ずっと、ずっと追っている。たったひとりを。


「今日も随分遅かったな」
「ライル、まだおきてたのか」
「にいさんより先に寝る気になれなくて、ね?」
午前になってから、しばらく。
静かに玄関のドアが開いた。そのかすかな音に耳を澄ませて、寝そべっていたソファから立ち上がる。
どうみても疲れ切ったにいさんの表情。
手を伸ばして、頬を撫でた。冷たい。

「ずっと署に?」
「ああ」
「…まだ粘ってたのかよ。アイツが出たの、7時だろ?」
「取り逃がしても、その後にやることが多いんだよ」
触れた手に、にいさんの手が重なる。そっと手のひらにキスを落とされて、性感帯に僅かな火が灯った。でも今はするわけにいかない。
「疲れてんだろ。風呂は」
「…明日でいいよ」
「入れてやろうか?」
「お前が?…美味しい誘いだけど止めとくよ」
ふ、とにいさんが笑う。
どうやら今夜はヤる気は無いらしいと判って、ならこの火のついたものは抑えなきゃならないなと、少しだけ微笑むことでにいさんにバレないように息を吐く。
やらない。でも、にいさんの手は離れない。だから今夜はきっと添い寝をしたい気分なんだろう。判るから、にいさんのネクタイに手をかけた。
しゅるりと布擦れの音と共に、細長いシルクが解けていく。床に落として、今度はジャケットに。その内側に、拳銃。

(ああ、これで撃たれていたらどうなっていただろうか)

思う。
あの月夜の中で、拳銃が狙いを定めきれていたら。
自分が避けるのがもう少し遅かったら。
おそらく、逃走しようと空を舞ったところを撃たれて、数十メートルの高さからまっさかさまに落ちていた。物言わぬ躯になっていただろう。

(そしたら今頃、にいさんは泣いてくれていたのかな)

それとも、絶望していた?

想像して、笑った。
「…どうした?」
「ん?」
「笑ってるからさ」
「…ああ、ちょっとね。にいさんの拳銃は物騒だなって思って」

黒光りするそれ。触れたくなくてジャケットだけを脱がした。ホルスターは自分で外してよと言外に告げて。
「仕事…まだ忙しいんだ?」
「ああ、しばらくかかりそうだな。なかなか掴まらないからな、あの怪盗は」
「…凄いやつだよな。にいさんをここまで悩ませるなんて」
「まったくだ」

今度はにいさんが笑う。口端を緩めて。
と、同時に唇が近づいた。
「…ん、」
触れ合って、すぐに口の中がこじ開けられて、舌をノックされる。
…深く絡み合って、あれ、今日する気になったのかな、と気配で悟った。
「そういう気分?」
目を見て聞く。
「…俺はいつだってそういう気分だよ」
にいさんがまた笑う。
嘘ばっかり。


にいさんの嘘は、下手だ。
すぐにバレる。
思ってもないことも言う。駄目だって判ってることでも、いいよと言う。
ずっと一緒に居ようといえば、当たり前だ、と返される。
秘密もなしだ、と言っても、秘密なんてひとつもないさ、と笑う。
気持ちいい時は、ちゃんと声を出すって言っても、自分ばかりがいつも喘いでいて、にいさんは笑ってみてる。

にいさんは嘘ばっかりだ。

ベッドに倒れ込みながら、嘘つきなにいさんの身体を抱き寄せる。
ちゃんと触れ合って、胸と胸もね、一緒になって。
ほら、鼓動はこんなにおんなじなのに。
肌の色も、髪も、目も、口も、声も、何もかも一緒の気分になったって、本当は全然違ういきもの。
ひとつの命を分け合っても、まったく違うよ。やっぱり違う。

「…にいさん」
名を呼ぶ。その笑顔にいつだってとろけるけれど。
ぐちゅぐちゅとかき回されるナカ。にいさんを迎え入れるには充分。慣らさなくたって入るようになってしまったから、いつだって受け入れられる。もうにいさんがどういうセックスを望んでいるのかだって、判る。何十回も、何百回もしてきたセックス。
「にいさん、今日は強くして」
「ライル」
「疲れて疲れて、ぐっすり眠ちゃうまでやろう」
そしたら何も考えられなくなるよ。俺もにいさんも。
首筋に手を回して、離さないとばかりにぎゅっと抱き寄せた。にいさんは少しだけ震えてみせたけれど、すぐに抱き締め返す。
「…本当に、お前はいつも…」
「え…?」
囁いた声に、反応は出来なかった。
にいさんの激しい動きに、ついていくことが精一杯で。
だから判らなかったんだ。
にいさんが、本当に見せた表情も、俺に対する思いも。
嘘が下手。
だからこそ、見抜けなかった。

「…本当に、お前はいつも俺を悩ませてくれるよ…」