「貴方を迎えに来たわ。ニールディランディ」 馴染みにしていたプールバーにその女はやってきた。 真っ黒なスーツ、尻が見せそうなほどの短いスカート。長い髪を垂らし、黒いサングラスを取れば、思いもがけず強い瞳が現れた。 「…誰だ、あんた」 名を呼ばれ、ニールディランディは振り返る。 「誰でもいいでしょ」 言い放つ、その口調と、腰に手を当てて目の前に立つその姿が不遜だった。 この部屋に響き続けていた、玉と玉がぶつかり合う小気味いい音が消え去っている。 煙草でくすんだ天井に、女の声だけが響いている。 周囲を見れば、幾つかの台を囲っていた客の全てが、硬直したかのように止まっている事に気付いて驚く。 ……何が起きた? ほんの少し、1ゲームの間だけ眠らせてくれと目を閉じていた間に何が。 「何が起きている、これは」 「何もしてないわ。私は貴方を迎えに来たって言ったのよ」 「なんだって…?」 「勧誘しにきたの。…貴方、ニールディランディを。射撃の腕前は聞いてるわ。…そっちの、キューの腕前も」 突然現れた美女は、ふんだんに色気の乗ったセリフで淡々と言い放ち、黒いサングラスを胸のポケットに差し入れて、台の縁に腰掛けた。 髪は長く、ワインのような赤。黒いタイトなスーツを身に纏っている。スカートは驚く程のミニで、腿まで露になっている。尻と腰のラインがはっきりと出るようなスーツだ。特別細いというわけではないが、男が触れたそうな足ではある。本人とてそれを自覚して着ている服だろう。 よくもこんな恰好で、男どもの巣窟に乗り込んでくるものだ。しかし、何故、この女が来た途端、このプールバーの空気は止まっているのだろう。仲間内が一様に呆然とした顔で固まっている。まるで立ったまま気絶したかのように。 「…何をした」 「何もしてないわ。ただ私が来た事を、この人たちには知られたくなっただけ」 赤色のマニキュアが塗られた細く長い指先が、すらりと動いた。何かを手でもてあそんでいる、太いペンのような何か。先端に赤いライトが組み込まれているそれを、ロックオンに見せるように振っているあたり、その小さな機械で、ここにいる連中に何かをしたらしい。何をしたのかは判らないが。 「…殺したわけじゃないよな」 「そんなわけないじゃない。ソレスタルビーイングは人殺しはしないわ」 「ソレスタルビーイング?」 「そ。通称”CB”」 肩を竦めてみせて、手に持っていた機械を、胸の谷間に押し込んだ。 白いシャツは、だらしなくボタン3つ分はだけられ、胸の谷間が見えている。谷間に埋められたボールペン状のそれが谷間に埋もれて見えなくなった。 「で、貴方と話をしたいのだけど、構わない?」 「…勝手に乗り込んで、変な機械使っておきながら何を」 話をする以前に、強制的な乗り込みじゃないか。 何をしたのかは判らないが、これは「お誘い」だとか「勧誘」なんて生易しいレベルじゃない。…そのぐらいは判る。 おそらく、この女がそこらに居る一般女性ではないだろうという事も。 廃れた世界の隅で生きている。人を陥れたり傷をつけたりする事を生業をしているわけではないが、裏の世界の事なら、ある程度は知っている。この世界には踏み込んではいけない場所や物事が沢山ある。…下手に手を入れれば命さえ取られるような事さえあるのを知っている。 (そっちの世界への勧誘ってやつか…?) 今までそういった誘いがあったのも事実だ。 大抵、そういった誘いは、銃の腕を見込んだものだが、あいにくと人を殺すために射撃をやっていたわけではない。軍隊に入るためでも。 どれだけ美人の女の誘いだとしても、誘われれば答えはひとつだ。 「アンタの望みは。俺の腕だろ」 「話が早くて助かるわ」 「…人殺しはしねぇ。裏の世界に入る気もねぇ。帰ってくれ」 「馬鹿ね、そんな事させないわよ」 赤い長い髪を、ふっとかきあげた彼女、スメラギ李ノリエガは、表情を引き絞ると、真顔で告げた。 「あなた、地球と宇宙を救う気はない?」 *** 『これはスタビライザーというの。中に赤いライトが組み込まれているのが判る?…これが脳内の記憶中枢を麻痺させて、擬似記憶を植えつけることが出来る。ライトを浴びるとしばらくは呆然とするけど、すぐに直るわ。…もっとも、光を浴びた直前の事は覚えてないけど』 豊満な谷間に入れていた例のペンを取り出して、スメラギ李ノリエガは告げた。 