この世界に、これ以上満たされた満足感が果たしてあるのかどうか。刹那は知らない。 尻から流れ落ちるのは紛れもなく他人の精液で、そのどろりとした中に自分の汚いものまでも混じっていたらどうしようと思う。 いつだってそう思って、尻から流れ出る白い液体を見つめて、いやこれだって体液だ、においの強い汚いものだと思って目を細める。 だから早く綺麗にしないと。 けれど、セックス後の倦怠感は、刹那から、ベッドを起き上がる気力さえ奪い取っていく。 あぁ、このまま眠ってしまいたい。 けれど、このまま眠れば明日の朝、ベッドは大惨事だ。ついでに刹那の腹の痛みも。 「セックス慣れてないんだな」 と。心底意外そうに言っていたのは、刹那に手を出したロックオン本人だというのに、その言葉の数日後にはこの有様だ。 まったくこのロックオンストラトスという男は何を考えているのか判らない。 セックスに慣れていないと判っているはずなのに、好き勝手に抱いてみせる。 初めてのセックスは途中まで優しかった。 二度目は優しくしているつもりだったらしい。 三度目からは容赦がなくなり、 十回目ぐらいで、めちゃくちゃにされた。気絶するまでセックスを続けるようになったのも、そのぐらいから。 抱き締められる事と中に出されることに慣れ始めて、自分の身体の限界を知ったのは、十五回目ぐらいからだろうか。 …ならば、30回以上続けた今は、何がどう変化しているのか知りたい。 諦め、みたいなものは手に入れたのかもしれない。 ナカに出すなと抵抗するのも無駄だと知った。辞めろといってもダメだ。刹那が抵抗しようとするとロックオンはにやりと笑って手や足を持ち上げてナカをぐちゃぐちゃに犯す。 「…気持ちいいな」 言われてしまえばそれまでで、もうどうしようもない。なすがままだ。 今日このセックスは、人生で何度目のセックスだったんだろうか。 どろどろと流れ落ちる精液が気持ち悪くてたまらないのに、動きたくない。指先1つ動かない。下半身は絶対に動いたらダメだ。シーツに零れ落ちる。 腹の奥が苦しくてたまらない。痛い。でも表情も変えたらダメだ。それだけだって腹の痛みは酷くなっていく。 シーツを掴んだまま、いっそこのまま眠ってしまえばいいと目を閉じる。眠れば痛みも不快もない世界へゆけるから。 隣にロックオンが眠っている。 男の身体が眠っている。 シーツに鼻をすりつければ、ロックオンのにおいがした。 ここは小さな世界の小さな街だ。 呼び出しのアラームもない、義務も力も根こそぎ奪われた。 刹那に与えられたのは、ロックオンストラトスという男一人だった。 戦いから離れている。 命のやりとりもない。世界を変革させるのだと気負っているわけでもない。そんな幼い頃はとうに過ぎた。 ただ、眠りについて、お互いの身体を感じ、すうすうと寝息を立てて眠る。 朝、目が醒めれば市場に買出しに出かけて、また部屋に戻ってセックスをする。 それが今刹那に与えられた世界の全てだ。 この男は平気なのだろうか。 こうして肌をすりあわせて、ばかみたいに喘いで鳴いて、セックスばかりしている。 身体を繋ぐ事を知らなかった刹那にセックスの意味を教え、ロックオンが言われた通りに体を動かして声を出している。 あんなセックスを本当に皆がしているのだろうか。…あんなに声を出して、獣みたいに鳴いて、もう嫌だダメだと襲いくる快感に首を振って悶える。声は喉から吐き出されて、唾液も涙も滴る。まるで自分が酷く汚いものになった気分だ。あんな不埒な事を本当に人類皆がやっているのか。 …それとも何か?ロックオンストラトスに馬鹿にされているのだろうか。 本当のセックスは、あんな獣みたいに皆鳴かなくて、気持ちいいものでもないのかもしれない。もしかしたら自分だけが酷く醜いことをさせているのではないだろうか。 ベッドの上に全裸で仰向けに横たわって、全てをロックオンに見下ろされている。 身体を舐めるように見終わった後は、手を伸ばされて、乳首に指先を絡め、気がつけば、両足の膝を持たれて、これ以上開かないほどに大きく開かされて、肛門を思い切り広げられ、気分が乗れば舐められもする。そんな事を皆普通にやっているのだと教えられ、刹那は混乱した。 中央でゆらゆら揺れるのは、中途半端に勃起した自分のモノだ。それが酷く醜いものに見えた。 あんな事を、みんなしているのか。 嘘、じゃないのか? 「なんだって?」 「…なんでも」 「なくはねぇだろ。何が嘘だって?え?」 「………」 聞かれているとは思わず、刹那は唇を噛んで顔をシーツに伏せた。途端に、どろりとまた塊が穴から流れ出て、眉を顰める。 あぁ汚い、きたない! 眉を顰めながらもシーツに突っ伏す刹那をしばらく見下ろしていたが、やがてロックオンはしみじみと言葉を吐く。 「お前、本当に子供だったんだなー」 何がだ。今更何を言うんだ。 「照れやがって。可愛いったらねえよ」 お前は言語がおかしい。かわいいというのはもっと別なものに使う言葉じゃないのか。 もしくはお前と俺で言語理解能力に差があるんだ。 「嘘つきな可愛い刹那」 嘘つきなのは、ロックオンのほうだ。 かわいいと言ってみたり、二度と離れないとほざいてみたり。 ありもしない事を言っては笑っている。 嘘つきだ。ロックオンストラトスは嘘をつく。 死んでみせたくせに生きている。 イかせてやるぞと言われているのに、イケなかった事だって1度や2度じゃない。 「…アンタが変な大人なんだ…」 俺を子供だというのなら、そんな子供とセックスをしているあんたはおかしい。かわいいと嘘をついて、笑って見下ろす。 こんな大人、変だろ?おかしいんだろう? そうだ、だって、こんなに笑う大人を知らない。 「あぁそうだよ、俺は変なんだよ知らなかったのか刹那」 笑い声。 …何認めているんだと罵ってやろうとしたら、身体が宙に浮いた。驚いて手を伸ばす。掴んだのはロックオンの首筋だった。 「…っ!」 「変な大人だから、お前をシャワーに連行する」 「…ッ!」 離せ、と怒鳴ろうとした瞬間、身体が揺らいだ。ロックオンの腕の中から落ちそうになって慌てて首筋を掴む。柔らかな薄茶色の髪が指に絡まった。 「…あっ、あ!」 途端、やはりどろりと精液が伝って、それが抱き上げたロックオンの指にツツツと滑って落ちた。 「ん?」 指先に絡まる精液を知って、刹那の顔を覗き見るから、居たたまれずに顔を伏せた。ロックオンの胸は大きいから顔ひとつぐらい伏せても充分隠してくれる。 「だから可愛いって言ってんだよ」 隠し切れなかった額に、ちぅ、と音を立てて吸い付くようなキスを落とし、ロックオンは楽しげに笑った。 刹那は額に篭る熱さと、ロックオンの指をしたたる精液の不快さを味わって唇を噛んだ。 この世界に、これ以上満たされた満足感が果たしてあるのかどうか。刹那は知らない。 |