「綺麗なワンエイティやるなぁ」
真っ白な山の中腹から、緩やかな弧を描いて降りてくるオレンジ色のボードを見つめた。
アレルヤだ。
つい先程ゲレンデに来たばかりで、スノーボードすらやったことがなかったのに、今はもう上級者コースで180を決めながら降りてくる。…教えていないから、あれは無意識か。体勢を立て直そうとしたら運よく出来てしまったといったところだろうか。さすがアレルヤ、基本的に運動神経がいい。
「刹那、お前も滑ってこいよ。もうアレルヤは一人でよさそうだ」
アレルヤが降りてくるのを待ちながら、雪に埋もれてしまいそうなほど真っ白なウエアを着込んだ刹那を見下ろした。耳あてのついた帽子が可愛い。遠くから見れば女の子のようにさえ見える。

刹那はロックオンを見上げた。
何事か考えているようだった。
「どうした」
「いや」
もう滑りに行っていいぞと言うのに、刹那は動こうとしない。何かを言いたいのか。ならばそれもそれでいいと、ロックオンは会話を続けた。
「お前があれほどスノボーが出来るとは思わなかったけどな」
砂漠の生まれで雪なんて見た事がないと思っていた。
だから、まさか刹那が滑れるなんて思っても居なかったけれど。
「どこで滑った?誰かに習ったのか?」
「………守秘義務だ」
「なんだよそれ」
こりゃロクな事じゃねえなとロックオンは苦く笑った。

マイスターの休日に王留美が手配したのは北欧のゲレンデに近い別荘で、ならばゲレンデに繰り出すのも悪くないんじゃないかと息巻いて、ロックオンはふと気付いた。
…俺以外にゲレンデに来た事のあるやつがいただろうか。
案の定、アレルヤは「スキーもスノーボードもやったことがないよ」と肩を竦めてみせ、ティエリアにいたっては「勝手に滑ってきたらいい」と、ゲレンデ横の喫茶店で紅茶を啜っている。ウエアは着ているようだが、遠くからみればまるで女性だ。先程から何回もナンパされているのがゲレンデから見えている。
近くのショップでウエアを買い、好きな板とブーツをそれぞれ買って、他はレンタルで済ます。
用具を買い込んだだけで、ちゃっかりボーダーになってみれば、なかなかどうして様になっている。
アレルヤとロックオンが黒のツナギを身につけゲレンデに立てば、周囲の女性からの視線が熱かった。そんな状態で不慣れなアレルヤに手を差し出しながらリフトを上がり、手本な、とばかりに、ロックオンが一度降りて見せただけ。
「ロックオン、すごいな」
アレルヤが苦笑し、あんな器用な事できないよと言いながらも、ロックオンにいわれたとおりに板の上に立ち上がる。ゆるゆる滑り出して、5分後にはすでに初心者の域を超えていた。
「ありえねぇなぁ…」
ロックオンは驚く。
ほら、今とて、前で転んだ子供を上手く避けている。…あ、しかも急停車して手を差し出してる。あれ、初心者のすることか?

「…ホント、大したもんだよなぁ…」
あれは本当に放っておいて大丈夫そうだ。
集合時間だけ決めたら、あとはさっさとお互い好きなように楽しんだほうがいいかもしれない。

「ロックオン、俺は行く」
「え?」
振り返ると、刹那はロックオンの答えを待たずにスタスタとリフトに向かっていってしまうから、慌てて肩を掴んだ。
「ちょっとまて、集合時間だけ決めようぜ。どうせ別荘には戻らなきゃならないだろ?」
刹那の耳あてが、ふよふよと動く。
その下から、赤い眼が見えた。
すっ、と細められて気付く。

「何、寂しそうな顔してんだ」
「してない」
「してるって」
「離せ」

ロックオンの手を揺すって落とし、刹那が大股で歩いていくのを、あーあ、と見送る。
「どうかしましたか?」
いつの間にかロックオンの傍まで滑り降りていたアレルヤが、後ろに立っていた。
「いーや、ちょっと…スネさせちまった」
「そうなんですか」

お前の所為なんだけどな。

その言葉は、心に潜めて、肩を竦めた。
「さぁて、俺も滑ってくるかね」
刹那には、まぁ、今夜たんまりと、返してやればいいか。
ロックオンはゴーグルを嵌め直して、小さく笑った。