これが悲恋ってやつなのかな。
どれだけアスランさんが俺のことを好きと言ってくれたって、俺がいいって言ってくれたって、どうしようもないことは沢山ある。
プラントではさ、婚姻統制のせいで、沢山の悲しい恋愛があったっていう。
俺は、マユとかステラとか色んな人を失くしたけど、彼女たちは恋とかそういう関係じゃなかった。だから、今回アスランさんと終わりにしなきゃいけないっていうのは、これがはじめてだった。
強制的に死んでしまって終わってしまう関係も辛いけど、
こうやって、自分で幕引きしなきゃいけない関係も、結構、辛いな。
…もう、頭の中がぼんやりしていて何も考えられないのに、アスランさんの顔ばっかりが浮かんで仕方ない。
抱きしめてくれた腕も胸も背中も、全部まだ感覚が残ってる。

アスランさんが言ってくれた言葉に、俺は何も返すことが出来なかった。
即答してんだもん、あのひと。
俺が、とんでもない思いを込めて言った言葉だったのに、あのひとは簡単に、それでもお前が欲しい、って。
バカ。俺の話聞いてたの?…聞いてないだろ。
俺がどれだけ真剣に、どれだけ苦しんで言った言葉かわかってないだろ。
ちゃんと考えて言ってんの?あれ、流れで言っただけじゃないの?
アスランさん、ねえ。ばか。ばか。
…ウソです。大好きです。ごめんなさい。
でも俺はね、アンタに好きって。いえるわけないだろ。
俺が、アンタを独占します、なんていえるわけない。

とぼとぼ、また姫君の元に戻るために来た道を歩く。
アスランさんは追いかけてこなかった。
でもそれでよかった。
だって、アスランさんはもう、彼女のことだけを考えていなきゃいけなかったから。

戻ってきた俺を、彼女はそれはもう眉を寄せて切なげな顔で見てたけど、俺はそれに大丈夫ですよ、って返した。
彼女は優しい。ほら、そんな苦しんだ顔をする。…人の痛みを判るひと。
ねえ、アスランさんとお似合いだと思いますよ。

彼女について護衛をして。
アスランさんの相手なんだ、と俺は改めて思う。
綺麗なひと。てきぱきしていて、でも上流階級らしいおっとりしたところも持っている。きっと女性としてとても優れている。
…ああ、貴女になら託せます。アスランさんを幸せに出来ます。
クライン議長やアスハ代表みたいに、どうしようもない理由で、あの人と別れることも無い。
貴女なら、きっと。

お見合いの時間は、時計の針と一緒に近づいてくる。
俺と姫様はセッティングされた貸切のラウンジに向かっていた。早いもんだよな。…覚悟を決めれば、あとは引き合わせをするだけだった。
上手くいくといいな。お見合い。
ぼうっと、そんな事を思って歩いてた。
アスランさんと、姫様の子供、俺見たい。ちゃんと生まれるといいな。コーディネーター同士だけど、彼女を相手に選んだのは、プラントの偉いさんだから、きっと相性だって調べてあるんだろう。きっと大丈夫だ。

「…シン?」
「え?」
「大丈夫?」
見合い用の衣装着替えた彼女は、派手でもないドレスに身を包んでいて、綺麗だなと思った。俺はそんな彼女を見て、にこ、と笑う。
「…大丈夫ですよ。ちょっと…色々あったから、頭がこんがらがってるけど」
「アスラン・ザラに呼び出されてから、余計に落ち込んでるみたいだわ」
「…あー…まぁ、ね」
さすがに鋭いな。
朝食時、俺がアスランさんに連れ出されたのを知っているから、そんな風に心配をしてくれる。
「もしかして、いじめられたの?」
なのに、彼女はそんな事を言うから、俺は違うよと首を振った。
「そんなわけないです。あのひと、いい人ですよ。…逆に俺が苛めちゃったっていうか…」
「あら。凄いわねシン」
「そこ、感動するところじゃないですよ…」
落ち込んでいたのに、俺は笑った。
彼女は、人を前向きにする力でもあるんだろうか。
「もし、あの人がシンのことをいじめたって言ったなら、私が叱ってあげようとしてたんだけど」
「アスランさんを?」
「ええ。なんなら土下座させてもいいわよ」
「…こええ…」
それはすごい。姫君の前で土下座するアスランさん。…想像できないようで、出来る。…うわぁ…。
「見たくないなぁ…」
「シンを泣かせなければいいのよ」
「…!」
泣いてたの、バレてんの…!?
驚いて、けど、なんかもう、この姫君は鋭い人だから、そのぐらい判るのかもしれないって、俺は驚きながらも肩の力を抜いた。
「今からお見合いする人なんだから、喧嘩はしないでくださいね」
「善処はするわ」
ふん、と鼻息荒いぐらいの姫君に俺はまた笑って、アスランさんが待っているであろうラウンジのドアを開けた。そこに居たのは、普段の軍服のアスランさんじゃなく、黒いスーツを着たアスランさんで、俺は、相変わらずかっこいいな、くそ、と思った。


