「アスランさんとセックスすることになったんだ、どうしたらいい!?」

---と。
シフトを終えた真夜中に、僕の部屋のドアを叩き鳴らしたシンは、目のふちに涙を溜めた顔でとんでもない事を言って、腕にすがりついてきた。
言葉の意味を理解するのに、少し、時間がかかった。

シンの顔は必死そのもので。ともすれば、今までこんなに取り乱したシンなんて見たことないんじゃないのか?と思うぐらいの危機迫り様ではあったんだけれど、真夜中だった上に、久しぶりの一人寝にぐっすりと眠り込んでいた僕は、シンのそんな有様にも、寝ぼけ声で、「はぁ…?」と答える事しか出来なかった。…でもだって、それはしょうがないだろ?
頭が眠っていた上に、そんな台詞言われてしまったんだから。




「ちょっとまって。ね、…ちょっとまってよ、シン」
「だって、でも、キラさん!俺、…!」
「だからね、待って、シン、とりあえず----、」
君が掴んでる僕の腕が痛いから離してくれないかな、とは言えなかった。溺れて助けを求める人間ってこんな風なんだろうか。握られた腕は相当な力で、がむしゃらで。それはシンの声と同様に、取り乱して力配分なんてあったもんじゃなくて。正直言って痛い。痛くてたまらない。
まだ頭は覚醒しきっていないけれど、痛覚は完全に起きてしまった。
「シン、こんな廊下じゃ、話も出来ないよ」
「ぇ、…あ…、」
「うん、だからね、とりあえず入って?」
言えば、やっと自分がどこに居て何をしているのかが理解できたらしく、はっと覚醒して頬を赤らめた。
僕の腕はようやくシンの力任せのしがみ付きから逃れる事が出来た。
「あの、」
「うん?いいよ。入って」
閉まりかけたドアを手で押さえつけて、中に入るように促す。
僕がシンを追い返すなんて出来るわけがなくて、今度は、しゅん、と丸くなったシンの背中を押して部屋に招きいれた。
真夜中だからシンが黙ってしまえば静かなもので、ドアを閉じた音が、部屋に大きく響く。

所在無さげに部屋の中央に立ち尽くすシンに、ベッドに座るように言い、ペットボトルの水を差し出せば、おずおずと受け取りつつも、喉が渇いていたのか、500mlを一気に飲み干す。
シンを見ながら、僕もまだ完全に覚醒していない頭を起こすべく、新しいペットボトルの封を開けた。

このシンという子は、あの戦争が終わった後に、アスランが連れてきた子だ。
…子供、といっても、僕達とは2つしか違わない。優秀なザフト兵士であり、激しい感情の起伏で周りを驚かせる事もあるけれど、繊細で優しい心を持つ子なんだとアスランが目を細めて言っていた。
僕もそのときは、へぇ…、としか思わなかったけれど、彼を知るにつれて、アスランが言っていた言葉が(その通りだ)と、実感を伴って心に落ち着いた。
初めて会ったあの日、慰霊碑の前で、僕に泣き顔を見せた純粋さ。
その後も、オーブで彼とアスランと共に暮らしながら見えてきた彼の本当の性格。
シンの、猪突猛進といっていい程のまっすぐさと人を疑う事を知らない純粋さに驚かされつつも、好感を持ったのはすぐで。
そしてそれは僕だけではなく、エターナルやAAのクルーにもすぐに浸透し、シンはすぐに僕達を味方につけた。傍に居たらかまってあげたくなっちゃうし、居なければ何かしでかしていやしないかと心配にもなった。だからシンの傍には常に誰かがいたし、理解ある人たちに囲まれた彼はとても幸せそうにも見えた。(それでも時々、怒ったりしていたけれどね。…怒っている理由は大抵彼の短気の所為だったけれど、慣れてしまえば可愛いものだと皆言っていた)

