判っていた事だが、刹那の強情には、ほとほと愛想が尽きる。 あの男にあんな路地で酷く抱かれた後だというのに、よくもまぁ強情を貫けるものだ。 めちゃくちゃに抱いてやっても焦らしてやっても口を割らない。まるで守秘義務でも課せられていたあの頃のようだ。いい加減にしろと怒鳴りつけても、イかせずに苦痛に近い焦らしを与えても刹那は喋るどころか喘ぎ声の一つも漏らすまいと口を噤む。 強情が過ぎて、気絶してしまったのはつい今し方の事だ。 達する事さえ拒絶されているのに、そのまま気を失ってしまうから、張り詰めさせたままの戒めを解けば、主の意に反して一気に射精に至った刹那の精液を見つめた。 びゅくびゅくと搾り出される精液。 刹那の腹を濡らし、ねちねちと広がってゆく白い液体。 それをひとすくい取って、苦痛に歪んだままの刹那の頬にぺたりと擦り付けた。 刹那は起きない。 「まったくよ…」 ため息を吐き出すのはもう何度目か。 あんな事をさせてまでコイツは何をしたかっていうのか。 疲れきった刹那の顔を見つめながら、その理由を考えていた。 店をアレルヤに任せてきてしまった。 悪い事をしたなと思う反面、アレルヤの危険察知は大したものだと思い返す。おかげで刹那がこうして無謀な行動に出ようとしているのに気付く事が出来た。 あのまま刹那を行かせていれば、おそらくロックオンもアレルヤも気付かぬままで刹那は何かを起こしていたのだろう。他人に身体を許してまで何をしていたのかは判らないが、刹那の無茶な行動に気付けただけでもマシと思うべきか。理由を話そうとしない刹那だが、口を割らないのは今に始まった事でもない。 ベッドに沈み込んでいる刹那を見下ろす。尻の間からもロックオンが放った白い精液がぼたぼたと流れ出ている。 こんなにも、身体をゆるしているのに。 どこかで刹那は自分を許していない。 自分をさらけ出すことは苦手だとわかっているが、それとは別に刹那の本質的なものが、ロックオンを許していない。 苦しげな顔で眠りにつく刹那の表情を見下ろす。 背も伸び、姿形が少しばかり大人びたと言っても、寝顔は以前と変わらない。あどけなさの残る表情に、今はくっきりと疲労の色が浮かんでいる。 「ったく…お前の無茶で俺がどれだけ…」 ふと口に出した言葉を反芻する。 それは明確な怒りとなってロックオンの何かに火をつけた。 「…起きろ、刹那」 刹那の背中を転がすように、足で乱暴に蹴れば、身体がゆらりと動く。 「…っ」 眉がひくりと動いて目が開いた。半開きの目が、ロックオンの姿を見つけて揺らいだ。 「寝てる場合じゃねぇだろ。俺の質問には何一つ答えないで、疲れましたじゃあ寝ます、か?」 「……ックオ…」 「お前は本当にどうしようもないやつだ」 呆れたように、諦めたように、ロックオンの喉からぽつぽつと言葉が流れ出る。 刹那がそれを、ただ聞く事しか出来なかったのは、もう口を挟む気力さえも残っていなかったからか。 下肢はどろどろで、孔から流れ落ちる精液はシーツに沁みてゆく。 痛覚を感じる事も出来ないほど、足腰の感覚がなくなっている。だらりと垂れ下がった腕、開いた喉は呼吸をする事が精一杯だった。 「…で?結局お前は、あの男とあんな場所でヤっちまってわけだ?…身体でどうにかなるものなら丸めこんで情報でも手に入れようとでも思っていたのか」 …そうだ。 ロックオンの言う言葉は、間違っていない。 何も間違ってなど。 だからこそ頷けなかった。 『知りたいならついてこい』 あのパブで別れ際、男から言われた言葉の意味を知りたかった。だから後を追い、路地で呼び止める事が出来た男から聞かされた言葉は、少なくとも刹那を絶望させるものだった。 向けられたのは、殺意の篭もった言葉と拳銃の銃口だった。 