、知晶がしれっと答えた。
「婚姻届です」
「んなことは分かってる。そうじゃなくて、なんで婚姻届が出てくるんだ」
 太一はちゃぶ台の上に広げられた書類に視線を落とす。それには既に知晶の名前と印が押されており、おまけに書面の下の方、「その他」と書かれた欄に「この婚姻に同意する」という文字と、知晶の両親の署名と捺印がしてあった。
 一体、あの両親は何を考えているんだ。太一は頭を抱えたくなった。
「私の16歳の誕生日プレゼントのリクエストは、ここの欄に太一の名前を書いてもらって、ここに判子を押してもらうことです」
「いや、あのな……」
「私が16歳になったら、私のことをお嫁さんにしてくれるかどうか、答えてくれる約束でしたよね?」
 遮るようにして言われ、太一は「うっ」と言葉を飲んだ。
 ひるむ太一を真直ぐ見つめて、知晶が意を決するように口を開いた。
「改めて言います。私は、太一が好き。私のこと、お嫁さんにしてくれますか?」
「……」
 真直ぐな告白に、太一は言葉が出なかった。
 一瞬の静寂後、やっとの思いで口を開いた。
「………なあ」
「何ですか?」
「…お前、まだ16歳だろ? 結婚とか、そういう歳じゃないだろ」
「法的には16歳で結婚出来るはずです」
「そりゃ法律ではそうだけど、現実問題として、高校とかどうするんだよ?」
「結婚してても通えるから、問題なしです」
「問題あるだろ。既婚者の女子高生なんて、聞いたこと無いぞ」
「そういう存在が珍しいだけです。法的には問題はないですよ」
「だから、法とかそういう話じゃないんだよ…」
 太一は今度こそ頭を抱えた。言葉が通じるのに言葉が通じない人間と会話しているみたいだ。
「ねえ。答え、聞かせて? 太一は私のこと、好き? 私をもらってくれる?」
「俺は……」
 呆然と見上げると、知晶が真剣な表情でこちらを見つめていた。その視線を受け、太一は一瞬口籠る。
「俺は………」
 意を決し、口を開いた。
「俺は、お前とは結婚出来ない」
 言葉にした瞬間、確かに空気が緊張を孕んで震えるのを感じた。
「…どうして?」
「俺は、お前を妹だと思ってる。だから、結婚は出来ない。お前の気持ちには答えられない」
「でも、私と太一は兄妹じゃないよ? だから、」
「兄妹じゃなくても、俺はお前を妹としてしか見れない」
 言葉を遮り、突き放すように言うと、知晶は口をつぐんでうつむいた。
「太一は…」
 微かだが、徐々に、知晶の声が震えていくのが分かった。それが分かって、太一は呼吸が出来なくなるような胸の苦しさを感じた。
「太一は、私のこと、嫌いですか?」
「そうじゃない! お前の事は好きだよ。…妹としてだけどな」
「そう……」
 うつむいたまま、消え入りそうな言葉で知晶が呟いた。
「太一は、私を妹としてしか見てないんですね」
 髪の毛が垂れて表情は見えないが、パジャマに包まれた薄い肩が微かに震えているのが見て取れた。ずきんと、心臓を鷲掴みにされたような痛みが太一の胸を貫いた。
「ああ」
 胸の痛みを誤魔化すように、ズボンをきつく握り、きっぱりと肯定する。
「……そう、ですか」
「……」
 そのまま、静寂が部屋を支配する。

 どのくらい時が経ったか。ほんの1、2分だろうが、重苦しい静寂は、まるでブラックホールにでも吸い込まれて時間が停止しているかのような錯覚を憶えた。

「……もう遅いから、寝るか。それとも、家に帰るか? 帰るなら、送っていくぞ」
 そう切り出すと、知晶が小さく首を振った。
「……泊まっていきます」
「そっか」
 立ち上がり、布団を敷くべく押入れに向かう。太一は背中の知晶に語りかけた。
「お前の気持ちには答えられないけど、お前の事を大事に思ってるのは間違いないから」
 言ってから気付いた。まぎれもない本心なのだが、なんとも言い訳じみていて、振った相手に言うセリフじゃないなと、後悔した。
「…うん。分かってます」
 背後で、知晶は静かに頷いたようだった。聞こえてくる声はまだ少しだけ震えていた。

 布団を敷いて(布団は一組しかないので、太一はコタツ用の布団を敷いて寝ることにした)電気を消す。風呂に入ってないが、入るだけの気力がなかった。どうせ明日は休日だし、風呂には明日入れば良い。

 いつもと違う感触の布団に潜り、暗がりの向こうに声を掛けた。
「おやすみ、知晶」
「おやすみなさい。…………太一、兄さん」
 久しぶりに聞いたその呼び方は、あんなに望んでいたはずなのに、何故だか酷く悲しい気分になった。

