「ロックオン、話を聞いてもらいたんですがいいですか?」

真夜中。
就寝時間なんてとっくに過ぎた頃、アレルヤはやってきた。
ドアを控えめにノックしてはいるが、眠りに入っていたロックオンの目が完全に冴えるほどだ。遠慮はしているが、強制的である。
しかも、よほど深刻なのか、アレルヤが叩いたドアが、ガン、ガン、と鳴る。ロックオンの返事を待つ前に開けようとしているからだ。
(おいおい…)
なんてせっかちな事してんだ…、と寝間着のままベッドから足を下ろした。薄茶色の髪をぼりぼりとかきながら、ドアのロックを外す。

「どうした?」
ドアを開けてやれば、そこには予想していたとおりの表情を晒すアレルヤが立っている。
予想できていたから、動揺もせずに、微笑んでやった。
「すみません、こんな時間に…あの」
「いいから入れよ。通路にずっと立ってるまんまじゃ、みんな起きちまうぜ」

入れよ、と促すと、とぼとぼとロックオンの部屋に入るが、座るでもなく、部屋の中央にぽつりと立ち尽くす。
まるで捨てられた犬のようだ。肩を落とし、目も伏せ、力なく腕が垂れ下がっている。
まぁ…何かあったってのは確実だろう。そうじゃなきゃ、こんな時間にこんな強引なたずね方はしない。よっぽど何かがあったんだろうと知れる。
…ただ、このシチュエーションは、以前にも似たような事があったような気がする。
その時は、妙ないざこざに巻き込まれたもんだが、今回も同じにおいがぷんぷんするから恐ろしい。
けれど、泣きべそをかきそうな程、切ない顔をしてやってきた彼を追い出す事は出来なかった。
肝心のアレルヤは、部屋に入ったはいいものの、口を開かない。
…これは時間がかかりそうだ。

冷蔵庫に備えていたミネラルウォーターを取り出し、そのままアレルヤに渡そうとして、いや、コーヒーを沸かそうと思いつく。
「立ってるのも何だろ。座れよ。話なら聞くからさ」
言いながら、コーヒーサーバーを用意する。
こうしてコーヒーを用意したり、何かをしていた方が、この静かな空間が少しでもまぎれるような気がした。何もせずに俯くアレルヤの傍に居るのは中々骨が折れるし、面と向かってもアレルヤは簡単には喋らないような気がしたからだ。

サーバーを取り出し、汚れていないことを確認して、ペットボトルから水を注ぎ込む。ええと、フィルターは何処へやったか。いや、まずその前にコーヒー豆だ。確かまだ封を開けていない豆があったはず。
棚をがざがさと漁りながら、ちらりとアレルヤを見れば、この部屋に1つしかない椅子に、ちょこんと座っている。大きな身体を妙に小さく丸めて。
(なにがあったんだか…)
コーヒー豆のフタが開きにくい。力をこめてギギギ、と開けようとしたところへ、アレルヤの声が響いた。

「…あの、ロックオンに相談したいことがあって…」
「あぁ。聞くよ」
「…いいんですか」
「いいもなにも。相談したくて来たんだろ?内容を話せよ」
「…………」

話したい、と言っておきながらダンマリか。
まぁ、アレルヤがすぐに話すとは思わなかったから、想定内だ。
それよりも、この硬いフタが何とかならないものか。アレルヤの力ならすんなり開きそうなものだが、今のアレルヤではまるで力ない乙女のようにも見えるから、頼むのはやめた。割り箸を割るのも難しそうに見える。
ぎぎぎ、とロックオンがコーヒー豆のフタと格闘する背後で、アレルヤは小さく息を吸い込むと、実は、と切り出した。
「刹那とのセックスのことで」
「はぁっ?」
驚いた途端、フタがぱかっと開いた。
「うわっ!」
「あっ…」
中の豆が、躍り出て、ロックオンの手やら床を豆まみれにする。
「す、すみません!」
「すみませんって、お前…」
慌てて拾い集めるのはアレルヤだ。
ロックオンと言えば、ようやく開いたフタを片手に、なんだか今の一言で、力が抜けた。

(刹那とのセックスだとお…?)
やっぱりか。
またそんな相談なのか。

アレルヤと刹那が、セックスをするような関係だということは知っている。
数ヶ月前、僕達付き合うことにしましたと、トレミーの皆に報告しているぐらいだ。アレルヤは、本当に馬鹿正直に刹那と交際している。(やっている事は、大人だが)
食堂なんかで鉢合わせると、アレルヤが切り出す話題はいつも刹那との出来事だ。昨日刹那と何をしただの、最近会えなくて寂しいだのと、よく小さなノロケを口にして、リヒティやらクリスに遊ばれているのも知っている。
しかしそれは、頬をつつくような可愛いもので、…いや、だから、セックスしているのは知っていたけれど、まさかその問題を、俺に持ってくるか?

(…いや、しかしまぁ、この話を食堂でされなかっただけマシか…)
せっせとコーヒー豆を片付けるアレルヤが、申し訳なさそうにロックオンを見つめた。

…あぁ。もう仕方ない。
どうせアレルヤは、他に相談できるやつも居ないのだ。
ロックオンは今度こそ大きくため息をついた。

「…で?何が問題なんだ?」