「こんなの、いいのかな…」
思わず声に出して呟いたら、俺の腰に回されていたアスランさんの手がぴくりと動いた。
あ。起こした?…てか起きてた?
でも、ちょっと動いただけでそれ以上の反応は無かったから、俺はそのまま考えを続けることにする。
いいのかな。こんなで。
考えてるのは、それだけだけど。
結局、ふたりのお見合いは、一触即発の雰囲気だったから、俺が無理矢理「やめです!」って言って二人を離した。
だって、確実にお見合いじゃなくて、違う方向に向かっていたからだ。
それも、ふたりして睨み合って、お互いに言いたいこと言ってるくせに、俺から言わせれば、同じこと言ってた。
俺のことばっかり。
だから!これ!怒鳴りあうためのものじゃないですからね!?あんたたちお見合いしてんですからね!?
何度言ったか判らない。けど、ふたりは結局最後まで睨み合っていた。
…ああ、本当なんなんだ…。
終わってしまえば、ため息しか出てこなくて、姫君を部屋まで送り届けながら、俺は肩を落としていた。
彼女が「怒ってる?」って聞いてきたから、俺は首を振る。大丈夫。怒ってるわけじゃない。ただ疲れたというか、無力感がすさまじいというか、…ああ、つまり。
「…俺をひとりにしてくれませんか?」
言ったら、彼女はちょっと泣きそうな顔をした。申し訳ないこと言ってるのは判ってるんです。けど、ちょっとダメ。
「頭がパンクしそうです」
素直に言ったら、彼女は泣きそうな顔のまま、俯いてしまった。
慰めなきゃいけないって判ってるけど、慰めの言葉なんて出てこなくて、俺も立ち尽くすだけ。
「ごめんなさい。でもね、シンのこと好きなの。信じてね」
やがて彼女の顔が上がる。俺を見る。…それでそんな言葉。
嬉しいけど、…嬉しいけどさ。
どう見たって美人で可愛い顔が、俺に向いてる。
…こんなお嬢様なのに。姫君なのに。ついさっきまでアスランさんの奥さんになるかも、って考えたのに。
…俺のことがすき?
ウソだぁ。
なんで俺?
思うけど言わない。彼女が泣いてしまいそうだから。
彼女を部屋に送って、俺はようやくひとりで廊下を歩いた。とぼとぼ。元気なんて出せるわけない。
…今日は頭の中が忙しすぎる。
だって、アスランさんにも告白されてさぁ、しかも彼女にまで言われた。…俺、どうしたらいいの。
これ、ドッキリじゃないの?…だって、ありえないことが多すぎて困る。
俺は、昔からちっとも女性にモテたことなんて無くて、そういうのとは無縁だと思ってた。
なのに、今アスランさんと彼女から、こんな風に「恋愛」の感情を貰ってる。
そんなわけあるの?ありえなくないか?
あのふたりはさ、誰だって認めるエリートなんだぞ。
コーディネーターの中でも、最優秀って言っていいぐらいの存在なんだからな。
姫君と、元王子様。
すごい。
そんな人たちなのに、どうしたら俺の事を好きになれるの。俺一般人だよ?人よりいいのはMSの腕ぐらい。そのぐらい。本当に。
…やっぱ、だまされてるんじゃないか?俺。
でも、だったらあのふたりが、お見合いまがいのことを破談にしてでも、あんなに俺のこと言っていた。
…でもさ?
あのふたり、結婚しないんだって。
しなくていいんだって。
この見合いは、偉いひとの一部が考えた、私利私欲のもの(らしい)んだってさ。
それだけが、俺の心をほっと和ませていた。
アスランさんが、誰かのものにならない。
あのひとは、家庭も持たない。…まだ。
それが、たまらなく俺を安心させていた。
…ああ、俺ってひどいな。別にあのお見合いを心底反対してたわけじゃないのに。あの人が誰のものでもないことに安心ばっかりしてる。
それどころか、俺はまたアスランさんに抱かれてる。
一緒に寝てる。
今、まさに。
セックスして、ぐちゃぐちゃになって、けど今日のアスランさんは凄くて、俺がどれだけ「もうやだ」とか「ヤバい」って言っても辞めようとしなかった。
抱き方って、すごかった。
疲れまくって、寝てしまいたいのに、疲れすぎた所為か、眠気はやってこない。
隣で眠っているアスランさん。
俺はそれを、うつぶせの状態で見る。となり。寝てる。
なんで、また寝ることになったんだろ。今だって腰に手が巻かれてて、俺は逃げることも離れることも出来なくて。
「…なんでだろ…」
判らないことだらけだ。
なんで、このひと俺のこと好きなんだろ?