アスランは、シンの事をとても大事に思っていた。
それこそ、目の中に入れても痛くない、というやつ?昔はひどく喧嘩もしてプライドでぶつかり合って殴ったりもしたって聞いたけど。でもあのアスランが人を殴ったんだよ?あのアスランが。それだけアスランがシンに入れ込んでるんだって判ったし、そんなぶつかり合ってばっかりだった2人がやっと対等に話が出来るようになった今、お互いを理解した以上に、特別な感情を持つようになったのも、判る気がするよ。ほら、少し前の僕とアスランみたいにね。戦争中でじっくりと話す機会もないままだと、幾ら好きだって思ってても伝わらないものだから。
判りあって、仲良くなってからは、アスランもシンも打ち解けて話をしていたし、シンはいつもアスランを追っていた。…僕でも判るぐらいに、判りやすい感情だった。2人とも、そういうのを隠すのが、あんまり得意じゃないからね。
アスランにシンの事を聞いてみたら、「シンと一緒に居たい」と言っていたし、シンだってそういう直接的な言葉は言わないまでも、アスランの事をいつも考えていた。それは、ミネルバに居たころから変わっていないらしい。ルナマリアという女の子の証言だ。…僕はミネルバに居た事はないけれど、何となく、想像ついちゃうよね。そういうのって。


「落ち着いた?」
そんなシンが僕の部屋に怒鳴り込んでとんでもない事を言ってきた。
落ち着く事も出来ない程、慌てふためいていたシンを宥めてから数分。シンの手の中にある、500mlのペットボトルの中身はもう殆ど無い。
「あ、…はい、…すいません…」
「謝らなくてもいいからね?」
空のペットボトルを受け取って、ダストボックスに投げ込み、僕も少しずつ水を飲みながら、さてどうしようか、とシンの様子をうかがった。

…ええと。
アスランとセックス、って言ってたな。シンは。…すごい言葉だ。
することになった、という事は、まだしていない、という事で。……やっぱりアスラン、まだ手を出していなかったんだ、なんて思って、ちょっと笑っちゃいそうになったけど、まぁそれは頭の中だけで消化して。
「アスランとセックスすることになったんだ、どうしたらいい?」ってシンの言葉で想像する限りでは……。そういう雰囲気になってする直前まで進んだ…ってトコなのかな。
シンが飛び込んできた時は、顔も真っ赤だったし、血相かかえていたけれど、今はもう落ち着いてる。ペットボトルを飲み干してしまったから、手持ち無沙汰なのか、目線だけが部屋中いろんなところを移動していて、…何を考えているのか想像がついちゃう。話の切り出し方に困っているんだろうな。
僕はもう一度、こくりと冷たい水を喉に流し込んだ。痛く感じないだろう程度の目線でシンを見る。
衣服に乱れはない。…Tシャツとスパッツ姿のシンには、目に見えるところにはキスマークもない。…どう見ても、未遂?…だよねぇ?

「キラさん、あの、俺!」
「うん?」
声をかけられて、僕はなるべくシンを警戒しないような笑顔を作った。
「…っ…!」
「シン?」
でもシンは、話そうとして、また目を伏せてしまった。
…あー……。シンの勇気はたぶんそこまで。今のシンを考えれば充分頑張ったよ。じゃあ後は僕が質問する事にしよう。シンが何処まで答えてくれるのか判らないけどね。

「シン、どうしたの?」
声をかけても、今はまだ落ち着かないらしく、駄目だった。僕を見ることも出来ずに俯いて、何かを振り払うように頭をぶんぶん振って、ぐるぐるになった頭の中をなんとか正常に戻そうとしているんだろう。(……そんな事しても無駄だと思うんだけど…。)

僕は、小さく息を吐き出した。こうなったらもう、持久戦だ。
静かに歩いて、シンが腰掛けているベッドの横に僕も座る。シンの隣に座ってみて、はじめて彼が小さく震えている事に気づいた。

「寒い?」
言って、触れた髪は少し濡れていた。…シャワー浴びてたって事だろうか。ならアスランだって、その後の行為を期待するのは当然、なんだろう。
「…それとも怖かったのかな?」
「……っ…」
俯いた顔が、その質問を聞いて、驚きの顔に変わる。僕を見上げて、でもすぐに目を逸らした。
シンは僕の手を払いのけない程度に、ゆるく首を振った。…うん、そうだね、アスランは怖くはないよね。
「驚いた、だけかな?」
「………」
シンからの言葉は無い。肯定だろう。…それだけじゃないとも思うけど。

