数年後
「…護衛、ですか?」
上官に呼び出された途端、なんの話か判らなくて、俺は首をかしげた。
護衛。誰を。
てか、俺が護衛?…MSパイロットなのに?…おかしくないか?
なんで、そんな任務で呼び出されたんだろう。判らない。
黒服の上官は、そういって俺に書類を差し出した。その用紙には確かに、シン・アスカに護衛の任務をまかせる、という事がつらつらと書いてあって、…まぁそれが命令だってのは判りますけど。ええと?つまりなんで?
「行き先はオーブだからだ」
「…オーブ」
ああ、なるほど。
「俺がオーブ出身者だからですか」
「まぁ、それもある。今回護衛するのは姫君でな。オーブ・プラント間の友好関係を築くための使者としてオーブに行ってもらうことになった」
「…はぁ」
「君は、オーブの地理には明るいんだろう?」
「…まぁ、多少は」
「充分だ」
「…でも、俺でいいんですか?」
俺は、MSのパイロットだ。護衛なら、それ相応の部署の人間がつくんじゃないのか。それも「姫君」っていうぐらいの人なら尚更。SPが居るはずだろ?
「確かに今回、君に頼みたいのは彼女の護衛だが、本当はそれ以外にも理由がある」
黒服の上官が、これは非公開の事項だが、と言い置いてから、口を開いた。
「姫君の縁談も兼ねているのだ」
「縁談ん?!」
あまりにも予想の斜め上を行く事で、俺は驚いて、思わず大声で言い返す。
上官は、そんな反応になるだろうと判っていたのか、しょうがないだろう、という顔を俺に返した。
「そう言うな。君が選ばれた理由もある」
「…はぁ」
「縁談の相手はな、オーブの将校なんだ」
「…はー…そりゃ…」
思わず身体から力が抜けた。縁談。将校。つまり何か。
「お見合いをするわけですか?」
「そうだな」
…そりゃあ、大変だ。よりにもよって、初めての顔合わせなのに、その姫と将校をくっつけようとしてるのか?
…うわ。なんでそんな色恋沙汰に俺が巻き込まれるんだろ?
「…だったら、余計になんで俺…」
「その将校は、お前も知っている男だからだ」
「…へっ?」
言われて驚く。…オーブの将校。知っている男。…ドクン、と胸が一度跳ねた。嫌な予感がした。
だって、俺が知ってるオーブのえらい人なんて言ったら、数えるぐらいしか居ない。
「アスラン・ザラだ」
「……!」
ああ、やっぱり!
途端に、俺の頭の中に、あの濃青色の髪と緑の目をしたあの人の顔が思い浮かんだ。…顔はよく覚えている。当たり前だ。だって。
「お前は、ミネルバでザラ隊だったろう?」
ええ。そうでした。…そうでしたよ。
ですけどね!だからって、なんで!
「彼女と、アスラン・ザラとの仲合わせを頼みたい」
「…無理ですよ」
「そう邪険にするな。会わせて話をつないでくれたらいい」
「……いや、それが無理…俺、そういうの出来るような性格じゃないですし、あの人と会話だってあんまりしてないです」
ホントに。会話したのはベッドの中だけで。あとはほとんど話らしい話なんてしてなかった。てか喧嘩してしてない。…そんなで仲あわせ?無理だって。絶対無理だ。無理無理むり!!
「…だったらあの…キラ・ヤマトなら親友ですよ…?あのひとの」
「あいにくと、ヤマト隊長は、手が離せない」
「…あー…ですよねぇ…」
あの人、忙しい人だもんなあ。そうだよなぁ。
「いや、…あの人知ってる人なら、俺以外も沢山いませんか?元ザフトなんだから、知ってるひとは…」
「頼むぞ」
いや。だから。
…ダメか。もうこれ、決定事項か。
身体からどんどん力が抜けていく。
確かに俺、知ってますよ。オーブの将校さんのことは、よーく知ってます。何を言ったら怒られるかも知ってるし、どこをどうすれば気持ちよくなるかも知ってるぐらいだ。でも性格はよく判らない。結局あの人が何をしたかったのかもわからなかった。考えてることも。
何年も会ってないんだから、余計に判らない。なのに、会って、話をしろって?それも姫君とくっつけるために?
無理だ。…本当に無理。
けれど、渡された書類には、出立の日時も全部書いてあった。オーブに滞在する期間は1週間。俺はこの1週間どうしたらいいんだ。
どうすることも出来ないぞ?
