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“とある日常”系素直クール『学食にて』

「あーん」
「…………」
 こういう展開は、予想して無かった。
「あーーん」
 確かにこの腕じゃ、食事はしづらい。
 俺は、確かめるように自分の右腕を見下ろした。右腕にはギブスが巻かれている。
「あーーーん」
 ちょっとした事故で、全治2週間。怪我自体は亀裂骨折なのでそれほど重くないが、ギブスでがっちり固められた利き腕は、日常生活にそれなりに支障をきたしていた。
「あーーーーーん」
 でも、だからと言って、こういう展開は予想して無かった。

 今は昼休み。がやがやと賑わう大学の学食は、満席とまでは行かないが、席が8割方埋まるくらいには活気がある。
 そんな中、手作りのお弁当を挟んで「あーーん」なんてやってる連中に視線が集まらないわけがなく。
 さすがに露骨にじろじろ眺められることはないが、遠巻きにチラチラとこちらを観察されているし、くすくすと忍び笑いが聞こえてくる。
「あーーーーーーーん」
「いや、自分で食べられるから……」
 左手は無傷だし、箸は無理でもフォークなら使える。
 そう、たまりかねて口を挟んだ。が、
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」
「……いただきます」
 プレッシャーに負け、目の前に突き出された一口サイズの稲荷ずしを頬張る。
 じっくりと煮込まれ、味がしみ込んだ油揚げに包まれた、程よい甘さの酢飯が、口の中でとろける。
「美味しいですか?」
 小首を傾げ、彼女が俺の顔を覗き込む。その顔は実に満足そうだ。
「……はい」
 すげえ旨かったです。羞恥プレイを強要される俺は、控えめに頷くのが精一杯ですが。
「良かった。じゃあ次は唐揚げです」
 まるでピクニックにでも出かけているかのように楽しげに彼女が言って、これまた一口サイズの唐揚げを箸で摘む。
「はい、どうぞ。あーーーん」
 そして、当然のように口元に運んでくる。
「………」
 心無しか、周りのくすくす笑いが大きくなっているような気が。
 周囲を見回して確認するほどの肝っ玉を俺が持ち合わせているわけが無く、心の中で耳を塞ぐ。
 あーあーきこえなーい。の心境で、俺は口元に差し出された唐揚げを口の中へ。
 醤油で味付けされた唐揚げは、外はサクサク中はジューシー。弁当の唐揚げなのに、揚げ立てのようなこの食感は、2度揚げしてる証拠だ。さらに、微かに香るシソと生姜がとり肉独特の生臭さを見事に消し去っていた。
「美味しいですか?」
「うん」
 実に丁寧な作りに、思わず感動し、素直に頷く。
 と、その時、『ピロリーン♪』と聞き覚えのある電子音がし、振り返った瞬間にげんなりした。

「いやー、いい絵が撮れた」
 人の悪い笑みを浮かべて、こちらに不躾にケータイを向けている友人が一人。
「……写メ撮んな」
 ぐったりと疲れて言う俺に、にやにや笑いのまま友人がのたまう。
「いいじゃんいいじゃん。こういうのが後になって良い思い出になるんだよ」
 羞恥プレイされてる過去を良い思い出に変えられるヤツがいるなら、見てみたいものだ。
「消せ。肖像権の侵害だ」
 怫然として言った俺に、彼女が割り込んだ。
「あ、消す前に私に送って下さい」
「ちょっ!」
「はいよ。送信っと」
「あ! おい!」
「いつもありがとうございます」
「なんのなんの」
「いつも!? いつもって何!?」
 驚く俺に、彼女が平然と答えた。
「ええ。いつも送ってもらっているんです」
 見ますか? と目の前に向けられたケータイのディスプレイには、俺と彼女のツーショット写真のサムネイルがびっしりと表示されていた。一体、いつの間に……。
「ちなみに私のお気に入りは、この写真です」
 驚愕のあまり、声を失っている俺をよそに、彼女がカチカチとケータイをいじり、お気に入りらしい写真を呼び出す。

 画面に表示されたそれは、俺と彼女のキスシーンだった。
「ぅおぉい! なんだこれ!」
「ああ、それか。良く撮れてるだろ?」
「ちょ、おま! これ、……えぇ!?」
 なんでこんな写真があるんだ!? いや、だって。俺と彼女はまだ……。
「ちゅーしてるように見えるだろ?」
 呆然と見上げると、にやにや笑いしていやがるヤツが目に入る。
「お前が彼女の目に入ったゴミを見てやっている瞬間を捉えた、俺の傑作だ。どうよ? この絶妙なアングル。これを見せたら100人中100人はキスシーンって言うね」
「……め、目に、ゴミ?」
 俺と彼女が顔をくっつけあっているようなアングルのせいで、キスしてるように見えるだけで実際はそうではないらしい。当たり前だ。俺と彼女はまだキスまで行ってない。
 俺と彼女はもっと清い関係なのだ。……断じてそうだ。

「一瞬のシャッターチャンスを逃さない……やばいね。俺、写真家になるべきじゃね?」
「どちらかというと、パパラッチに近いものがあると思いますが」
 うっとりと自己陶酔してるヤツに、彼女が突っ込む。そうだ。もっと言ってやれ。何が写真家だ。こんなん盗撮じゃないか。
「でも、キスしてるように見えるので、私の大のお気に入りです」
 そうだった。彼女のお気に入りなんだった……。
 思わずがっくりと肩を落とす俺をそのままに、友人が呑気な声をあげる。
「さっき撮ったのも、なかなか良い感じだと思うよ」
「ええ。ラブラブな感じがとても良いですね。ベスト5にランクインです」
「お、久々にランキング更新だねー」
 ランキングってなんだよ……。俺はもう、なんだかどっと疲れて文句を言うのも億劫になっていた。
 しかし、彼女の次の一言で再び慌てる事となった。
「この写真は、ぜひ結婚式のスライドショーの1枚として使いたいですね」
 ちょっ!
「なに言ってんの!」
「いいねえいいねえ。『こうして二人は愛を育んでいきました』ってナレーションが聞こえてきそうだ」
「お前も焚き付けるな!」
「そうなると、スライドショーの締めには、よりラブパク的な写真が欲しいですね」
「なにラブパクって!? つーか人の話聞いてる!?」
「ラブラブ+インパクトだろ。ボキャ天的に考えて」
「そんなん知るかっ!」
 今どきタモリのボキャブラ天国がナチュラルに出てくる大学生なんているか!
「では、ラブパクの10・9あたりを目指して──」
 俺の魂の叫びをことごとくスルーし、彼女が俺の首に手をかけ、
「──んぅ!?」

 『ピロリーン♪』

 学食のど真ん中で、友人のケータイに収められたその写真は、後に「学食にて」というテロップが付けれて披露される、ちょっと泡を食ったような表情の俺に、彼女が幸せそうに唇を重ねている瞬間だった。

終わり






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