聞きたいことはたくさんある。 「まず、理由を話せ」 「…なんのだ」 返ってきた答えがあまりにも中途半端で腹が立ったから、刹那の後頭部をぱこんと殴った。 ちょうど白シャツのボタンを嵌めている最中だった刹那は指を喉に食い込ませてげほっとむせる。ざまあみろだ。 「理由だよ!俺をCBって組織に戻そうとした理由だ!あるんだろ!?」 記憶復元という名のセックスが終っても、ロックオンに記憶は戻っていない。うすらぼんやりと頭に浮かぶものはあるのだが、これが果たして過去の記憶というやつなのか。 記憶復元とは名ばかりで、どうやら人によっては、戻るまでに相当の時間が掛かることもあるらしい。過去の出来事と酷似した事が起きれば刺激になって戻りやすくなるというが、徐々に記憶が戻っていくというのはどうにも気持ちの悪いものだ。 ロックオンにとって今、過去の記憶は2とおりある。微妙だ。 一方、セックス後だというのに飄々と服を着込む刹那は、どこから取り出したのか、真新しい黒いスーツ1式を取り出して、てきぱきと身に着けている。セックスが終った後はゆっくりしていたくない人間らしい。陰部もシーツで拭いたぐらいで終了だ。あれでムレたりしないものかとロックオンは眉を顰めた。…いや、違う。そんな事を気にしている場合ではなくて、そもそも。 「俺はCBってのから抜けたんだろう?記憶を消したのもお前らだな?」 「ああ」 「…で?それでなんで今更俺が必要だと?人手不足か?」 「…違う。お前が持っていた情報が必要になったからだ」 「俺だけが持っていた情報っていうのか?」 「そう」 「で、それはどんな情報なんだよ」 「思い出したら言う」 「意味ねぇだろ!」 もう一発叩いてやろうと思ったが、黒スーツの上着を取り上げて、さっさとベッドを離れていくから振り上げた拳の行き場所を失う。 まったく、別に俺はお前を叩きたいわけじゃないんだ。あの頭は叩くもんじゃなくて、あぁそうだ、よく撫でていたのをなんとなく思い出した。 「…っ…本当に中途半端に思い出させてくれる…」 頭を抱えた。 戻るならさっさと記憶が戻ってきてくれればいいのに、部分的に思い出すのは気持ち悪くてたまらない。 ロックオンの記憶の中では、今よりも僅かに幼い顔をした刹那がこっちを見ている。…そうだ、見てる。見つめて、何かを話して、…あぁそう、そうだ。キスをして…。 そうして…? 「俺が思い出さなきゃならない事ってなんだよ…一体…」 中途半端すぎる。 頭が痛いわけではない。頭の中に酷い靄がかかっているようだ。くもの巣でいっぱいになっているような。とにかく目の前が不鮮明で、このもやもやしたものを払いたくてしょうがない。けれど、視界が悪すぎてどうしたらいいのか途方にくれる。記憶のはるか遠くに光があるのは解っているのに。…その先にいるのがこの「刹那」だということも判っている。 けれどそれは何故だ。なぜ俺はこんなにもこの男を思い出すのか。 「気持ちわるい…」 「思い出せ」 「無茶言うんじゃねぇよ…」 前髪をぐしゃりと掻き毟る。どうしろというんだ。 思い出せといわれても、頭をよぎるのは断片的な風景と、得体の知れないエイリアンとの格闘シーン、そして大多数はこの「刹那」の映像だ。これがお前の望んだ記憶なのか。 「…お前はなんなんだ、刹那」 「…?」 「お前は、俺の、なんだったんだ」 問えば、ひくりと顔を上げた。その表情がロックオンがはじめて見る刹那の動揺した表情だと気付いて、思わず赤茶色の目を覗き込む。 目をそらすな。今、この刹那という男には感情がある。それを見極めろ。 「…俺達は、恋人同士だったのか?」 「違う」 そのあまりの即答っぷりに本当か嘘かを謀り損ねた。 「恋人じゃないっていうんなら、なんでセックスしたんだ」 「記憶を戻すためだ」 「…へーぇ、ならお前は記憶復元のためなら誰とでもセックスするような男って事だよな?」 言いながらも、ロックオンの頭の中で誰かが「違う」と答えを立てた。それは自分の声だ。頭の奥底で真実の答えを叫んでいる。 過去の自分の声に、ロックオンは語りかけた。 (けど、刹那は今恋人じゃなかったってはっきり否定しやがったぜ?) (…違う。さっきのセックスを思い出せ。お前だって記憶していただろう?刹那の肌を、刹那の抱き方を。あれが本当の記憶だ。刹那はお前と) (…っていっても、こんなつれない男が恋人だったなんて思いたくもないね) 感情なんかまるで無いような人形のように振舞って、セックスさえさせる。 抱いている間は、恋人のように乱れたり求めたりしてきたくせに、終った途端に態度は豹変。 こんな男が。 (埒があかねぇ…) ため息を吐き出して、まぁどうでもいいさと首を回す。 さっさと思い出してやろう。そうすればこの中途半端な関係は終わる。頭の中の靄も晴れる。 どうせ刹那が何も話す気がないのなら、どうでもいいさと頭を切り替えて、新しいシャツに手を伸ばした。腕を通し、ボタンを留めてスラックスを身につけベルトを嵌める。その間刹那はずっとその場所に立ちすくんでいた。ロックオンの手が届かない場所。けれど声は届く距離。 「…ロックオンストラトスは…」 「ああ?」 着替えを終え、靴紐を結んでいる最中に、黙りこくっていた刹那の声が突然響いた。 顔を上げれば、感情を乗せまいと強がった顔が、ロックオンを見つめていた。…気付いて息を飲む。 「ロックオンストラトスは、俺のパートナーだった。…ただ、それだけだ」 唇を噛み締めて、部屋から出てゆく刹那の後ろ姿を、ロックオンは呆然と見つめていた。 |