砂塵の舞う、この街の寿命は短い。

小さな街。
砂に飲み込まれいずれは砂漠となる運命。
交易都市であったはずの、都会との交通網は全て砂に埋まり、今では馬かバギーで渡ることしか訪れることの出来ない。
木々で建てられた建造物は劣化の一途を辿っている。
女子供は逃げたか死に絶えたか。一部の売春婦がひっそりと生きているだけで、華やかさは欠片もない。

「これは…酷いな…」
街入口から一歩足を踏み入れた途端に感じる異様な雰囲気。まともな人間の気配さえない。
「予想以上だ…」
口元まで覆った防砂マスクを下げ、アスランはため息を洩らした。
酷い街だと聞いてはいたが、まさかここまで酷いとは。
宿屋を探さねばならないが、まともな宿屋が果たしてあるのだろうか。
メインストリートと思われる通りにはゴロツキが居座り、先程からねっとりとした目線を投げかけられている。
アスランはコートの下で拳銃を握り締めた。殺気さえ感じるこの街ではどうやら気を抜くことは出来そうにない。
数件の酒屋と、入口が硬く閉ざされた家々を見つめながら、アスランは通りから1本入った路地に宿屋の看板を見つけた。
入口に掲げられたINNの小さな看板。
周りを見渡してみるが、他に宿屋の文字は無い。
ここしかないかと諦めて、アスランは路地に足を踏み入れた。
砂避けの階段を上がると、朽ちた木がギシギシと音を立てていた。


***


「いらっしゃい、ひとり?」
フードの砂を落すより早く、小さなカウンターの内側から少年とおぼしき声がした。若い。…いや幼いと思う程の少年の声だ。
「ああ、ひとりだ」
「後からツレが来る?」
「……いや、こないが…」
何かを言うよりも早く、カウンターの少年は、さっさと手を動かす。
カウンター内に備え付けられたいくつもの小さな鍵箱の中から1つを取り出して、カウンターの上に置いた。勝手に事が進んでいるらしい。
「…まだ俺は泊まるとは…」
「違うの?なら何しに来たんだよ、アンタ」
辛辣な物言いだ。どうやらこの少年は元々口が悪いらしい。
見れば、まだ15やそこらに見える少年だった。店番でもしているのだろうか。
赤い眼が、じっとこちらを見上げている。不審な目を向けられているのだと判った。
怪しいものじゃないと告げるために、アスランは両手を開く。拳銃はコートの裏にしまった。
「…この街には給油で寄った。宿を探しているんだが、治安が悪そうなんで幾つか宿を見て廻りたいんだが…」
「この街にあるマトモな宿はここだけだよ」
少年の言葉はそっけない。容赦もない。
「まともがここだけ?…どういう事だ」
「見てのとおり、ここは朽ち果ててる町なんだ。住み着いてるのは札付きのやつばっかりだ。ウチが一番マトモ。あとは牢獄みたいな宿ばっかりだよ。それか朝になったら身包み剥がされるようなトコしかない」
「なん…」
「だから、アンタみたいな旅の人間は、ここに泊まって正解」
ここが一番マトモ。
こんな適当な接客しかしない少年が、まともとはよく言ったものだ。
客の都合も聞かないで、他はダメだからここにしろ?
それこそ、常套の文句じゃないか。

…一体この街はどういう事になってるんだ。
肩についた砂を払い落とし、アスランはようやくフードを後ろへと下ろした。バイザーもとって、数度髪を振った。
ようやく砂の無い場所で息が出来る。

「…アンタ…ホントに何も知らなくて旅してんのか」
「…何の話だ?」
顔を晒した途端、目をくりくりとさせ、それから溜息のような声。
ぼそぼそと何かを言ってると思えば、どこのボンボンだよ、だとか悪口を呟いているようだ。聞こえているのならはっきり言えばいいものを。
それにしても、この少年の言葉には謎が多すぎる。理解できない。
「君の言っている事は、よく判らない事が多いな。何がどうなってるっていうんだ」
「まあいいよ。この街に一晩居りゃあ判る事だし。…ああ、うち、メシはやってないから。そこらへんの店に食べに行って」
「…一泊で幾らなんだ?」
どうにも値段を聞いておかねば、後々トラブルになりそうだ。
この少年の言っている事が、ホントか嘘かは判らないが、まともでない街なのは確かなようだし。
少年は、少しばかり目を細めてアスランの身体を下から上へじろりと見たあと、興味もなさげに目をそらした。
「俺なら130。女を呼ぶなら下から150、200、300。あとはアンタの好み。そこらへんの女連れてきてもいいけど、はっきり言って俺が紹介するのよりタチが悪いから気をつけたほうが…」
「ちょっとまて、どういう事だ」
「は?」
「お前なら130とか女ならとか…俺はただ、」
「フツーに泊まりたかったわけ?アンタまさか」
まさか、を強調して言われ、さらに馬鹿なんじゃないの、と突き放した言葉までついてきた。

「君は、ここはまともな宿だと」
「だからマトモな商売やってる宿だよ」
「…他を当たる」
「他なんかないって言ったろ。アンタ、そんなじゃ他行ったらカモにされるぞ」
「忠告だけ受け取っておく」
売春宿を探していたつもりはない。ただ一晩のベッドが欲しかっただけだ。
もう一度フードを被りなおした。外は酷い砂嵐だ。この街では数分おきに砂が激しく舞う。
「…君も、こんなところで商売なんて…」
「ふざけんな」
「ふざけてはいない。130で身売りか?その歳で」
「ああそうだよ、キモチイイ思いして、ちょっと舐めてやればそれだけで100は俺の取り分だ」
「……おまえ…」
真っ赤な目が、あまりにも強い力で睨んでいた。
自分の身を売るんだとはっきり目の前で言われたのはこれが初めてだ。それも何のためらいも無く。
その場を動けず、彼に投げかける言葉も見つからない。拳を握りしめ、何かを言おうと口を開いたと同時、カウンターの中に設置された年代ものの電話のベルが鳴った。
鋭い目を崩さぬまま、少年が電話を取る。
「…ああ、俺だけど。…今夜?……あー…いいよ、行く。客が入るかと思ったんだけど、キャンセルみたいでさ。そっちに付き合う」
じろりと目線で威嚇しておいて、電話をきる。
今夜。
…つまりは、今夜、この少年は別の客を取ると。
「そういう事で。じゃあ他を探すんならどーぞ。早くいけば?」
カウンターに出したままのキーを棚に戻し、椅子に乱暴に腰掛けると、用が無いなら出て行けとばかりに、追いやるように手を振る。
背中を見せた少年が、再び顔を見せることは、もう無かった。