パプディズムさんを発見したですう、と、ブリッジに甲高い声が響いたと同時、安心感で、クルーの肩から力が抜けたのも事実だが、その直後のミレイナの言葉に一様に目を見開いて聞きなおした。

「彼女さんと一緒…?」
「そうみたいですよ。わぁ、キスしてるみたいってストラトスさんが!」
「キスぅ!?」

ブリッジにいたクルーは今度こそ驚愕した。アレルヤだろう!?間違いなくあのアレルヤ!
見つけたのがロックオンだというのなら、もしかしたら見間違いかもしれない。彼は新参だ。
けれど、キスをしているということは、よほど鮮明に姿が見えていると思われる。しかも彼が身にまとっていたのは、オレンジのノーマルスーツだ。そう簡単に見間違えるものでもない。

アレルヤが生きて見つかったのは嬉しい。無事だった事はさらに嬉しい。
しかし、彼女と一緒でキスしてるって、何をどうしたらそうなるのか。…いや、それ以上に、どういうことなのだろう。

だって、アレルヤは刹那と。

事情を知っている5年前からの戦友は、目を合わせて困惑の表情を浮かべた。
その中でミレイナだけが、見つかってよかったですねぇと一人拍手で無邪気に喜んでいた。


***


ソーマピーリス改め、マリーパーファシーがトレミーに来て数日。

アレルヤはマリーにかかりきりで世話をしていた。
クリーニングルームはこっち、部屋はあっち、非常用の脱出ポットはこの角を曲がったところ、ノーマルスーツルームは2階。
食事を取るのも、マリーにあてがわれた部屋でのシーツ替えさえもアレルヤはついて廻って共に過ごした。
それほどアレルヤはマリーを大事にしていたし、こうして2人で同じ時間を過ごせる事を喜びとしていた。それは判る。…判るがしかし。

「あの…アレルヤ。私平気よ。そんなにしてくれなくても大丈夫」
困惑気味に微笑んだマリーの前で、アレルヤはベッドにシーツをかけていた。
マリー用に用意された小部屋である。急遽用意去れた部屋は、アレルヤ達ガンダムマイスターの部屋より一回り小さい。それを気にしてか、アレルヤはさらにかいがいしく世話を焼いた。
「えっ、なに?ちょっと待ってて。これやっちゃうから」
「アレルヤ…」
大きな身体で、シーツを伸ばし、皺を広げてカバーをかける。慣れた作業だ。

「…アレルヤ…」
「あ、そうだ。あとブリッジのパスを教えておくよ。これから君が座る事になるのは操舵の席だから、ええとスメラギさんに…」
そこまでしてくれなくていい、と伝えようとしてマリーは口をつぐんだ。
アレルヤが色々と世話を焼いてくれているのは凄く嬉しい。多分すごく喜んでやってくれている。それは判るけれど、でも。
「ねえアレルヤ」
「ん?」
「…あのね、アレルヤ。貴方にも大切なひと、いるでしょう…?」
「え?」
呟いたマリーの言葉は、アレルヤの耳に届いた。…が、うっすらと聞こえただけで、再度聞きなおす。
振りかえれば、困った顔でこちらを見つめる彼女が居て、アレルヤは何か不味いことをしたのかなと不安げに眉を寄せた。

「どうしたの」
「…私、アレルヤが優しくしてくれるのは嬉しい。でも、アレルヤ、貴方にも大切なひとがいるでしょう?」
私に大佐がいたように。

アレルヤが向けてくれる愛が、家族愛のようなものだとマリーは気付いている。行き過ぎた家族愛だと例えればいいだろうか。超人機関の唯一の生き残り、思考で話も出来る。何を考えているのかお互い手に取るようにも判る。

「大切なひと…?」
「そうよ、アレルヤ」

アレルヤはマリーの言葉を反芻した。たいせつなひと。
もちろん居る。それはこのクルーみんなが大切だし、マリーとて大切だ。
けれどそれ以上に、心から大切にしたい人も居る。

「…うん、とてもとても大切な人が居るよ」
「会いに行かなくていいの?」
「行くよ。もちろん。でも今はマリーだ」
「どうして…」
「だって君はまだこの艦に慣れてない」
「私はだいじょうぶよ」

だって、敵対していたはずの私を、この艦の人間はすんなりと受け入れてくれた。
そうしてくれるだけで充分だ。

足りないものはないですか?
ご飯一緒に行きませんか?
よぉ、元気か。
迷ってるのか?トイレはあっちだ。

すれ違うたびに声を掛けられる。
オペレーターだというミレイナヴァスティなど、マリーをとても気に入って、オフになるたびに話かけては、会話を楽しんでいる。それはマリーが今まで感じた事がない、女性との楽しい会話だった。

「この艦のひとたちはみんな優しくしてくれてるわ。だから私は大丈夫。貴方は私は見すぎてる。そんなに見られたら穴が開いちゃうわ」
「そうかい…?」
言われて恥ずかしくなったのか、肩を竦めて照れるアレルヤを、マリーは笑った。
「だから、ね、アレルヤ」