シンの髪を一房掴んで撫で、それから手の平で頭を包むように何度も撫でた。特にセットもしていないシンの髪は触れてみると柔らかで気持ちいい。ずっと触り続けていたいと思うけれど、彼は人に触れられる事に慣れていないらしく、普段は邪険に(もしくは身を引いて)逃げようとしてしまうから、今、こうしていられるのは貴重な時間だと思った。

「アスランもね、思い込んだら一直線な人だから」
「………」
「シャワー浴びたの?髪湿ってる。また乾かす前に寝ようとしたんだね?」
「…………」
「シン、僕の、」
「-----キラさん」
「うん?」
とりとめもなくシンに話かけ、彼の髪に触れ続け。
静かに口を開いたシンは、とてもゆっくりとした口調で、話をはじめた。意外に早く落ち着いたなと思った。
うん。…頭の中のぐちゃぐちゃは、ちょっとずつ整理しようね。

「すいません、俺、…自分の部屋、戻ればよかったんですけど、」
「え?うれしいよ?僕は。僕の部屋に来てくれて」
「……寝てた…じゃないですか」
シンが座っているのは、ついさっきまで僕が眠っていたベッドだったから、まだ残っていたぬくもりとかで判断したんだろう。
まぁ確かに眠っていたけどね。

「そんな顔してるシンが部屋で一人で居る事にならなくて良かったと思うけど」
「…そんな顔って…」
シンが頬を膨らます。そういう顔は可愛いけどね。
「今のシンは、出口のない問題に突き落とされて、ぐるぐる回されてるって感じだ」
「……人をハツカネズミみたいに言わないでください!」
「あはは、」
どこかの誰かが言っていたような台詞だと思った。あぁ、アスランもそういうタイプだね。

「さっきの言葉から僕なりに推理…してみたんだけど。もしかしてシン。…アスランを振り解いてきたの?」
「みてたんですか!?」
がばっ!と勢い良く顔を上げ、真っ赤な顔して言うシンに、僕は(あたったんだ)と思ったけれど、とりあえずここは笑顔を作る。
「見てないよ?だからね、推理」
「………っ…」
「アスラン、そんな強引な事したの?」
「………んなんじゃ、…ない、ですけど…」
アスランに抱きとめられて、パニックになったシンでも強引じゃなかったと思えるぐらい?…ならよっぽど丁寧に押し倒したという事…?アスラン、君ってば。
そういえば、事に及ぼうとして、シンに振られたアスランは、今どうなってるんだろう?………まぁ…想像がつくけど…ね、…。

「でも、そういうのって誰かに話して楽になっちゃった方がよくない?僕が何かアドバイス出来るかもしれないし?」
なんて言ってみたけど、もちろんアドバイスなんて出来る自信はない。だって、恋愛の悩みなんて、結局当の本人しか結論出せない事だし。しかもそれが、身体の関係であるならなおさらだ。

「…アドバイスって…」
「うーん。…たとえば」
「たとえば?」
「………巧くセックスできる方法、とか?」
「……ッ…!!!!??」
「冗談だよ?」
「キラさんッ!!」

猛獣みたいに、僕に噛み付いてこようとするシンを、笑ってごまかして宥める。ホントに噛み付いてきそう。
「だってさ。あとは決心の問題でしょ?」
食ってかかるシンに、トドメの一言。
シンは、一旦停止したみたいに、ぴたりと動作を止めた。
「でしょ?」
「………」

シンが、どれだけアスランの事を好きなのか知ってる。
アスランだって、どれだけシンを大切にしているのかを知ってる。

「でも…男同士でセッ…、セックス、なんて。おかしい」
シンは俯いて瞳に力を込めて、つぶやいた。
「そう?僕は男同士でおかしいとか思わないけど」
「え?」
「だって、男同士だって出来るし、ちゃんと感じる事出来るじゃない。ただそれが子孫を残すって事に繋がらないだけで」
「……キラさ、…」
「セックス、って、いろいろな捉え方があるでしょ?快楽の為ってのもあるし、気持ちが落ち着くとか、一緒に居る事を感じられるとか。とり方はひとそれぞれだよ」
「でも……変だ、それに…あんなところ、に…」
シンの髪がふるふると震えていた。逃げ出したいぐらいに恥ずかしいんだと、僕から見ていても思うけど、シンは精一杯の気持ちで話を続けていた。
「…おかしい、ホントはだって、女の人とするものなのに、男って、あんなの、」
「そんなに卑猥に汚いものとか、観念に囚われなくてもいいんじゃない?」
「…え…?」
「人それぞれだよ。別に女性同士でも男同士でも、どれだけ年の差があったとしてもね。僕だって、いろんな気持ちでするもの。…別に男の人とすることだって禁止されてるわけじゃないし、僕はいいと思うよ。節度は必要だと思うけど」
にっこりと微笑むと、シンは暗がりでも判る程に、綺麗な朱色に顔を染めた。…あ、耳まで赤いかな?
「キラさん、もしかして、キラさんも、…」
「うん?」
疑惑のまなざしで僕を見る。口がぱくぱくと動いていて判りやすい。
「僕は、君にアドバイスしか出来ないよ?」
「………」