 * * * * *

 妙に気が張ってなかなか寝つけないまま時間が過ぎ、ようやくまどろんできた頃。
 ギシッと微かに畳が軋む音で、太一は意識が引き上げられた。
「…太一兄さん、起きてますか?」
「あ、ああ」
 背後から掛けられた声が思ったよりもずっと近くから聞こえ、太一は驚いたような声を上げてしまった。
「どした?」
「そっちに行ってもいいですか?」
「…自分の布団で寝なさい」
「いやです」
 言うなり、背後で知晶が布団に潜り込んでくるのを感じた。
「あ、こら!」
「兄妹なんですから、いいじゃないですか」
「…こんな歳になってまで一緒の布団で寝る兄妹がいるか」
「ここに居ます」
 肩越しに振り返ると、知晶はもうすっかり顎まで布団に潜り込み、テコでも動かなそうなほど居着いてしまっている。
「…今日だけだからな」
 ぶっきらぼうに言って、太一は再び知晶に背を向けた。
「ん。あったかい」
「ぉわッ!」
 突然、ぴたりと背中にくっつかれ、太一は飛び上がりそうになった。
「な、何してんだ」
「くっついてるの」
 当然のように言って、知晶が太一の首筋に頬をすり寄せる。
「やめろ、くすぐったい」
 首の後ろを温かい頬と柔らかい髪の毛にくすぐられ、太一は思わず身悶える。
「じゃあ、こっち向いてください」
「…別に向き合う必要無いだろ。俺はこっち向いて寝るのが好きなんだよ」
 なんとなくイヤな予感がし、突き放すように言うと、知晶はしれっと答えた。
「じゃあ、私も好きにします」
 言うなり、太一の胴に手を回し、抱き締めてくる。
 太一は背中に感じる温かさと柔らかさを必死にシャットアウトしつつ、なんとか寝ることに意識を集中しようとする。
「太一、兄さん…」
 そんな太一を追い詰めるように、知晶は呟きつつ、なおも身を寄せてくる。そして、
「好き」
「……!」
 背中で囁かれた言葉に、太一は思わず硬直した。
「好き。大好き」
「………わかったから、寝ろよ」
 なおも呟く知晶に、太一はたまらず口を出した。
「うん。今のは寝言です」
「…起きてるじゃねえか」
「太一兄さんがこっちを向いてくれないと、ずっとこの寝言を言い続けてしまいそうです」
 なんだよそれは……。と、まさに寝言は寝て言えの状態に、太一は溜め息を付いた。
「好き。好き。好き。大好き」
「…ああっもう! 分かったよ! そっち向きゃいいんだろ!」
 なおも囁かれ続ける言葉に、太一は半ば自棄になって振り向いた。そんなに耳元で囁かれてはとても寝つけそうにない。
 振り向いた瞬間、
「大好きっ」
「ぅおっ」
 がばっと抱きつかれ、そのまま上から覆い被さるようにして組み敷かれた。首にしがみつくように抱きつかれ、頬を艶やかな黒髪がくすぐる。
「お、お前っ……!」
 慌てて抗議の声を上げようとした太一に、顔をぶつけるようにして知晶が迫る。
「──んんっ!」
 太一の視界が知晶で埋まった。暗がりでよく見えないが、軽く目を瞑った知晶が見えた。
 長い睫毛が微かに震え、ミルクのように瑞々しい肌が、至近距離で薄闇に映える。
 唇に感じる柔らかな感触と、隙間から漏れる熱い吐息で、キスをされたことにようやく気付いた。
「っ!」
 突然のキスで固まっていた身体が自由を取り戻すと同時、顔をねじってキスから逃れた。
「っぷあ! な、何して…!」
「好きっ、大好きっ、大好きっ」
 唇だけに飽き足らず、所構わず知晶がキスの雨を降らせる。頬、額、目蓋、顎、耳、首。目に付く所全てを唇で埋めるかのように、知晶が情熱的にキスを降らせる。キスの嵐だ。
「大好き。大好きっ」
「おま、やめ、んぅっ!」
 抗議の声を封じるかのように、再び唇を奪う。
「んっ、んぅ…。はっ、ん、ちゅ」
 何度も何度も唇を重ね、上唇や下唇をついばむように吸ってくる。
「ちゅ、ん。んぅ…はぁ、太一…。ちゅ、ん…」
 きつく抱き締められ、密着した身体からは湯気が出そうなくらい熱をもち、集中豪雨のように降らされるキスで、太一の顔が熱い吐息に炙られる。
 太一はもう、熱いやら恥ずかしいやらで、思考回路がずたずただった。
「もうっ、いい加減にっ……しろ!」
 それでも、なんとか理性を振り絞り、太一は知晶の肩に手を掛け強引に引き剥がした。
 馬乗りにされ、覆い被さるように抱きついていた知晶との間に空間ができる。
 目の前で、興奮のせいか、顔を上気させた知晶がこちらを見下ろしている。
「知晶っ! いい加減に……」
 あまりの行為に怒鳴りかけた時、ソレに気付いて言葉を失った。
 押し退けるように肩を掴んだ手の平に感じる、温かく柔らかな肌の感触。
 自分の顔の横から伸びる彼女の腕は、透き通るような白い肌で、二の腕から肩のラインが暗がりに輝く。
 知晶の顔を凝視していた視線を呆然と下に移すと、白い首筋、艶かしく浮き出た鎖骨、そして、もうしわけ程度に膨らんだ小さな胸と、見えてはいけないはずの乳首まで見えた。

 ──裸だ。と気付いた瞬間に顔を反らした。
「な、な、なんで、裸、なんだよ」
 おそらく、全裸だ。真っ白いお腹も目に入ったし、その下もちらっとだけ視界に入ってしまった。
 もちろん、部屋は薄暗いし、半分布団を被った状態だったため、ほとんど見えてない。断じて、見てない。もしかしたら、さすがにパンツは穿いているかもしれない。
 しかし、その期待はお腹に感じる感触で打ち砕かれた。
 知晶は太一のお腹に腰を下ろすようにして馬乗りになっている。お腹に感じる感触は、パジャマや下着などの布越しのそれではなかった。柔らかいお尻の感触を腹部に感じ、太一の頭が沸騰する。
 混乱のあまり思うように働かない頭と言うことを聞かない口を、必死に動かした。
「…なに、考えてんだよ。なんで、そんな、格好なんだ」
「太一兄さんが好きだからです」
「…お前は、好きだからって裸になるのか?」
「太一兄さんが傍に寝てると思うと、我慢出来なくて」
「…我慢しなさい。そんなはしたない娘に育てた覚えはないぞ」
 太一は顔を背けたまま冗談めかして言いつつ、その実、混乱している頭を必死に落ち着かせようとするだけで精一杯だった。