『つまり、この機械を使えば、相手の記憶を書き換えることが出来るの』 そんな事、今の技術で出来るわけがないと一笑したが、スメラギの表情は変わらなかった。 『そうね。今、この星の技術では無理でしょうね。これは、ここからずっと遠い星で開発されたものよ』 遠い星?言っている意味が判らない。どこのSF映画の話だろう。それにしては、理由がちゃらすぎるけれど。 信じられるわけもなく、けれど真顔で話を続けようとするスメラギをこれ以上笑い飛ばす事も出来なかった。それほど頭が悪い女にも見えない。変な宗教にでも嵌っているのだろうか。 しかし、今、このプールバーの客が皆、凍り付いたように動いていないのも事実だ。そしておそらくそれは、このスメラギという人物がしでかしたという事も。 『これが開発された理由はね、「エイリアンを見てしまった人の記憶を消すため」、よ。…普通の人間は、この地球にどれだけのエイリアンが居るかなんて、考えたこともないし、信じないでしょ?地球以外の生命体を』 事実、貴方は今、エイリアンを信じていないわ。 スメラギの言葉が頭には入ってくる。が、意味を理解できない。 エイリアン? 記憶を消す? …あのペンのようなライトが記憶を消すものだというのか。 『…信じられないのも判るけど。でも、ちょっとよく見たら判るはずよ。街の隅、外灯の下、海の中、地下鉄のアンダースペース。エイリアンは何処にでもいるわ』 あの女は何を言っていたんだ。 言われた言葉を思い出そうとすればするほど、言葉を信じられなくなっていく。 マンハッタンの町の中を一人歩きながら、彼女の言葉を思い出していた。 地球には何百という種類のエイリアンがすでに滞在していて、人間の生活に紛れ込んでいる? それを監視するのがソレスタルビーイング。 そのエージェントにならないかという、誘い。 …頭がイカれてるんじゃないのか。 『貴方がすぐにこの話を信じるのは難しいでしょうね。けど私達は、貴方を必要としているわ。貴方の腕も、その許容深い心もね。貴方の素性は調べさせてもらったわ。色々知ってる。生い立ちも。…ひとりで家族の仇を探すのは大変じゃない?ニールディランディ』 あの女のその言葉に凍り付いた。 調べつくされている。 両親と妹が殺されたことなぞ、知っているものは少ない。あれは随分と昔の話だ。自分から好き好んで話をした事もないし、家族の仇を探している事さえ知っているものは殆ど居ない。いや、誰も知らないと言ってもいい。 一人で探す事を決意した。 警察など宛てに出来ないと知っている。…簡単に捜査を諦めて事件そのものをなかった事にするような警察なぞ。 『…アンタ知っているのか。俺の家族を殺した人間を』 『しらないわ』 まさかと思い聞いた言葉を、即座に否定されて言葉の行き場を失う。 ただ調べただけだというのか。ニールディランディの生きてきた20数年の日々を。 『私たちが欲しいのは、今のあなた。今のあなたのその腕なの。過去は関係ないわ。でも…ソレスタルビーイングにいれば通常ではありえない機密を手に入れる事もあるでしょうね。規模が大きいもの。地球上の、どの組織よりも』 それは暗に、ソレスタルビーイングに入ったら、仇を見つけられるはずだと言っているのか。 眉を顰めた。 スメラギが欲しいといっているものと、 ニールが欲しいもの。 それは合致しているように思えた。取引だ、これは。 『…生きがいを求めたいなら、明日の朝、この場所にいらっしゃい』 細長い指から突きつけられた名刺を、躊躇うことなく受け取った。 名前も電話番号も明記されていない、変哲もない名刺。 書かれているのは、聞いた事もない住所だけ。 裏を見れば、「CB」のアルファベッド2文字と、黄色と青でかたどられたマークらしきものが印刷されているだけの名刺だ。 気付けば、すでに踵を返して、プールバーから出ようとしているスメラギが居た。 『そうそう。CBのこと、もう少し知りたいなら、この町をもう少し詳しく見つめてごらんなさい。それでも揺らぐようなら、港の海浜公園にいらっしゃい。海沿いにベンチが並んだところよ』 高いヒールの音をカツリと鳴らして振り返った彼女が最後に微笑む。 立ち尽くして一歩も動けないニールの前から優雅ともいえる動きで入口の階段を昇ってドアノブに手をかけた。 ドアを閉める直後、彼女は広い室内を振り返り、「さぁ、今日はいいゲームができそうよ!」