ロク刹。恋心を自覚してから、はじめての夜までの話。
表テーマは、恥らうふたり。裏テーマは、ゴムを嫌がる刹那。

---------------------------------------------------------



白いベッド、シーツ。
その上に褐色の肌と黒髪が散っている。刹那の身体だ。
ドク、ドクと胸が鳴る。
ただ、まっすぐに見つめてくる目がたまらない。視線を逸らしたくなる。…嘘だ。見ていたい。ずっと。
少し前まで、まさか刹那とこんな風になるとは思ってもみなかった。ただの同僚、同じガンダムマイスター。ちょっと生意気で感情の表し方が上手くなくて。そんな不器用な子供だと思っていた。
けれど、その彼を愛おしく思っていたのも確かだ。
(だからって、まさか、…)
今、ベッドの上に刹那を寝そべらせ、ロックオンはその上にいる。シーツに手を付き、刹那を逃げられないようにしたのは自分。
そうだ、今更だ。

―――困った事になった。

勢いで押し倒してしまった手前、いざ刹那に見つめられると、どうしたらいいか判らない。
今からやる事は、セックス、ただそれだけなのに。

刹那・F・セイエイ。まだ15か14程度。
どうみても少年だ。
刹那自身は、今からやることを判っているのかいないのか、不思議そうなけれど真面目な顔つきで、ロックオンを見上げてくるだけ。
その刹那の手の中にはコンドームが1つ、握られている。
(これ…マジでどうすんだ…)
冷たい汗が、ロックオンの背中を流れた。

