見飽きるほどに見つめた自分の足首には、赤黒い痕がくっきりと残っている。それに指を這わせる自分の手を見つめて笑いが洩れた。なんて細っこい指になったもんだ。
数ヶ月前までは、どんな銃器のどんなトリガーをも引いていたはずだったのに、今では拳銃の一つも握っていない。腕はどれだけ落ちているのか。
ロックオンは腕を持ち上げた。拳銃を構えるようにまっすぐに腕を伸ばして構え、壁に向かって人差し指を伸ばす。
片目は眼帯に覆われている。左の目だけが照準だ。
ホテルのスイートルームの壁は薄色のストライプ。
壁前に置かれた花瓶に生けられた大層な花の一つに狙いを定め、小さくトリガーを引いた。
狙いはあの青い小さな花だ。
「バン」
声だけを発して弾を撃ち込む。
花は静かにそこに生けられたままだ。
ロックオンの細く長い指先は、ただ、花に向かって正確に狙いを定めるだけだった。

数ヶ月前に、このホテルに呼び出されて気がつけばこの状態だった。
どうやら、一服盛られたようだと気付いたのは、足首に拘束具が嵌められた後で、なんの冗談だと笑った。
嵌められた当初は、足の皮膚と拘束具の金属に、隙間も無かったのに、今では指1本なら入れられる程になった。足首でこれだ、一体自分はどれだけ痩せたんだと笑ってみたものの、食事はきっちりと与えられているから死ぬ事はない。
何故痩せたんだ。運動していないからか。いや、ベッドの上では散々に動いている。あれを運動と呼ばないとは思うけれど。

拳銃も撃たず、人が来なければ動く事もなく、ただベッドの上で1日を過ごす。まるで病人のようだ。この医療が発達した時代に寝たきりの患者など珍しいことこの上ない。

いつまでこうしているのか。
…あいつの気が済むまでか。
目を閉じ、ベッドに横たわり、何度も見つめたホテルの天井を見つめる。きらびやかなシャンデリアのような照明。天蓋のついたベッド。太い木枠に囲まれたキングサイズのベッドには、色とりどりの花びらと、柔らかな羽毛の枕。清潔なシーツ、手の届くところに水とウォッカ。

「…おれは、いつまで…こうしていればいいんだろうな。…なぁ、刹那?」

閉じていた目をゆっくりと開け、うっすらと気配を感じて首を動かしドアを見つめ、そこに立っている青年に、ゆったりと微笑みかけた。



***



「ぁ、あ、あ、」
徐々に跳ね上がっていく、刹那の喘ぎ声を聞いている。
絶えず動かしている腰は、ロックオンに疲労を蓄積させているが、ここで動くのを辞めれば、刹那はイくタイミングを失うだろう。
ひとまず、一度イかせてやって、落ち着かせてやらなくては刹那は満足しないと判っている。
今日は何があったのか、酷く気が立っている。セックスの誘いが性急なのはいつもの事だが、それにしては早く挿れろと鋭い目で訴えてくるから、面食らった。
上に乗られて騎乗位で交わろうものなら、どれだけ根こそぎ搾り取られるか判ったもんじゃない。
刹那を抱き込んで、正常位で交わる事に成功したけれど、これは体位など、意味の無いものかもしれない。
搾り取られるような快感がロックオンにまで伝染してたまらない。苦しい程の締め付けと、容赦のなく欲をぶつけてくる。
キスをすれば窒息しかけるし、抱き締められた腕の力は強くてアバラさえ折れそうだ。
少しぐらい加減しろと言ってやりたくて、そんな事さえ言う事が叶わない。絶え間なくキスが続いている。酸素をむさぼるので必死だ。
こっちは、1日中ベッドの上にいるんだ、お前みたいに外で仕事をしているわけでもない。体力が落ち続けているのに、若い精をこれでもかとぶつけられてみろ。こっちが先に身体を壊すだろ!