どうしたらいいのか判らず、俺は書類を手に立ち尽くす。
ねえ、アスランさん。久しぶりに会うんだと思った途端、俺へ渡された任務がコレですよ。…どうかと思いませんか。上官は知らないと思いますけど、俺、アンタとセックスフレンドだったんですよ?なのにそんな俺が仲人?…いや…これどう考えてもミスキャスティング。
「…行きたくないなぁ…」
ため息だけがどうしても止まらなかった。
行きたくない、面倒くさい、俺には無理、ってどれだけ考えていたって、出立の日はやってくるんだ。
俺は軍人で、任務だと言われてしまえば、どうやったって出ていかなきゃならない。
軍港では、評議会が用意したシャトルが、いつでも発進できる状態で待っていた。
ああ、行きたくない。
もし、またアスランさんに会えることがあったら、俺はそれなりにあの人と和んで会話が出来ると思ってた。
あの頃みたいに戦争やってるわけじゃないし、俺だって大人になって、それなりに考え方を整理できるようになったと思う。
気に食わない上官とだって上手くやっていけるようになった。…と思う。
だからさ?今なら、あの頃を昔話にして、アスランさんとだって喋れると思うんだ。
けど、それがどうして、アンタと見知らぬ人を合わせるために会わなきゃならないんだ。
シャトルのタラップで、俺は姫君とやらが来るのを待っていた。
聞けば、プラントの最高評議会の議員の娘さんらしい。ようするに、昔のラクス・クラインみたいな立場のひとだ。
…そんなの、どう見たって箱入りのお嬢様だ。戦争からだって離れて、きっと女の子らしいことを沢山して、蝶よ花よで生きてきてる。そんな人をアスランさんは結婚するのか。…ああ、またため息。
タラップの入り口に待つ俺の傍にやってきたのは、黒塗りのリムジンだった。
お付の者がドアを開け、中から女性が出てくる。
やってきたのは、ふわふわの髪をした、物腰柔らかそうな女性だった。…ああ、姫君って意味、よく判る。
やっぱりお嬢様だ。
…このひとが、アスランさんのお嫁さんになるのかなぁと思ったら、なんだか不思議な気持ちが胸の奥に湧き上がってきた。…なんだろう。何か甘酸っぱくて、ほわほわするけど、チクチクもする。
例えようのない複雑な気持ちで、俺は姫君に挨拶をした。
「…はじめまして、護衛を仰せつかりました、シン・アスカです」
敬礼。彼女はにこりと笑った。
「ええ。存じております。お願いしますね」
にこ、笑顔。なんだかピンクの花が咲いたみたいだ。かわいい。いいにおいがする。ああ、女の子なんだなぁと思った。
ルナやメイリンたちとも違う。なんだか純粋培養の完全なお嬢様。
こんな人が、アスランさんのお嫁さん。…なんかすごいな。
挨拶してしまえば、あとはシャトルは発進するだけで、俺たちが席についた途端、シャトルはすぐに動き始めた。
港には、幾人ものひとが見送りにきていた。多分のこの姫君の従者のひとたちだと思う。やっぱりすごいよな。扱いが。
シャトルは無事にプラントから発進して、宇宙空間の中、順調な飛行を続けていた。問題もなさそうだ。俺はようやく一息つく。
オーブに到着するまでには、まだ時間がかかる。ひとまず今はゆっくり出来るかな、とシートを倒そうとしたら、ふいに、ふわりと俺の隣のシートに誰かがやってきた。
ふわふわした髪。いいにおい。
「失礼しても?」
微笑みは、さっきと同じ。姫君だ。なんでこの人、ここに居るの。アンタは前の方に、専用の席があるけど。
けれど、彼女を無視も出来なくて、俺はどうぞ、と隣のシートをさす。
「ありがとう」
にっこり笑顔で俺の隣に座る。…いいのかな。
シャトルに乗っているのは、俺と姫君と、あと数人のお付き者もだけで、特に誰も咎めたりはしない。
無重力の中で、彼女の長い髪がふわふわしていた。
「…ええと、」
隣に座られてもどうしたら。
何か喋ったほうがいいのかと悩んでいたら、姫君のほうから口を開いた。
「…シン・アスカ」
「え?…あ、はい」
「インパルスの、デスティニーの、シン・アスカよね?」
「……え?」
そうですけど。…あれ?
「ふふ!やっぱりシン・アスカだわ!」
「…はあ?」
なんか喋り方がさっきとは全然違う…気が…。あれ?本当にこれ、さっきのお姫様?
「あのね、私実は、すごく好きだったの!」
「…はえっ!?」
彼女は突然、身体をぐいっと俺に近づけて、顔をじっと見つめてきた。…えっ?…ええええ?…す、すき!?
