(まずいな…)
ダブルオーの整備に集中していたはずの自分が、整備とはまったく違う事を必死に考えていていた。
刹那は、いけないと首を振った。
無我夢中といっていいほどに頭の中で考えていたことは、口にする事さえはばかれるような、いかがわしい事だ。なんて事を考えているんだと左右に首を振って打ち払おうとしても、一度浮かんだ「それ」は、なかなか頭の中から出て行かない。

性欲は、人間誰しも持っている欲だ。…なのだから仕方ないとは思うが、こんな仕事中に考えて、鼓動を早めることはないだろう。
これでは職務怠慢だ。
怠慢は、驕りをうむ。刹那は、自分の両手で頬をバチンと叩いた。
気合を入れなおせ。
けれど、鋭い痛みが皮膚に走っても、頭の中を占めていた「それ」からは脱する事が出来なくて、自己嫌悪する。
数度続けて、じわじわと痛む頬を叩く。けれど、痛覚が刺激されるだけで、思考までは届かない。
考えれば考えるほど渦巻く不埒な思い。
どうにも腰の深くが疼いて仕方ない。下半身に、きゅっと力を入れなければいけないような気さえした。
整備に戻ろうと画面を見つめなおす。早速コンソールパネルに映った文字は、「ERROR」。入力ミスだ。

(…ダメだ…)
自分に悪態をついて、刹那は短く息を吐いた。考えるな。
もう一度入力作業に取り掛かり、実行のボタンを押す。今度はデータが吸い込まれていくのを確認して、ダブルオーを見上げた。俺の、ガンダム。

この整備はあと1時間程度で終わるだろうか。
その後の予定はない。夕食を取って、シャワーを浴びたら、すぐに眠れる状態にある。アロウズの動きは鎮静化していて、ひとまずは作戦行動はない。こちらから打つ手を、状況によって切り分ける。そういう事を考えている時間であるために、忙しいのはスメラギ李ノリエガとブリッジクルーだ。王留美も情報収集にせわしないかもしれない。

ぐんぐんと吸い込まれていくデータ。
…今夜は久しぶりに、時間を取って眠れそうだ。

ソレスタルビーイングに戻ってから、なんだかんだとやらなければならない事が山積みで、休暇らしい休暇はとっていない。夜、充分な時間を眠れるのも稀だ。
そういえば、シーツを替えていなかったなと思い出し、しかし白いシーツを思い出した途端に、頭にシーツに繋がる光景が浮かび上がってきた。

(…っ!)
洗い立ての白いシーツの上、薄茶色の髪が広がっている。腰を動かす度に、ゆらゆらゆれる長めの髪を見下ろしている。

綺麗だ。

刹那は見とれた。色素の薄い髪の色がうつくしい。
シーツの上に散る毛束の動き一束を見ても、さらさらと流れていく。誘われているのかと思えるほど。触れたくなるような温かみのある色だ。漆黒の髪とは違う。
「どうした?」
唇が動いて声が届いた。
ロックオンの甘い声に導かれるように、目線を彼の顔へと移す。
整った顔つきを僅かに微笑ませて、ロックオンは刹那を見上げていた。
見つめる目と合う。
青い眼。長いまつげ。鼻筋は整っていて、肌は白い。自分とはまったく違う色合いの、ロックオンストラトスを見下ろしている。

「ロックオンは美人よね」、と誰かが言っていたのを聞いた事がある。
確かに、美しい顔つきだ。女性が騒ぐのも頷ける。
触れてみたくなって、指先を伸ばした。白い肌の上に色づく唇に指を伸ばす。しっとりと湿っているのは、先程散々にキスをして唾液を絡ませたからだ。
なめらかな頬、輪郭を辿る。まるで彫刻のような顔と身体だ。頬が僅かにピンク色に染まっているような気がする。見つめる目さえも、欲が絡んで濡れているように見えた。

「どうした刹那。物足りないのか?…ほら、お前がもっと動かないからだ。…もっと寄越せって言えよ、刹那」

綺麗だと、見とれていたのに。
ロックオンが告げる言葉は卑猥だ。
物足りないんだろ、と勘違いをした上に、下から突き上げるように腰を動かされて刹那は小さく呻いた。おおきいものが身体の奥を掻き乱す。
ずっぷりと埋まった孔の中。ロックオンは刹那の最奥まで入り込んでいる。

もっと動けよと囁かれる言葉に触発され、張ったカリの部分で内壁をぐりぐりと擦りつけるロックオンの動きに連動するように腰を動かし力を入れた。
「ひっ…!」
「あぁ、いい顔してる」
熱い吐息とともに吐き出される声に、腰が疼いた。熱が集中するようだ。
それがたまらなくて、動きたくて仕方なくなる。
気持ちいいと感じる部分を狙って腰を下ろした。ずっ、ずっ、と音がするほどに。