***


簡単な自己紹介までは、普通に終わった。本当に縁談みたいだった。…いや、立派な縁談だけどさ。
それで、俺はふたりを引き合わせたんだから、これでいいかなって、席を立とうとして、なぜか、ふたりに止められた。
「シンはここにいて」
「ああ、居てくれ」
「……は?」
いや、なんで?
俺が居続けるのはおかしいだろ?これ、普通は、「あとはご当人同士で…」とかって、関係者は去るんじゃないの?それとも格式高いひとたちの見合いって、同伴すんの!?
意味が判らなくて、思わず動きが止まってしまう。…ふたりの目線が俺に向いていた。
もう…いい加減にしてくれよ…俺にこれ以上ダメージを与える気なのか。…それとも何かの罰か、これ。

「でも俺は…」
「聞いてほしいんだ」
「ええ、聞いて頂戴。貴方にも関係があることよ」
なぜか、ふたりは同じようなことを言う。
えっ。なんで。
仕方なく、俺はふたりの間に座る。右にアスランさん、左に姫君。えっ…ちょっと。
てか、関係あることって何…!?
二人の間に座ったのはいいものの、気まずいだけの空気が流れる。…なんでこんな。

片方は、俺が守るべき姫君で。
もう片方は、ついさっき、告白されて逃げてきたぐらいの人で。
冗談じゃない。…冗談じゃないけど、なぜだろう。ふたりの間からはとんでもない雰囲気が漂っていた。
さっきまで、アスランさんを叱ってあげる、なんて息まいていた彼女は、メディアや公に出ているような、スイッチの入った彼女ではなく、どちらかというと素に近い状態だった。…いいの?見合いってそれでいいの?…普通、自分を良く見せたいんじゃないのか?でもまぁ、夫婦になるっていうなら、そりゃあ素のままでいけるのはいいだろうけど。…でもだからってなんで俺がここに居なきゃいけないんだろう。
…ああ、胸が痛い。
一方のアスランさんもアスランさんで、女性に対しては、大低優しいのに、どうしてか目が厳しくなってた。彼女を睨んでいるようにも見えた。…気のせいだと思いたい。…けど、もしかしてこのふたり、相性悪いのか?…なあ、俺、見合い失敗したの?…やばい、そんな事になったら、上から…ってか世界からどれだけ後ろ指さされるか判らない。
どうしたらいいんだろう。人と人の雰囲気を和ませたりするのって、どうしたらいい?…どうしたらいいの、ルナ。
ルナなら判るような気がするけど、頭の中で問いかけたルナは「知らないわよ」の一言だった。…ああ。どうしよう。

「単刀直入に言わせていただきますけれど」
姫君が、低い声で言った。…あれ。そんな怖い声、俺聞いたことない。
「…シンを泣かせたのはアスランさんですよね?」
「うわぁああ!?」
いきなりそんな事言われて、俺は思わず立ち上がって、叫んで、ちょっと待って!!って言おうとしたのに、彼女は毅然とした顔をしてる。…それはかっこいいんだけど、けどさ!?
思わず口をパクパクしている俺。…けれど、問われたアスランさんも、真顔で答えた。
「ああ。俺だ」
「ちょっおっ!?」
何言ってんですか!アンタもアンタだ!!
なんでこんな話してんの!?これって、お見合いじゃないの!?けど、ふたりに流れるのは陰険な雰囲気だけ。
「シンを泣かせることは、私が許しません」
きっぱり姫君が言った。かっこよかった。
「俺もシンを泣かせるつもりはないが、泣かせてでも伝えなければならないこともあると、俺は学んだ」
アスランさんも返す。めちゃくちゃかっこよかったけど、あまりにも恥ずかしかった。
俺は、もう突っ込むことも出来なくて、もう顔も真っ青なんだか真っ赤なんだか判らないぐらいの気持ちで、ふたりの問答を聞くしかなかった。身体が動かない…。
なんでだ。なんでこんなことになったんだ。
俺は凄く苦しくて。アスランさんのことが好きだけど、諦めなきゃいけないって、そう思ってた。苦しかった。…てか、苦しい状態にまだ居るのに、なんで俺、こんな事になってるんだろう。
あまりにも思いもがけない事になって、どうすることも出来ない。
この縁談が成功するとさ、ふたりは夫婦になって、子供できて、世界は平和になって。
そうなるはずなのに、どうして。…どうして。ねえ、どうなってるの。誰か教えてくれよ。

