気がついたら、刹那が俺の唇に噛み付いていた。そうそれはまさに噛み付くという言葉が合っていたんだ。これはどうみても、キスなんてもんじゃない。
「うおっ!?」
思わず声に出すと、それを咎めるように刹那の唇がぐわっと開き、俺の口を覆い隠すようにぱっくりと咥え込む。ちょっ、おまっ…。
あまりに事に声も出ず、突然すぎて抵抗も忘れた。

だっておかしいだろ。
俺は男で刹那も男だ。
フツー、キスなんてしない!


刹那の手は俺の両手をしっかり握っていて、しかも結構な力でねじ伏せようとしている。こんなちっこい身体のどこにこんな力があるのかと思う程、腕を掴み上げている。
俺の抵抗をさせないつもりで捻じ伏せているらしい。
なんて事だ。
口がぱっくりとおおきく開いているのに、まるでそれはキス…というより唇を唇をくっつけただけのもののようで、唾液も絡まなければ、舌も吐息も絡まない。現に刹那の唇はぴくりとも動かないのだ。それは柔らかいものであるはずなのに。
俺だけが、緊張か衝撃か良く判らない感情で、唇がひくひく動いていて情けない。
いくら男同士のありえないものだっていっても、まるでこれじゃあキス初心者のようだ。

…っていや、俺が放心している場合じゃないって!

「ちょっ、まて刹那馬鹿!」
ようやくこのままじゃマズいと、腕力にものを言わせて刹那の腕を押し、首を振って、刹那の唇から逃げる。
ぷはっと息を吐いたのは、俺も呼吸をするのを忘れていたからだ。…なんなんだこれは一体。

「お前、どういうつもりで、まったく!」
男が男にキスをするか!?フツー!ありえねぇだろ。
「おい」
キスを離した直後から、俯いて、何の動作もなくなった刹那。
なんだおい。落ち込んでるのか?
顔を覗き込めば、それを待っていたかといわんばかりに、俺の後頭部をがしっと掴む。
「うわっ!」
驚く間もない。両手で頭を押さえつけられ、またキスが!
おい、おいおいおいっ!?

しかも刹那のキスは本当に触れるだけ、もしくは舌で辿るだけのもので、そこにエロティックなものが一切絡まなかった。

一体なにがどうしてこんな事になったのか。
刹那に圧し掛かられるようにキスを受けながら、もうどうしようもないかと抵抗をやめた。
俺は意外と諦めが早い。


はぐはぐ。
音がしそうだ。
刹那の唇がようやく動き出す。
俺の上唇を挟んで吸い、むにゅっと引っ張ってみたりする。それを何度も繰りかえす。…おい、俺の唇が腫れたらどうしてくれるんだ刹那…。
しかもされている間に、俺の方もまんざらじゃなくなっていて、女と戯れにするキスを思い出していた。
あー…そういえば、昔こんなキスをオンナとした覚えがある。
一晩限りでヤっちまった後、別れる直前。車の中でこんなキスをした。
俺から離れたがらない女。俺は官能を煽らないようなキスを与えて、また今度な、と軽くあしらう。
後ろ髪を引かれるように車から出て行く女を見送って、キスが終わった後はため息。

…刹那がしているのは、そんな時のキスに似ていた。
いや、でもなんか違うなぁ…。

はむはむ。
今度は下唇か。タラコになったらどうするんだ一体。
もうどんだけの時間やってるのか。刹那は表情も変えず、ただひたすらにキスを繰りかえす。…なぁそろそろ終わらないか?
頭をがっしり掴まれたまま、刹那が俺の膝の上に乗りあがっている。
こんなのアレルヤやティエリアに見られたらどうするんだ。…リヒティに見られたらアウトだな…。5年はこのネタでからかわれそうだ。(もっとも5年も一緒にいるかどうか判らないが)

唇と唇が、触れ合うだけ絡み合う。
唾液は殆どまじらなかった。乾いたキス。

…ここまでされたらもう仕方ないか。
開き直った。
刹那、お前のキスはまどろっこしい。

「ん!」
だらりと降ろしたままだった俺の腕を刹那の腰に回す。そうして俺が初めて刹那の身体に触れた事に気付いた。
その腰は思いの他、細くて硬い。当たり前だ、女じゃないし、肉がついてるわけでもない。
触れてみれば刹那はびっくりするぐらいに緊張して震えた。
…なんだ、おい。
無表情クイーンの刹那から反応が返って来たことがなんとなく楽しくて、腰に触れた手を擦るようにして背中に回す。ひくっと震えた。今度は気持ちよくて反応してるな。
刹那の腹がゆっくりとだが、動いてる。