ひ、と喉が仰け反ったのは、思った以上の快感が駆け巡ったときだ。背筋がピンと伸び、喉から喘ぎ声と共に熱い息が吐き出る。
身体中が揺れている。動かした腰を基点に、身体がゆらゆらと。
行き場を失った刹那の両手が宙に浮いた。それを握りしめる白い手。

「ほら、刹那」

色気をふんだんに込めたような柔らかい声音は、ワザと出しているとしか思えない。
ロックオンが、こんな声を出す事はないのに、こうしてセックスの最中ばかりを狙って吹き込まれる甘えるように囁いてくる。
けれど、それが刹那の快感中枢をダイレクトに刺激するから、ロックオンの上に乗りあがった敏感な身体は律儀に反応した。

この声が好きだ。

もっと快楽が欲しくて腰を回す。壁を擦るようにぬちぬちと腰を入れている間に、足の指先までひくひくと痙攣し始める。
もうすぐイってしまうのが自分でも判るから、それまでの快楽を伸ばしたくて、腰の動きを変えた。より緩やかなものにして、敏感な場所への刺激を避けた。
腰で、円を描くように、ぐるりとまわす。ゆっくりと。
「ァ、…ア、…」
攻撃的な刺激だったものが、じんわりと伝わる快感に変わる。
そうすれば、今度は1つ1つの刺激に身体が丁寧に反応するようになり、一瞬、前立腺を掠める快楽を待ち望むようになった。
ロックオンとてそれが判っているからこそ、刹那の動きに従って、緩やかな快感を楽しむ。
気持ちいい思いは長い方がいい。

「…お前の身体はイイなぁ、刹那」
「…はっ、あ…っ、あ…」
ロックオンの声を麻薬のように聞き、与えられる身体の中心をめぐる快楽をその身で受け止める。
何度も何度もめぐってくる、波のような快感に乗る。
「あ、…ァ、…あ…あああ…」
身体中に力が入り、内股が締まる。きもちいい。たまらない。
刹那の喉から洩れる声が、甘えたような喘ぎになり、ロックオンは目を細めた。
「もう、イイだろ?」
これ以上伸ばすのは。

目を見開けば、ロックオンの顔がそこにある。
その表情に、背中をひくりと引き攣らせた。…ああ、波がやってくる。


(…だから、思い出すな、と…)
ふ、と我に返れば、ガンダムコンテナの中にいる自分。
また、過去の記憶から、セックスの想像を始めてしまったらしい。
これで今日何度目か。
いや、今日だけじゃない。もう何度も何度も、毎日を思い出している。
何をしていても、気付けば、過去のセックスを思い出してみたり、そこから想像した自分の痴態やロックオンの感じ入った顔を思い出したりしてみては浸っている。
こんな不埒なことを普段考えているのを誰かに知られたら、それこそガンダムマイスター失格だと笑われるだろう。
なんて、性欲の強いことを考えているのか、自分は。

深くゆっくりと息を吐き出しながら、端末の電源を落としてコックピットへと上がる。
シートに座ってシステムを立ち上げた。いつもと同じだ。変化はない。
そういえば、ケルディムはどうなっているのか。
ソレスタルビーイングに来てまだまもなく、ケルディムに乗る事になったとはいえ、あの操縦に慣れていない男が、どれだけ自分でシステムをチェック出来るのか。
ロックオンのようにいかないのは初めから判っている事だ。けれどケルディムに乗っている以上、あの男とて自分でなんとかしなければならない。
幸い、彼はここに来てから初めてMSを扱ったという割りに、とてつもなく覚えが早い。けれど、日々の整備には知識も必要だ。それを学ぶには、まだ圧倒的に時間が足りない。
基礎チェックでさえ、刹那の2倍以上の時間がかかるだろう。

(…昔は、俺よりもロックオンの方が、システムチェックは早かったな…)