姫君は、完全にアスランさんと対峙していた。
「シンを、泣かせてでも?」
言って、フッ、と笑う。
「それっぽく言ってらっさいますけど、結局は好きなひとを泣かせているだけよね。下手だわ」
「……下手…」
「私は泣かせません。辛い思いはさせません。だって愛すればいいだけだから」
「……!」
アスランさんが唇を噛んだ。ギッと彼女を睨みつける。
今の状態があまりにも衝撃的で、俺は呆然と聞いてるだけだけど、よく聞いていれば、姫君は、「貴方は好きな人を泣かせているだけ」って言った。
…それってさ、つまり、アスランさんの好きな人が俺だって、判ってるってこと!?
さすがにそれはヤバいだろ!?
俺は青ざめて、とっさに口を開いた。
「…ちょっと、あの、」
「シンは黙っていて!」
「シン、黙ってろ」
「…うえっ!?」
ビシッと言い置かれて、目線で「座れ」といわれて、俺はまるでどっかの犬みたいに言うこときいて座るしかなかった。
怖い。なんで。

「シン、こんな人、やめなさい」
姫君が言った。…えっ?
「この人は貴方を泣かせるだけだわ。やっぱり渡せない」
「…それは君が決めることじゃない」
「だから今、シンに決めてもらっているのよ」

そこまで言って、アスランさんと彼女の間に、バチバチッと火花が見えた。
いや、実際には見えないけれど、俺には見えたんだ。
そこからは睨みあいの時間になった。無言の、ものすごく思い空気が流れる。