 なんで、なんでこんな状態になってるんだ。なんで知晶が裸で俺に迫ってるんだ。ちくしょう、見ちまったじゃないか。……ああああ! 思い出すな思い出すな!
 太一は頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。心を落ち着かせようとするほど、先ほどの知晶の肢体が脳裏に蘇り、よけい気が動転してしまう。

「はたしなくてごめんなさい。でも、私がそうなるのは太一兄さんだけですから」
 囁くような知晶の声が耳に届く。顔を背けているため知晶の表情は分からないが、声を聞く限り、落ち着いているように感じる。こっちはもう一杯一杯だっていうのに。
「太一兄さんが好きで好きでたまらないんです。私の身体、見ましたよね? どうでした?」
「ど、どうって……。お前…」
「胸は……小さいですけど、形は悪くないと思います。太一兄さんは、胸は大きい方が好きですか?」
「お、俺の好みはどうでもいいだろ。それに、見てない。暗くて、見えなかった」
 またもや知晶の身体を思い出してしまって、太一は慌てて否定する。小さくてささやかな胸は、よりにもよって、太一の好みど真ん中ストレートだった。
「じゃあ、見て下さい」
 言うなり、知晶は太一の顔を両手で挟んで正面に向けさせた。
 今度こそハッキリと、知晶の身体が目に入った。
 透き通るような白い肌が暗がりに浮かび上がる。薄い胸が目の前にあり、ほっそりとした華奢な腰まわりが視界の隅に映る。
 見ちゃ駄目だ。見ちゃ駄目だ。と理性が必死に脳内で警戒音を発生させているが、視線がまるで磁石に吸い寄せられるかのように下にさがっていく。
 一瞬、凝視してしまい、慌てて知晶の手を振り切って顔を反らした。
「…いい加減にしろよ。怒るぞ」
 太一は意識して凄むような声を出した。さすがにそろそろ離れてくれないとヤバい。いろいろとヤバい。
 太一は内心焦りまくりながら、努めて冷徹に聞こえるように言った。
「いいか? お前のことは妹としてしか見てないんだ。だから、裸を見せられても嬉しくないし、困るだけだ」
 裸で抱きつかれて、顔中にキスされて、馬乗りにされて腹に尻が当たってる状況なんて、マズすぎる。いくら知晶とのスキンシップに慣れているとはいえ、太一も健康な成人男性だ。当然、反応する所は本人の意志とは無関係にあさましく反応してしまっている。
 頼むから気付かないでくれと、必死に念じる。
「私を妹としてしか見てないなら、裸を見てもどうってことないんじゃないですか?」
「どうってことないわけあるか」
「じゃあ、私の裸を見て興奮してくれるんですね?」
「ちがう!」
 段々、太一は苛ついてきた。自分が折角耐えているのに、なんでこいつは追い詰めるような事を言ってくるんだ。
「さっさと離れて服を着ろ。本当に怒るぞ」
「やだ」
「お前…! いい加減に」
「だって、太一は嘘を付いてるもの」
「嘘なんか付いてない」
「じゃあ、これは何?」
「──っ!」
 知晶はお尻を後ろに下げ、ぐりっと太一の盛り上がった股間を刺激した。急な刺激に太一の腰が跳ねる。
「太一の、おっきくなってる。私で興奮してるってことですよね?」
「それはっ、ちがっ…ぅくっ!」
 知晶の小さな手がズボン越しに股間を撫で、否定しようとした言葉が途切れる。
「嬉しいです。私でこんなに大きくなって……」
 うっとりと、本当に嬉しそうに言いながら、知晶が太一の股間を撫で回す。
「やめろっ!」
 ほとんど悲鳴のような声を上げ、太一が上体をおこし、知晶の腕を掴んだ。
「何考えてんだ! いい加減にしろ!」
 なるべく知晶の身体を見ないようにしながら、太一が叱りつける。
 もう本当にこれ以上は駄目だ。叱る言葉とは裏腹に、太一は焦っていた。
 本当にこれ以上はやめてくれ。どうにかなりそうだ。太一は「知晶は妹、知晶は妹」と頭の中で繰り返し、理性をつなぎ止める。
 知晶相手にどうにかなっちゃ駄目だ。という気持ちと、何故駄目なんだ? という気持ちがごっちゃになって、まともに頭が回らない。とにかく、この状態から抜け出すことしか考えられない。
「お前、こんなことしてどうなるか分かってるのか!?」
「分かってますよ」
「じゃあ、やめろ!」
「やだ。だって、太一としたいんだもの」
「…っ!」
 至近距離で真直ぐ見つめられ、知晶が迫る。
「おっきくしてるってことは、太一もしたいんですよね?」
 違う! と叫んだつもりだったが、声が出なかった。
「太一、セックス、して?」
「お前…ッ!」
 その言葉に、太一が弾かれるように叫んだ。
「お前、分かってねえ! いいか! 男は、そんな風に迫られたら、身体が反応しちまうんだよ! セックスしたいから勃ってるんじゃない、ただの生理現象なんだ!」
 太一の剣幕に知晶は驚いたように目を見開いたが、すぐに薄い笑みに戻り、
「それは、要するに男性の本能ってことですよね?」
「そうだ、だから、」
 太一の言葉を遮って、知晶が微笑む。
「太一は、本能では私とセックスしたいってことですね?」
「本能であって、俺の本心じゃない」
「一緒ですよ」
「違う。お前は、俺の身体だけでいいのか!? 確かに本能じゃ興奮してるし勃っちゃてるよ! でもな、それは俺の身体だけで、俺の心は、気持ちは、そうじゃないんだよ!」
 その言葉に、知晶は息を飲んだように震えた。
「セックスして、俺と身体は重ねられるかもしれないけど、俺の心はお前と1ミリも重なってないぞ! お前はそれでいいのか!? 俺の気持ちは全然、お前のものになってないんだぞ!?」
「………」
 太一の言葉に、知晶がうつむく。知晶の気持ちが、みるみる萎んで行くのが太一にも分かった。
 思わず太一は心の中で息を付いた。本当にギリギリだった。これ以上ねばられたら、どうにかなってしまいそうだった。

