濃い色のサングラスをかけ、待ち人はやってきた。 メインストリート沿いの、小さなカフェのテラスで。 「なんでこんなところで待ち合わせなんだよ」 「新大統領からのご指令だ。この国に調査に来てる」 「へーぇ」 大雑把にパイプ椅子を引き、すとんと腰掛ける。 長い足は、小さな丸テーブルの下には収まりきらず、周りに人が居ないのをいいことに、横に出して足を組む。 さっそく肘をついて、だらしない恰好をしてみせるのも、このライルディランディという人間のいいところであり悪いところだ。 「クラウスは、メルヘンなやつだよな」 「今更かい?」 「…いや、知ってたけど、あらためて、さ。…ブレンドひとつ」 最後の言葉は店員に向けて。 そうして、ようやくサングラスを取り、ポケットにしまう。彼の綺麗な青緑色の目が現れた。 「元気そうだ」 「こっちもこっちで、宇宙やら地上やら、あらゆるところに出没中だよ」 「それが君達の仕事だろう」 「カタロンよりも扱いが悪い」 「待遇はいいだろう」 「貧乏組織じゃないからな、ソレスタルビーイングは。組織の上に居た連中が居なくなったってバックアップはカタロンよりずっといい」 機密事項をすらすらと流れるように言って、ライルは口を閉ざした。 会話が止めば、2人の間に流れるのは静かな静寂だけだ。 平日の昼間、メインストリートに、まだ人はそう多くない。 運ばれたコーヒーに口をつけ、そこでようやく息を吐いた。肩がすとんと落ちて力が抜ける。 「…彼女とは仲良くやってるのか」 目を合わせずに、ライルはクラウスに聞く。 「あぁ」 それだけを答えた。 「なら、いいさ」 ライルの返答もそれだけだった。 「待ち合わせがこんなカフェって指定してきたあたりで、俺はあんたの心情を色々読めるようになってきたよ」 「そうなのか」 「ああ。…つうか、あんたとベッドの中以外でこんなにゆっくり話をするのは中々無い」 「そうだったか?」 「そうだよ」 ライルは笑う。 くったくなく笑う。 その笑いに、翳りはない。 彼自身、過去の事をふっきっているのだろうか。 失くした彼女のことも、カタロンに居た事も。…そして、ほんの数年前まで、この胸の中に居た事さえも。 「ライル、私は」 「ヨリを戻そう、ってのは無しで」 先手を打たれて、一瞬、言葉をなくす。 「では、復縁を」 「おんなじ意味だろ。てかアンタは大切な人が居るんだから、それ守ればいいじゃねえか」 「私が守りたいのは、世界だよ」 「そりゃ…随分デカイな」 「共に居たいのはシーリンだ」 「あぁ、それも人生の選択としては正解だな」 「そして、私が愛しているのは君だけだ」 「…そこだけ間違ってる」 カタン、と甲高い音が立ち、コーヒーカップがソーサーに戻された。 ライルは目を伏せる。 小さく笑っているように見えた。 「…クラウス、あんた本当に変わってないなぁ」 「だから、君にこうして求愛しているのに」 「俺を愛してもロクな事ないぜ」 「それは私が決める事だ」 「俺の意見は聞かないつもりかよ」 「なら言ってくれ。イエスかノーか」 2択を迫って、ライルの顔を見つめる。 目はそらされたままだ。 ライルの目線は、組んだ自分の足先あたりを見つめている。 何を考えているのか、手持ち無沙汰なのか。 足先をゆらゆらと揺らしてみせて、答えを告げようとしない。 「クラウス。俺は今すぐそれを答えなきゃならないか」 「今聞きたいな」 「無理そうなんだが…」 「何を悩む」 「色々と悩むだろ、そりゃ…」 苦く笑いながらも、目を合わせようとしない彼の、テーブルの上に無造作に置かれた手をとった。 「なっ!」 白い腕を引いて、顔をずいっと前に出した。キスが出来るくらいに近くまで寄った所為で、青緑がようやく正面に見えた。 目をそらせないほど近くになって、ようやくライルが顔を引く。 「ライル、答えを」 「む、無理だ!」 途端に動揺しはじめる。 掴んだ腕を離そうとするから、なお強く引いた。 「ちょっ…!」 まるでこどものように動揺するライルこそ、昔から変わっていない。 色恋沙汰は手馴れているのに、こういう真っ向勝負になると言葉を失う。手を掴んでいるだけでも判る。ドクドクと鼓動が早く流れている。 「こんなところで、答える事じゃない!」 「そういう逸らし方では、私は納得しない」 「今答えるには頭が混乱してんだよ!?時間ぐらいくれたっていいだろ!?」 「今を逃せば君はまた組織に戻って、再び会う事も難しくなる。私とてそう時間は取れない」 「…だったら、ヨリを戻す意味はないだろ!?」 会うのも難しいって言うぐらいに、会う機会さえなくなるのなら、付き合う意味なんかどこにあるのか。 「意味はあるさ。こころが繋がっている」 「そんな…こどもだましなクサイセリフよく言うよ」 息を吐き、脱力するライルに、ふ、と笑いかけた瞬間、 どこからか、携帯端末の呼び出し音が響いた。 「!」 どちらのものか判らず、気をそらした途端、ライルはするりと腕から逃れた。 (……あ) 手が、離れてしまった。 そうして立ち上がってしまったライルが、胸のポケットから端末を取り出す。 …やられてしまった。 端末を閉じたライルは、すでに手の届くところになく、答えを言う気もないとばかりに唇を閉めている。 「時間だ、クラウス」 「ああ」 「あんたも忙しいんだろ。新しい政府の仕事は。…さっさと戻れよ、シーリンのところに」 答えを告げられない詫びだとばかりに、伝票を取り上げてしまった。 サングラスをかけて、再び彼の翡翠のような美しい目を覆う。 会話は終了してしまった。 駄目だったか、と肩を落す。 「…クラウス」 声は上から響き落ちてきた。 少しばかり、呆れたような、残念がるような。 「アンタが珍しい場所を待ち合わせにするからだよ」 答えを言えなかったのは。 サングラスの奥に見える目が、薄暗い濃度をとおして彼の本音を語る。 「いつもみたいに、ベッドの中だったら、俺は答えを言えたかもしれないのにさ」 そう告げて、来た時と同じように颯爽と去っていく背中を見つめ、クラウスはなるほどな、と頬杖をついて首を傾げた。 天邪鬼な、未来のこいびと。 |