俺は、そこでようやくパニックから抜け出して、ある意味悟りを開いていた。
うん。このふたりが見合いをする気がないって事は、よく判った。
で、今この会話の中心が俺だってことも判った。…つまり、だ。
「ごめん、話を整理したいんだけど」
「ああ」
「いいわよ」
ふたりの言葉は、いちいちリンクしてる。なんで。
てか、逆に仲いいよな。
「…ええと。ひとまず、だ。えーと、君は俺とアスランさんの関係、知ってたの?」
彼女を見ながら聞けば、「うーん、」と目線を一瞬動かした後、答えた。
「知らなかったわ」
「えっ!」
「でも、すぐに判ったの。だって貴方たち、雰囲気がそうなんだもの。一緒に居ると、ああ、関係持ってるんだなって判る」
「わ、…判るんだ…」
「シンは泣いてるし、アスランと喋ってる姿は楽しそうだし」
「うわぁ…」
なんだ、それ。
てか、君、今アスランさんのこと呼び捨てにしてなかった…?まぁいいや。
「…で…、ええと…なんで今、話が俺のことになってるの?」
「…は?」
「は?」
また二人の声が重なって、目線も一斉に俺に向く。…うわっ、ちょっと怖いから!怖いって!
「…だってさ、これ、見合い…」
「まだそんな事言ってるのか!お前は!」
「いまさらよ、シン!」
いや、だからなんでそうなるんだよ…!
思わず怒鳴りたかった俺に、彼女が、「いい?」って、俺に向き直った。
「こんな甲斐性なしの人に、貴方をやれないわ」
「…はっ?」
甲斐性なしってアスランさんのこと!?
「好きなくせに、泣かせて。どうせ遠距離だからって高をくくってたんだわ。なのに、実際こうして会えてしまったから嬉しくて、シンを自分のものにしようとしてるのよ。ねえ、そんな甲斐性なしと一緒になったら、きっと貴方、また苦労するわ」
「うるさいな、君は」
「黙ってて頂戴。今私はシンと話をしてるのよ」
ピシリ、と言い置く姫君。
俺は、またパニックになっていた。…なんでそんな事までこの姫君はわかってるんだろう。
「…ひどい男なのね、アスラン・ザラって」
ふん、と鼻を鳴らす彼女。
「だから、戻りましょう。シン。プラントに。ね?」
ね、って。…いや。
「でも…俺、お見合い…」
なんて報告すれはいいんだ。俺とアスランさんの関係の所為で、お見合いはご破算になりましたって言うのか?そんなのありえない。…本当にありえない。
「シン、彼女にだまされるな」
「…ふえっ?」
アスランさんが俺の腕をぐいっと引いた。だから俺は強引に今度はアスランさんのほうを向く。
「彼女は、お前を自分のものにしたいだけだ」
「…はっ?」
何言ってんの?どういうこと?
「でも、このひとはアンタのお見合い相手…」
「まだそんな事を言ってるのか!いい加減に気づけ、シン!」
「……ふえっ?」
怒鳴られた!なんで!
肩をすくめてたら、アスランさんがひときわ強く、俺の腕をぐっと取った。
「彼女はお前のことが好きなんだ!だからこうして俺との仲を裂こうとしている…!!」
はっきりといわれて、さすがに俺にも意味が判った。
彼女が俺のことを好き?
…ああ、何を言ってるんだろう。アスランさん。
「違いますよ。この人は、MSが好きなんですよ。インパルスが好きなんですって。だから」
「…お前はなんでそんな簡単に騙されてるんだ…」
アスランさんのため息。…えっ騙されるって。…ええ?
けど、姫君がトドメを刺した。
「あら。私、本当にMSが好きよ。でもシンのことはもっと好き」
「…ふあっ!?」
えっ、だって、そんな、MSが好きって、一目ぼれって…!!
言ったら彼女は、にこ、と笑った。
「確かに、MSが好き。インパルスが好き。でもね、ミネルバの進水式で一目ぼれしたのは、貴方のほう」
「…へっ…?」
パニック、再び。意味が判らない。でもアスランさんはため息をついてる。
「私、あの進水式で、ガンダムに搭乗する貴方を見たの。すごくかっこよかった。まっすぐ前を向いていて。…それから、強奪された機体の攻撃に巻き込まれて…でもその時、助けてくれたのよ。貴方が」
「…俺、が?」
「ええ。立ち向かってた」
彼女は俺の手を取って握った。
「…命の恩人ね、シン」
手があったかい。笑顔が嬉しい。
ねえ、俺、命を救ったの?…アンタの。
じんわり胸に沁みるような感覚が広がっていく。そんな風に言われたら、嬉しいに決まってる。
「…君を助けたのは俺かもしれないけどな」
そこで、アスランさんの無骨な声がした。えっ。
「俺もあの戦闘に巻き込まれて、ザクで出ていた」
「…貴方じゃないわ」
「判らないよ」
「…ちょっと!やめて頂戴、私今、シンに告白してるのに!」

俺は、右腕をアスランさんに掴まれていて、左手を彼女に包まれていた。
ほんの、数分前まで、俺は凄く苦しくて、辛くて。
なのに、どうして今、こんなことになったんだろう…。




つまりだ。
話を纏めると、こういうことになる。

もともと、俺は護衛と見合い引き合わせのためにオーブにきた。
けど、それは偶然じゃなく、まぁ確かにMS戦も出来るしアスランさんを知ってるからっていう理由でもあったらしいけど、本当の理由は、
「私がシンにして!って言ったの。見合いすることになるんでしょう?だったら最後に好きな人と一緒に居たい」
っていう、姫君の強烈な押しがあって、俺になったらしい。

それを知らず、俺は見合いのために頑張るわけだけど、そこにアスランさんの告白っていうとんでもないものが被ってきて、お見合いは見事にご破算になった。
そんな事、この見合いを考えた上官のひとたちが知ったら、俺は本気でクビになるかもしれない…、って思ってたのに、アスランさんがそれにも一言。
「本当の見合いなら、もっと正式なものがくるはずだ。おそらく、プラントの一部の人間が仕組んだことだ。…これで上手くいけば儲けもの、だとでも思ったんだろう」
だそうだ。
…えっ、じゃあつまり俺は、本気で彼女とアスランさんをくっつけなくても良かったのか?
ふたりが結婚して幸せになっても、さすがに世界までは救えなかったってことか?だって非公式なんだろ?
「オーブ行政府にも打診は無かった。そういうことだろ」
そうなのか…そうなんだ。…ああ、なんて事だ…。

全ての事情がわかって、俺はため息。…だってもう…さ…。
なんなんだよ…くそぉ…