ちょっとまて!なんでいきなりこうなる!?
一瞬で俺はパニくっていた。
だって、目の前に居るのは、将来のアスランさんの奥さんで、それなのに俺にこんなに顔を近づけてきて、嬉しそうに好き、ってえええ?!
「な、なん、」
どうしよう、なんで、って思っている俺に構わずに、彼女はそれこそ楽しそうに言う。
「だって、かっこいいんですもの!こんなの不謹慎だと思うんだけど、でも、戦争中から凄くいいなぁって思ってて…」
ほっぺたを真っ赤に染めて、彼女はまるで夢見心地のように言う。好き、って気持ちを誤魔化しもしないでストレートに言ってくる。
好き?
…す、すき!?
…ちょっとまて。…ちょっとまて。
俺、もしかして告白されてる!?
驚いて、でも嬉しくて、けど待って。このひとアスランさんのお見合い相手だから!!
ど、どうしよう…!!
冷たい汗が、たらりと流れたような気がした。無重力なのに。
色々まずい。それはまずい。
いや、好きって言われるのは凄く嬉しいんだけど、…けど、これは色々問題だ!!
そんな俺に構わずに、彼女はとろけるような顔で、どんどん話を続ける。
「本当はね、私、ミネルバの進水式にも居たのよ」
「…そ、う、なんです、か」
「ええ!…その時にね、初めて見たんだけど、本当かっこよくって…一目惚れだったの」
「…あ、…はぁ…」
ちょっと待て。照れる。凄く照れる。なにこれ!?
けれど、彼女は夢見心地だ。
「ステキよね。強いし、かっこいいし…」
…そう、なのかな?…いや、ちょっと…恥ずかしいんだけど…
「それに、あのシルエット!」
「…ん?」
シルエット?何が?
…思ったけど、彼女はどんどん話を進めていく。
「あのカラーリングも武装も言うことないわ。モジュールシステムってステキよね。だって陸海空宙の全対応MSなんてなかなか無いし、汎用性の高さとかすばらしいと思ったの!それが一番の一目惚れかな」
「………」
そこまで言って気が付いた。ああ、このひと、俺じゃなくて、インパルスが好きなんだ…。
「ははははは…」
「どうしたの?」
「なんでもないです…」
そうか、そりゃそうだな、当たり前だ。…ああ、恥ずかしい。
でも良かった。うっかりアスランさんの彼女を横恋慕するようなことになったらどうしようかと思った。
…てか、この子、MSが好きなんだな。こんなふわふわのお姫様なのに。
箱入りだと思うのに。
でも、彼女の口からつらつらと語られることは、結構専門的なことだったりマニアックなことだったりするから、俺は本当に好きなんだなぁと思う。
「MS、好きなんですね」
「ええ!大好きよ!でもあれは兵器だから、私が立場上、大きな声で「好き!」とは言えないの」
「…ああ、なるほど…」
確かにザフトの姫君が、MS好きなんてあんまり良いことではないんだろう。
今から和平の交渉に行くって言うんだから尚更だ。ふわふわの笑顔のステキなお嬢様、っていう方がきっと高感度はあがる。
「だからね、今回、護衛のひとを無理矢理あなたにしてもらったの。…貴方、アスラン・ザラとは旧知の仲だって聞いたから、ちょうどいいかなって」
「…旧知…ってほどじゃないですけど」
「私、セイバーも好きなのよ。可変型もMSって美しいわ。特にあの赤色はステキ」
目を輝かせて彼女は言った。ああ、なかなかMSの守備範囲が広い。
確かにセイバーかっこよかった。可変型、俺もちょっと憧れた。
「だからね、私のお見合い相手がアスラン・ザラだって聞いた時は、あのひとならいいかな?って思ったの。私、いつか婚姻統制で、どこかのボンボンと結婚するだろうって判ってたから」
ああ、そうか。こういう立場のあるひとは、婚姻統制は絶対なんだ。…そうアスランさんだってラクス・クラインと婚約していたように。
「誰かと結婚することになるって覚悟はしてたんだけど、でも和平のためにアスラン・ザラと結婚するなら悪くないって。だってあの人、凄く綺麗にMSに乗るんだもの」
「それは判る。あのひと、操縦綺麗だった」
「でしょう!でも、私、貴方のインパルスの操縦も好きよ。合体のスムーズさは、貴方がいちばん」
「…あ、ありがとう…」
照れくさい。今まで、こんな風に女性からMS関係のことで手放しに褒められたことはなくて、だからなんだか嬉しいというか、むずがゆい。
彼女の言うとおり、俺たちプラントにすんでいる限り、婚姻統制っていう制度があって、俺だって望めば、将来の一緒になるべき女性は国が決めてくれる。
中には、恋愛結婚をする人たちは居るけれど、こういう地位のある人たちはどうしたって、色々制限されてしまう。…それを覚悟するのって、凄いと思った。
彼女は簡単に言うけれど、本当は色々思う事もあるんだろう。
もしかしたら、この人にだって、ほかに好きな人が居るかもしれないのに。
そんな事をぼんやりと思った。
別次元のお嬢様みたいな人だったら、この女性の気持ちなんて俺には到底判らないけど、こうしてMSのことで話をすると、どうしても他人事には思えなくなってしまう。
「ふふ。…私ね、アスラン・ザラが好きよ」
不意に言われて、ドキッとしたのは俺の方だった。
…好き?
