抱いてみれば、この刹那Fセイエイと名乗る少年が、どれだけ細い身体なのかと、ありありと知れた。
黒スーツは肩幅の広く見せ威厳さえかもしださせたけれど、本当はとてつもなく小さい。
初めてこの「刹那」と名乗る少年を見たときは、歳の頃は15やそこらだと思ったが、あながち間違っていないようだ。成長しきっていない肉体、性の感じ方、それらが全てこの少年の歳を雄弁に語る。

ただ唯一、抱かれ慣れているのだと気付いた事が、彼を酷く大人ぶらせていた。
フェラチオをする事も、イくタイミングをあわせることさえも躊躇わない。セックスに慣れている。彼の身体はあまりにも。
…いや、違う。
セックスに慣れているんじゃない。おそらく、この自分と抱き慣れているんだ。…彼が言うのであれば、この俺がニールディランディではなく、「ロックオンストラトス」と名乗っていた頃に抱き合っていたから慣れている。


「…ったく…なんなんだよ…」
無機質で真っ白な空間に浮かぶように備え付けられた真っ白なベッドの上の、真っ白なシーツ。
それに包まった少年を見下ろしている。
どうやらセックスで疲労したのか、それとも余程疲れていたのか。シーツに包まって眠りに落ちている刹那の顔は穏やかだ。
ついさっきまで一糸乱れぬ黒いスーツに身を包み、緊張を絶やさないように酷く気が張っているのだとロックオンから見ても解ったものだが、セックスを終えてみれば、少年の顔つきに戻ったから驚いた。

数時間前、刹那に促されて連れてこられたこの場所は、ソレスタルビーイング、通称「CB」と呼ばれる組織の本部のようだった。

『あら、ロックオン。おかえりなさい。記憶、抜かれたって聞いたけど』
本部に入った途端、早速声をかけられたのは、胸元と腰まわりを酷く露出させた女性からの言葉だ。手元のキーボードはすさまじいまでの速さで動いている。余程有能な人物なのだろう。しかし彼女の隣にはどうみても「人間」には見えないものがうにょうにょと移動していた。爬虫類と哺乳類と鳥類を混ぜたような身体つきの生物だ。さらにその脇を通るのは、ぬめぬめと身体を撓らせて移動していくもの、タコのように足が幾本もある物体まで我が物顔で動いている。
…まさか、あの特撮のようなものが、エイリアンだというのか。ロックオンは初めて見る衝撃的な光景に言葉を失っていた。
気がつけば足が止まりそうになる。これは夢なんじゃないかと何度も頬をつねってみるがそうでもない。思考を停止しようとする身体を奮い立たせて、刹那の細い背中の後ろを歩くのが精一杯だ。

声は、次々にかけられていた。
『あっ、ロックオンじゃないっすか!戻ってきてくれたんスか、よかったー、生死不明って聞いてたからどうなのかなーって思ってたんすよ。コーヒー飲みます?』
人懐こそうに声をかけられて、とりあえず笑って見せた。
コーヒーを用意してくれるというから、とりあえずブラックで、と答えたら、わかってますよと笑われた。
『濃いブラックでいいんでしょ?量は少なめっすよね。あとでセントラルルームにもってきます』
アンタの事なら判ってますよとウインクまでつけて、給湯室に入っていく青年の姿を見つめた。聞けばあの男もこのCB組織の一員だという。名前はリヒティ、偽名だそうだ。
『…って事は、刹那って名前も偽名か?』
『あぁ』
『本当の名は』
『…捨てた』
『捨てたァ?』
名前を?嘘だ。
そう簡単に捨てられるわけないだろ、何を言ってるんだ。笑ってやったけれど、刹那は真剣な顔で振り返り、ロックオンの目の前に両手をバッと出されて面食らった。
『なんだよ』
『見ろ』
言われて、刹那の手を見つめる。何か変わった事でもあるっていうのか?
『指紋はない』
『……それがどうかしたのか』
『CBに入る人間は、過去の情報を一切消されることになっている』
へえ。つまり自分が生きた痕跡は全て消すために、指紋を消して、変な情報が残されないようにしてるって事か。しかしそのぐらいなら。
『俺だって指紋なんか無いぜ』
見てみろよと、刹那の前に手を差し出す。ロックオンの指先には確かに指紋が無かった。しかし刹那は当たり前だと言う。
『アンタはCBに入っていたんだから、無いのは当然だ』
『…俺はこれを事故で失ったって聞いてる』
『違う。それは作られた過去の模造の記憶だ。あんたは本当はCBの組織の一員だった』

断言するように言われて、ロックオンは頭を掻いた。
こりゃ、どれだけ言っても話は通じないなと、ようやく諦めがついた。
確かに、このCBの本部らしき場所には、エイリアンだと認めなければならないような生物が沢山居る。そしてこの刹那という男が酷く偏屈だということも解った。

『オーケー、なら100歩譲ってお前の意見を認めよう。…で?俺は何をしたらいいんだ?俺の今ある記憶は作られた記憶ってんだろ?なら、お前と居たという昔の俺の記憶は失ってるんだよな?そんな俺をどうしたいんだ、お前は』
告げれば、刹那は歩いていた足をひたりと止め、真っ白な壁を指差した。
『ここで記憶を戻す』
そうして、彼の手の中の小さなリモコンが音を立てた途端、真っ白な壁から、1枚のドアがにょきりと現れて、ぱかりとドアが開いた。
その先にあったのは、曲線を描く緩やかな部屋の中に浮かんだ、1つのベッドだった。


***


「セックスすりゃ治るって?…どこがだよ、俺は全然思い出してねぇぞ」
それどころか、セックスする前の事だって半分ぐらい忘れてる。
セックスすると治ると聞かされて、あぁもうどうにでもなれと、この刹那という少年を抱いてしまった。であってまだ数時間しかたっていないのに、だ。
いきずりの女ならともかく、知り合ったばかりの少年を抱くなんて、さすがに今までにも経験がない。…しかし、初めて抱くはずの少年の抱き方を知っていた。この刹那という男がどうしたら感じるのか、手に取るように解った。彼の性感帯もイくタイミングさえも、身体が覚えているようだった。
解る。どこを触れて、何を触ってやったら一番気持ちよく善がるのかが解る。
「…それが思い出してるって事になるのか?まさか」
セックスひとつで思い出せるんならなんて安い方法だ。
まったく、どうしたらいいもんなのか。

隣で、すうすう寝息を立てて眠る刹那の顔を見下ろしながら、眠る目にかかりそうな長めの前髪をそっと梳いた。
その髪の感触が思いもかけず柔らかくて、ロックオンは黒髪を梳いては寝顔を見つめていた。