ベッドでセックスなんて今まで一度たりとてしたことがない。
安っぽい急ごしらえで用意したのが良く判る、できあいのソファの上で、男の足にまたがって腰を振っている。
中途半端に脱いだ濃緑色のパイロットスーツが床についてぱさぱさと音を立てている。裾を汚しているのも構わずに腰を振って果てようとしているのに、肝心の相手がそうはいかないらしい。

なんなんだ。

表情には出さずに、男の顔を見おろした。いつだって冷静を装った能面みたいな顔をしている、この男の顔を。クラウス。

「…俺じゃイけないって事ですかね?」
「そうでもないさ」

どこが。
ナカに挿入されたそれは、硬度はあるものの、少しも成長の兆しを見せない。切羽詰っているわけでもない。まだまだ1時間は持ちそうな状態だ。
冗談じゃねぇ。こんなの、さっさと終わらせなくちゃならないのに。

「…舐めたほうがいいなら舐めるけど」
「そんな事は望んでいないよ」

だったらさっさとイけ。
だいたい、全てをこっちに任せて動こうともしないで、下から見上げているのが気に食わない。
この男とヤるのはこれがはじめてではない。…はじめてどころか、会って時間さえあえば、いつだってシている。
反政府組織、おおっぴらに出来ない生活の中で、どれだけ身を潜めて細々と生きているか。
それは同じ組織に入っているこっちだって身にしみて知っている。まだ、この男のように指名手配になっていないだけマシだ。

クラウスグラード。偽名。

こっちに与えられたのは、コードネームどころか通り名だ。
こいつが本名を知っているのかどうか知らないが。

「……俺、もう、戻らないと、…ン、いけないんですけど、…ッ!…ねぇ!」
「知っているよ」

だったらさぁ…、
舌打ちをしたくなって、それを喘ぎ声で誤魔化した。
はやくイケっての。思っても、状況は変わらない。ぬちぬちと水音ばかりが増していく。それは自分が濡れている所為だ。

「…俺はもうイくんですけ、ど…」
「あぁ、イっていい」

まるでおかまいなしだ。1人でイったって、繋がったままでどうしろというんだ。相手は兆しもないというのにこっちは果てて終わりにしたい。
もう戻らなくてはいけないのに。時間が迫っている。

「ン、…ん!…ン、ッ…!」

あぁもうどうにでもなれ。付き合っているだけ無駄だ。

「イっ、く、…ッ…」

セックスをするのなら、せめてお互いが楽しめたほうがいいだろうと、我慢していたが限界だ。
相手なんか知ったことか。こっちはこっちの都合がある。もっとも、潜入しろと言ったのはこの男なのだから、ソレスタルビーイングに戻れなくなって行き場所を失ったら、計画が狂って困るのはクラウスだ。
考えごとが出来たのはそこまでで、そのあとは頭の中は真っ白な空白。ずくずく快感は身体中に廻って、熱を吐き出したくて仕方ない。我慢出来ずに本能のまま射精した。
イく直前、何かが目の裏でスパークした。

「ン、…ん-----ッ…!」

鼻から出るような声、口を開けて声出すなんてことは、この閉鎖された空間では出来ない。
急造のカタロン施設、壁なんて最低限の厚さの防御でしか作られていない。それはこの司令室とて同じだ。

どくっ、と腰が跳ねる。呼吸が止まって、体も硬直した。
直後、飛んだ精液。
しかしそれは宙を舞うことなく、寸前で伸ばされたクラウスの手の中に吐き出される。先端に冷たい男の手の感触。それが妙に心地いい。火照っている所為だとわかっていた。

「…ン、…ん、…」

パイロットスーツにかかってもいいと思ったのに、それを許さなかった手。
汚れたら困るだろうと慮っての行為だとはわかっていても、自分よりも冷静である男の姿が憎らしい。
「はぁっ…」
深い呼吸を吐きながら、達した達成感でソファに寝そべる男の顔を見つめた。…やはり表情は変わらない。

「アンタ、その顔って仮面でもつけてるんじゃないのか」
「どうして」
「気持ちイイ顔してないからさ」

こっちがどれだけ乱れても、好き勝手しても。

「それは…私と君は同じ感度ではないからね」
「なんですか、そりゃ」

しっとりと汗ばんだ薄茶色の髪を掻き揚げ、さぁこの中途半端な状態で埋まったままのナカのものを、どうしてくれようと考えた。
ちらりと目をそらして、壁沿いに設置された機器に貼り付けられたデジタル時計を見つめた。集合まであと15分。どう考えてもシャワーを浴びるのは無理だ。下手をすれば後始末さえ出来ない。さてどうするか。
先に口を開いたのは、クラウスだった。

「…そろそろ限界だな」
「なにが」
「君を手放す時間だ」
「なにいって…、う、わ、っ!」

言葉の意味が判らず、聞き返そうとした途端に、身体がぐらりと傾いだ。その勢いのまま、背中から硬いソファに倒れこむ。
「…っ、!」
結合部がずるりとと離れ、かと思ったら、今まで自分の下にいたはずの男が、今度は上に乗りあがって足を抱え上げている。
「なっ!」
「時間が迫ってる」
短くそれだけを告げると、ぬるりとぬかるんだ穴に、再度、全長が埋った。

「…っ、く…ッ…!」
叩きつけるように最奥まで一気に抉られたモノは、つい先程までとはまったく違うように思えた。
自分がイっていたセックスが、こどもの遊びのようにさえ思える。何のままごとだったのだろうと思わせるほど、深く強く。それほどに、強引で容赦がない。

「なん、だよ、…いきな、…ぁア!」
「君とは感度が違うと言っただろう」
「違うって、こんなの、いままでっ…!」
したことがない。
最後まで言葉を告げる事が出来ず、唇を噛む。なんだこれは。くるしい。たまらない。きもちいい。痛い!

「や、め、…」
「あまり声を出さないほうがいい」
「…っ…」

内臓に届く壁を、突き破りそうなセックスだ。苦しくて痛くてたまらない。骨まで軋むようだ。ソファがみしみしと音を立てていた。それがまるで自分の身体の軋みのようで溜まらず耳を塞ぎたくなる。けれど両手はそのソファを掴む事で精一杯だ。離したら落ちる。…どこかに、何かが落ちる。
抱えられた足首を強く握られて、突然開かされた股関節も軋んだ音を立てているようなのに、響く音は、自分の肉が擦れる、ぐちぐちと響く卑猥な音ばかり。

「なん、…っ…」
なんだっていうんだ。
首をぱさぱさと振って何かから逃れようとても逃れられない。何から逃げたいのかも判らない。
ソファについた手が、衝撃で離れた。表面の布地を爪が掻いて、揺さぶられ続けて、握りしめる事さえ出来なくなる。

「…ぃ、あ、も、…もうっ…!」
「あぁ、もう、時間だ」

囁かれた言葉が、優しく耳に吹き込まれて驚く。行為とはまるで正反対の、かけ離れたような甘い甘い言葉と声。身体の奥にしみこんでゆく。

「…あ、…」

目を動かして、見たくもないと思った顔を覗き込む。クラウスの目は正面から見据えていた。その唇がうっすらと笑みを作って微笑む。

もうお前を手放す時間だ。
お前はあの組織へ戻る。
…あぁ、戻したくないよ、

「……ル、」

囁かれた言葉に、この男の本気と愛を知った。