(まぁよく考えたら当たり前の事なんだよなぁ…)

宇宙空間に投げ出され無限空間の中で、くるくると回りながらロックオンは考えていた。
身体中痛い上に、意識も朦朧としているが、アドレナリンなのか生命維持本能が働いているのか、それともうすぐ死ぬからなのか、それほど苦しくは無い。身体は痛くてたまらないが。
推進剤も切れてしまったし、バイザーさえ割れてしまった。
循環して供給されていた酸素が一気に吐き出されても、予備のバイザーがすぐに降りた事で酸素の流出は最小限に抑えられている。
先日の戦闘でも、コックピット内部が破壊され、内部の空気が流出した上にバイザーは割れてしまったが、あの時も予備バイザーがあって助かっている。
人類が宇宙空間に進出してから400年近く、宇宙服の進化はすさまじい。

ただし、推進剤が切れてしまったのは戴けなかった。
推進剤さえ生きていれば、デュナメスの熱源はインプットされているから、かなりの距離を流されていなければ、たどり着く自信はあるのだが、どうやら爆発したGNアームズの破片が推進剤の供給装置にぶつかってしまったらしい。
ロックオンの身体は宇宙を流れていく。どう考えてもラグランジュワンからは離れているから、プトレマイオスに拾ってもらう事は難しいだろう。

(まいったなこれは…)

死ぬのか。
呼吸が細くなるのを感じながらロックオンは思う。
どう考えても助かる見込みは薄い。このまま宇宙の塵となり太陽か地球の重力に引き寄せられて熱死だろうか。それとも餓死が先か、発狂死か。

(覚悟は…してたつもりなんだがな…)

こんな風にじわじわと死ぬ事になるとは思ってもみなかった。
仮にもガンダムマイスターであるのだから、死ぬのならばコックピットの中が関の山かと思っていたのにまさかこんな事態になろうとは。
後悔はしていない。…しかし、よもやの事態に驚く。
目を開ければ、宇宙の闇と、青く大きな地球が見えた。先ほどまでぐんぐん接近していたエクシアも見えない。目がかすんできた所為か。…あぁそういえば皆は無事なのだろうかとふと思いつく。

ティエリアは無事だろうか。自分が庇った事であの強気だったティエリアのこころが少しばかり和らいだ事を知っている。心を許しかけてくれたのに、ここで一人死んでしまえば、あの揺らいだ精神がどうなってしまうのか、心配でならない。そんな弱い男ではないだろうと知ってはいるが、脳裏には頼りない背中が浮かんでは消える。
アレルヤとてそうだ。優しい優しいアレルヤはきっと泣き崩れてしまうだろう。短い間だが、ロックオンと共に過ごした時間は、ハレルヤという人格を抱える彼にとって、こころを許せる数少ない人間だったのではないだろうか。

そう思えば、随分自分は人から愛されているのだと実感してロックオンは笑った。
笑うと、肺やら腹が痛い。顔を顰めながら、それでも笑った。
高性能なパイロットスーツには酸素は供給され続けるだろうが、ここまで身体にダメージがあればおそらくは長くは持つまい。背中のタンクに僅かに溜められた水分補給用の僅かな水さえも、推進剤と共に流れてしまったようだ。

(…助かる見込みは望み薄、か…)

諦めも肝心なのかもしれない。
どれだけ仲間を思い描いていても、彼らの元に戻る事は不可能に近い。
これは罰だ、罪の証だ。受け止めなければならない。
ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして戦っていたつもりだが、ロックオンが生きるための根っこにあった原動力は復讐だ。それを遂げようとした自分への罰がこれだったのかと思えば受け入れる気にもなった。

あぁ、けれど、それでも。

(…泣く、だろうな…)
刹那は。
あの子供は、まったく強がってばかりで涙なんか枯れ果てたように見せかけておきながら、本当は泣いているんだ。
いつだって泣いている。
助けてほしいともいえず、許してほしいともいえず。
愛してくれとも言わなかった。

「俺は言ったぜ…?刹那…」

愛してくれと。お前をくれと。

その言葉に頷いたのは刹那だ。そうしてこころも身体も受け入れてくれたのに、自分からは何も喋ろうとしない。
KPSAだったからだとでも言いたいのか。そんなもの、当に今の刹那の戦いが贖罪として証明しているじゃないか。
それとも何か。命をかけての戦いだけでは飽き足らず、俺が望むから身体も心も与えるフリをして身体で贖罪をするつもりだったのか。

