俺とアスランさんが、そーゆー関係になったのは、ミネルバにいた頃だった。
確かアークエンジェルが出てくる少し前だったと思う。
ディオキアで、議長が用意してくれたホテルに泊まるってことになったとき、ああ、このひと艦に帰っちゃうんだぁ、って思ったから、あの頃にはもう一回目ぐらいは終わってた。
いつだっけ。ちゃんとは覚えてない。
始まりがどんな理由だったかもよく覚えてない。
なんとなくだった。…たぶん。
『シン、』
って呼ばれた声が柔らかかった。俺は振り向く。アスランさんの手が伸びてきた。
ただそれだけだったのに、なぜかその手を、俺は自分から取っていて、体温を確認するみたいに、ほっぺたに押し付けて。あー、このひとあったかいなーなんて思った。人肌っていうのに触れたのは久しぶりだって気づいた。
その後は、もうなしくずしみたいに、寝た。
理由なんてよく判らなくて、だって、あの人がキスしてきたら、ああこういうことする人なんだって思った。
俺はアスランさんに対して変な妄想でももっていたのか、そういう事をするんだって、考えたこともなかった。
前のプラント議長の息子で、歌姫の婚約者で、アカデミーの成績はダントツのトップで、ものすごいかっこいい顔つきしてるくせに、なーんでかオーブに居て、っつそれも色々言いなりになってて。かっこいいのに残念なひと?…凄いのに、凄くないひと?そんなイメージだった。
あの人がオーブに居なくて、もっとてきぱきした人だったら、きっと俺も尊敬とかしてたんだろうなぁって思った。でもやっぱり気に食わないわけだ。本当に気に食わない。
すぐ殴るし、すぐ怒るし。それで俺が好きになるはずないじゃん。
そうだよ、好きになんてなるはずない。
なのになぁ…なんでだろ?

セックス、出来るんだ。このひと。
俺のこと、抱けるんだ?
たいちょーなのに。
俺、ぶかなのに。
抱いてる。すげえ。…で、なんで俺が抱かれてんの?

ちょっと前まで、話なんてまともにしなかった。
いつも怒鳴りあっていたような気がする。
最近、ようやく会話らしいことが出来るようになった。このひと、いいひとだなーって思った。
時々見せてくれる優しさとか。
コーヒー何回か買ってくれた。俺がまだ提出してなかった報告書、期限が近いぞ、って教えてくれたりした。
いいひとだよな?…うん、意外といいひと。
多分あれだ、戦時中じゃなかったら、もっとほかのところで、普通に会ってたら、きっと俺はこの人のこと好きになったり憧れたりしたのかもしれない。そう思うと残念。
今は戦時中で、ミネルバっていう戦艦に乗ってるから、命がけで色々やってるから。
あのひとは、本当にすごいひとのはずなのに、戦闘では敵機を全然撃墜出来てない。
撃墜数は少なくても、動き方とか戦場の混乱を把握してフォローしたりする技術は凄かった。
ミネルバでは、俺のインパルスとセイバーしか、空中戦は出来なかったから、どうしても俺とアスランさんふたりで出撃することも多くて、だからなんだかなんだと一緒に色々やることが多かった。ほら、出撃したら報告書とか、シミュレーションの確認とかもしなきゃいけないから。
そうすると、アスランさんの凄さは判るわけだ。
あれ、このひと凄いなって。
だって、俺がエネルギーの残量10%切ってるのに、あのひと、50%以上残ってるんだぞ。ビームの命中率とか、俺より20%以上高いんだぞ。…すごくないか?めちゃくちゃじゃないか。撃墜できないくせに。

でさ、つまりだ。
だから、なんで俺がアンタに抱かれてんの?
たいちょーでも、やっぱセックスしたかったりするんだ?

