「少しばかりは期待をしていたんじゃないのか」
「ほっとけよ」
カウンターの中、いささか乱暴にグラスを拭きながら、ロックオンはぶっきらぼうな言葉を吐き出す。
さっきから、やけに絡んでくるのはティエリアだ。
いつもの席、いつもの場所に陣取って、PCをひらいたまま、こちらをじっと見つめてくる。
丸いめがねの奥にある鋭い目が、細められていた。
…楽しそうな顔しやがって。
ロックオンは胸の中で毒を吐き出す。


期待していたか、だと?
していたに決まっている。
ああ見えて、刹那は義理深い男だし、記念日だとかにも気を配る男だ。
だからこそ、今日が何の日であるか、よく判っているだろうに、もうすぐ3月3日という日を終えようとしているのに、音沙汰は何もない。

ロックオンは再び壁掛けの時計を見上げた。
午後11時45分。残りはあと15分だ。

誕生日などというものに、こんなにセンチメンタルになることは今までないと思っていたのに。
どうしても、期待してしまっている自分が居る。
それでも、残り15分にもなれば、諦めも出てくるもので、仕方ないと割り切って、仕事に集中することにした。
グラスを拭き終えては、棚に戻す。
今、拭いたばかりのグラスをふと見れば、わずかなくもり。
きちんと拭けていなかったらしい。
心の乱れだ、と溜息を吐き出して、もう一度手に取った。


「あと10分だな」
「だから、追い討ちをかけるなって」
「期待していた分、音沙汰ないのは辛いだろう」
「だから、お前なぁ!」

こういう時ばかり、ティエリアは楽しげに饒舌になっているからたちが悪い。
どうしようもない。
「…だから…少しぐらい慰めるとかな…、」
「僕に優しい言葉をかけて欲しいのか」
きっぱりと言われて、ロックオンは思わず押し黙った。
ティエリアがやさしげな声?
「…いや、いい…」
結局からかわれ損だ。


残りはあと3分。
終ろうとしている3月3日。
便りがないのは無事な証拠かと割り切るしか無いのかもしれない。
そうだ、誕生日だからとて、ただ単に、生まれた日というだけで、何か特別なことはないのだし。
おそらくまたどこかの砂漠かジャングルか僻地で戦っているのだろう。刹那が手を抜くことなどありえないだろうし。
「…ま、あいつが生きていればそれでいいさ」
ぽつり、つぶやく。
それはロックオンの本心だった。
自然と、微笑みが洩れた。
「そうか。ならばこの刹那からのレターは要らないという事だな」

…ふ、と。
まるでなんでもないことのように、ティエリアが呟く。
思わず振り返ると、開いていたPCをぱたんと閉じる。
「え?…な、んて」
「刹那から、映像通信でレターを受け取っている。お前に直接回線を繋げるのは恥ずかしかったようだ」
「…はっ?えっ?」
なんだよそれ!思わずティエリアに身を乗り出した。…まさか、そのPCで今まで見ていたのか。刹那からの映像を。
「てか、なんだよ、恥ずかしいって!」
「この中身を見れば判る。…そうか、なかなか刹那も言うようになったな」
「おいティエリア!!」
ちょっとまて、それには一体刹那のどんな言葉が収まっているんだ!
身を乗り出して、ティエリアのPCに手を伸ばす。
けれど、その動きを読んでいたとばかりに、PCをすっと除けてしまった。
「おい!」
「あなたが要らないと言ったんだ」
「ばか!そんな冗談受け取るなよ!…てかまて!帰ろうとするな、ティエリアー!!」

伸ばしたまま、ひっこみもつかない手。
飄々と店を後にしようとするティエリア。
それを黙って見ていたアレルヤとライルは、またやってるよと顔を合わせて笑った。