「お前に声をかけた男は中東の生まれだったそうだな。…俺が遠目から見てもあの男はこの国の人間じゃなかった。銃の扱いも手馴れていた。その割りに世捨て人のようなことを言っていたらしいじゃないか。アレルヤから聞いたぜ。これだけの理由があれば、あとはお前がどういう行動をするのか推理するだけだ」

「お前はあの男から不穏な気配を嗅ぎ取った。後を追って話をしてみればやはりテロの画策。阻止しなければこの街がこの国が焼かれる」

「それを知ったお前は、さてどうする。…テロを食い止めるために一人で出来る事、それはあの男達の仲間となること。そのための身体の許容」

違うか?
間違いないはずだと言い切って、ロックオンは掴み上げていた刹那の顎を手放した。
ぐたりと膝をついてベッドに倒れる刹那は、先程までの人形のような無表情ではない。指がシーツを握りしめていた。
どうやら完全に当たっていたらしい。反論も出来ぬほどに。
ロックオンは肩の力を抜き、息を吐き出した。

「テロを止めるのはガンダムマイスターとしての任務でもあるし、お前の望みでもある。…もちろん俺だってテロは反吐が出る程憎い。…止められるならやればいいんだ、それがひとりで完全に遂行できるような事ならな」

ロックオンの声が上から染み渡るように降って来る。刹那はシーツを握り締めて俯いた。
判ってる。判っている、そんなことは。

「お前は何をしようとした。組織単位で動くテロをどうやって止めようとした」

---判っていて、告げるのか。
そんな問題は簡単に解決できるんだ、自爆テロに対抗するのは簡単だった。…目には目を。組織を壊滅させるなら、中から。
自爆テロには、自爆テロを。



「……たかった、…」

静かな沈黙の後、震えるほど小さな刹那の声。
「なんだって?」
聞き返しながら、刹那の髪を梳いた。
ほら、刹那。
もう、顔を背けて喋るんじゃない。目を見ろ。お前の思いをぶつけてみろ。

促すように触れるロックオンの暖かい手に触発されたかのように、刹那の喉がこくりと動いた。吐息交じりの悲痛な声が響く。

「…この国を、守りたか、ったッ…」

今度こそ、…いや、今度は。
この国を破壊する事しか出来なかった自分が、今度は守る事が出来るかもしれないというのなら、なんだってするつもりだった。
数年前のKPSAのテロ。仲間がこの国の巨大なビルに突っ込んでいく様を見ていた。あぁ、そうだ。突っ込んだのはよく知った友人だった。まだ10になったばかりの友人は、大量に火薬を積んだ車ごと、ビルに突っ込んでいった。
よく話をしてくれた。内緒で貴重な菓子を分けてくれた。銃の扱いが上手かった。仲がよかった。
神のために神のもとへ。
悪しき国に天罰を。
叫んで散っていった。多くの命を巻き込んで。その中にはロックオンの肉親が居たのだと知ったのは、マイスターになってトリニティに話を聞いてからだった。

「何故俺に相談しなかった」
「出来ない」
「出来るだろ、そうすればお前は死ななくて済んだ」
「…犠牲はたった一人ですむ」
「ばぁか、俺にとっては、大切なひとりなんだよ」

躊躇いなく告げられる言葉を、聞いた。

たいせつな、ひとり?

シーツを握りしめる手に、ロックオンの手が重ねられた。
「判るか、刹那」
もう、声は穏やかなものになっていた。言葉も。
重ねられた手と手、そっと覆い被さるロックオンの身体、体温が伝わる。耳元でそっと囁かれた言葉は震えていた。

「…俺にまた、失えっていうのか、刹那」
「…っ」
たいせつな、ひとりだ。マイスターとして共に過ごして、共に戦って、こうして共に暮らすようにもなった。
信頼関係がなかったとは言わせない。
これが「愛」だとか「恋愛」だとか、そんな気持ちなのかどうかは判らないが、何があっても無くしたくないと心が望むようになった。

「俺はもう大切なものを失いたくねえし、お前にも失わせたくない」

失わず、失わせない。
刹那の手を握りしめるロックオンの手があたたかい。
細く長い美しい手。
色も違う、指の長さも手のひらの大きさも。
それでもロックオンは刹那がいいと、指を絡ませるんだ。

「お前はしょうがないやつだな刹那」

こうやって俺が止めなきゃ、自爆テロで木っ端微塵だ。いちいち大切に守ってなきゃ、すぐにどっかいっちまう。人にも抱かれるし、命だって差し出そうとする。くれてやるか、お前のものを他人になんざ指ひとつ。

「…だから、お前にこれをやるよ」

刹那の背後から伸ばされたロックオンの手が、そっと刹那の左手を取り上げて薬指を持ち上げ、銀色のリングをそっと嵌めた。

…指輪、だ。

自分の指に嵌った銀色を刹那はまじまじと見つめた。まばたきさえしない。
これは指輪だ。それが自分の指に嵌っている。生まれて初めて嵌めるものだと気付いて目を瞬く。

「………」
「なんかいえよ」
「……何を言えばいいんだ」
「なにって…。まさかこの指輪の意味が判らないわけじゃないだろうな」

…判る。多分。
聞いた事がある。左手の薬指。そうだあれはクリスティナが言っていたんだ。この指だけは大切にしちゃってファッションリングさえ嵌められないのよねと。自分でも乙女チックだと思うわと頬を染めながら守っていた左手の薬指。

「結婚をするときに嵌めると聞いた」
「そうだな、間違ってねえよ」
「プラチナを嵌めるんだとクリスティナが」
「給料の3か月分、てのじゃないぜ。…あぁ、そりゃ婚約指輪か」
「……パブの時給は安いとアレルヤが」
「あー…そりゃ申し訳ない事したな…今度謝っておこう。おかげで俺たち幸せになれましたって」
「幸せ?」
「しあわせだろ?」

これが?
…しあわせ?

背後から抱き締める力が強くなる。ロックオンの胸のあたたかみが、刹那の背中に移って、皮膚を通り抜け、鼓動に伝わる。
ドクリドクリと跳ねる心臓、それは自分のものなのか、ロックオンのものなのか。
目の前の指に嵌った銀色を見つめる。
ゆびわ。
ロックオンがくれた、ゆびわ。

「…法律とか、結婚とか、そういうんじゃないぜ刹那。もうお前は俺のもんだって。もう、そういう事にしとけよ。だから勝手しなさんな。…な?」

耳に吹き込むように囁かれた言葉は、やがて首筋と肩に滑り落ちて唇となり、キスになって刹那の唇を塞ぐ。
ロックオンの淡茶色の髪がさらさらと刹那の肌に触れる。
あたたかい。
ここはあたたかい。あまりにも。
あぁ、これが「しあわせ」っていうものなのか。

銀色を嵌めた指が、そっとロックオンの手を握り返した。