俺の名前はライル・ディランディ。
アイルランドに住む29歳だ。
彼女も妻子もなしだが、反連邦政府なんてもんに所属しているカタギの人間じゃない以上、そういうちゃらちゃらしたものは必要ないだろうと思う。一晩限りの相手なら事欠くことはないし、性欲が発散できないわけでもないから問題ないだろう。
いつ戦闘になるかも判らないし、顔を出して堂々と生活できるわけでもない。いつどうなるか判らない身なんだから、そんなもんでいいと思ってた。
それは恋愛に限らず、生活や生きる事全てにおいて、だ。
家族はとうの昔になくしていたから。

が、そんな俺に、4年前あたりから、不可思議な現象が起こっている。それはハタから見れば何を馬鹿なことを!と言われ、真面目に話を聞いてくれるのは、精神科の医者ぐらい。
最初は驚いたりもしたもんだが、いい加減4年も経つと慣れてくる。
それは、見た目に判るもんでもなく、俺以外の誰が見ても判らないようなこと。
そう、頭の中で起きている事なんだ。…つまりは俺の思考自体がおかしなことになっている。
考えていたら、元凶を引き起こしている頭の中の住人が(酷い事言うなよ)と笑った。
笑いごとじゃない。
そう、俺の頭の中で起きているのは。

(ライル!このメール、絶対刹那からだ!おい、聞いてるのか!?ライル!)

はいはい聞いてるよ。
なんなんだよ、普段の10倍のハイテンションだな。珍しい。

(テンションも上がるさ!絶対にこのメールの差出人は刹那だ!)

あたまの中でぎゃーぎゃー喚くのは、俺の双子の兄貴である、ニール・ディランディだ。
4年前のある日突然、俺のあたまの中にやってきたニールは、(俺、実は死んじまって身体がないんだ。お前の身体借りるな)と告げただけで、俺の思考回路の一部を乗っ取って居座ってしまった。

一体なにが。
なんなんだいまさら!?
てか、アンタ、死んだって言ったのか!?

パニックと驚きと、俺はどこかおかしくなっちまったのかと自分を疑ってもみたが、あたまの中のニールは、(いいや、俺がお前の頭に住みついただけだ)と言い切って、ニールである証拠にと、家族でなければ知らない事をずばずばと言ってみせた。それどころか、昔二人で遊んだ事やらエイミーの事まで。だからもう納得せざるを得ない。ニールだ。

これはあれか、二重人格てやつか?
そう納得しようとしたが、ニールは自分がソレスタルビーイングに所属していたといい、俺にガンダムの事や組織のことも話した。本人いわく、暇つぶしに話したそうだ。
お陰で俺は乗ってもいないガンダムの事さえ嫌でも理解し、さらに操縦方法さえ、なんとなく分かってしまった。
いいのかと問えば、どうせ眼球虹彩の認証がなければガンダムには乗れないからいいさと言いきる。

(だから誰にもいうなよ)

…言えるわけがない。
人に言ったところで、俺はただの夢想家だと思われるのがオチだ。
そうでなければどうしたらソレスタルビーイングなんて不思議組織の事をここまで知ってなきゃいけないんだ。

そうして半強制的に俺とニールは4年を共に過ごしたわけだが。
ある日、突然舞い込んできた、差出人不明のメール画面にニールは物凄い勢いで食いついてきた。

(コレ、刹那だって!)

わかったから。だから刹那って誰だよ?何だよ?
それより、なんでこんな必要最低限だけのメールで差出人がわかるんだ。
画面に書かれていたのは、めちゃくちゃ短い文章だった。

「ライル・ディランディ
話がしたい。
俺はお前に今ある未来と違う選択肢を与えることが出来る。
X月X日XX時
セントラルパーク記念碑下」

これだけだ。
何でこれで、刹那ってやつだとニールは言い切る?

(こんな文章かくのはあいつだけだ!)

ニールが断言した。…いや、ありえないだろ。

ため息。
それでも、ニールがこんなにも盛り上がることは稀で、嫌でも興味がそそられた俺は行くしかなく。
仕方ない。ニールは行く気満々だ。
普段、兄貴風吹かせて飄々としている事が多いのに、こんな時ばっかり意思が強い。だから気になる。「刹那」という男。
だいたいなんだ、刹那ってやつは。ソレスタルビーイングか?
問い掛けに、ニールはどうにもこそばゆく笑った。

(…とにかく会ってくれ。)

まったく。

(俺のことは知らないフリをしろよ?)

言えるか!俺は初対面の人間にアホだと思われたくないからな!
ニールのことは言わない。だからアンタから聞いたことも言わない。そのぐらいの演技は出来る。
ニールとも呼ばないさ。「兄さん」だ。これで俺はただの弟だと思うだろ?


そうして、約束のその日、セントラルパークの下に現れた男と、会うことになる。
あたまの中のニールと共に。