もう何度目になるか。また黙ってしまったシンは、僕に聞く勇気を振り絞っているみたいだった。膝の上で固めたこぶしがふるふると震えていて、…見ているだけでも可哀想。
シンに、「大丈夫だよ、つらいかもしれないけど、1度やってしまえば慣れるから」、とか僕が言えばいいんだろうけど、それでもシンの恐怖がぬぐえるわけではないし……、というか、こういうのって、本当に「案ずるより生むが易し」って事なんだろうなぁ…。ただ最初の1度目って凄い緊張と恐怖があるだけで、勢いでやってしまった方が楽だと思うのに、シンはそのチャンスを今日、逃がしてしまった。

「あの、キラさん!」
「うん?」
何度目かになるシンの決意を間近な距離で受け止めれば、シンの必死の形相。…あぁ、シン。なんか僕、君を今すぐ抱きしめちゃいたいよ?

「……その、入れる側って、…俺じゃなきゃ駄目、かなぁ!?」
「-----え?」

その質問は予想外だった。
今度は僕が驚いて、目を見開いてしまった。

「……って、それって、シンがアスランを、って事?」
「…そう」
「……あー………・・・」
それは…どう、かなぁ?僕が考えるフリをしながら目を泳がせていると、さっきまでのしおやかなシンは何処に言ったのか、勢いよく喋りだした。
「だって、俺が受け入れなきゃ駄目って事は無いと思いません!?アスランさんだって俺としたいって思うなら、アスランさんが受け入れる側に回ったらいいじゃないですか。何も俺が痛い思いしなくたって、」
「……じゃあアスランを痛い目にあわせるのはいいんだ…」
「あ、」
つい、親友をしのんで言ってしまった言葉に、シンは、ハッとなって、それからまた黙った。今度は頭を抱えるリアクション付。

「そんなに痛いのは嫌なの?」
「……そりゃ嫌ですよ…痛くてうれしい人なんて変でしょ」
「まぁ、そういう趣味の人は少ないかもねぇ…」
「え?趣味って、」
「だから、こう、痛い目に合わされるのが好き、とか。人によってはセックスで傷つけられる事を望む人だって居るし」
「うっそッ…」
絶句するシンに、僕はちょっとだけ微笑んで見せた。あー、シン、君の性教育ってどの辺までされているのかな。
14歳ぐらいの時に、プラントへ行ってからは、軍学校だって言ってたっけ。赤服は学校成績優秀者トップ10の証拠、コーディネイターとしてよっぽど優秀な遺伝子を持っていたとしたって、それなりに努力しなくちゃ上に行けないって言ってたのは、他でもないトップ1のアスランだ。…その間、シンはずっとお勉強ずくしだったのかな。…いや、でも、シンの性格上そんな事ないだろうなぁ。
友人は少なかったようだけど、冗談を言い合える人たちは居たみたいだし、…あぁでも同年代同士とひやかしまがいにそういう話をしただけなのかも。
---そうだとしたら、純粋過ぎるよ、シン。そんな君と、変なところで奥手になってしまうアスランと。…どうしたら、巧くいくんだろうね。

「キラさん?」
「あー、ごめん、ちょっと考え込んでて、」
「何を…」
「うーん。どうしたらね、シンとアスランが巧くいくのかなぁって思って」
「………」
「いっそシンが黙って目を瞑って、アスランのベッドで待ってるとか、どう?」
「ふぇっ!??」
具体例を出したら、今度もシンは思いっきり驚いて、ずささっと、ベッドの上から身を引いた。…いや、そんなに驚かれても。
「…なっ、そんな、女みたいな事、!」
怒鳴りつけて怒るシン。それでも、一番の解決方法だと思うんだけどなぁ…。ほら、シンよりはアスランの方が慣れてそうだし…。彼が男の人と経験があるのは知ってる。…てか身を持って。
だから、つまりシンだって身を委ねてしまえばいいんだと思うんだけど…。

