あまりにも気持ちよさそうに睡眠をむさぼっているから、なんとなく腹が立って、鼻をつまみあげてやった。 んがっ、というなんとも情けない声が整った顔立ちから聞こえるが、そのぐらいしてやらなくちゃ気がすまない。 2ヶ月という長期集中治療を終えたばかりの身体で、すぐに会いにきたかと思えば、「セックスさせろ」とは何事か。 以前とまったく変わらぬ顔と、治りきった傷口に安堵しながら組み敷かれ、2ヶ月間の有り余る体力そのままにセックスを続けた。 1度目は早かった。 2度目はお互い扱きあって、 3度目はねちねちと長く時間をかけて焦らしながら吐き出して、 4度目からは挿入して、後ろから、立ったまま、何度も。 馬鹿だ。なんでこんなに、この身体に。 「泣くなよ、刹那」 言われて、自分が泣いていることを知る。 違う。違うんだ、 これは、目の前が涙の粒でいっぱいになれば、お前のそのマヌケな姿だって見えなくなる。…そうすれば、こんな思いも、もう、二度と。 「だから、もう泣くな、刹那」 べろりと舌を出し、涙を舐め、けれど塞き止められぬ涙はぼろぼろと刹那のこめかみを流れて髪とシーツに吸収されていく。 「俺が泣かしてるのか」 あぁそうだ。それしかないだろう。 背中に腕を回した。その背が広い。…あぁ、どうして今までこんな簡単なふれあいをしなかったんだ。背中に手を回すだけで、こんなに近くに感じられたのに。 心臓の音、 体温、 まるで身体が一つになるようだ。 肌を密着させて、鼓動を聞いて、吐き出された精液さえも、身体の中に入って沁みていくよう。 確かにここにいる。 感じたあの絶望は、いまはもう無い。 それを何度も何度も確かめて、触れて、確かにここにいると。 …それなのに。 「俺がお前を泣かしているなら、悪くないな」 …嫌いだ。 どれだけ苦しかったと思っている。 どれだけ絶望したと思ってる! 絶望し、恨んで、すくえなかった自分を呪って、…ああ、あんな思いをもう二度としたくないと誓ったのに、また失って。 それがどれだけ辛い事か、あの爆発で消えたお前には判らないだろう。 涙の流し方さえ忘れていたのに、それを呼び起こしておいて、そんな事を! 摘んだ鼻が赤くなっている。 それでも眠り呆ける姿を間近で見つめていた。 ベッドの中で二人、刹那の身体に絡まる腕はあたたかい。 このあたたかみを失ったと思い、この顔さえも二度と見られないと、…そう、 「…っ…」 ふいに湧き上がってきたのは嗚咽だった。 「俺は、感情がないわけじゃない…」 言葉と共に、涙が眉間を伝い、ほろほろとシーツに零れてゆく。鼻の奥がツンと熱い。 「失う事に、慣れているわけでも…、」 今まで、どれだけでも無くした。親を友人を戦友を、神を。そうして全てをなくして、そうして出遭ったお前までなくす。 …そんなもの。 「刹那、悪かった」 狸寝入りを決め込んでいたロックオンの肌が、擦り寄る。 今更遅い。 こんなにも、きつく閉ざしていたはずの涙の蓋を簡単に抉じ開けられ、そこに絶望と空虚を埋め込んで、あんなにも苦しみばかりを与えたくせに、こんなに呑気にこんなに前と代わらない寝顔で…! 感情が無いわけじゃない。 傷つくのがこわかった。失う事がこわかった。 だから、必死で殺していた。 胸の奥、何重にも鍵をかけて、二度と吐き出さないように。人を恋しく思わないように、あんなにもあんなにも閉じ込めていたのに! 何故お前はこうも簡単に人の心を攫って、奪って、与え続ける! 「もう、二度とごめんだ…」 「あぁ、そうだな、もうお前に失わせない」 刹那の髪を梳き、頭を胸へ抱き寄せる。 涙の粒がロックオンの胸に触れ、体温と同じ温度に変わってゆく。 額を押し付ければ、トクトクと刻む心臓の音が、いきていると教える、この場所で。 次に別れる時は、この男よりも先に死んでやりたい。 …そう、思った。 |