アスランさんのことを?…好きって。だって会った事もないのに?
目を合わせると、俺の考えている事なんてお見通しなのか、彼女が楽しげに笑った。
「だって、誰だって知ってるでしょう?アスラン・ザラ。二代前のプラント最高評議会議長の息子さん。ヤキン・ドゥーエの立役者で、ラクス・クラインの元婚約者。経歴は凄いけど、すぐに悩んで立ち止まってしまうのが玉にキズ」
「………」
よく知ってる。その通りだ。
「もしかして、会ったことあるんですか」
「…いいえ?ないわ。昔、子供の頃にパーティで遠くから見たことはあるけど。でも彼の経歴は有名だし、人柄だって色んなところだって聞くわよ。不器用な人なのよね。きっと。人と繋がることに怯えちゃうタイプなのかな」
…すごい。その通りだ。
会ったことないのに、なんでそんな簡単にわかるんだろう。
…俺は、アスランさんのそういう性格を理解するのに凄く時間がかかった。…分かり合えないから、殺しあったりしたぐらいで。
「…いいひとよね。とっても。…だから、あの人に愛してもらえたら嬉しい」
そう言って笑った彼女の顔は、柔らかかった。
このお見合いのことを、しっかり考えてるんだ。…それで、なんとかしようとしてる。平和のために。プラントとオーブのために。
すごいな。…本当にすごい。
「…上手くいくといいですね」
俺は自然とそう言っていた。
彼女が、俺を見ていた。じっと。綺麗な目だなと思った。
「あのひと、本当に悪いひとじゃないです。上手く言葉とか伝わらなくてイライラするときもあるけど、あのひと、いいひとですよ」
だから、貴女がアスランさんを幸せにしてくれるなら、それが一番いいのかもしれない。
今回、このお見合いをすることで、アスランさんが幸せになって、彼女だってきっと幸せになって、さらにプラントとオーブが仲良くなれるなら、もっといいじゃないか。
俺は、本当にそう思った。
この護衛を、成功させようって。…そう思ったんだ。
***
俺たちが乗ったシャトルが、オーブの軍港に到着したのは、日が沈む直前の、夕暮れ時だった。
プラントでは見られない夕日は、やけに真っ赤で、目に痛い。
「すごい。私、夕焼けみたの初めてよ」
「地球に下りたのははじめてですか」
「ええ!地球ってすごいわね!」
「凄いですよ。朝日も見てください。綺麗だから。オーブは特に」
「…ええ。見たいわ。…さあシン、行きましょう。エスコートお願いね」
え?俺が?!
エスコートってあれだよな、手を差し出したりするやつだよな?
…待て、そんなの俺出来ない!
