「刹那、こんな事をしていていいのか?」 ティエリアの言葉にも、刹那は無言のまま耳を貸さない。ティエリアの言葉は聞いている。だが、あえて無視だ。 しかし、ティエリアの口撃は続いた。 「黙って射撃場に来てはいけないと、ロックオンに言われていたんじゃないのか?」 ああ、言われていた。だからこそ、ティエリアの言葉は聞かなかった事にする。 駄目だと言われていることをしている。 本来、そんな事はアンドロイドとして絶対に許されないことだろうが、聞いていなかったのなら、問題ないだろう。 しらなかった。 …そういうことにしておくことにする。 「刹那。…君は問題児だな」 さらに、ティエリアから言われた言葉も、耳を塞ぐ。 こうでもしなければ、いつまで経っても銃の腕が上がらない。 次々に的に弾を撃ちつけながら、刹那は唇をゆがめていた。 拳銃の腕が、いつまで経ってもあがらない。 ロックオンに、才能がないと一喝されてしまったが、刹那はどうしても諦めきれないでいた。 どうして狙っているのに、当たらないのだろうか。 この目は、白と黒で出来た人型の的をちゃんと見据えているし、狙いも定めている。なのに、トリガーを引いた途端、その弾は大きく反れるのだ。 「なぜだ」 「理由が判らないのが、才能がないという事ではないのか」 鋭いティエリアの突っ込みにも、刹那は憮然と返した。 「狙っているから当たるはずだ」 「けれど、君の狙いはほとんど当たっていない。射撃のプロであるロックオンに教えてもらったのに、そんな腕では…」 「練習すれば、上手くなるはずだ」 「…しかし、君はいくら練習しても駄目なようだが…」 最後の、ティエリアの言葉は、やはり聞かないで置くことにした。 ストックされていた弾を全て撃ち、空になると、再び装填して構える。 それでも、刹那の正面にある的には、数発しか当たった形跡がない。 的の左右や、床にどんどんめりこんでいくばかりだ。 「…この射撃場を破壊する気じゃないだろうな、刹那」 溜息まじりのティエリアの声。 「…あの的がよくない」 ふいに、銃声が止んだと同時に、刹那のきっぱりとした声。 「なぜだ?」 「あの的は、人間ではない。白黒の人間などいない」 「それはそうだろうが…あ」 ティエリアの声が突然止まった。 あ、という音と共に、刹那の背後に人影。振り返るよりも、その人影が、後ろから刹那に絡みつく方が早かった。 「…うわあっ!?」 驚き声と共に、すくみ上がる。 「お前は何してんだ、こんなとこで」 覆い被さって耳元で囁いたのは、紛れも無くロックオンだった。 見つかってしまった。…まずい。 刹那は、身体に力を入れた。ロックオンの羽交い絞めから抜け出そうとするが、出来ない。体格差が激しいのだ。どれだけ暴れても、後ろから抱き締められてしまえば、逃げる事は出来ない。それはベッドの中でも良く判っていた事だ。 「…俺は、ここに無断で来るなって、さんざん言っただろぉが…」 「……………。言った…か?」 「お前、ついに嘘をつくようになったか!」 「いや、覚えてないだけだ」 「そう言ってる地点で、覚えてんだよ、馬鹿!」 後ろから頭を、べしっと叩く。 「刹那、お前覚えてろよ。お仕置きすんぞ」 「………」 後ろからの羽交い絞めは解かれない。 「苦しい、ロックオン」 「苦しくしてんだよ、ったく」 むぎゅう、と最後に強く抱きしめてから、少しばかり力を弱める。 「…で。内緒で練習してたくせに、結果がコレか」 刹那の頭のてっぺんに顎を乗せながら、前方の的を見た。見事に大ハズレだ。相変らず命中率が低い。 「ホントに才能ねぇなあ…お前」 「的が悪いんだ」 「的ぉ?」 「あれは実践的でない。人間の形をしただけのものだ」 「お前ねぇ、実際の人間撃つわけにはいかないだろ?あきらめろよ、もう」 「しかし、刹那のナイフの腕は、まずまずだったんだが」 「…ん?」 ティエリアの声に、ロックオンが振り返る。 射撃場の隅に配置されていたナイフの棚から、数本の小さなダガーを取り出して刹那に渡す。 「投げてみろ、刹那」 「無理だろ。銃もマトモに当たらないのに、ナイフって…」 ロックオンが笑っているその最中に、何気なくナイフを手に取った刹那が、大して的も見ずに、シュッと一刀を投げた。 それは空気を切り裂いて、的の右下にスコン、と刺さった。ど真ん中に命中というわけではないが、なかなかの場所だ。 「…な…」 的に刺さって揺れる、刃。 「…なんで刺さった?もう一回やってみろよ、刹那」 再びナイフを取らせて、数刃を投げさせてみる。 結果は一目瞭然だった。拳銃よりも、ずっと命中率が高い。的に当たっているのだ。 「…なんでだ?」 「ナイフの方が簡単だ」 「…いや、普通そっちのが難しいだろ」 どうして、刹那がナイフを器用に扱っているのかが判らない。ナイフなど練習させた覚えもないのに。 「…まさか、お前ら料理してる間に覚えたとか…」 「ナイフは投げていないが」 「あー…そうだよな…。だったらなんで…」 なぜか判らない。ダガーを見つめながら、ロックオンは首をひねった。 「ロックオン、こっちに来てくれ」 「おう?」 手招きをされるまま、ロックオンが歩く。 「そう、そこに立っていてくれ」 壁を背にして立たされ、そこでふとロックオンは顔を上げた。 数メートル先には、刹那が狙い済ました顔でこっちを見ている。 「…お?」 気付くのが遅かった。 鋭い刹那の表情から、ナイフがまっすぐに投げられたのだ。 「うおおおおっ!??」 あまりの事に、身体が硬直した。が、慌てて首を竦めて避ける。ナイフは、ロックオンの右耳のあった場所から数センチそれたところに、スコンと当たって刺さった。 「お、お、お前ッ!!」 「よし」 「よしじゃねぇええええ!」 「構えろロックオン。的があったほうが狙いやすい」 「何言ってんだ、お前はッ!!」 怒鳴って、その場を離れようとしたその隙に、また刹那が二投目を投げた。 今度は、股の間にストンと刺さる。 「ちょっ…おい…!」 誰が人間を的にしていいなんて言った! 避けようと思っても、刹那は次々にナイフを投げる。恐怖で言葉も出ない。よりにもよってあの刹那だ。銃弾はさっぱり当たらなかった、あの。 恐怖だ。 サーカスでもあるまいし! 「なかなかじゃないか、刹那。君は拳銃よりもナイフの方がずっといいな」 「ああ。失敗も少ない」 「失敗したら俺は血だらけだ、馬鹿野郎!!!」 叫ぶロックオンは、今夜は徹底的に仕置きしてやろうと誓った。 |