と叫び、わざと大きな音を鳴らしてドアを閉めた。 途端、ニールの周囲の人間が動き出した。人形のようだった彼らは、生気を取り戻したかのように一様に表情をみなぎらせ、意気揚々とキューを握り、我さきにゲームを打ち始める。 ”今日はいいゲームができそう”。…あの女が言ったとおりだった。 そして今、スメラギの言葉を信じきることも疑い尽くす事も出来ずに、朝焼けが始まる直前の夜の街を、海浜公園に向かって歩いている。 街から、人がいなくなる時間帯。深夜、跳ねるように活動していた若者は鳴りを潜め、間もなく昇る朝日から逃げるように家路に着く。帰り遅れた酔いつぶれと、浮浪者が歩いているぐらいだ。 (CBのことを知りたいなら、町をよく観察しろって…言ってたよな…?) 何が言いたかったのだろう。 ニールとて、この町なら腐るほど見ている。繁華街はどこもかしこも行った事があるし、街の中に何があるのかも知っている。こんな時間帯に何が起こるかさえも知っているはずだ。 ほら、あの角の店は、ならず者も集まるバーで、薬の売買で成り立っている。 あっちにある不法投棄されたゴミの山は、あのニセモノの高級時計を売る店から出されるものだ。…あの中を漁れば、まがい物の商品が幾らでも見つかるだろう。 ニールは、黒いゴミ袋を見つめた。…しかし、そのゴミ袋が、ガサリと動いた気配がして、目をこらす。 いや、何かの動物だろう。さしずめ、食べ物をあさりに来た犬や猫、ねずみのような。 何を気になっているんだと笑い飛ばそうとした。こんなものにわざわざ目を向けるようなこと、今まで一度だってなかったのに。 しかし、ガサガサと動くゴミ袋から眼を離さずにいると、その黒いビニールの中から何かがにゅっと現れた。 「…!?」 それは一瞬のことだった。スライムのようなヘビのような、しかしどちらでもないものは、緑色の半透明。 それがにゅるにゅると動いたかと思うと、ゴミ山の下にある排水管へと吸い込まれるように消えていた。なんだ、あれは。 あまりの事に驚きを隠せない。 「なんだよ…ありゃ…」 あんなもの、今まで見た事がない。いや、目を逸らしていたからか。ゴミ山を意味深に見つめたことなど、今まで一度たりとてない。 仮にあんな物体を見たとて、何かの見間違いだと思うだけだ。 しかしそれにしてもなんなんだ、あの緑色は。 …頭がおかしくなっているのか。あんな事を言われたから、エイリアンだと頭が思いこんでいるのかもしれない。 手の込んだ悪戯である可能性だってある。 言い聞かせて、息を吐いた。 …そうだ、落ち着け。 俯き、アスファルトの道路を見つめ、そこに小さな虫が歩いているのを何ともなしに見つめる。 てくてくと歩み寄った虫は、ロックオンの足の近辺で止まったから、すっと足をどかした。道を譲るように。 虫は、おや?と驚いたようにミクロほどの首を傾げてみせ、ニールを見上げた。目が合った途端に虫がしゃべった。「サンキュ」と。 ……今のは言葉か。この虫が喋ったのか。 「…どういたしまして」 もう、驚く事も出来ず、ただ、苦く笑った。 *** 指定された公園のベンチについた頃、朝日は水平線の向こうにうっすらと昇り始めていた。 あと10分もすれば輪郭を現して、空はもっと明るくなる。 時間を見れば午前5時。 ベンチの周囲は閑散としていた。 人はちらほらといるが、こんな時間に、誰もやってこようとはしない。日が昇れば早起きの老人が散歩がてらに来るかもしれないが、今はまだ夜とも朝とも言えぬ時間帯だ。 穏やかな波が、コンクリートの壁に当たってちゃぷちゃぷと音を立てている。背後には都会のビルマウンテンが聳え立つ。ここは都会の小さな緑と港のオアシスだ。 「…はぁ…」 大きなため息。吐き出してみても、誰も見ているはずも聞いているはずもなく。じりじりと浮かんでくる太陽をただ見ている。 公園の隅を、浮浪者がてろてろと歩いていた。その浮浪者の腰あたりに、不思議な物体が巻きついているのを見つけて、あれもかと呆れた。浮浪者はニールと目があったと同時に、それをひっこめたけれど。 一体この星はどうなっているんだ。 宇宙人は、そこら中にうようよと居る。…これだけ住み着いて居るってのに、今まで気付けなかったのはなんなんだ。 見つけるのは、こんなにも容易いことだったのに、気付けなかった自分に自己嫌悪して頭を垂れる。 「はぁ…」 ため息ばかりが出る。