 正直、知晶は可愛い。ぶっちゃけてしまえば、物凄く自分の好みだ。小柄な身体も、綺麗な長めの黒髪も、全部好きだ。
 でも、7つも歳が違う。
 もしも、双方が共に大人になってから出会ったのなら、あるいは気にならない差だったのかもしれない。
 でも二人は子供の時から、それこそ太一は知晶が赤ん坊のころから知ってるのだ。
 太一が小学2年生の時に、知晶が産まれた。そのころの記憶はさすがに霞んでしまっておぼろげだが、もみじの葉っぱみたいな小さな手で自分の指を握ってきた赤ん坊の知晶を憶えている。
 今は確かに知晶は16歳になって、法的には結婚出来る年齢になったが、太一の中では小さな子供のままだ。守るべき小さな女の子の、大事な女の子のままだ。
 そんな知晶に、自分が理性を失って手を出してしまうことだけは、どうしても避けたかった。
 それだけ、太一は知晶を大事に想っていた。

 ──ああ、そうだ。その通りだ。自分は知晶が好きだ。それも、一人の女の子として好きなのかも知れない。
 でも、今はそう見ることは出来ない。
 あと何年か。知晶が社会人になるくらいになれば、自分も、一人の女性として彼女を見ることが出来るかも知れない。せめて、その時まで──

 長い沈黙の後、知晶が口を開いた。
「ごめんなさい…」
 消え入りそうな声で呟く。
「ごめんなさい…。太一兄さん」
「知晶……」
 どうやら、彼女は分かってくれたようだ。太一は胸を撫で下ろした。
 未だ馬乗りになっている知晶の肩に手を乗せ、太一は出来るだけ優しく声を掛ける。
「ほら、ちゃんとパジャマ着て、布団に入れ。風邪ひくぞ」
「ごめんなさい…」
「もういいから。怒鳴って悪かった。ごめんな」
 ほら。と知晶の肩を掴んで下ろそうとするが、知晶はうつむいたまま、微動だにしない。
「ごめんなさい…。太一兄さん。私、」
 言いながら、太一に覆い被さってくる。
「ちょ、知晶?」
「私、セックスしたい」
 耳元で囁かれた声に、太一は頭をバットでぶん殴られたような衝撃を受けた。その隙に知晶がまた唇を重ねてくる。
「んんっ!」
 そのまま押し倒され、また馬乗り状態に逆戻りしてしまう。
「んぅ、ちゅ、太一兄さん、好き。んっ」
 知晶は唇をちゅっちゅとついばみながら、するすると太一の腰に手を伸ばす。
「知晶っ、やめっ、ぅあッ!」
 少し力を失って萎えかけていた股間を知晶の手が撫で、みるみるうちに硬度が増して行く。
「ごめんなさい。やっぱり駄目。セックスしたい。ね? お願い」
「お前、まだそんなことを……うくッ!」
 直情的な知晶の手で股間を撫で回され、太一が呻く。顔から首筋までキスの雨を降らせている知晶を、太一は股間の感触に歯を食いしばりながら呆然と見つめる。
 なんてことだ。あれでも知晶は納得しないのか。理性がキリキリと千切られて行くのをはっきり感じた。
「知晶、やめろッ!」
「ちゅ、んぅ。……やだ」
 キスを一旦止め、知晶は至近距離で太一を見つめる。その目は据わったようになっており、意地になっているようにも、泣きそうになっているようにも見えた。
「本当は太一の心も欲しい。でも太一は私のこと妹としてしか見てない。だったら、どうせ叶わない想いなら、せめて身体だけでも結ばれたい。嫌われてもいい。この機会を逃したら、私は永久に太一の身体も手に入れられない。それなら、どうせ嫌われるなら、どうせ、私のこと好きになってくれないなら、無理にでもしちゃいます。…だから、ごめんなさい」
「──ッ!」
 なんだそれはと、叫びたくような腹立ちが、太一の頭を一瞬で真っ白にした。
 太一は自分が何故耐えているのか、何のために耐えているのか分からなくなった。
 そして、自分が必死に耐えているのに、執拗に誘惑してくる知晶の態度が苛ついてしょうがなかった。
 もちろん、頭の奥では、自分が勝手に耐えているだけで、それにたいして苛つくのは理不尽だと分かっている。しかし、度重なる誘惑で擦り切れた脳みそは、まともな判断が出来なくなっていた。
 そしてなにより「どうせ嫌われるなら」とか「どうせ好きになってくれないなら」という言葉に、目の前が真っ赤になって、──キレた。
「ふ、ざ、け、ん、なーーーー!!」
 絶叫し、知晶を強引に引き剥がす。
「ふざけるなッ! 嫌われるだと!? 誰がお前の事を嫌いだと言った!? 嫌いになるわけないだろうがッ! くそっ、ふざけんな!」
 こんなにも大事に想っているのに、小さい頃から見守ってきて、誰よりも大事に想っているのに、嫌いになんかなるわけがない。何故それが分からないんだ。
「た、太一兄さん…?」
 突然の豹変に、知晶が呆然と見上げる。
「太一兄さんと呼ぶな! 太一だろ! 俺はお前の兄じゃない!」
 ビシッと指を突き付け、言い切る。
「お前は、俺の妹じゃない!」
「た……、太一…で、いいんですか?」
「よくないわけあるか! くそっ! 好き勝手散々誘惑しやがって、何が嫌われてもだ! 嫌いなわけあるか! 何が好きになってくれなくてもだ! 好きに決まってるだろうが!」
「え? え? えぇ!?」
 困惑する知晶をよそに、太一は暴走し続ける。もう自分が何を口走っているか、分かっていないようだ。
「俺がどれだけお前の事が大事で、どれだけお前の事が好きだと思ってるんだ! お前にじゃれつかれるたびに、俺がどれだけドキドキしてると思ってるんだ!」
 くそっ、ふざけんな! と言いながら、部屋の電気を付け、ドスドスと足音を立てて部屋の隅に寄せたちゃぶ台に歩み寄る。
 分からせてやる。こいつに俺がどれだけお前の事が好きなのかを、分からせてやる。
 ちゃぶ台の上に置きっぱなしだった婚姻届をひっつかみ、殴るような勢いでペンを走らせる。鞄から印鑑を取り出し、ガツンッと捺印。
 そして、書きたてほやほやの婚姻届を知晶に突き付ける。
「どうだ! これで俺とお前は婚約同士だ! これでも俺が、お前のこと嫌ってるとでも、好きじゃないとでも言うのか!」
 ざまあみろ! と言わんばかりに太一が言い放った。
 眉をつり上げ、怒りで興奮して息を荒げている男が、裸でペタンと座り込んでいる女の子に婚姻届を突き付けているという、なんだかよく分からない状態のまま、時間が流れる。