けれど、彼女は着替えたドレスで颯爽と現れて、さっきまで砕けていた雰囲気も顔つきも一変させてシャトルの搭乗口に立つ。
この外には、オーブのマスコミが殺到してるはずだ。
今回のプラントの姫の訪問は、オーブでも報道されていると聞いた。両国が仲良くなるための大切な特使だと。
そう思えば、この訪問の重要さを改めて理解する。
シャトルにタラップがかけられて、搭乗口が開く。外からフラッシュ。俺は息を吸い込んで、一歩、足を踏み出した。
俺に続いて、彼女が顔を現す。ひときわ大きいフラッシュと歓声。
オーブにも、コーディネーターは沢山居る。歓迎されているんだ。
沢山のマスコミと、市民と、それをガードするように配置されたオーブ軍のひとたち。
彼女に仰々しく手を出す。乗せられる手。タラップを降りる。
赤いカーペットが敷かれたその中心に、アスハが立っていた。いつもの議会の服で。
俺を見て、ちょっとだけ表情をよこして、すぐに姫の前で手を出す。俺は身を引いた。ここまでだ。あとはSPなり、オーブの軍人なりがやってくれるだろう。俺は、護衛って言っても、彼女にべったりくっついて守るわけじゃない。
マスコミも、アスハと姫をクローズアップしてカメラを撮り続ける。いまのところ、うまくいっているようだ。
(…すごいな…)
輪から離れて、そっと彼女を見れば、凛としていて、さっきまで俺とMS談義をしていた人と同じとは思えなかった。
見事にドレスアップして笑顔も作って、オーブのお偉いさんとマスコミにきちんと対応している。
軍港での、このお迎えのセレモニーが終われば、車で移動して、オーブの首相官邸で晩餐会だ。
初日から晩餐会なんてハードな日程だとは思うけれど仕方ない。1週間でやらなければいけないことは沢山ある。
輪の外から見ていた俺は、その場を離れようとし、きびすを返したところで、目に入った姿に驚いた。
気が付かなかった。傍に居たんだ。
俺と同じように、輪の外から見ていたその人は。
「…アスランさん」
びっくりした。どうして、ここに。
「なんでこんなところに」
「一応な。カガリの護衛で。…お前があの特使と一緒に来るとは思わなかったよ」
「俺も、まさかこんな任務をまかされるとは思わなかったですけど」
胸が。
…バクバクいってる。だって、俺、任務って本当は護衛よりもなによりも、アンタの結婚相手を紹介にし来たんですけど。
判ってるかな。判ってないだろうなぁ。
まさかこんなところでさっそく会うとは思わなくて、だから俺は心の準備が出来ていなかった。
…情けないけど。
「エスコート、出来てたじゃないか」
「やめてくださいよ…やらされたんです」
「ちゃんとできてたよ」
「褒められても…。アンタもう、俺の上官じゃないですからね」
「そうだったな」
アスランさんはにこやかだった。…こんな風に話すの、凄く久しぶりで、本当に久しぶりで。
今まで、こんな話、出来なかったのに。
ミネルバに居た頃だって話してない。なのに。
「まさか、お前が来ているとは思わなかったよ」
まるで、昔の知り合いに会ったみたい。アスランさんがいう。
だから俺も答える。
「…まぁ色々あって」
「色々?」
「ご指名を受けたというか…」
「指名…?」
アスランさんが首をかしげた。そりゃそうか。…でも説明するのが面倒で、はぶく。
「まあ、いいじゃないですか。俺だってオーブに来るとは思わなかったです」
「俺も、タラップから降りてきたのがお前だったら、驚いた。…ザフトの姫が来るって聞いてたのに、お前が現れたからどういう事なのかと」
「ぶっ!俺、姫じゃないですからね!?」
このひと、何言ってるんだ!相変わらず、変なところで馬鹿だ。
おかしくて笑った。笑えたから、俺は改めてアスランさんを見た。
…何年ぶりだろう。ちゃんと見たのも、こうやってふたりでしゃべったのも随分と久しぶりだ。
もう一生会わないだろうなぁって思ってたこともあったのに。
あの頃と、またちょっと雰囲気が違うような気がする。
もしかして背が伸びたのかもしれない。…違う、骨格が変わったのかも。
俺も、あの頃よりは背も伸びだし、軍服のサイズだって1つあがった。けどアスランさんは多分、それ以上に何かが変わってる。…大人になってるってやつなのかな。
そりゃそうか。お見合いするぐらいだもんな。
俺はまだそんなの、全然遠い未来だけど。
「アンタ…あの人のところ、行かなくていいの」
「あの人?」
彼女を指差した。けれど、アスランさんは「なぜだ」なんて言う。
「だって、あんただって、今回主役だろ?」
「…?何がだ?」
「何って、えっ?だって、あの姫とさ?…あれ?この後の晩餐会とか…アンタがエスコートするんじゃないの?」
お見合いっていうんだから、それ相応のこと、あるんだろ?れはそう思って聞いてみたけど、驚いたことにアスランさんは何のことか判らないとばかりに首を傾げてる。…あれ?
「エスコート?晩餐会は、出席はするが…」
「…え?」
あれ?なんでだろ。話が通じない。
通じないってか、…あれ?もしかしてこの人、お見合いすること知らないのか!?
「シン?」
あの姫様がアンタのお見合い相手で!…結婚相手になるひとだよ!
(う…わぁ〜……)
知らないのか。…知らないのに、お見合いするんだ、このひと!
「…シン?」
「なんでもないです…」
「なんだよ」
「なんでもないですって」
ああ、もう…。どうしよう。力が抜ける…。
俺はそれ以上は何も言えなかった。
なんというか、いろんな意味で、ご愁傷様、って思ったけど。
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