冷え切ったベンチの冷たさが、尻と腿から湧き上がる。その悪寒に耐え切れずにぶるりと身体を震わせて、ふと顔を上げたすぐ目の前に、海を見つめる少年がいた。 「………」 さっきまでは居なかったはずだ。いつの間に。気配さえ気がつかなかった。 もしやこいつもエイリアンなんじゃないかと疑問が沸いた。人の形をしているだけの人間なんじゃないか。 もう驚きもしない。…いきなり目の前にエイリアンが居たとしても、あぁそうかいと事態を飲み込んでしまえるほどに。 海を見つめる少年の背中を、何ともなしに見ていた。 声をかける気も起きなかった。 波の音がちゃぷちゃぷと響く。目の前には少年。その目線の先にはうっすらと昇る太陽の輪郭。ただそれだけ。 「…ニールディランディ」 「うおっ!?」 いきなり名を言われ、びくりと身体が跳ねた。 驚いたのは、その少年が突然ふっと振り返ったことと、その表情が思いもがけず硬いものだったからだ。 少年の声は、思いの他低い。まだ子供に見える見た目は声変わりさえ済んでいないかもしれないと思わせるほどの少年なのに。 何で俺の名を、と聞きたかった言葉を飲み込んだ。いや、おそらくコイツもソレスタルなんたらという組織の一員なのだろう。さすがにそろそろ状況が読めてきた。 あのスメラギという女性がこの公園へ行けと言ったのだから間違いない。…ならば、この少年が何かを話してくれるというのか。 「お前はエイリアンか?それともソレスタルなんたらってやつか」 「………」 「おい、答えろって。…俺の名前まで判ってるってことは、素性だって知ってるんだろ」 「ああ」 「ソレスタルビーイングは俺の銃の腕を買うってんだな」 「そうだ」 まどろっこしい。この少年は、聞かれた問いに一言でしか返さない。ニールが望む答えを全て返すまでに、日は完全に昇りきってしまうだろう。 「…お前は俺に、一体何を教えてくれるんだ」 「…何も」 「何も、は、ねえだろ!」 ここに来いと言ったのは、あのスメラギという女だ。 おそらくその理由は、この少年と引き合わせるのが目的だったのだろう。 なのに、何も答えない。 いい加減、呆れてきた。あの女にも、目の前のこの少年にも。 まどろっこしい上に、意味が判らない。 そういう組織だと言いたいのか。ソレスタルビーイングは。 「あー…もういい。判った。…なら座れよ、ほら」 「…?」 「立ってるより座ってる方がいいだろ。ほら、かけろって。ここ」 腰を下ろしているベンチの横をとんとんと叩き、座れと目で示す。少年は無表情の中でぽかんと驚いてみせ、それから顎を引いて少しばかり緊張すると、ベンチにすとんとかけた。 (なんで緊張してんだこいつ) 初々しい乙女でもあるまいに。 自分よりもずっと背の低い少年の横顔をちらりと見つめれば、もうふてぶてしいほどの表情に戻っているから、余計に可愛くねぇなと思った。 「…お前、ソレスタルビーイングって組織の人間だろ?…何やってるんだ」 「エージェントだ」 「へえー。エージェントってのは俺みたいな新参者の勧誘までやるのか」 「CBは少数精鋭だ…」 「なるほどね」 何でもやれるヤツが重宝するってわけか。 年齢も関係ないと言いたいのだろうか。こんな少年でもエージェントとしてやっていけますよ、という事を言いたいのかもしれない。 ソレスタルビーイング。 この組織の事は、きっとこの世の中で誰も知らない。世界の誰に聞いても馬鹿げた組織だと笑うだろう。 けれど、組織は実在する。 (ということは、今までシークレットにしてたってことだ) あのスタビライザーという記憶置換の装置があるとはいえ、隠すには限度があるだろう。しかも、少数精鋭とはいえ組織は巨大だ。何せ地球規模だから。 動いているのならば、おそらく、国単位。 (それなのに、俺は今、こんなにも秘密を知っている…) 「…なるほどな、これで俺がCB加入にOKを出さなければ、あのピカッって光るやつで記憶を消すってわけだ」 あの女が持っていたものと同じものをこの少年も持っているだろう。ちらりと見た限り、少年は荷物も何も持っていないが、あんな程度のもの、どこにでも隠しておける。 勧誘された地点で、選択肢など1つしかなかった。 「…なんでこんな事になったんだか」 天を見上げた。 太陽が昇りきる直前、青白くなりかけた空に、まだ星はうっすらと見える。 宇宙に浮かぶ小さな恒星を見つめていると、不思議と気分は落ち着いた。