ねえ、アスランさん。アンタ優秀なのに、どうしてこうなっちゃうの?
俺はラクス・クラインとかアスハみたいに、世界を背負って立つような人間じゃないよ?どこにでもいる、フツーの男だよ?…ほら、女ですらないし。
「さっきから、何言ってるんだ」
「あー起きてた?」
「起きてた」
アスランさんが、もぞ、と身体を移動させた。けど、俺からは離れない。身体の横側同士、ぴったりあってる。それどころか、腰に巻かれた手がぎゅって俺を抱き寄せた。
「…あうっ」
「ん?」
「いや、ちょっと」
横っ腹は触られると弱い。だから、あの、この腕離して欲しいんだけどなぁ…。
「くすぐったい」
言ったら、腕がちょっと角度を変えた。俺の腰あたりを掴む。…あー、そこはまだセックスの名残があってなんかもぞもぞしちゃうんだけど…。
セックス。
まだ、尻がヘンな感じする。アスランさんが入ってるみたいで。
「俺、なんでまた寝ちゃったんだろ…」
ぼけーっと考えててもラチがあかないと思ったから、口に出してみる。アスランさんはきょとんとしてる。かわいい。…いや、そうじゃなくて。
「なんで、アンタは俺のこと好きなの?」
続けてまた質問。でもアスランさんは答えない。なんか、にこ、としながら俺のこと見てるけど。楽しそうだな。
「あとさぁ、あの姫君も、どうして俺のこと好きになったとか言ったのかなぁ…」
「それはなんとなく判る気がするが」
「…へ?そうなの?どんな?」
女の人の気持ち判るの?凄くないか?興味深々で聞いたけど、アスランさんは、「んー…、」とうなった。で、黙った。
「…………。」
「おい」
「……口で説明しにくい」
「えー。アンタ偉いんだから説明ぐらいしろよ」
オーブの一佐だか、准将なんだろ?
説明するのなんて、お得意じゃないか。小難しいこと並べてさぁ。
けど、アスランさんはそれを最後にもう何も言わなかった。俺を抱きとめたまんま。
だから、結局解決方法も何も判らずに、俺もアスランさんも、ぼーっと考えごとしてる風。
結構、ちゃんと真面目に考えてるつもりなんだけど。
腰に手ぇ回されて、ああ、こんなことしてたらどうしたって、「どうでもいっか」って思えてきちゃうじゃないか。
ねえ。なんでだろ?
「アスランさん、俺ね、本当にアンタの結婚のこと、祝福しようと思ってたんですよ。彼女、凄くいい人で」
「………」
アスランさんはまだ黙る。だから、俺は続きを言った。
「…俺、好きです。彼女のこと」
「…え?」
「好きですよ。いい子でしょ?」
「…………」
アスランさんの眉がきゅって寄った。あれ?もしかしてこれが嫉妬ってやつ?…すごい。俺、アスランさんに嫉妬させてる!
けど、こんなベッドの中で雰囲気悪くなるのは嫌だったから、早々に諦めて甘いのに戻る。
「でもね、それでもやっぱり俺、アスランさんと寝ちゃうんですよ。おっかしーなぁ…」
「おかしいのか」
「…おかしいですよねえ」
「いいんじゃないか」
「よくないですよ」
「どうして」
「アンタの遺伝子がもったいない」
「…お前は何か…?俺の精子をバンクにでも入れておけって言いたいのか…」
「いや、そういうんじゃないけどさぁ。もったいないっていうか…うーん」
「…俺の遺伝子なんて、たいしたものじゃないよ」
ウソばっかり。たいしたものだろ。そういうのって、才能を持ってる人間だから判らないんだ。
「俺みたいな存在が続いたら、色々不都合ばっかりだぞ」
「たとえばどんな?」
「ハツカネズミが増える」
「ぷはっ!」
言った!このひと、自分で言っちゃった!
おかしくなって、俺は、くくく、と肩を揺らして笑った。
「ああ、確かにね、アスランさんの優柔不断とかそういう感じの考えが、将来、爆発的に増えたら困りますねぇ」
「だろ」
アスランさんは、これで満足か、とばかりに最後にいい笑顔で笑った、けど。
「そーゆーんじゃなくて」
俺はきっぱり一刀両断。
「そうじゃなくて!だからさ、アンタが父親になったら似合うっていう意味なんですよ!あんたの存在で、世界は平和にも戦争にもなるって!」
「…別に、結婚することが全てじゃないさ」
「かもしれませんけどぉ…」
でも、一番てってり早くて、有効なのが結婚だ。たぶん。政略結婚に近いかもしれないけど。そのぐらい「平和」ってかけがえがないものだろ?