 たっぷり数十秒後、未だにぽかーんと、呆然として固まっている知晶の様子を見て、太一がようやく、己の行動の意味に気付いた。
 …………あれ? 今、俺……何をしてた?
 ハッと、自分の言動に気付き、頭に登った血が音を立てて引いて行き、背中にぶわっと冷たい汗が噴き出した。
「ふ、ふふ……ふふふふふ……」
 沸き上がるような含み笑いが聞こえ、太一が呆然と知晶を見下ろすと、にまぁと顔をゆがめて無気味に微笑んでいた。
「い、いや、今のは、そのっ」
「ふふふ、駄目です。ちゃあんと聞こえました」
 慌てて言い訳しようとするが、知晶に遮られる。
「そぉですか。そんなに太一は私が好きなんですか。うふふふ…」
「や、その、あれは…」
 ぺたんと座り込んだまま、知晶が楽しそうに肩を震わせている。こちらを見上げる目が人の悪そうに細められ、頬を上げて含み笑いをしている。
「とても、嬉しいです。私達、両想いなんですね?」
 言いながら、知晶が立ち上がる。
 電気を付けた明るい部屋に、知晶の肢体が晒され、太一は慌てて目を逸らした。
「ち、知晶、お、落ち着け。今のは、違うんだ、その…」
 太一は血の気が引いて青ざめたり、知晶の裸を見てしまって赤くなったり顔色が忙しく変化している。混乱のあまり、頭が真っ白だ。
「違うって、何がですか?」
「あのな、さっきのは」
「何も、違うことなんてありませんよ?」
「うっ──」
 ぴたりと寄り添い、嬉しそうに微笑んで見上げている知晶に、太一は言葉に詰まった。
「私は、太一が好き。太一も、私が好き。相思相愛です」
 迫られて、言葉も詰まって、頭も混乱して、太一は口をぱくぱくさせることしか出来ない。
「嬉しいです。太一、大好きっ」
「──ぉわっ!」
 子犬のように飛びつかれ、バランスを崩して布団の上に尻餅を付いた。
「太一、太一、太一」
 名前を連呼しながら首にしがみつくようにして抱きつき、唇を押し付けてくる。
「セックス。セックスしよ? ね?」
 はぁはぁと息を荒げ、鼻と鼻がくっつくような距離で知晶が言う。
 興奮のせいか、相思相愛の嬉しさのせいか、瞳が潤み、頬も上気している。
「太一、私、嬉しい。もう、我慢、出来ません。セックス。ね? しよ? セックス。ね?」
 ちろちろと太一の唇や下顎をなめながら、すっかり発情した知晶が早口で捲し立てる。熱い息が太一の顔を焦がし、太一は脳みそまでも熱で蕩けてしまいそうな錯覚を覚えた。
「ち、知晶、駄目だ。俺は、お前を妹として…」
「何言ってるんですか。さっき『お前は俺の妹じゃない』って言ったじゃないですか」
 案の定、苦し紛れの言い訳は、あっさり看破された。今さら言っても説得力がないのは分かっていたが、言わずにはいられなかった。それに、
「知晶、お前は16歳だろ? 分かるだろ? ほら、18歳未満の女の子と俺みたいな大人の男がしちゃうと、駄目なんだよ。な?」
「ええ、知ってます」
「じゃあ、」
「でもそれは、結婚を前提とした付き合いならば問題ないはずです。ほら」
 そう言って、嬉しそうに婚姻届を太一に見せつけた。
「私達は、すでに婚約してるんですから、そういった問題はありませんよ?」
 そうだった……。勢いとはいえ、自分はなんということをしてしまったのか。太一は八方ふさがりの状況に頭を抱えたくなった。
「太一が自主的に署名したんじゃないですか。もう忘れたんですか?」
 くすくすと微笑みながら、知晶が迫る。
「もう、私達の間には何の障害もありません。ね、太一。貴方の心も身体も、私のものですよ?」
「…っ!」
 ゆっくりと知晶が抱き締めてくる。
 そして、耳元で囁く。
「その代わり、私の心と身体は太一のものです。ずっと、大事にしてくださいね?」
「知晶…!」
 ──ああ、もう……。
「…どうなっても、知らねえぞ」
「うん。私を無茶苦茶にして。太一も、私で無茶苦茶になってください」
 ──もう、駄目だ。

 知晶は、赤ん坊の頃から見守ってきた、大事な女の子だ。
 そんな女の子に手を出すなんて、絶対に許されない。ずっとそう思っていた。
 でもそれは、極めて自分勝手な考えなのだろう。自分の中の知晶を壊したくなくて、彼女と深い関係になるのを恐れていたのだ。
 彼女はこんなにも真直ぐに自分に好意を伝えてきている。
 そのやり方には少し問題があるかもしれないが、逆に、彼女が真に自分を好きでいてくれていると感じられ、太一は 愛おしさで胸が一杯になった。
 歳が7つ離れてるからなんだ。そんなのを理由にして、今まで自分の心と知晶の気持ちから目を逸らしていた。無視し続けていた。

