ただ貴方を待っている。




ダイニングテーブルの上に、こんもりと盛られた食事を、うつろげな表情で見つめる。
部屋の隅、膝を抱えて蹲って、ダイニングと玄関につけた明かりだけが煌々と光を放つ。
ホワイト、イエロー。
明るい色ばかりの室内。
ここはこんなにも寒いのに。


抱えた膝の中に顔を埋めた。
一緒に暮らしているわけじゃない。本当は、ただここに来たかっただけ。
狭い部屋、寝る場所は1部屋しかない。キッチンも狭い。ほかにもなにもない。

「…家で、メシを作って待ってるような嫁さんは居ないんだよ俺には」

笑って言っていた言葉を思い出す。大勢の女子に囲まれて、愛想笑いを浮かべたあの顔。
思い出して、胸が痛かった。
嫁、にはなれない。でも。それが欲しいというのなら。

本屋で買った、料理本を片手にスーパーに寄った。
合鍵で部屋に入って、慣れぬキッチンから生み出されたもの。
とっくに冷えてしまったその料理を、食べてもらえるのだろうか。

まだ、帰ってこない。
時計を見ることをやめた。
だって、時間はこういう時に限って遅く過ぎるものなのだ。
まだ、さっき見た時間から、3分しか経ってない。
この部屋に来てから、3時間しか経ってない。

時計を見るのをやめたのに、また、つい見てしまった時間は、午前0時を回っていた。
…あぁ。やっぱり帰ってこない。


どこか、ほかの女のところに行ったんだろうか。
だから帰ってこないのだろうか。
またお前はここにきやがって。…そう言われて追い出されるのがオチだ。わかってる。
でも、合鍵をまだ持っているから。


同じ景色を見るのが嫌で、目を閉じた。膝の中、顔を埋める。
いっそ眠ってしまいたい。
そうすれば、きっと、時間が過ぎて、気がつけばあの人が帰ってきていて。

そうして望む。
望んで、待ちくたびれて、きっと朝になって愕然とするんだ。

帰ってこない。だって、あの人はきっとほかの女のところへいってしまったから。


合鍵。
返したほうがいいかな。
もう、ここへは来るなと何度も言われている。でもだって、合鍵を返せとは言われなかった。
だから、まだ持っている。縋っている。


膝の中、眼を閉じた暗闇の中。
あの人の、最終宣告を、待っている。…その日がきっとくる。

「…おい」
かけられた声に、顔を上げた。
目が、暗闇の中で何度も瞬く。目の前に、待ち望んだ男の姿。

「…あ…」
「お前はまた来たのか」

ほおら、言われた。

「…せんせい、…」

いつも呼ぶ名を告げれば、学校で会った格好のままで、ふぅ、と息を吐き出した。

「何しにきた。もう夜中だ。…こんな時間じゃ帰せねぇな…」

時計を見て吐き出した言葉は、昼間の面影はない。
あんなに優しかったのに。
みんなには優しいのに。

「とにかく、ベッドで寝ろ。明日の朝、送ってく」
「……夕食、…」
「そんなもの、済ませてきた」
「……ぁ…」

腕を取り上げられて、引きずるように、寝室へと連れていかれてベッドの上に投げ出された。
においの残るベッド。

さっさと寝ろ。

そういう背中が、暗がりの中で服を脱ぎ始める。

料理を、作りました。
けど、それも食べてもらえず、何も受け取ってもらえず、
ならばこの気持ちは一体どこへ行ったらいいでしょうか。

「せんせい…」

おしえてください、先生。
シーツに顔を埋め、目を閉じた。

何も、拾ってくれない。
何も、望ませてくれない。




「あのな」
ベッドが軋む音が部屋に響き、やがてゆったりとマットレスが沈む感覚を身体に受ける。
顔を上げれば、自分の真上に乗り上げた姿。
赤い髪が垂れて、頬に当たる。

「…夕食は食べちまったから、アレは朝食う。…だから今は、おまえを」

伸ばされた手。
目を閉じた。
唇に、触れる、貴方のあたたかみ。
身体が重なっていく。

あぁ。
あなたから、離れられない。