軍ってさ、どうしても男ばっかりだから、そういうのあるって昔から良く聞くし。上官にそういう処理を頼まれることあるらしいって、うわさでは聞いた。
アカデミーの頃から聞いてた。
最初は「げぇー」って思って、だって、男同士だろ?どこでやるんだ?…穴なんてひとつしかない。口で咥えてよし、なんて甘いものじゃないんだろうなぁって俺でも判る。
…でもさ、アスランさんだぞ?俺のたいちょー。
あのひと、そういうのするような人に見えない。
「お前、俺と寝るか」とか言わなそう。絶対言わなそう。
ちゃんと婚約者だって居るんだから、それはないだろう。ないないない。
…なのに、あれ?なんで俺が抱かれてんの?
それも、「寝るか」って言われたわけじゃない。命令されたわけじゃない。呼び出されたとかでもない。
…なんか、本当に目とか声とかで言ってきた感じがした。
…うーん。なんでそんなので俺は判ったんだろう?
伸ばされた手を取って、キスしたり一緒に寝たりして、俺が、(あれ、なんでこうなった?)って思ったのは、次の日だった。
アスランさんの部屋で寝てる。ふたりで、くーすかぴーすか、寝てる。
隊長の部屋って言っても、そう広くはないから、ふたりで肩と肩あわせて寝てる。
てか、セックスするだけなら、別に俺、ここに一晩居なくても良かったんじゃないか?…思っても遅い。
アスランさんが目を覚ますまで、俺はぼうーっとしながら考えてた。
なんで俺だったんだろ?
ほかにも、アンタなら寝てくれそうなひと、沢山居るのに。
ルナとかメイリンなんて、アンタのことすげー好きなんだぞ?女の子ならいいじゃん。
あ、ダメか。さすがに女の子はダメか。男同士と違って問題とか起こりやすいもんな。

だから俺になったのかな。
アスランさんと最近しゃべれるようになってきたからかな。
…ほら、出遭った頃のツンケンしてるときよりは、だいぶ俺たち話し合えるようになってたし。だから?…もっと仲良くなっとこうとか、そういうことなのかもしれない。
仲良くなるなら、身体でおはなし?…ああ、あるかも。
このひと、こういうことするひとだとは思わなかったけど。

…まあ、いいですけどね。
どっかの変なオヤジとか、気に食わない上官の相手をするより、ずっといい。
このひと、すごいひとなんだし。
あの、アスラン・ザラなんだし。
その相手するなら、別に悪くないんじゃないか?…うん。男同士のセックスなんてどうかと思うけど。
でも、女の人なら、一度は抱かれてみたいって思う相手らしいし。(byルナ)
めちゃくちゃ凄い人だけど、実際、こうやって寝て、触れ合ってると、このひとってあったかいんだな、って思えるし、やっぱこの人も「人」なんだな、ってわかるし。
何より、ベッドの中だと、怒ったり殴ったりせずに、普通に話が出来る。
戦闘の話もしない、オーブの話も、怒られるようなこともない。…なんか、本当に他愛もない話をしてるんだ。この間俺ミネルバの甲板ですべったんですよねー、とか、インパルスのデータチェックは多くて眠くなっちゃうんだよーとか、そういう話。
たいちょーはちゃんと聞いてくれるし、俺も俺で、なんか友達にしゃべるみたいに、普通に話をしてた。…ベッドの中でセックスが終わった後で、裸で、だけど。
でも、多分それが俺たちの関係だったと思う。
別にさ、恋人同士じゃなくたってセックスは出来るわけだし。
俺だって、いちおう溜まるもんは溜まるんだから、吐き出したいと思うし。レイの目盗んで、部屋のシャワー室で声殺しながら出すよりもいいんじゃないかなって思った。
ミネルバは忙しい戦艦だから、あんまり基地に寄ることもないし、休みもない。
多分、あのひとも、こういう事をこっそりやれる相手は、俺ぐらいなのかもしれないって。
だって、顔を合わせれば喧嘩ばっかりしてる俺たちが、まさかセックスする仲です☆、なんて誰が思うもんか。

「ばーか」
寝顔に向かって言う。アスランさんは目覚めない。
…ん?本当に寝てんのかなこのひと。
ふいに思って、鼻を掴んだ。むぎゅ。返答がない。あ。絶対起きてる。
じゃあいっか。
「ばーかばーか」
言ったら、絡めあってた足で、ぎゅっ、と力を入れてきた。あっ、ふくらはぎ、痛っ。
はいはい、もう狸寝入りはいいから。
「アンタ、ばかですよねぇ」
はっきり、話しかけるみたいに言ったら、さすがに返事があった。
「…それは、前にも言われたことがあるよ…」
へえ。アンタに馬鹿って言うひと、いるんだ。それはすごい。
「どうせあれだろ。アスハとかなんだろ」
「………」
言ったら、黙った。はい、俺のアタリ。
でも、この話はそれ以上膨らませても面白くないから、やめにした。
だって、ベッドの中は喧嘩するところじゃない。
制服着てさ、仕事してたら、喧嘩するところかも、だけど。
今は、まあ、仲良しタイムだから。うん。
じっ、とたいちょーの顔を見る。キレーな顔。
もったいないよな。このひと。こんなにも、かっこいーのに。
「シン?」
ほら、そんな甘い声してんのに、俺の名前呼んでさぁ。俺の上で喘いだりしてさぁ。
「もったいないなー」
「何がだ」
「色々」
「……判らないな」
「でしょーね」
このひとは多分、こういう人。
「最近、ラクス・クラインとは会ってんですか」
聞いてみた。
たいちょーは、「?」って顔をした後、
「…いや、彼女はずっとオーブだ」
なんて言う。
「は?誰の話してんですか?ラクス・クラインですよ?」
俺が言うと、たいちょーは、ちょっと考えた後、「あ!」って言った。…なにそれ。あっ!って何。
「…まさか、アンタ、ほかにも何人かそーゆー人居るの…」
「いや、違うんだ、まぁ…その、」
「あーいいですいいです。アンタの性癖とかキョーミない」
一体、どこの誰のことと間違えたんだか。
…ってか、このひと、意外とセックス好きなのかな。
だって、ラクス・クラインだろ。アスハだろ。…あと、今の感じじゃほかにも居るよな?
もしかしてあれか。沢山手ぇ出してるのか。
プラントにはあの子、オーブではあの子、みたいな。
ってことは、俺は、そうか、ミネルバの子、なんだ!
…うわ。
すげ。
幻滅。…しないけど。
まぁ、人は見かけによらないって事なんだろうなぁ。
「…シン、違うんだ、」
「あー、いいですってば。まぁ、そういう感じなら別に、なんでもないです」
沢山ヤれる人が居るなら、俺がもったいないなんて思う必要もないってことか。なーんだ。