「太一。大好き。んぅ…」
 知晶が潤んだ瞳で唇を重ねてくる。
 覚悟を決め、迷いを振り切るように、太一が知晶を初めて抱き返した。自らも唇を重ね、舌を絡める。

 太一がとうとう年下の幼馴染みに陥落した、その瞬間だった。

 * * * * *

「太一、太一っ」
 今までとは逆に、太一が知晶にのしかかり、小さな胸に舌を這わせている。
 知晶は愛しい人に胸を愛撫されている歓喜と快楽に、身を悶えさせる。
「あ、ゃ、やあ…んんっ」
 未知の快感が身体中を駆け巡り、知晶が布団の上で仰け反る。
「んっ、ぁ…、はぁ…、やっ、ゃあ…」
 執拗に乳首を攻められ、知晶の身体がびくびくと痙攣するように震える。
 太一はなおも乳首を舌で愛撫しながら、右手でもう片方のふくらみを撫でるようにして揉み、左手を背中に回す。
「ふ、ぅんっ……あ、やっ…は…、ああ…きもちぃ…!」
 両方の胸を愛撫され、知晶が溜まらず愉悦の声を漏らした。快楽と興奮で首筋まで真っ赤に染まり、瞳も情欲に染まって潤んでいる。
 固くしこった桜色の乳首を強めに摘むと、「っはあ!」と鋭い刺激に知晶が背を丸める。背中に回した左手で、丸まった背を背骨にそって撫でてやると、「ふぁああっ!」と今度は仰け反る。
 敏感な知晶の反応が楽しくなって、太一は胸と背中を交互に攻めたてた。
「やっ! それ、だめ、だめだめぇ! ふあっ! は…、やあ…あッ!」
「…敏感だな。知晶は」
「やあっ…だって、これ、んっ…。きもちいっ…ふああぁ…」
 歓喜の声をあげ、髪を振り乱す。長めの髪の毛は、しっとりと汗で濡れたミルク色の肌に貼り付いている。
「だめ、だめ、ビクってなっちゃう。あああっ……」
 強過ぎる感覚に、知晶は小さな身体を可愛らしく震わせる。快楽に翻弄され、頭はもう、より太一と気持ちよくなることしか考えられず、はぁはぁと喘いで半開きになった唇から涎が垂れる。
「太一、太一、太一ぃ」
 愛しい彼の名前を口にしながら、耐え切れなくなったように太一の頭を胸に抱く。
 執拗に攻められた乳首は痛いくらいに固くなり、切羽詰まった知晶の心情を表しているかのようだ。
「…知晶。お前、可愛すぎ」
 胸から顔を離し、太一が呟いた。
 折れそうなくらい華奢で、抱き締めたら腕の中にすっぽり収まってしまうくらい小柄な知晶が、自分の名前を呼びながら快感に悶える姿は、目眩がするほど可愛らしくて、腰が震えるほどいやらしい。太一は頭がくらくらしてきた。
「太一、下も、こっちも、触って?」
 情欲に染まった瞳でこちらを見つめ、太一の手を掴んで下腹部に誘う。
「お前、こんなにエッチだったんだな…」
 はしたなくおねだりする知晶に、太一が呟く。下腹部に触れた手が、熱い体液でじっとりと濡れて行く。
「だって、太一と、セックスしてるんですよ? 嬉しくて、頭も心も身体も蕩けそうです」
「蕩けちまえ」
 恥丘を優しく揉むように撫でると、途端に知晶が反応した。
「ああっ!」
 わずかに綻んだ割れ目から愛液がとろとろと染みだし、太一の指の滑りを良くする。
 ゆるゆると割れ目にそって優しく撫でてやり、染みだした愛液を擦り込むように愛撫。
「ひっ、いっ、ふあっ…。ああっ…! きもちいい…きもちいぃ…」
 腰の奥がじんわりと熱を持ち、身体が蕩けそうになる快感に、知晶は太一の肩に掴まって耐える。
「あっ…ふぅ……。す、好きな人に触ってもらうと、自分でするよりずっと気持ち良いって本当、なんですね」
 時折身体をびくびくと震わせながら、知晶が潤んだ瞳で微笑む。
「自分で、してるのか?」
「…うん」
 少し恥ずかしそうに頷いて、潤んだ瞳で真直ぐ見つめてくる。
「太一を想って、んっ…。いつも、独りでしてます」
 秘所を刺激されながら、知晶が真っ赤な顔で告白してくる。
「実は、今日、あっ…。太一が会社から帰ってくる前に、この部屋で、独りでしてました」
「んなっ…」
 突然の告白に太一は固まる。
「まだ洗ってないYシャツの匂いを嗅いだら、我慢出来なくて」
 ……このエロ娘め。と、太一は中指の第一間接を不意打ちで秘裂に入れた。
「ひあぁッ! ゃあっ」
 途端に嬌声をあげて知晶が仰け反った。
 反射的に太ももがぎゅっと閉じられ、そのせいで秘所をいじっている指がより圧迫される。
「ああああッ! やッ! だめだめだめぇ!」
 敏感過ぎる秘裂の内側を刺激され、知晶が髪を振り乱す。神経を駆け巡る快感に、太ももの力を緩めることが出来ず、更に強く刺激されてしまう。
「た、太一ッ! それだめッ! あッ! やッ! ああーーッ!」
 ガクガクと小さな身体を痙攣させ、強烈な快楽が腰の奥で弾けた。
「あーッ! だめッ! イッ、イッちゃ……ああああッ!!」
 絶頂に達し、知晶はやっと太ももを緩めることが出来た。
「はっ…はっ…」
 強過ぎる性感に、身体がカタカタ震え、絶頂の大きさを物語っている。
「知晶、だ、大丈夫か?」
「は、はい…」
 太一にしがみつきながら、息も絶え絶えで知晶が答えた。
 自分の手ではく、好きな人の手によって強制的に絶頂に達せられる快感は、知晶の想像を遥かに超えていた。
 余韻でまだ身体が言うことを聞かず、彼にしがみついて接触している部分からもじんわりと気持ちよさを感じてしまうほど、身体が快楽を感じる神経を過敏にしている。
「すごく、気持ちよかったです」
 振り乱した髪の毛が、汗と涙と涎で濡れた顔に行く筋か付いている。とろんとした表情でしがみつき、絶頂の余韻に時折身体を可愛らしく震わせる知晶に、太一は居ても立ってもいられなくなった。
「お前、そんなエロい顔するなよ……」
「私、エッチな顔してます?」
「ああ…」
「太一のせいですよ? 太一が私にこんなエッチな顔をさせてるんです。気持ちよくてもう頭がおかしくなりそうです」
 蕩けた顔で微笑み、そのままキス。
「んぅ、ちゅ、ん、ふぅ…。ちゅっ…んっ」
 情熱的に唇を重ね、舌を絡めあう。
 敏感なところを散々いじられ、一度絶頂に達している知晶は、単純なキスの感触だけで腰が震え、自分の大事な所がさらに濡れて行くのを感じた。
「んっ……」
 離した唇からだ液が糸を引く。
「知晶、その…いいか?」
