こんなこと、確か前にもあったような気がする。…いや、絶対にあった。 これはあれだ、結局、アレルヤが抱える大人の事情ってやつを、理解出来るのが自分しかいないからだ。 ロックオンは、苦くしすぎたコーヒーを啜りながら思う。 「…何が問題なんだよ、話してみろって」 「……あの…」 ここまで来ておいて、ダンマリは無い。 セックスのこと、そこまで話したのはいいが、それ以上を言わないってのは何事だ。 ここまで来たら、もう一切合切話してしまえ。 そうじゃなきゃ、こっちもなんだか具合が悪い。 …そういえば、前にこんな事があった時は、確か刹那が痛がっているからどうのこうの…という問題だったような気がする。 そんなものを相談してもどうしようもないとは思うのだが、あのいざこざに巻き込まれて、ロックオンはうっかりアレルヤとセックスしてしまうことになり、刹那からもヤキモチ紛いの気持ちを押し付けられて、あぁそうだ、刹那ともセックスをしてしまった。 (俺はお前らみたいに、男とする趣味はねぇっての…) そう思うのに、アレルヤはこうしてまた相談に来ているのだからどうしようもない。 拒めないロックオンもロックオンだ。 「…なんだよ。また刹那が痛がってるとか、ノってくれないとかそんな事か」 「……今度はそういう事じゃないんですけど…」 けど。 …だったら何だっていうんだ。 ロックオンが眉間に皺を寄せ、うーんと唸ったその直後、アレルヤは意を決したように、はっと顔を上げた。 力が抜けかけていたが、アレルヤの顔はあまりにも真剣な表情で、灰色の瞳と目があった。 「…なんて言ったらいいのか判らないんですけど…、あの…」 「あぁ」 「…刹那が違うんです」 「違うって」 言うなら、いっそすっぱりと言え。この際、どんな事でも驚かないから、さっさと言え。 目で促すと、アレルヤがごくっと喉を鳴らした。口がゆっくりと開く。 「…なかなかイってくれないんです。前は結構すぐにイっちゃってたのに」 はっきりと言い切った、アレルヤの言葉。 その直後、ロックオンの視界が真っ暗になった。目を閉じたからだ。 前言撤回だ。 …あぁ、俺は、もうこいつの話を聞きたくない。 *** 「はぁ…」 なんでこんな事を聞かなきゃならないのか。 相談に乗った俺が馬鹿だった。あぁ、それは認める。俺が馬鹿だったんだ。 エクシアの格納庫にやってきたロックオンは、刹那の後姿を見つめてため息を吐き出した。いっそすぐに見つからなければ良かったのに、こういう時に限って見つけてしまうんだ。 アレルヤから相談されたことを、刹那に聞かなければならないのだが、…そもそもよく考えてみろ。どうしてこんな役割を自分が請け負っているのか。 (俺は…馬鹿なんじゃないか…) 思わず、もう一度ため息を洩らしながら、頭を掻き毟る。…本当にどうしたらいいのか、これは。 「…ロックオン」 あぁ、判ってる、判ってるって、聞けばいいんだろ。…いや、でも物凄く情けないことを聞こうとしてるんじゃないのか、俺は。 「…ロックオン」 「判ってるって!」 振り返った先に、刹那が立っていた。 「…あ」 道を塞いでいたロックオンを邪魔だと言いたげな顔で、刹那はじっと見つめている。 「悪い、…ちょっとお前に話があって、な」 「……」 話があると切り出しているのに、刹那はロックオンの脇をスタスタと通り抜けて、待機室でドリンクを手に取る。 「アレルヤからの相談事なんだか。」 「………」 「あー…お前にどういえばいいかな…。…アレルヤが困ってたんで俺が…」 「…何を困っていた」 「何って…」 言いにくいな。いや、別に言わなくてもいいんじゃないのか。あんなヨタ話は。 しかし、アレルヤの純粋さは良く知っている。あれはあれで本気で困って本気で悩んでいるんだ。 あんな程度の困りごとで、アレルヤの精神面が改善されるなら、こっちが恥のひとつでもかいて聞いてやってもいいんじゃのかと思えた。…それが、どれだけ馬鹿な事でも。 「アレルヤがな、お前との事で悩んでた。色恋沙汰ってか、まぁベッドの中での約束ってのか…。…俺からはこれ以上言うのもなんだから、さ。一度、あいつと膝を付き合わせて話をしたほうがいいんじゃないのか」 「………」 中途半端なアドバイスである。これでは2人の問題は何ひとつ解決しないような気がする。 けれどこれ以上何を言えっていうんだ。まさか素直にあのままの言葉を言えと?…無理だ。 刹那は何を考えたのか、表情も変えず、小さく唇を結ぶと、たった一言、答えを出す。 「……問題ない」 「何が?…お前、質問の意味判ってるのか?」 「…ああ」 嘘だ。嘘をつけ。 判るはずないだろ、あんな下ネタ話を。 一笑してやろうかと思ったが、刹那はあっさりと答えを告げた。 「…判っていて、やっている」 「………え?」 「アレルヤが悩むのも、計算のうちだ」 「……は?」 判っていてやってる? 計算…? …まさか、本当に、刹那は判っているというのか。 「…嘘だろ…」 「嘘じゃない」 「…だって、お前…」 ぱくぱくと口を開いたままのロックオンに、刹那は涼しい顔だ。 「…早く終らせないようにするには、こっちが終らなければいいと気づいた」 「………」 「だから、わかってやっている」 嘘だろ。 おい。 こいつ、本当に判ってやってる。 刹那に出来るはずがないと思っていた、恋愛だの、セックスだのの駆け引きを、よりにもよってアレルヤを手玉にとってやってるっていうのか。 「……マジかよ」 「悪いか」 「いや、悪くねぇ、悪くはねぇと思う!」 多分。 ただ、刹那がそんな事をするなんて思いもよらなかったから驚いた。 (…うわ……) 刹那が楽しんでいる。 恋愛を。 セックスを。 (…嘘だろ……) 想定外の事に驚いた口が塞がらない。頭1つ分以上小さい刹那の頭を見下ろした。 刹那は何がおかしいんだと言わんばかりに見上げているから、ロックオンは思わず自分の口元を押さえた。これ以上驚いて、ぽかんとしていたら、何かが口から洩れてしまいそうだ。 だって、まさか、刹那が。 「…おまえ…すげえな…」 「…なんの話だ」 「いや、凄いよ、すげぇすげぇ」 頭をぽんぽんと叩くと、うざったいとばかりに避けようとする。その仕草が可愛くてたまらなかった。 アレルヤ。 …お前の恋人は、なかなかにクセ者かもしれねぇぜ。 …びっくりだ。 |