刹那という男と初めて顔を会わせてみての第一印象は、なんだ意外と優男じゃないんだな、ってことだった。

ニールにどれだけ問いかけても、刹那という男がどういう男なのかは答えなかった。だから名前だけで想像していた結果といえば結果なんだが…。
まるでどこかの源氏名のようだ。「刹那・F・セイエイ」。
戦いなんて知らない弱弱しい男なのかと思った。名前だけ見れば。
ところが現れた男は、随分と強気な目で俺を見据えてくるから驚いた。

「…アンタは」
知っていて聞くのもなんだか変な感じだが。
刹那を名を名乗り、自分がソレスタルビーイングのガンダムマイスターだと言った。まぁそれは予想内。で、俺の事を「ロックオン・ストラトス」と言う。それも知っていた。ニールから聞いたからだ。
それで、俺は本当に頭の中のニールが本当に嘘をついていないだなと思って驚いた。…信じてなかったわけじゃないが、信じたくなかったってのもある。
刹那は、優男ではなかったが、それなりに小奇麗な顔をしていた。見た目、中東のどこかの国だろうが、立ち居振る舞いも堂々としたもんだし、髭むくじゃらでもない。赤いターバンみたいなやつを身につけているのってのだけが、それっぽいぐらいだ。
見た目、18やそこらに見える。そうしたらニールから即座に訂正が入った。

(21だ)

21!?ありえないだろ!どうみても20前だ!
俺の頭の中の葛藤なぞしったこっちゃない刹那は、データを渡しただけで、それじゃあと去っていった。勧誘とも言えないような言葉。お前はロックオンストラトスだと断言されているようなものだ。そこに刹那って男の心根は読み取れなかった。ニールは読み取れたんだろうか。

パークに残された俺。
刹那ってやつに、なんとか初対面で知らない人間のフリが出来たのはいいんだが。
さっきから、頭の中のニールは無言だ。刹那の背中を見つめるだけ。
…おい。なんか言えよ。
問いかけてから、本当にしばらくして、刹那という男の影も形も見えなくなってからニールは、溜息のような息を吐き出しながら言う。

(いや…刹那があんなに成長しているとは思わなくて…)

成長!?
21っていったのお前だろ!?てかどう見ても18やそこらだって!
それを成長と言うのか!だったらもっと顔立ちやら背の高さだって変わってくるもんだろうが!

(あいつ、16の時は俺の胸ぐらいの高さしかなかった。子供の頃から栄養偏ってた所為だ。なのにあれだけ背も伸びたし、手足も長くなった…成長したよ充分、刹那は)

あぁそうかよ。
ニールは、何年ぶりかで会えた刹那とやらに、ぽーっとしているばっかりでどうしようもねぇ。
こいつは放って、さっさとカタロンの情報収集にあたるに限るな、こりゃ。


***


軌道エレベーターに乗るなんてはじめてだったし、無重力に慣れるのに時間がかかった。
高軌道ステーション、そのゲート入口で俺は刹那を待っている。
…結局ソレスタルビーイング入りを決意してしまったのは、カタロンからの接触命令があった所為もあるが、刹那が寄越したデータとニールからの情報があったってのも大きい。利用できるんだ。壊滅したとはいえソレスタルビーイングの力は大きい。それは5年前からのやつらの武力介入でよく判ってる。
俺はカタロンの構成員だ。やるべきこともあるし、やらなければならないこともある。
ニールは頭の中で黙っていた。俺の打算もずる賢いところも判っていてそれでも。

やがて刹那はやってきた。戦術予報士だという酒のにおいがぷんぷんする女を連れて。
「よぉ、遅かったな」
俺を見ても驚く事も無かった。ニールは頭の中で喜んでいたが、俺が表情に出すほどでもない。

ニールは刹那の事がえらく好きだ。
4年前はよく面倒を見ていたとニールは言っていたが、それにしてはまるで自分の子供でも可愛がっているかのようで、見ていてこそばゆい。
まぁ刹那の顔は小奇麗だし、無口だが意思は強い。それは初対面でも感じた事だ。今とて、ソレスタルビーイングの母艦にこっそり合流するために、関係者立ち入り禁止の荷物搬出口に忍び込んでいる。関係者っぽい顔をして堂々と出て行く様子はいかにも慣れてますって動作。
かくしてあった小型艇に積んでいたノーマルスーツを渡すその顔も、少しも表情が変わらない。
…で、渡されたはいいが、これはどうやって着るんだと首を傾げた。
戦術予報士(---スメラギ李ノリエガというらしい)は、私に何ができるのよとぶつぶつと酒臭い文句を言いながらも、さっさと着込んでいるし、刹那も青色の自分用らしいジャストフィットのノーマルスーツを着終わっている。パイロット用のやつだと判って、こいつ本当にMSの操縦が出来るんだなと思った。
で。…ノーマルスーツの着方を刹那とやらに聞くのも癪で、ニールに聞いた。
ニールは刹那の方を随分あったかい目で見つめながら、俺にあやふやな着方の説明をする。
…くそ、なんで俺はニールの頭を叩けないんだろうか。


***



小型艇に乗り込んだ途端、後方から連邦の輸送艦が発砲を始めた。
どうやらソレスタルビーイングの母艦ってやつが察知されたらしい。隣で刹那は唇を噛む。
ソレスタルビーイングは、どうやらかなりの少数精鋭だったらしい。武器も少なく、ガンダムも今は出撃可能な機体が1機だけだという。
ニールと言えば、自分が何も出来ない事が歯痒いのか唇を噛んでいる。…まぁそりゃあそうだろ。
が、しかし、刹那というやつは、かなりの無鉄砲だった。
母艦に着艦する時間を省くために身ひとつで宇宙に飛び出す。ニールが相変わらず無茶ばっかりしやがると呆れながら、俺に小型艇の操縦方法を伝授する。要は車と同じだというが冗談じゃない。車とちがって上も下もある。しかも今は戦闘中だ。流れ弾一つで俺達は死ぬ。…まったくとんでもない綱渡り組織だ、ソレスタルビーイング。
ニールはこんな事態にも慣れている。
自分が死んでいるからなのか、どこか達観しているというか。
新型のガンダムとやらで敵を圧倒していく刹那を見つめる目が優しい。
だから、…そんな顔していたら俺は気付いてしまう。
ニール、おまえ。

小型艇を操縦しながら、ガンダムに導かれて着艦する。俺はニールの本心をだいたい、理解出来はじめていた。