「ぬるい」

優雅なティータイム時。
ティエリアが湯飲みをテーブルに置き、たったひとこと、告げた言葉に反応したのはただ一人だった。

「ぬるいって、俺はちゃんと適温で淹れたぞ…?」

割烹着姿で給仕に励んでいたロックオンは、やれやれと肩を落した。まったくこれで何度目だ。適当な事を言って人を困らせて。
ティエリアの表情は変わらない。いけしゃあしゃあと茶を飲む。
…飲める温度ならいいだろうが。
ロックオンの苛立ちは、口にする事はない。この男を怒らせるのは怖い。

「5度は違う。これが適温と言えるものか」
「運んでくる間に下がったんだよ」
「ならばそれも計算に入れろ」

たかが茶ひとつでなんという言い合いか。
しかしこの場にいる誰もが暢気に茶なりコーヒーを啜っている。人に掃除洗濯ガンダム磨きと全部やせておいて、ようやく人心地つこうかと思ったら今度は茶を淹れろと人使いがまるで荒い。

「まあ…ティエリア。いいじゃないか。ロックオンも頑張ってるんだし」
「アレルヤ」
まさに助け船だ。
アレルヤだけだ、優しいのは。
思わず、神を見るかのようにアレルヤを見つめてみるが、しかしその視線は、アレルヤの言葉によって凍りつく。

「2杯目はきっとロックオンができうる限りのおいしいお茶を入れてくれるよきっと。…ね?」

にっこりと微笑んだアレルヤの表情に、黒いものが見えるのは気のせいだろうか。
…ね、って。
その一言が酷く怖い。たった一言。されど一言。

「ロックオン、そういえばおやつがないよ」

ああやっぱり。こいつはアレルヤの姿をしたハレルヤだ。…間違いない。

「ロールケーキ」
「フィナンシェとプリン」
「おまえらなあ!」
勝手をいう二人に、いい加減にしろと、ロックオンは被っていた三角巾を取り上げて床へたたき落とした。
やってられるかちくしょうめ!

「こき使うにもほどがあるだろう!!いい加減にしろ!」

怒鳴り上げて、肩をぜーはーさせて睨むも、二人は顔色ひとつ変えないどころか、不敵ににこりと微笑んだ。

「部屋から出て行くなっていったのに勝手して、敵機にやられて宇宙漂流して、みんなに心配かけた上に命尽きるギリギリで助かったのに、命の恩人に向かっていうことは、それ?」

にっこり。微笑んだ顔がなによりもこわい。
見れば、ティエリアからも黒いオーラが出ていた。
…危険だ。これは危険だ。
治ったばかりの傷が開きそうになる。

「す、みません…した!」


***


「くそー…あいつらめ、見てろよ…」

ぶつぶつと言いながらも、ロックオンは自分の財布の中を覗き見た。ロールケーキとフィナンシェとプリン。なんとか買えるだろうか。ただでさえ自分の治療費でかなりの額を使っている。ソレスタルビーイングといえど、おやつを経費で落すわけにはいかない。
ため息を吐きながら、玄関へ向かうロックオンの服を、つい、と何かが引っ張った。
「ん?」
見れば刹那がロックオンの服を掴んでいる。
先ほどの言い合いに参加せずに、ちびちびとミルクを啜っていたはずの刹那はロックオンを見上げて、何か言いたげに目を向けている。

「ああ、そうか。お前だってケーキほしいよな。よし、刹那、何がほしいんだ?」

ショートケーキにするか?チーズケーキもいいかもな。なんならミルクプリンにしてやろうか。
本当はお前、甘いものが好きだろう?
身を屈め、刹那と正面を向き合って言えば、刹那はロックオンの顔をじっと見つめる。答えが帰ってこない。…どうした?
首を傾げて刹那を見つめるロックオン。
ふ、と刹那の腕が動いた。

「え?」

次の瞬間には顔が接近して、刹那の目が間近に迫ったと思ったと同時、唇が触れ合っていた。

触れた時間は短く、あっと言う間の出来事。
何がほしい?
聞いた答えがキスだった。

「せ、刹那ぁ…」
何事もなかったかのように、ロックオンから離れてゆく刹那の背中を見送りながら、あたたかみが残る唇を押さえ、
ああ、生きて帰ってこれてよかった!と、涙ぐんだ。