それで、俺はちょっと吹っ切れた。
たくさんのオツキアイの内のひとりなんだって、ちゃんと思えたから、ああ、俺がのめりこまなくてもいっか、って思えた。
多分、俺たちを繋ぎ止めてたのは、セックスで、そのぐらいで、だけどそれは俺にとっては大切な時間だった。
判り合える唯一の方法がセックスだったんだ。…それなら、そーゆーことでいいだろう。
うん。…いつまでこんなの続くか、判んないけど。…まぁいっか。続くまでで。

そう思って、納得したのに、意外と、ダメになったのは早かった。
戦場に、突然あのアークエンジェルが出てきて、戦闘をかきまわされて、ついでにたいちょーもかきまわしてったから。

俺たちはセックスしなくなった。
だって、あのひと、どんよりしたまま悩んだり苦しんだりする時間が多くなったから。そんなで、仲良しタイムなんてあるはずがない。
会えば喧嘩するようになった。それも、前よりも深くてめちゃくちゃで、俺が一番嫌なことばっかりで喧嘩した。
戦闘に出ても、たいちょーは撃墜も全然出来なくなって、それどころか、あのフリーダムに簡単に落とされちゃって、MSを失ってからは余計に沈んでばっかりになった。
ああ、ダメだこのひと。
思ってたら、脱走された。なんなんだ、本当にアンタは。
だから、俺が落とした。海にね、どぼーん、って。燃料部を思いっきり貫いたから、爆発は大きくて、グフは木っ端微塵になった。
ああぁ、落としちゃったよ。落とさなきゃいけなくなっちゃった。
あったかい人だったのに。あんなに触れ合ってたのに。
おかげで、今まで感じていた分、失くしたら心が真っ黒になったじゃないか。

落として、死んだはずで、なのに生きてて。
生きてる。あのひと。
あんな風に落としたのに、俺は殺したはずなのに。
…死んでない。…ねえ、あのあったかいひと、死んでなかったよ。

よかった、って単純に思った。
あのひと、死んでなくてよかった。
でも、もう戻れないけどね。
どうしようもないけどね。
…でもほら、いいじゃん。生きてさえいれば、あとは何とかなるだろ?

結局、あの人はオーブになって、俺はザフトで、戦争は終わった。
会話らしい会話なんて、あのミネルバでベッドで会話したとき以来、全然出来てない。
戦闘越しに怒鳴りあって話したり、ルナやキラや、みんなと一緒に話すことはあったけど。
もう、俺たちがふたりで話をすることも無かった。
軍服の色も違うしね。お互い、環境とか状態とか、何もかもが変わっちゃったから。

戦争が終わって、和平条約が結ばれて、その時、アスランさんは一度だけ、オーブの特使としてプラントに来たけれど、あれが俺たちが会った最後だった。…別に、なんにも話だってしてないけどさ。
もしかしたら、もうこれで、アスランさんとは一生会わないかもしれないって思った。
平和になっちゃえば、ただの異国の人だし。あの人がプラントに来たとしたって、会いたいのはキラとかクライン議長とかそういうひとたちだろうから、まぁ俺は俺でやっていくだけ。あの人との事はいい思い出、ってやつかな。
そう思っていた。
…思ってたんだよ、本当に。