刹那が好きだ。
きっとこれは恋だろう。
けれど、刹那に恋愛感情を抱くようになったのは、ほんの些細な出来事がきっかけだった。

***


まさか、あんなにもあっさりと自分の恋心を自覚するとは思わなかった。
歳も随分と下で、しかも同性。ソレスタルビーイングで成すべきこともあるのに、今更恋愛だと?
「嘘だろ俺…」
呟いたその言葉に返事があった。
「どうした、ロックオン」
「うおっ!?」
目の前に刹那が立っている。気付けば自分の部屋にたどり着いていた。刹那が居るのは当たり前だ。
酒を飲んでいたロックオンは遅い帰宅だったが、刹那はまだ起きていた。ランニング一枚の姿で居るところを見ると、トレーニングでもしていたのか。相変らずだ。
ロックオンの後ろでドアがプシュッと閉まって、自動でロックされる。これでこの部屋にはロックオンと刹那ふたりきりだ。
「…あー、いや、ちょっと、な。飲みすぎちまって」
笑って誤魔化す。けれど、つい今しがた自覚してしまったばかりで、今この状態。…どうすればいいのか。
刹那は顔色も変えずにじっとロックオンを見てから、ふいっと踵を返して自分のベッドへと入った。薄いシーツをひっぺがえして、ロックオンに背を向けると、眠る体制に入ってしまう。
向けられた背中が、拒絶を示しているかのようで、瞬間的に寂しくなった。
「…あー…刹那?」
声を掛ける。刹那は黙っている。が、気配が「話しかけるな」とは言ってない。
「お前、恋愛したことってあるか?」
話しかけたものの、上手い言葉が思い浮かばず、あまりにも直接的な言葉で聞いてしまう。なんでいきなり不器用になっているんだ。酔っ払っているせいか、それとも恋心を自覚してしまった所為か。…頭の回線がズレておかしくなっているのかもしれない。まだ胸がドクドク言っている。
背中を向けたままの刹那から、答えはない。
「いきなりそんなこと言われても答えずらいよな、悪かった刹那。忘れてくれ」
今までまったく普通に過ごしていたはずなのに、いきなり恋愛話をするなんて、どこの女子学生だ。俺は変態か。
悪かったという気持ちを伝えるべく、毛布が掛かった刹那の肩口をぽんぽんと叩く。それでも返事がないことに一応の安心をして、ロックオンは室内の電気を消した。
こういう時はさっさと眠ってしまうに限る。このままでは変にぎくしゃくしてしまいそうで怖い。
自分のベッドに足を入れ、身体を横に倒そうとした…ところで、静かな声がした。刹那だ。
「恋愛…というものが、どんなものか判らない」
ふいに聞こえた声に、ロックオンは刹那へと目を向けた。暗闇の中で姿はよく見えないが、背中は向けられたままだ。
「ロックオン、恋愛とはなんだ」
問いかけたはずが、逆に問われてロックオンは思わず口ごもった。
「…なんだ、って言われても、な…」
恋愛。相手を好きになること。さっき、クリスティナとスメラギが言っていたことを答えればいいだろうか。
「恋愛ってのは…ええと。一緒に居たいとか守りたいとか。つまりまぁ、相手を好きになって、いても経ってもいられなくなる事なんだけどさ」
「好き…」
刹那が呟く。その言葉にロックオンは鼓動がドクッと大きく踊った。自分に言われているわけでもないのだが、刹那がその単語を聞くとたまらない気持ちになる。
好き。…刹那が好きって言った。なんだかすごい。
感慨に耽っていたら、さらに刹那が爆弾を投下した。
「俺は、ロックオンが好きだが」
「…うえあっ!?」
爆弾だ。それも直撃にデカイ爆弾だ。
いきなりの告白に、ロックオンはベッドから滑り落ちそうになり、しかし寸前で止まった。
好き?…好きって、いや、違うって、きっと刹那が言っている好きは、ロックオンのそれとは違う。…ああ、そうだ違う。絶対に違う。それは仲間意識だとか友情(かどうかも怪しいが)そういったものからくるやつだろう。そうだ、多分。
まいった。動揺著しい。落ち着け。
「…あー…いや、うん、ありがとうな、す、すきって言ってくれて嬉しい。…でもな、多分レンアイのとはちょっと違うと思うぜ」
「違うのか」
「ああ…うん、まぁ…そうだな」
多分、違う。けれどその違いは説明しにくい。とてつもなく説明しにくい!
「もっと、なんていうかな…局地的なやつというか…深くて取り返しのつかないもの、というか…」
「どういう事だ」
「おまっ…。俺が言葉に迷ってる間にさっさと次を突っ込むのやめろよ。俺も考えてるんだから。…ええと。つまりその、さっき言ったろ?一緒に居たいとか、抱き締めたい、守ってやりたいか、とかそういうのをギュッとさ、深く濃く思う事だよ」
クリスティナが言っていた言葉をそのまま告げてしまう自分の語録センスが悲しい。残念なことに、ロックオンの鼓動は未だバクバク言っていて、ちゃんと考えなくてはと思っても、まともに頭が回らない。
「…守りたい…ひと」
刹那がまだぼんやり呟いた。
ああ、ひとまずこれで刹那が考える時間になったか、…と思えば、やはり刹那はまた簡単に答えを出した。
「ロックオンを守るのは、俺だ」
「はいっ?」
またも爆弾投下。お前、いい加減にしろよ、こっちはそのたびに不整脈だ。これだけプレッシャーをかけてどうするんだ。
守りたいのがロックオン。好きなのもロックオン。
とんでもない殺し文句だ。
けれど、やはり刹那の言葉にはさらに続きがあった。
「デュナメスに近距離を仕掛ける敵がいたら、俺がフォローをする。守る」
「…ああ、そう。そうだな、うん。お前が言う守るってのはそういう意味だろうな。サンキュ。もしそうなったら頼むぜ。…けどさ」
恋愛の守るっていうのはそういう意味じゃねえ。もっと直接的で即物的なものだ。ミッションだとか義務だとかじゃない。それを、刹那にどう伝えれば判るのだろうか。
こうなったら、いっそ聞いてみるか?恋愛ってのは、相手とセックスしたいかどうかだ、と。
(まてまて…、それじゃあまるでヤりたいだけになっちまう…)
それと恋愛はまた違うだろ。
頭がぐるぐる回る。困った。この問題には答えがない。
けれど、「刹那の恋愛」という話題があのふたりから出された原因は、まさにそういうことだった。刹那は自分の性欲処理が出来ているかしら、というスメラギの下世話だが人間にとっては大切なことを聞かれたのが事の始まりだ。
…だったらいっそ、セックスという単語を出して聞いてしまうほうがいいのかもしれない。
ロックオンはぐるぐる回っていた。本当に頭の中が回転しているかのようだ。ぐるぐるする。ぐちゃぐちゃになる。もういっそ言ってやろうか。俺がお前に向けているのがまさにそうだと。
「ロックオン?」
話の続きを求めるように名を呼んでくる刹那が、いつの間にかこちらを向いていた。眠る姿勢だったはずが、ロックオンが眠ろうとしていないことが判ると、自分も起き上がってベッドサイドに腰をかけている。
こんな深夜の個室でふたり、膝を付き合わせるほど近い距離で、下ネタな会話。いたたまれない。
つい先ほど、恋心を自覚したばかりのロックオンにとっては、尚更に。

「…刹那、お前さ」
「ああ」
「…その。…欲求とか、どうしてる?」
「欲求とはなんだ」
ああ、やっぱり聞くか。そうだよな、聞くよな。こうなったらもう引けない。
ロックオンは覚悟を決めた。よし、言うぞ。
「お前は、身体がムラムラすること、ねえ?」
「……?」
これだけ喋っても、刹那は判らないとばかりに首を傾ける。その仕草が可愛いと思う。少年の仕草そのものだ。
「ええと!つまりだな!だから、抜きたいかどうかってことだよ!」
はっきり言った。…言ったつもりだった。しかし。
「抜くとは、何を」
ああ、そうか。そうだよなぁ。
ここまで言って、それでも通じないということは、もう刹那はそういったことを知らないということだ。もしかして精通もしていないのかもしれない。15でしていないとなると、人間的には遅い方に入るが、今まで紛争だとかそんなものばかりしていたのなら、精神的にありえるのかもしれない。