昔からそうだ。宇宙を見上げるのは好きで、あの宇宙に出てみたいとも考えた。…けれど、宇宙人を退治したかったかと言われれば首を振れる。 つい数時間前まで、エイリアンさえ信じていなかった。なのに今はそれと対峙する組織に入れという。あんまりじゃないか。こんないきなりの展開は。 家族を失い、孤児院と友人に頼った生活をして生きていた。 …射撃はやってみると面白かった。狙いをすましている時は、無垢な気持ちになれた。気がつけば、国の中でもトップを行く存在になっていて驚く。そういう素質があったようだ。 射撃など、何の役にたつわけでもないと気付いたのもその頃だったけれど。まさか、こんな。 さぁ、どうすればいい? 死人は星になるというが、ならば宇宙に浮かぶあの星のどれかに父さんや母さんは居るのだろうか。エイミーはどの星だろう。 あの、オレンジ色に光るものだろうか。 太陽に押しやられて光を失いつつある星を名残惜しげに見つめる。 その横顔を、少年が見ていた。 「CBに入れば、アンタの家族を殺した相手が判る」 「……な、に…?」 突然言われた言葉に耳を疑った。 黙りこくっていた少年の口から発せられた言葉に、目を見開いて振り返る。 赤い茶色の目と、目線が絡んだ。 「…どういうことだ」 少年の方へ身を向け、顎を出す。威圧したつもりだったけれど、少年は微動だにしなかった。 「…ソレスタルビーイングにいれば、見つかる」 「なぜだ」 「…ソレスタルビーイングだからだ」 答えになってねぇ。 何が言いたいんだ。その根拠はなんだ。 ソレスタルビーイングが秘密裏に動いている組織だから、そういった情報も手に入るだろうという事か。 確かに、ソレスタルビーイングが政府管轄の組織だとするのならば、FIBやCIAに匹敵するかもしれない。しかも相手は異星人だ。…けれど。 (こいつ、断言しやがった…) 殺人犯を見つけることが出来る、と。 少年の表情は変わらない。まばたきさえしない。ただまっすぐに見つめるばかりだ。 「…お前、名前は」 「刹那Fセイエイ」 「セツナ…?」 少年はこくりと頷く。 変わった名だな、と言えば、コードネームだと返された。 刹那は表情は何一つ変えず、すくりとベンチから立ち上がる。 黒スーツのジャケットの中に手を差し入れ、内側のポケットからボールペン大のそれを取り出す。…スタビライザーだ。 「…俺の記憶を消すのか」 「ああ」 驚いた。何故だ。 「…今、お前は、俺を口説くために一番効果的な言葉を言ったてのに」 あれを言われたら、組織に入らざるを得ない。…そう思っていることぐらい、判るだろうに。 ボタンをカチリと押せば、赤いライトが覗いた。今はまだ光っていないそれが、眼前にさらされれば記憶の消去が近い事が嫌でも判る。刹那が黒いサングラスをかけた。逃げる気はなかった。逃げても無駄だろうと判っている。 「セツナ。刹那Fセイエイ、か…」 名前を呟いた。ひとりごとのように。けれど名を刻むように。 どうせ名を忘れてしまうだろうという事は、判っているけれど。 「…お前の名前は、刹那Fセイエイ。…俺はせっかく出会ったお前の名を知ったのに、もうサヨナラしろってのか」 「お前がCBに入れば、俺のパートナーとなる」 「へえ…」 こいつと組むのか。そりゃあ…前途多難そうだな。 「そうしたらお前はまたイチから俺に自己紹介するのか?」 「ああ」 「面倒だな」 「…慣れてる」 「そうか。…寂しいな」 こうして出会って会話をし、けれど守秘義務だと言って、すぐに記憶を消す。それは寂しいことじゃないのか。 いくら仕事だからとはいえ、…いや、仕事だからこそ、あんな常識からかけ離れた閉鎖された組織の中で、知り合いも友人も増やせずに、記憶ばかりを消していく。 自分は覚えているのに、人はどんどん忘れていく。 そう、たとえば、この後、刹那と出会ったとしても、何も知らず、通り過ぎてしまうのかと思うと。 それは寂しいことだ。 告げられた言葉に、刹那は少しばかり口を開いて驚いてみせ、しかし何も言わずに息を吐いた。苦いものを吐き出すように、ゆっくりと。 「俺は、しゃべりすぎた」 いや。…お前はまだ何にも言ってねえだろ。 こんな程度で喋りすぎだと?…おまえ、普段どんだけ無口なんだよ。 返そうとした軽口は、目の前に構えられたスタビライザーから放出された、赤とも白とも突かぬ閃光の中にくすんで消えた。 |