それでも刹那の身体は麻薬のようにロックオンの身体に巻きついてくるから、その危険な誘惑に絡め取られて、辞めることも出来ない。
刹那に欲しいと望まれれば、まるで花に吸い寄せられる蝶のように絡め取られる。
逃げられない。逃げる事さえ出来ない。

ロックオンを拘束し、ホテルの1室に監禁させて、一体刹那は今何をしているのか。
このホテルのスイートルームから見える景色は、どこかの国のどこかの都市の摩天楼だけだ。それも、閉められたカーテンの隙間から見えるだけで、あれを全開に開いたことなど数える程しかない。トイレとシャワーだけを許される程度の長さの鎖はドアまでたどり着くことは出来ない。足首には太い拘束具を外そうと思ったのは最初だけ。すぐにやめた。拘束したのは他でもない、刹那だ。

刹那は今、何をしているのだろうか。
まだソレスタルビーイングは続いているのか。
ガンダムに乗っているのか。

問うても答えないのはいつもの事だ。
刹那を抱き締めても、血のにおいも硝煙のにおいもない。人を殺した後に付きまとうピリピリした緊張さえない。…彼が何をしているのか、ロックオンには検討もつかなかった。
ただ、今のように時折酷く機嫌を悪くして帰ってくることがある。それだけがロックオンに与えられた刹那の情報だった。


「ぁ、あ、ああ、あ、」
声が裏返っているのを確認して、ロックオンはトドメとばかりに腰を突き入れて前立腺を擦りたてた。
大きくひくんと揺れた刹那の身体が、直後に硬直し、口を開いたままで声を発することも出来ずに、唇がひくりと動く。
途端、腹の上に白い精液を撒き散らした。
ぎゅうううと、痛いばかりに孔を締め上げてくる痙攣に耐えながら、ロックオンはぎゅっと目を閉じた。
右目は眼帯によって塞がれている。左目を閉じれば何も見えなくなる。
「…っ…!」
刹那のありきたりの力が篭められた痙攣だ。引き絞られる痛みのような快楽に耐え切れず、ロックオンも遅れて刹那の中に精液を吐き出した。
頭の中を真っ白にして、溜め込んだ精液を吐き出し、大きく息を吐き出す。
「はぁっ……」
ようやく呼吸が出来た心地がした。開放された性欲、あぁ、なんてたまらない。

目を閉じ、腰の奥に燻った熱を下げるように息を吐き出し、胸の中の刹那を抱き締める。
目の裏は真っ暗な闇。

ふと。
コツ、と刹那の指先が、右目の上の眼帯に触れたのが判った。
「…ん…?」
ロックオンはゆるゆると身体を起こした。左目を開ければ、間近に刹那の顔。今、あれだけ腰を動かして激しく喘いでいたというのに、もうピンとした顔をしている上に呼吸も乱れていないから、なんてやつだと口先で笑った。
首筋に流れる濡れた髪が気持ち悪い。汗をかいている。風呂に行きたいといっても刹那の機嫌は損なわれないだろうか。
いかんぜん、自分は刹那に監禁されている身だ。
刹那は指先で、ロックオンの右目一面を覆う眼帯に触れていた。
コツコツと指先でなぞるように、ノックするように、黒革に触れてみる。
「どうした?」
問うても、刹那は答えない。
…ならば。
「取ろうか?」
「……いい…」

いいって。それだけ触れておきながら、取らなくてもいいっていうのはないだろう。

刹那がこの眼帯を酷く気にしているのを知っている。
この右目には、ただ、傷があるだけだ。右目の視力は失っているが、きちんとした治療をすれば直ることも判っている。
この部屋から出てゆけば、治療さえすれば。

刹那はこの眼帯を嫌っているのに、どうして目を治させようとしないのか。ロックオンには判らなかった。
監禁までして、右目を塞いだままで、刹那を抱いている。

「…お前はこれが嫌いなのにな。どうして見つめる?」

意地の悪い質問だとわかっていて、刹那に問う。
答えを期待しているわけではない。知りたいわけでもない。

右目を塞ぎ、片足を繋ぎ、ただロックオンストラトスを傍に置く。

ゆっくりと目を細めた刹那が、唇を開いた。

「嫌いだから、見てるんだ」