「最初っから、あいつに敵うわけなかったな…」

見上げれば、満天の星空。
宇宙の暗闇の中、いたるところで星が瞬いている。
その星をも埋め尽くしているのは、数え切れないほどの帰還信号だ。明るい明るい瞬きが、宇宙全てを覆っているように見えた。
振り返れば、月面に叩き落されたMSがある。つい数刻前まで共に戦っていた愛機は、メインスラスターと出力をやられていてもう動く事は出来ない。ひしゃげたコックピットハッチ

をこじあけて這い出た時には全てが終っていた。
雑音ばかりが混じる混線した音声。時折所々で光る爆発。
それ以上の、帰還信号の光。
ロックオンはその明るすぎる星空を見つめていた。

これは全部、刹那がやった事なんだろう。

判っている。
出会った時は、年下の生意気な上官だった。無口で無愛想で突拍子もなくて。上官のくせに下士官を育てるのも下手だった。
本当にコイツは大丈夫なのかと思ったのも一度や二度じゃない。
けれど、とてつもない操縦技術でMSを乗りこなしてみせる。…強い。そう感じていた。
軍を裏切って、自分の思うとおりに行動をして、そうしてあの男は、様々なものを手に入れた。
砂漠の荒野に生まれ、それでもザフトの中でトップとして君臨し、そして今、この戦いを終らせるために命を燃やした。
考えてもみれば、とんでもない人生を歩んでいるなと思う。

「…生きていてくれて…嬉しかったけどな…」
あの冷たい海の底に落としたはずの命が、どうやって救われたのか判らない。
今思うのは、生きていてくれてよかった、という事だけ。

こうしてこの月面にひとり取り残されても、この輝きが刹那の仕業だと判っていても、それをうらやむ気も嘆く気もまったく起きなかった。
過去に囚われるのはやめろと。
叫んだ刹那の声が、ロックオンの耳の奥深くに残っている。

それでも、刹那の言葉だけでは変われなかった自分を、完膚なきまでに叩きのめす事で振り切らせた。
おかげで、こんな場所で終戦を迎えることになってしまった。

「…だからって、スラスターだけを容赦なく狙うことないだろうにさ…」
ああ、本当に容赦なく、だった。
こっちは死に物狂いで刹那を落としにいったのに、まるで上手くあしらわれただけのよう。
おかげでこっちは身体中が痛い。肋骨あたりは折れているのだろうと判るし、右腕はまったく動かす事も出来ない。
けれど、MSをここまで破壊しておきながらパイロットの命は助かっている。

「…あいつ…どこまで行っちまったんだろ…」

自分よりも年下の、人を寄せつけないようなオーラを出しておきながら、本当は寂しがりやで。
なのに意思だけは誰よりも強い。

「ホントに俺はあいつに愛されていたのかね…?」

岩石に腰を下ろしながら、ため息を吐く。
補強テープで固定したバイザーは視界が悪い。酸素流出もあるらしく、息苦しくて呼吸が荒くなる。
このまま、見つけられなかった場合、俺は窒息死だろうか。
ふと思いついて、まぁそれも仕方ないかと笑った。

今までだって、どれだけでも人を殺してきた。
家族の仇を、そして弟が安心してくらせる世界を望むばかりに、盲目的に勝利を目指した。
ザフトが進もうとしている、議長が指し示した未来を信じることで報われようとしていた。
愛する人を殺してまで。

「…あぁ…でもお前が生きていてくれて本当によかったよ…」

月面の岩石の上に、上半身を投げ出した。
身体中の痛みが、徐々に麻痺を始めていた。
そろそろこの命も終るだろうか。
そしてこの命が終れば、刹那への贖罪になるのだろうか。
考えて、すぐに笑った。

「…いや、あいつはきっと…」

悲しむだろう。
だって、愛されていたと知っているから。

「…刹那」
呟いて、目を閉じた。
呼吸が少しずつ、細くなり、全てが見えなくなり、やがて身体が宇宙にゆっくりと浮いた。

『ロックオン』

頭の片隅に聞こえたような気がした、声。
それは電子ノイズにまぎれた刹那の声だった。


『…ロックオン、迎えにきた』