「だったら、愛してくれって…言えよ、馬鹿刹那ッ…」
最後ぐらい、言えばよかった。

GNアームズの砲台の上で、刹那の声は届いていたのに。
エクシアが全速力で近づいていた。ノイズの走った通信でも、刹那の声は届いていた。
叫んだ声、あんな響きで名を呼ばれた声を聞いた事が無い。

…なんだよ、あんな声。あんな悲鳴。
…そんな声、聞いた事もなかったのに。
いつだってお前は冷静なフリをして、セックスだって慣れてるって顔をして、表情も何もかも理性の下に置いてっちまうし。だからそれを剥がそうと躍起になって刹那の身体をむさぼった。気絶するまでやったのだって1度や2度じゃない。苦しそうに眉を寄せても、やめてくれと声に出さなかったから、こっちも悔しくなって犯し続けた。イく時だけ声を上げて、爪を立てたぐらい。

あぁ、思い出しちまった。

こんな時だってのに、これは人間の種の保存能力なのかね?

あんなに遠い地球。
あんなに遠い宇宙。
目の前が霞んでたまらない。これは目を閉じたら死ぬなと思った。

「…死んだら、いけない気がしてきた、…ぞ…」

おかしいな、罰は受けるつもりでいたのに。
死んでいいのか、あれだけの人間を置いて。刹那を置いて。…なぁ、俺はこんな風に死んで、いいんだろうか。

「刹那、…せつな、」

脳裏にあの小さな背の少年が浮かんだ。
強い力をもった目、赤茶色の確かな意思がロックオンを射抜いている。
あいつは生きると言って、生きているからエクシアに乗っているんだと言い切って、けれど俺に殺されてもいいと。
逸らす事なく狙った銃口の先、避けることもしなかった。本気で銃弾を受ける気で居たあの表情。

「あいつ、…ホントばかだ…矛盾ばっかり、言って…」

本当は戦争なんて無くして、戦いなんて無くして、そうして、あいつにだって手に入れたいものがあったのに。
…あぁ、本当にお前は馬鹿だよ、刹那。
お前は手に入れていいんだよ。
生きる場所も、人のあたたかい身体も、俺のなけなしの愛だって。

「あー…くそ…死ねなくなった…ッ…」

いっそ、スローネに落とされて一瞬で死んでやれば楽だったのに。
こんな風に生き延びてしまっているから、死ぬのが嫌になってきた。
生きてやりたい。
生きて戻ってやりたい。どうしても、どうしても。

泣いているだろうあいつの背中を叩いて、なんて顔してんだって、笑ってやりたい。

「く、そっ…」

指先の感覚は冷たくなっていて、かたかたと震えていた。温度調節さえ上手くいってないのか。いよいよ死期が近いのかと悟って怖くなる。
震えながら、背中に格納された拳銃を手に取った。ロックを外すのに酷く時間がかかって、その間に意識を失いかけた。痛みがそれを邪魔して、震える指でトリガーに手をかける。

「…さいご、だ…」

これが最後の引き金。
重みも何も無いはずのトリガーにかけた指に力を込め、一発の銃声を放った。
宇宙空間に音もなく散った小さなビームの光が、まっすぐに伸びて暗闇に四散する。
小さなはかない光を見届けて、ロックオンはゆっくりと意識を手放した。
願わくばあのひかりが、刹那を導くかすかな光となりますように。












「…ひかり…」

エクシアの中、破壊されたコックピット内部。
血が飛び散る空間を、ぼうっと見つめていた刹那はそのひかりを見た。
穴の開いたパイロットスーツ、補修機能が働いて酸素の流出は避けられたが、流れてしまった血液がエクシアの中に浮いて宇宙空間へと漂ってゆく。流れ出てゆく、血。まっかないのち。
開いたコックピットの中から、青い地球の上を走る、一筋のひかりが見えた。

「ひかり、が…」

見えたんだ。
いま、一筋のちいさなひかりが。

大きく見える地球の上、青い青い大地の上に流れた儚い光。

「ロックオ、ン…」

囁いた声は、確かにひかりの元へと届いていた。