デュナメスのシステムは、精密な射撃の必要性もあるために、より複雑に組まれていたが、そのチェック作業がロックオンはとてつもなく早かった。よっぽど全てをハロにやらせているのかと思いきや、とてつもないスピードでコンソールパネルを叩いていたから、さらに驚く。ロックオンの真剣な表情を見つめながら、刹那は感心していた。あれはもう5年も前の話だ。
デュナメスの様子を見つめる刹那に、ロックオンはメインモニタから目を離さずに、もう終わるから待ってろよ、と答えた。
別に待っていたわけじゃない。ただ目に入ったから見てしまっただけだ。
む、と口を尖らせてデュナメスから離れようとした刹那を、ロックオンは片手で捕まえた。何をする、と抵抗しようとした途端に、有無を言わせずにその唇を塞ぐように絡みつくロックオンの唇。あっという間だった。
「…ン…!」
口の中に舌が差し入れられ、ねろりと咥内を舐められて肩を竦めた。逃がすことを許さない、深い口付け。
ぞくりと鳥肌が湧き上がり、自然と引いてしまった刹那の腰に手を回して引き寄せる。まるでそうする事が判っていたかのように。
ロックオンの髪が、さらさらと刹那の頬と首筋を撫でていた。それがえもいわれぬ感覚を呼び起こす。
身体が密着している。
唇も、髪も。
ようやくキスが離された頃には、刹那の中心はドクドクと熱い鼓動を感じるほどに、勃起を始めていた。
なさけない、と思ったものの、擦り付けられたロックオンの中心とて同じ事が起きていて、刹那は思わず喉を詰まらせる。
「…部屋にいってる暇ねぇな」
囁かれた言葉に、まさかここで、と否定しようとして、再び唇を攫われる。
刹那の身体がデュナメスのコックピット内に引き寄せられるのと、ハッチが締まったのは同時だった。


ガンダム内でセックスをするのは、今後辞めにしようと誓ったのは確かあの時だ。
コックピットは狭く、2人で身体を合わせるには到底狭すぎて、あちこちをぶつけて腕や足は青タンだらけになった。
あんな場所で、よくも3回もイケたと思うのだが、あれはあれで若さゆえだろう。
そもそも、もう二度としないと誓ったのは刹那の胸の中だけで、実際にはその後も何度もヤる事になっていたし、それを刹那も強く拒めなかった。
確か4年前のラグランジュワンでの戦闘の前とて、コックピット内でセックスをした思う。眼帯をつけていたロックオンの姿が瞼の裏にこびり付いている。
黒い眼帯はロックオンの右半分の顔を覆い隠すほど大きなものだったのに、その隙間からさえ火傷による傷の痕が見えていた。あの日、お互いに服を脱がずにセックスをしたけれど、パイロットスーツによって見えなかったロックオンの体のあらゆる部分に傷があった事を知っている。あれだけの傷を負っておきながら強がって。…本当に、あいつは馬鹿だ。


クルーの誰だったか、ロックオンはストイックだと言っていた。誰だそんな事を言ったのは。あれはそういう風にやってみせているだけだ。
フェミニストで、理性的。…たしかにロックオンの性格はそう見えるが、それは彼の性格の一部でしかない。
自己を抑制出来るのは確かだが、セックスになれば話は別だ。
お前の喘ぐ顔が見たい。ギリギリで善がってる顔もみたい。
そんな言葉を言われ、その通りに限界まで追い詰められた事がどれだけあったか。
両手を縛られ抵抗を封じた上で、どこから手に入れたのか玩具で散々弄ばれた事さえある。
もうイけない、もうだめだと告げてからの方が、なお酷い仕打ちを受けた。
あれは、あの男の完全な欲だろう。…普段のうっぷん晴らしだったのかもしれない。
けれど、それを受け入れてしまっている自分とて、どれだけあの男に全てを赦しているのか。
自分も対外、ロックオン馬鹿だ。


「なぁに笑ってんだ、刹那」
ダブルオーに近づいてくる足音に、刹那は顔を上げた。何があったんだと笑う声のする方を見つめる。
「…ロックオン」
「最近よく笑うようになったじゃないか」
コックピットハッチに手をかけ、刹那を覗きこむ。
笑うようになったのは、誰の所為だと思ってるんだ。…理由が判るからこそ、刹那はまた小さく笑みを浮かべる。

「いい傾向だ。…刹那、それが終わったならメシにいかないか」
「ケルディムは?」
「ライルにやらせてるよ。あいつはシステムの勉強中。ぜんぜん判ってねぇんだ」
ああ、やはり。システム関連の勉強が不足しているライルは、ロックオンに毎日しごかれている。実の兄弟だからこその鬼教官だ。

「…ケルディムを放っておいていいのか」
「いいんだよ。…それよりさ、刹那」

ロックオンの口調が変化した。
な?と甘えた声。
…あぁ、この男も望んでいたのか。

ロックオンの伝えたい事を理解して、刹那はダブルオーのシステムを落とした。コックピットから出れば、途端に腰を引き寄せられて、唇が触れ合った。まるで磁石のように吸い付いてくる。ロックオンストラトス。

どうやら、今夜の睡眠時間も短くなりそうだ。

与えられる身体と感情を受け止めながら、刹那はロックオンの背中に手を回した。