 鼻と鼻がくっつきそうな距離で、太一が尋ねる。
 その言葉に、知晶は腰の奥からとろとろと温かいものが溢れてくるのを感じた。
 ああ、とうとう自分は彼のを受け入れられるんだ…。
 ゾクゾクと下腹部が震え、何の刺激もしていないのに、膣が収縮を始めたような気がした。
「うん。太一、して」
 太一はゆっくりと知晶に覆い被さり、ズボンを下ろして陰茎を取り出した。ガチガチになった陰茎が飛び出し、知晶の目を釘付けにする。
「出来るだけ優しくするから、痛かったら言えよ」
「…うん」
 お互い荒い息を付き、逸る気持ちを抑える。知晶は早く挿入してもらいたくて、腰をはしたなく浮かしそうになり、太一はがむしゃらに突っ込みたい欲望を必死で抑える。
 触っていた時よりもぬかるみ、だいぶ綻んでいる秘裂に、いきり立ったものをあてがう。
 一息付いてから、ゆっくりと侵入。
「んっ…」
 狭い膣内が熱い肉の銛によってこじ開けて行く感覚に、知晶の声が漏れる。
「あ、ふぁ……、んっ…」
 入り口で慣らすように出入りを繰り返し、徐々に深く突き挿さってくる。
「あ、あ、あっ……、っ!」
 破瓜の痛みに、知晶が顔をゆがめた。身体が硬直し、シーツを固く握りしめる。
「大丈夫か?」
 知晶の表情の変化で太一が一旦動きを止めた。とろとろに溶けて温かい膣口が亀頭を吸い込むようにきゅうきゅう締まる刺激に、太一が耐える。今すぐ身体の奥深くまでペニスをめり込ませたい欲求に駆られるが、なんとか抑え込んだ。
「んっ…。平気です。動いていいですよ」
「ああ」
 ゆっくりと出し入れを繰り返しながら、奥へ侵入して行く。
「ふ、んっ…あ、あ、んあっ」
 小刻みに出し入れされ、いきり立ったペニスが膣内を擦る度に、強い刺激が知晶を襲う。
 前戯で一度達しているためか、膣内は柔らかく溶け、初めての侵入者をスムーズに受け入れている。
「あっ、は、ふあっ…ゃ、んっ」
 同時に、一度絶頂を迎え、全身の快楽の神経が敏感になっている知晶は、熱い肉棒に擦られる度に声が出てしまう。
「ゃ、ぁ、んんッ! あ、はッ! ん…」
 やがて、肉棒を1/4ほど残して、知晶の膣内が一杯になった。
「はぁっ…ん、あ…。全部、入りました…?」
「ああ…」
 小さな身体でいきり立った剛直を飲み込み、荒い息で喘いでいる知晶に、太一の興奮が高まる。
 大きな瞳を潤ませ、小さな胸が荒い呼吸に上下している。彼女の細い腰の中に自分のが入っていると思うと、居ても立ってもいられなくなり、がむしゃらに腰を動かしたい衝動に駆られた。
 知晶の方も、待ち望んだ挿入に腰が震える。狭い膣を一杯に広げられ、否応無しに彼のものの存在を感じてしまう。
 自分が、太一のものを受け止めている。一番、深い所で繋がっている。その事実が、知晶の興奮をさらに高め、破瓜の痛みを綺麗に消し去っていた。
「太一、動いて、動いてっ。私のナカ、擦って」
 言いながら、自分で腰をくねらせ始める。その刺激に呻きつつ、太一は負けじと腰を振り出した。
「あッ! あーッ! ふあっ、ナカ、すごいッ」
 深いストロークで出入りする肉棒に、知晶が悶える。
「やッ! やッ! だめ、だめっ、きもちぃッ! あああーッ!」
 先ほどの指とは比べ物にならない存在感で、知晶の膣内を陰茎が蹂躙する。敏感な所を容赦なく擦られ、抉られ、知晶は髪を振り乱す。
「ああーッ! ああーッ! 太一! 太一!」
「知晶…っ」
 顔を情欲一色に染め、知晶が太一の名を連呼する。その様子に、太一は更に深く腰を打ち付けようと動きを激しくして行く。
「ああ太一…! セックス、セックスしてる! ああ太一とセックスしてる!」
 自分が行っている行為を確認するかのように、知晶が叫ぶ。そして、叫ぶ度に心の奥でその行為を認識し、興奮が増していった。
 もう知晶は、太一とセックスしてることしか考えられない。
「あッ! ふああッ! きもちぃっ、きもちぃっ! だめぇッ!」
「知晶っ! 俺も、気持ち良い…!」
 お互いの腰が激しくぶつかり、水音が響く。ぐちゃぐちゃと結合部が泡立ち、どんどん溢れる愛液が知晶のお尻まで伝ってシーツを濡らす。
「あーッ! あーッ! やあッ! あああきもちいッ!」
 激しく突かれ、知晶の子宮が揺さぶられる。強過ぎる快感に、頭の中がぐずぐずになって、快楽一色に染まっていく。
「太一! 好き! 大好き! 大好きぃ!」
「俺も、好きだ!」
「あああッ! 太一!」
 がむしゃらに腰を振る太一に脚を絡め、知晶もより深く突いてもらいたいかのように、脚を引き寄せ、腰をくねらせる。
「太一、イク、イク、イキそ、私、私、もうっ」
 狂ったように絡み合いながら、知晶が切羽詰まった声をあげる。
「あッ! あッ! 太一、太一は? 太一も、イッて、イッて、出して」
 太一の首に手を絡め、知晶が喘ぎながら声を出す。快楽を一身に浴び続け、蕩けきった顔で知晶が懇願する。
「私、イク、イク、イクから、太一も、出して、イッて、私で、私で出して、私でイッて!」
「──ッ!」
 知晶の懇願に、太一の背筋が震えた。
 細い腰を両手で掴んで、激しく引き寄せるように腰を振る。
「あ、や、きもちぃッ! イクッ!、きもちぃぃもうイッちゃう! 太一、太一!」
「知晶ッ! 出る…ッ」
「ああイクッ! ああーーッ! あああああイクぅぅッ!」
 絶頂を迎え、一際大きな嬌声を上げて知晶が仰け反る。同時に、
「うくッ!」
 膣の中で、肉棒が跳ねた。大量の精を放ち、子宮に叩き付けるように次々噴き出す。
「ああ出てる! 出てるぅ…。太一の、太一が、ああッ!」
 太一がイッてる! 太一がイッてる! 太一がイッてる! 私でイッてる!
 愛しい彼が、自分でイッてくれて、出してくれたことが何より嬉しく、興奮した。
 その事実と、驚くほど熱い精液を膣内で感じ、知晶はまた嬌声をあげて悦んだ。
「あーーッ! あーーッ! あーーッ!」
 再び絶頂に達し、強すぎる快感が知晶の小さな身体を駆け巡る。
 逃れようのない快感に、どうしようもなくなって、知晶は太一にしがみついた。
「ああ、あ、太一…。好き、好き」
「知晶…」
 激しい絶頂の余韻に身悶えながら、二人は顔を寄せあい、唇を重ねた。