「アスランは君が思ってる程、怖くはないよ?」
「それは知ってますけど!でも俺は女みたいなのは嫌で、」
「なんで女みたいって思うの?」
「だって…それは……今のままじゃ、俺、あの人を受け入れなくちゃいけなくて…それは…」
「うん?」
シンは、ひどく俯いて、耳まで真っ赤にした後にぼそりと告げた。
「あの人に主導権握られるの、嫌だ…」
あ。そういうプライドの問題もあるんだ…。
「じゃあ、シンが主導権握っちゃえば?」
「え?」
「女みたいに扱われるのが嫌で、でも受け入れる側になりそうっていうなら、さ?」
「……そ、そんな簡単に言われても…」

いつの間にか引っ張り出してきた僕の枕を抱え、胸元にぎゅっと抱く。肩をすくめて枕を抱くシンはおずおずとしていて、それこそ女の子みたいに見えた。シンは肩幅が狭い。ザフトの制服は肩を大きく見せる威厳効果があるから、それを脱いでしまうとどれだけシンが小柄なのかが判ってしまう。

「シンがアスランを押し倒しちゃうとか、ね?」
「え?!」
「ほら、こうやって、さ?」
「え…?キラさ、…!」

シンが僕に振り向こうとした、その瞬間を見計らって、シンの肩を押した。背後はベッドだ。勢いよく倒れこんでも怪我もしない。
スプリングの硬い軍仕様のベッドに、シンの背中がつく。枕がシンの手から離れて、ぽす、と床に落ちた。
僕はシンの肩を押したまま、上から覗き込んでシンの顔を間近に凝視した。
驚いている、というよりも、わけがわからないって顔。…ホントにシン、僕には無防備だよね…。

「…キラ、さん?」
「うん?」
「………俺、」
目をまばたいて僕を見つめるシンに、もうこれ以上悪戯をするのは気がひけた。
「こんな感じでアスランを押し倒すのはどうでしょう?」
「………どうでしょう、って…」
うん。シンがそんな事したら、アスランはきっと喜ぶだろうなぁなんて思いながら、シンの額にちゅ、とキスを落とした。…殆ど無意識に。
「キラさ!!」
「うん。授業料。キス1つね」
噛み付く勢いで、僕に迫るシンに、人差し指を口に当てて黙ってもらうと、それを図ったタイミングで僕の部屋のインターフォンが鳴った。
シンは、ぎょっとして口をつぐんだ。一気に身体が硬直する。

シンが気づくよりも先に、その気配に一足早く判っていた僕は、ベッドから起き上がって、対応のボタンを押した。
「はい?」
『----キラ?』
「なに、アスラン」
その声を聞いただけで、再び身体を硬くしたシン。可愛かったけど、僕は顔色を変えずにアスランの声を聞く。
『……話を、…出来るか?』
「うんいいよ。来ると思ってたから」
「え?」
僕の受け答えに、シンは痛いぐらいの目線を寄越し、ぶんぶんと顔を横に振った。うん。判ってるってば。そんな事しないよ。

「ただね、ごめん。今ちょっと手が離せないんだ。すぐに君の部屋にいくよ。いい?」
『----あ、あぁ』

それだけ言って、プツリと回線を切った。
シンはやっと身体の力を抜いた。ベッドに再び倒れこんで弛緩した表情をさらしている。

「じゃね、シン。僕が君に言えるのはここまで」

ベッドから腰を上げると、マットレスに沈み込んでいるシンの身体が僕の体重で沈んだ分だけ跳ねた。暗闇でも彼の表情が判る。…シンのそういう顔、好きだよ。そう言いたかったけれど、彼を怒らせてしまいそうでやめた。ただ口の中で笑っただけにして、身を引く。
僕はアスランを追いかけるべく、1人静かに部屋から抜け出した。

さぁ。
シンとアスランはこれからどうなるんだろう。