「アスランさんは、結婚したくないの」
「少なくとも、今はしなくてもいいな」
「子供とか、欲しくないの」
「…今は、いらないな」
「じゃあ、アンタの欲しいものってなに」
「平和」
「あ、模範解答」
「…と、シンを」
「!」
うわ。
それはさすがに言われるとは思わなくて、(だってこの人そういう事言わない人だと思ってた!)俺がすぐさまボッって赤くなったけど、でも、アスランさんもほっぺたがちょっと赤い。
「何…自分で言っといて照れてんですか…」
「お前もだよ…」
「そりゃ…!そんなこと言われたら!」
もー…ぉ!
ああ、こそばゆい!
逃げたいと思うぐらいなのに、腰を抱かれてるから逃げられなくてくやしいから、代わりに、アスランさんの後頭部をぐいっと枕に押し付けた!えい!黙れ!くそ!
「…ぶ!」
「もー、アンタは黙っててくださいよ!!」
「お前が話せと言ったからだろ…」
「うっさいです!!」
心臓がバクバクする!やだもうこのひと!
後頭部をおもいっきり押し付ける。窒息しそうだけど、いいや。ちょっとぐらい乱暴にしたってこの人死なない。多分。
てか、アスランさんにこんなことするって、すごいな。
顔をぐいぐい枕に押し付けてるのに、でもアスランさんはなすがままで。
ねえ。
「…アンタ、本当にこれでいいんですか」
顔、上げないでくださいね。今だけは。
押し付けたままで、俺は続ける。
「本当に、いいんですか」
その言葉に、全てを含めて言う。
アスランさん。今ならまだ間に合いますよ。
俺だって諦めきくし、アンタだってまだ戻れる。
けど、俺に押さえつけられたアスランさんは、不自由になりながらも、俺に手を伸ばした。
腰はまだ抱かれたまんま。腰を引き寄せてくる。だから俺はしょうがなく手を離した。
枕でぺしゃんこになったかと思ったのに、アスランさんの顔の良さは変わらない。
微笑んだ、綺麗な顔。
降って来た唇。抱き寄せられて、今度は俺がシーツに沈む。
…ねえ。いいんですか。
***
最終日、プラントの姫とのお別れセレモニーは、マスドライバー施設で行われていた。
すぐ傍には、シャトルがある。俺たちが帰るやつだ。
「これでオーブともお別れね」
セレモニーを笑顔で終えて、マスコミのフラッシュが散々たかれている最中に、彼女が言った。俺は護衛として、隣にいたからそれを聞いてた。
ちら、と見れば、穏やかな笑顔で、ゆったりと手を振っている。
「また来たいな、オーブ」
「…お気に召しましたか」
「ええ。綺麗な国ね。今度は貴方に案内してもらいたい」
「…機会があれば」
「あら」
ぜひ、って言ってくれないのね、と彼女は笑った。…冗談はよしてください、って思ったけど、多分、彼女は本気なんだろう。
この1週間で、沢山いろんなことがあった。
正直、色んなことがありすぎて、俺の頭はめちゃくちゃで、何をどう考えたらいいのかも判らない。
何が起きたのか、全部整理したくても、頭がパーンってなっちゃって無理だ。
出来るなら、早く帰ってゆっくり寝たい。
シャトルのタラップまで引かれているレッドカーペット。
マスコミ向けの笑顔の撮影を取り終わった彼女が、ようやくくるりと振り返ってタラップへ向かう。
俺はその後を歩く。
ああこれでオーブとも本当にお別れだ。
タラップに上がる直前、そこにアスランさんが立ってた。幾人かのオーブ軍人にまじって敬礼している。形式的なもの。
それに、彼女は微笑んでおじぎをし、けれど、よりにもよってアスランさんの前で止まってしまった。
目と目が合う。
「……!!」
…うわ。ちょっと、待って!
だってさ、このふたりってさ…!?
まさかの一触触発か!?俺は姫君の後ろで、一気に心臓がバクバクしだしていた。
何かあったらどうしよう。マスコミだって見てるのに!
けれど、彼女はにこ、と微笑んだ。それこそ模範的な笑顔を。
アスランさんを見つめて言う。
「ステキなオーブでの滞在をありがとう。私にとって、とても有意義なものになりました」
言葉はごく普通のもの。
けれど、「ステキ」と、「有意義」に必要ないぐらいの強い力を込めて言う。…ちょ、挑発してますよね?