 * * * * *

 今日ほど、自分の部屋の両隣りが空き部屋だったことに感謝した事はなかった。
 1Kのアパートだ。特別壁が薄いわけじゃないが、あんな激しくしたら確実に隣に声が漏れていただろう。
 太一は静かに息をついて、婚約届けを封筒にしまう。
「じゃあ、これは俺が預かっておくから。………そんな顔すんな」
「だって、てっきり明日届けに行くと思ったのに…」
 布団にくるまって、知晶が不満げに見上げてくる。
「そんなわけに行くか」
 溜め息をついて、封筒を収納ケースにしまった。
 知晶はすぐにでも婚姻届を役所に届けるつもりらしいが、さすがにそういうわけにはいかない。
 太一は知晶の傍にしゃがみ込んで、諭すように言った。
「お前が大学を卒業したら籍を入れようって言ってるんだから、いいじゃないか」
「16歳になったら、太一と結婚出来ると思ってたのに。後6年も待たないといけないんですか?」
 知晶が明らかに納得していない顔を向けてくる。
「結婚はしてないけど、婚約はしたってことじゃ駄目か? …それと」
 言いながら、鞄からラッピングされた正方形の箱を取り出す。
「ほら、誕生日プレゼント」
「あ、ありがとうございます」
 この場でもらえるとは思っていなかったのだろう。知晶は少し驚いたような様子で、手の平に乗るサイズの箱を受け取った。
「開けても良いですか?」
「どうぞ」
 凝ったラッピングを知晶が丁寧に解いていき、箱をあける。
「あ、これ…」
「うん。前にお前が欲しがってたから」
 プレゼントは、シルバーで縁取りされた、シンプルなデザインのウッドリングだった。
 前に二人で出かけた時、知晶が欲しがっていたリングだ。その時は、こんなアクセサリーはまだ知晶には早いと思っていたが、まあ1つぐらいなら持っていてもいいだろうと、今年の誕生日プレゼントはこれを選んだ。
「ありがとうございます。嬉しいです」
 満面の笑みに、少し照れくさくなって頭を掻きながら太一が付け足す。
「婚約指輪ってわけじゃないけどさ、記入済みの婚姻届と、この指輪だけじゃ、不安か?」
 知晶は指輪をしばらくじっと見つめ、ちらっとこちらを見上げる。
「…浮気したら、許しませんよ?」
「そんなことはしない」
 きっぱりと答えた。
「約束ですよ?」
「ああ」
 太一は力強く頷いた。
 知晶は、今までの人生で一番大事な女の子だった。そして今日からは、残りの人生でも一番大事な女の子になった。浮気なんてするわけがない。
 太一は箱からウッドリングを取り出し、知晶の手を取る。
「知晶、誕生日おめでとう。それと、これからよろしくな」
 すっと、知晶の細い薬指にリングが通される。
「太一、大好き」
 年下の幼馴染みの女の子は、満面の笑みで愛しい彼に抱きついた。

終わり






「入り口」 >>> 「トップ」 >>> 「文庫一覧」 >>> 「妹的幼馴染み系素直クール」
(c)2008- | 3の467