どうしてこんなことになったのだろう。

ロックオンの唇が迫っている。
視界が徐々に暗くなり、やがて、唇が隙間なくぴっちりと開いた口に張り付いた。直後、とろっと刺激的な液体が口移しで流れこんでくるから、拒むことも出来ずに喉を動かして受け止める。
「…ン、…」
飲み干せなかったものが、唇の端からつつつ、と落ち、着せられた洋服の上にぽたぽたと染みを作った。
それさえも頭の片隅で呆然と受け止めながら、喉を下る炭酸を飲み干した。アルコールだ。
口移しで飲ませ終えたはずのロックオンの唇は、はりついたまま何故か離れない。
それどころか、咥内を探検するかのように舌先でつついて遊び、柔らかな内粘膜をなぞってゆく。
普段なら鳥肌が立つような行為も、咎める気さえ起きない。

何故、こんなことに。

何度も問いかけ、しかし答えなど何処からも戻ってこないことを知る。
どうしようもなかった。
どうすることも出来なかった。
ただ、終わりにしたかったのだ。こんな関係も、こんな歪んだセックスも。

今、刹那の視界に見えるのは、車のフロントガラスを打つ大粒の雨と、どんよりと重苦しい濃灰色の空だけ。
車内に音楽はなく、静まり返った空間がやけに重かった。助手席のシートにぐったりと背中を預け、ロックオンの口付けを受け止める。

ただそれだけの時間が流れた。
拒む事も出来やしない。
両の手は、まとめて手首を固定された上に、ヘッドレストの後ろで縛られている。
両手を頭の上で括られたまま、身体の自由を奪われ。
さらに車という密室だ。
もうどうしようもない。

最初から、何処へ連れて行かれるのかも判らなかった。
ロックオンの表情がいつもと違う、と。
…そこに僅かな殺気さえあったのに、それさえ気付けなかった。
遅かった。
気付いた時には腹に深い拳が埋められていて、身体中の力が抜けきっていた。
目を醒ませば車の中。
朦朧とする意識の中で、ロックオンの唇を受け止めている。

何がしたいのだろうか。
どこへ連れて行きたいのだろうか。
もう、この関係は終りだというのに。


(…ああ…、だから、か…)
呆然と考える。
ロックオンの目が、じっと顔を見下ろしていた。
動かない眼球、覆い被さる身体。

少しずつ、少しずつ、ロックオンの身体が降りてくる。
身体に触れる。
抱き締められる。
ああ、拘束されていく。

刹那は目を閉じた。

ああ、
これが最後というのならば、いっそ、食われてしまえば。

全てを食いつくされて、この男の一部となる。
それはとても甘い響きのように聞こえて、ほんの少し、ほんの少しだけ、刹那は穏やかに微笑んだ。