雷鳴がとどろいていた。

目の前のモニターには、ロックオンされたMSがランダム旋回を繰り返している。そんなことをしても無駄だ。この距離では確実に撃ちぬける。…撃ちぬけてしまう。
「…刹那、俺はスナイパーなんだぜ…」
呟いた。
彼には判っているはずだ。ともに仕事をこなしてきたのだから。
「なあ…俺の腕ぐらい、知ってるはずだろ…?」
お前の右腕として、後輩として、やってきたはずだ。
背後から射撃で援護をした。その腕を知らないはずがない。
この距離からなら、外す事がないということも。
それも彼は逃げる。
軍から、この海から、ロックオンから。
「…なぁ、刹那…刹那ッ…」
叫ぶ声は、狭いコックピットの中に掠れて消える。

刹那Fセイエイ。
突然やってきたトップエリート。歴戦のベテランパイロット。名前ぐらい知っていた。アカデミーでも名を残すほどに優秀な成績だった。彼のナイフの腕や戦闘把握の素早さ、それはアカデミーでも群を抜いていたから。

「…なのに、なんでッ…!」
操縦幹を握り締める。
撃ちたくない、
撃ちたくない、
撃ちたくない!
なのに、どうして、

「俺を裏切ったりするんだ…!」

叫んだ声は悲痛だった。
コックピットの中、響く声。
目の前には彼が乗るMS。あとはこの操縦幹のレバーを僅かに引くだけだ。
もう逃げ切れない。刹那はもう、今ここで堕ちて真っ暗な海に落ちるか、それとも投降して銃殺されるか。…道はそのふたつしか。
手が震える。
目を閉じれば、そこに映ったのはMSでもなく、刹那の強張った顔だった。ずっと見ていたあの顔、あの背中。
それは軍人としてではなく、先輩としてではなく、上官としてでもなかった。
ベッドの中、乱れる刹那を知っている。
本当は寂しがりやなのも知っている。
感情を出すのが下手で、だからこそ皆から遠巻きに見られていたけれど、その実、人の痛みには敏感な事を知っている。
接近戦が得意、ナイフが得意、だけど、射撃と人間関係はとても苦手で。
だからこそ、刹那のインナースペースに入れたと判った時は嬉しかった。
とても、とても、嬉しかったのに。

「刹那、撃ちたくねぇ、撃ちたくないんだよ…!」
だからお願いだ、投降してくれ。基地に戻ってくれ。
それとも俺を攻撃して、ああ、そうだ、この銃口を撃ち落してくれれば。
…無理だ。
そんな事出来ない。あいつは出来ない。
引き金を引くなんて、そんな事。
「刹那ァアアア!」




雷鳴が響いている。
近くで、遠くで、稲光が暗い雲の隙間に這う。
自分の荒い息遣いしか聞こえないコックピットに、刹那の声が響いた。

『ロックオン』

…その名を呼ぶ声さえ、いつもの穏やかな声で。