アスランさんも、それに真面目な顔で答えた。…ちょっとだけ口元がゆがんでるのは、…気のせい、だと思いたい。…てか思うことにする。
もうやだ。
もうやめて。
俺、帰りたい…。
けど、アスランさんは、
「次に姫が来られるときは、ぜひお知らせください。ご案内します」
なんて言った!
てかそれ、挑発返しだよな!?
こわい!このひとでもこんな事言うんだー!??
「…ふふ」
姫君はそれにもにっこり微笑んで返した。こわい。ねえ、この一瞬がすごくすごく怖い!
ふたりの水面下での戦いはその言葉だけで終わった。
助かった。…ようやくシャトルに足を踏み出して、中に乗り込む。
…ああ、終わった…。
ようやく終わった…。
最後に、彼女が俺を見た。手を差し出されて、ああ、エスコートをしろって事ですか、って判って、手を取る。
その状態で、最後にもう一度、マスコミに手を振って答えた。
タイミングを見計らったかのように、シャトルのハッチが閉まっていく。…あと少し、というところで、なぜか姫は俺を見た。
…え?
なんで?
意味が判らずに、思わずその目を見返す。
シャトルのハッチは閉まりかけていて、徐々にフラッシュの眩しさも収まっているのに、なぜか見つめられて、俺は目を離せなくて。何か物言いたげにも見えたからだ。
一瞬の、けれど永遠みたいな時間の中、彼女の艶やかな唇とか目が近づいているのが判った。
…あれ?これ、どう考えても。
思っていたら、ふさがれた。
俺の唇も、シャトルのハッチも。
***
後日談
「…シン、君すごいことしたねぇ」
キラが、感動してるみたいに言った。
もう何度目だよ、それ。…もう言うな。くそ。
執務デスクの前、キラが見ているのはオーブのニュース。あと新聞とか、女性誌とかいろいろ。オーブのものとかプラント発行のものとか。
オーブのものなんて、どうやって手に入れたんだろうと思うけど、意外とゴシップが好きなキラは、どこからともなく集めてくる。
俺は、その色鮮やかな雑誌やらニュースを、なるべく目に入らないようにしていた。
だって、それ、どこにも俺が写ってるんだもん。
「すごいねーシン」
「うっさいです」
「だって。この記事なんてすごいよ。”プラントの姫、赤服軍人とオーブでバカンス!”だってさー」
なにがバカンスだ。俺は全然バカンスなんてしてない。
どちらかというと、余計に気疲れしたぐらい。
「だいたいの記事は、君と姫がこっそり恋愛をはぐくんでる、みたいな感じの記事だね。よかったね、ひとまず好意的に書かれてて」
いいわけないだろ。
「…もー…ありえない…」
力が抜けて、ぱたりと、顔を机に伏せた。
キラは俺の後頭部を見てる。ニュースは相変わらず、プラントの姫がどうのーとかそんな音声ばっかり聞こえてくる。あーもう!マスコミって暇なのか!?そんな記事が一面トップになるのか!?…いや、平和なのは何よりだけど!だけどさ、その記事の中心が俺ってどうなんだ!
「平和だねぇ」
キラが言った。
確かに平和だけど。だけどな!
「一部、平和じゃないです…」
机に伏せながら、俺はもごもご言う。今度こそ、キラは笑った。
「うん、アスランがすごいことになってる。君、何にもフォローしてないでしょ」
「………」
フォロー。するわけない。だって、俺別に悪いことしたわけじゃない。あれは彼女のちょっとしたイジメだ。多分。
アスランさん。あんた、キラに何を言ってるんですか。
このひと、完全に楽しんでますよ。
「アスラン、泣いちゃうよぉ?」
「泣かないですよ、あのひとは」
「えー、泣くよぉ。アスラン、恋愛経験値全然無いんだからね?…そんな初心者が暴走したら、とんでもないことになるよ?」
「…とんでもないことって何」
聞くと、キラは、「初心者じゃないから判らないや」なんて言った。こいつ…。
初心者の暴走ってなんなんだ。
いっとくけど、俺だって初心者みたいなものだからよく判らない。だから何が起きるのか、想像もつかない。
ため息。
深い、ため息。
もう、肺の中の空気、どうなっちゃうんだろ。
オーブの一週間は、のちに俺の黒歴史になったけれど、本当に大変だったのは、俺がこうしてプラントに戻ってからだった。
だって、あのふたりの戦いが、とんでもない方向に激化してしまったんだから。
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