…おい、お前触られるのは初めてか?
この反応はアレだ。医者にかかった事があれば判るだろう。聴診器を背中やら胸に当てられて、身体がビクつくあの反応に似ている。条件反射。

刹那は触れられる事に慣れていないようだった。性感帯を触ったわけでもないのにひくひくと震える。あー…やっぱりこいつ童貞か。
キスは触れたまま、身体をひくつかせる刹那は面白くて、つい背中に手を廻し、髪に触れて掻き回してみたくなり。
そうして、はじめて自分から刹那のキスに答えてみせた。
唇を動かして刹那の小さな口を塞ぎ、舌を出して唇の裏を舐める。歯に沿って舐めれば、刹那は身を引こうとしたから、それは許さねぇ、って身体をひっつける。
胸と胸を合わせて、頭を固定すれば刹那はもう動けなかった。

「…っ、あ!」
ようやく刹那の声が洩れ、それが存外低い声で、正直萎えた。
やっぱ女じゃねぇなぁと思うし、これは刹那だ。聞き分けのない、勝手ばっかりする無視する協調性のない、あの刹那だ。
その刹那にキスをしている。
…なんとも不思議な状況。

熱い息を吐き出して、何とか俺から逃れようとしている刹那。さっきとまったく逆の展開だ。
逃がすものか。お前さっきまで好き勝手やってただろう。だったらいいじゃねぇか、俺の好きにさせろ。
刹那の唇は子供のくちびる。
キスの仕方もまるで子供。
だから教えてやりたくなった。本当のキスはこんなもんじゃねぇ。

腹筋にモノを言わせて、上半身に力を入れ、刹那が逃げないように後頭部と腰を支えて、顔をぐい、と近づける。
鼻と頬の皮膚が触れて、刹那が顔まで硬直させているのが判った。おい何緊張してんだ。おもしろいやつだな。
舌をぬるりと差し出して、開いた刹那の口に、舌を差し入れた。
噛むなよ?
唇を震わせながらも、なんとか噛む事はなかった刹那の舌をノックして、ほら、お前も舌出せって、態度で示す。
大人しく定位置に収まった刹那の舌を掬い上げるようにして刺激し、唾液を絡めてねちょねちょと触れ合う。
しばらくしてようやく刹那の舌がのろのろと持ち上がった。
…ほら、あとは絡ませるだけだって。
俺はさらに顔を刹那にぶつけるみたいにむさぼりついて、吐息を混ぜながら舌を触れ合わせる。ねっとりと濃厚に。

「…ンッ、…はっ…」
そうして刹那から洩れた声は、どう聞いても声変わりをした男の、低い声だったけど。
…あー…なんでだ?
キスをしたからか?
そうでも悪いものだと思わなくなってきた。

「……刹那…」

唇をひっつけながら、思わず出した自分の声は、上擦っていた。
あ、マズイ。
一瞬、ずくりと反応した。…俺の身体が。

いや、まずいだろう。思ったのは一瞬で、この身体を組み伏せて、喘がせたくなった。
オンナとは違う肌、目、髪。そして声。
刹那の低い喘ぎ声ってのも、悪くないんじゃないか?そんな事さえ思う。

刹那。
なぁ、このまま俺達、しないか?

腰を擦り付けて、刹那の腹にくっつける。
震える刹那の身体。…これを自分のものにしてみたくなった。…それは本当に衝動のような気持ちだったけれど。
ちう、と音を立てながら刹那の唇から離れ、目を開けた。
目の前には震えるまつげ。…おい、色っぽいぞ。
身体の力を抜く刹那につられて、こっちも力を抜いた。その瞬間だった。

「っ!?」
突然、強い力で身体が押され、その瞬間刹那は俺の腕からするりと逃げていった。
「おいっ!?」
手を伸ばしたけれど、届かない。こいつ逃げ足はえぇよ!
「刹那!」
呼んでも、刹那はもう振り返らなかった。

おい。一体なんだったんだ。
こんなに盛り上がった俺はどうすればいいんだ!
これだから子供は。

「あー…!」
頭をがしがしと掻きながら、次にあったら絶対にセックスしてやると心に決めた。