「刹那尻だせ」

そんな馬鹿な事を言われるのは慣れている。
相手はあのロックオンだ。
突然、思いもかけないような馬鹿な事を言うのは今日にはじまったことではない。
けれど、それでもやはり突拍子もない事を言われて怯む刹那に、ロックオンは尚も追いすがった。

「だから早く尻だせ」

いや、尻ぐらい出せるが、しかし、その右手に持っている体温計のようなものはなんだ。
また妙なプレイでも覚えてきたのか。
思わず後ずさる。この男から逃げるのは一苦労だが、(相手はまがりなりにもソレスタルビーイングのガンダムマイスターで、体力は刹那より幾分も上だ)
運動神経なら負けない自信がある。これはなんとかして逃げねばならない。

ロックオンの真面目な顔と、体温計(のようなもの)が近づいてくる。
「刹那!」
襲い来るロックオンの腕から、するりと逃げた。
しめた!
そう思った刹那は、ロックオンが伸ばした足によって、足払いをされて、べちゃりと床に倒れこんだ。
その足は予期していなかった!

「だから、素直に尻だせって言ってるだろう」
ハタからみればただの強姦だ。
刹那は慌てた。
この勢いはこのごろには無かったぞ。
何をしようというんだ、ロックオンストラトス!
雰囲気的にセックスでないのは判るが、しかしあの右手に持った体温計(のようなもの)は、いただけない。怖い!

じたばたと暴れる刹那が、床やら壁を叩いたのが、外にも伝わったのか。
刹那がロックオンの凶行に掴まりきる前に、外部からドアが開いた。

「なにしてるの…ロックオン…」

そこに居たのがアレルヤだったのは、刹那にとっては救いだ。
彼は優しい。そして刹那に甘い。それを知っている刹那は、必死でアレルヤを見つめた。
しかし、その刹那の目線が届く前に、ロックオンの怒声が響く。

「アレルヤ!手伝え!」
「いや、手伝えって…おかしいだろう」

必死に逃げる刹那、その刹那のズボンを下ろそうとしているロックオン。おかしい。どうみたって、これは。

「…ロックオン、ごめん」
正等な状況判断の結果、アレルヤはロックオンの脇に手を入れ、よいしょ、と身体を持ち上げた。
その隙に刹那はロックオンからするりと逃げ出し、部屋へと一目散に逃げ去っていく。すばやい刹那の姿が見えなくなるまで、5秒とかからなかった。相変わらず自己防衛機能がすばらしい。

「アレルヤ、お前なあ!」
「…どうみてもロックオンの方が悪役だったよ…」
「ばか、おまっ、俺は刹那の検査をだな!」
「…え。そういうプレイ?」
「そうじゃねぇ!」

天然なのかなんなのか。ロックオンから身を離すようにして避けるアレルヤ。
おい。俺は病原菌か?
このごろ、ハレルヤの性格まじってないか、おまえは。

「違う。俺は刹那の精液検査しようとしてたんだ」
「余計、駄目でしょそれ…」

身の潔白を示そうとしたロックオンだが、それは逆効果だ。
得意げに言うロックオンに、がくりと頭垂れるアレルヤ。

「だいたいなんで精液…」
まったく、この人は時々変な事を言い出すから困る。特に刹那相手に。

「これみろ、アレルヤ」
「なにこれ?」
アレルヤの手の中に転がされたのは、体温計のような、小さな棒状のものだ。けれど体温計ではないようだ。なんだこれは。

「それな、精液測定なんだ」
「は!?」

素っ頓狂な声をあげて、アレルヤは思わずその測定器を落としそうになる。
「ロックオン、あなたは、何を…」
「刹那が浮気してるかもしれねぇんだぞ!」

それで精液調べようとしてたのか!

「だから尻を出せとかパンツ脱げとかそういう会話をしていたわけ?」
「それ以外になにがある」
「刹那の浮気調査のために?」
「そうだって言ってるだろう」

…アレルヤは本気で呆れた。
ロックオンはアレルヤから測定器を取り上げ、電源を入れた。小さなモニタが立ち上がる。

「…これには俺と刹那のDNA情報が入ってる。…で、あいつのナカにちょっとでも他の人間の精液が入ってたら、ココが赤色になるんだ。俺の以外が入ってたら、それはすなわち…」
浮気をしていると言いたいのか。
真面目に話すロックオンの言葉に、アレルヤの眉間の皺が深くなっていく。
…ホントに、色々とこの人はおかしいことを言っている。
そもそも、ソレスタルビーイングでガンダムマイスターの個人情報はレベル7ほどの秘匿義務があるのに、こんな得体の知れないものにDNA情報を入れるというのは大問題だろう。
しかもそのDNAはどこから取ったんだ。唾液?汗?…いや、確実にDNA採取するなら、精液あたりが妥当だろう。
つまり、本当に浮気調査のためだけに、秘匿義務も破ったことになる。
それ以外にもおかしな点は多々あるが、とりあえず。

「あえてマトモな突っ込みさせてもらうとさ、ロックオン。…刹那に浮気疑惑があるわけ?」
「帰りが遅い」
「は?」

ロックオンは即答した。
アレルヤは首を傾げた。

「しかも行き先を告げない。あと、黒髪に、赤い髪がついていた。背中に跡がついてた」
「ええと」

本当にどんどん突っ込みたい事が増えていくけど、手短かなものからとりあえず、

「背中に跡って、ロックオンがつけたんじゃない?」
「俺じゃない」
「絶対?」
「だって、縄の跡なんだぞ!俺はそういうプレイはしてない!」
「………」
アレルヤは今度こそ、言葉を失った。

「だから、せめてあいつがシロだって判らないと俺は、おちおち眠ってもいられない…!あいつ、俺の腕の中で寝てても何時の間にか抜け出してどっかいっちまうし…!」

測定器を握りしめ、ふるふる震えるロックオンだが、ここは突っ込むべきだろうか。
いや、これは引導を渡した方がいいんだろう。

「…正直言って、そこまで浮気の証拠が挙がっているなら、刹那はクロだと思うよ」
「っ…!」

言われて、ロックオンが情けない声を上げる。やっぱり!?などと、本当に今更だ。
だいたい、

「…わざわざ精液測定器なんて使おうって考えちゃう地点で、ロックオン、アウトだよ…」

アレルヤの言葉に、ロックオンは今度は本気で氷ついた。