『この国を潰す』 『お前も共に来るならここで殺しはしない』 『俺に絶対の信頼を寄越すのなら、この国を壊してみないか』 引き金に指をかけたまま、淡々と話される言葉を聞く。従わないのなら此処で殺すと安直に銃口を突きつける事で脅して。 この男は、テロを、しようとしているのだ。 それも、集団を率いて巨大なテロを。 その時、とっさに脳裏に浮かんだのはロックオンだった。 この国のテロで、家族を亡くした男。あの男が忌み嫌うテロを、またこの国で。 そんな事をさせたくはない。 居場所を与えてくれた、この凍える大地の暖かい場所を、失うのは嫌だ。 …失うんだ、この場所を、ロックオンは、再び。 そんなことはさせない。 刹那は小さく息を吸い込んだ。ゆっくりと銃口に向かって近づいてゆく。 『…この国は好きじゃない。俺の顔を見れば、人はすぐに顔を顰める。この肌の色も、信じるものも何もかもが違う。この国は、他者を受け入れない弱い国だ』 『…お前名前は』 『………ソランイブラヒム。俺はどうしたらいい』 名を名乗ったと同時、伸ばした腕を首筋に擦り付けた。顔を近づけても、動揺一つしなかった。同性同士の混じりあいなど、禁忌だと神に言われなかったのか。…それとも、すでにその戒めさえも破る覚悟なのか。 髭面の口元がにたりと笑った。 『作戦に参加するなら全てを捨ててこい。どうせ散る命だ』 『…自爆テロか』 『それが一番効果的だと知っているだろう。お前は。クルジスを生き残ったガキならば、何度だって見てきたはずだ』 読まれている。 クルジスの少年兵だと、この男は一度見ただけで判ったのだろうか。こぶしを握りしめた。 どうする。この男を今すぐつかまえるか。いや、相手は拳銃を持っている。手馴れているのはよく判るから、逃げ出す事も無理だ。背中から撃たれる。 仲間がいる口ぶり、おそらくは組織単位で動いている。今この場にも仲間が居ないとは限らない。 ならば、できることはひとつだ。 間近に迫った、ロックオンとは違う髭むくじゃらの男の唇に、半開きに開いた唇を合わせる。ねとりと絡んだ唇に眉を顰めることもなく、刹那はゆっくりと目を閉じた。 *** 「いい加減、何か言って欲しいもんだがなぁ、刹那」 掴み上げた刹那の顎が細かった。 身体は限界に近い。 鍛え上げる事をやめた身体はあっという間に体力を失っている。容赦なく抱かれた程度で根を上げた刹那の身体はもう2本の足で立つ事も出来ないほど力を失っている。 このベッドの上から逃げ出す事さえも出来ない。 それが解っていて、顎を掴みあげて強引に引き上げる。唾液がだらりと零れ落ちて、ロックオンの手を汚した。 「理由さえ答えたくないっていうのか、おい」 ゆさゆさと乱暴に揺さぶれば、長くなった前髪が刹那の目を隠して閉ざす。 「黙っていればこのまま終わると思ってるのか」 ロックオンの声は低い。 何も喋らないままで終らせようなどと許さないと声の低さが追い討ちをかける。 「お前が考えている事ぐらい、判るぜ俺は」 掴みあげた顎が、ギリギリと音を立てる。 痛みなど、もうとうになくなっていた。ただ聴覚だけが鋭敏になったかのように、ロックオンの声が刹那の耳に入って、体内に浸透してゆく。 それでも、声ひとつ発しない刹那に、ロックオンは静かに告げた。 「…お前は、ひとりでテロを阻止するつもりだったんだろう」 ひくりと刹那の身体が跳ねた。 どれだけ酷く抱こうが反応ひとつ返さなかった刹那が、その言葉ひとつで、あからさまに。 ---やっぱりか。 ロックオンは目を細める。 顎を掴み上げた手はそのままに、刹那の目を覆う前髪をそっと払えば、そこに見えたのは動揺した赤茶色の目だった。 「言っただろ。お前の考えてることなら、手に取るように判るって」 |