***


それでも君が心配だよ、と言えば、マリーは強引にアレルヤの肩を押して、抵抗も聞かないとばかりにドアの外へ出して鍵をかけてしまった。

…部屋を追い出されてしまった。
強引に部屋を出させられたアレルヤは、締め出しを食らったマリーの部屋のドアを見つめていた。
「マリー…」

大切なひとがいるのだから、そのひとの傍に行ってあげてというマリーの言葉は判る。
けれど、トレミーで一人きりになったらマリーが可哀想だと思って傍についていた。ようやく会えた念願のかなったことに、自分が浮かれていたのも確かだ。
マリーが大事だ。家族のようだとアレルヤは思っている。
けれど、大事と大切は少し違う。

「たいせつな、ひと」
…居る。
確かに居るけれど。それでも今は君が心配だ。アレルヤは懲りずにマリーの部屋のドアをじっと見つめていた。


「何してんだ、お前は」
「イアンさん」
ふと通りかかったのは、イアンヴァスティだ。どうやらガンダムの細かな備品を運ぼうとしていたらしく、手には重そうなダンボールを2つも抱えている。それを一つとりあげて、手伝いますよと格納庫に足を向けた。
きっかけを与えてくれれば、マリーのドアの前からでも足は動く。後ろ髪は引かれる思いだが。
そんなアレルヤの表情を読み取って、イアンは笑った。

「あのマリーとかいう彼女と喧嘩でもしたのか」
「彼女って…。いえ、喧嘩じゃないです。ないですけど、…締め出されました」

まるで夫婦喧嘩のようだ。
しかし、アレルヤは苦く笑った。

「マリーに、たいせつなひとを大切にしてきてって言われて」
「そりゃあ…まぁ…そうだろうな」

今のおまえさんを見ていればそりゃあ言いたくもなるさ、と、言われて、アレルヤは落ち込んだ。
恋愛になどとんと無頓着だと思っていたイアンが笑う。

「女が来た途端に昔の恋人を捨てるようじゃ、お前も酷い男だ」
「えっ!!」

イアンの言葉にアレルヤが激しく動揺した。手に持っていた部品ががちゃりと音を立てる。落とさなかっただけマシかもしれない。

「僕がいつ、そんなことを!」
「違うのか?」
「ち、違いますよ!」

なんて事を言うんだろう。アレルヤはイアンを憎らしげに見つめた。
マリーはマリーだ。そして恋人は恋人だ。それは揺るがない。
しかし、そんなアレルヤに、イアンも目を細めて、ならなぜ、と言葉を続けた。

「なんで、刹那にあってやらん」
「会ってないわけじゃ…ただ、今はマリーがこの艦に慣れていないから…」

もっともな理由だ。聞いたイアンもアレルヤから、そう返ってくるだろうと判っていたのか、ため息で返した。

「それに、刹那に避けられていたのは僕ですよ…?」
そうだ。あの連邦の施設に捕まっていたアレルヤを助け出したのは刹那だが、しかしその後から刹那は判りすぎる程にはっきりとアレルヤを避けていた。それは誰が見ても明らかだったし、アレルヤとて認めていたことだ。

刹那は僕を避けている。
嫌われてしまったかもしれない、と思う程に。

どれだけ探しても刹那は会ってくれない。姿を見つけても、手が届く前に刹那はどこかへ消えてしまう。
だから、アレルヤは考えた。
考えて考えて、今は距離を置いたほうがいいのかと考えた。これ以上嫌われたくなかったからだ。
ガンダムで出撃する作戦になれば、刹那は昔と変わらずに行動してくれる。ならばそれで充分じゃないか。いずれきっと問題は解けるさ。そう思っていた。
イアンは静かにアレルヤの言葉を聞いていた。
本当にこれはどうしたもんか。

イアンは、刹那の気持ちを知っている。どうしてアレルヤを避けるようになったかも知っている。
だからこそ、この今の状態が、歯痒い。

刹那は、お前をマリーに返そうとしているからこうなっとるんだ。
そう言いたい言葉が喉の奥まで溢れていた。しかし、口をつぐんで思いとどまる。
刹那が刹那なりに覚悟を決めたのならば、口出しをするのはよくないだろうと考えたからだ。

刹那がどれだけアレルヤを好いているのかを知っている。
アレルヤとて、刹那を大切に思っているのを知っている。
しかし、2人はどっちにしろ男同士なのだ。世間的には認められていない関係である。
いくらソレスタルビーイングという閉鎖された組織とはいえ、男同士が付き合っていたって、行き着く先は決して明るいものではない。それは判っている。
そして今、アレルヤはマリーを手に入れた。
彼が「彼女が生きている事が生きがいだ」と告げる相手が、同じトレミーの中に居る。刹那が身を引くには充分すぎる理由だった。
イアンは隣に立つ長身のアレルヤをちらりと見上げた。
刹那に避けられ、話も出来ない状況に、彼の表情は曇っている。マリーという存在を手に入れたとしても、その表情が完全に晴れることはない。

「……まったく…」
さぁてどうしたものかと、イアンはトレミーの天井を仰いだ。