アスランさんのオフと、俺のオフが重なった。
それはとてつもなく珍しい事だったからだと思う。アスランさんが、そっぽを向きながら、「どこかへ行こうか?」なんて言ってきて。俺はそれってデートじゃん!?なんて思いながらも嬉しくて、いいですけどね、って答えて。…オフの日が来るのを楽しみに、ものすげぇ楽しみに待っていたりして。
ルナにもレイにも「いいことあったの?」って聞かれるぐらい。でも嬉しかったんだ。俺。

「どこにいこうか?」
「どこに行きたいんです?」
「……ええと」
「決めてなかったのかよ!?」

誘ったくせに何やってんですかね。この人は。俺は楽しみで仕方なくて、どこに行くんだろうってずっとうきうきしてた。
「いや、シンが行きたいところで…」
「俺が行きたいトコ?」
そんな風に言われても。俺アスランさんが行きたいところに行くんだと思ってた。
「特にないんですけど」
「したいことは?」
「それも別に」
あんたと一緒ならそれでいいやって思ってました。しかも出かけなくても、ずっと部屋にいるのでも、いいって。…だって、オフならめいいっぱい…その…出来るだろ?
「…困ったな…」
アスランさんはそう言って、うーん、と考えて、俺はこんな風に悩んでいる時間ももったいないじゃんって思った。
「とりあえず、どっか出ません?」
ミネルバ内で俺たち私服で、こんなのルナあたりに見つかったら後が五月蠅い。
「とりあえず、って」
「とにかくミネルバ出ましょうよ」
「あ、あぁ、」
MSデッキでシャトルを借りて、近くのプラントまで。
俺だってプラントは全都市行った事はなくて、だから見てないところは沢山ある。
「コペルニクスとかどうだろうか」
「コペルニクス?月じゃないですか」
「シャトルなら3時間ってところか?」
「…………セイバーで行ったらもっと早…」
「却下だ」
「ちぇ」

2人でシャトルに乗り込んで、アスランさんがメイン操縦席。
シャトルも、ちょっと燃料系のOSと出力調整ゲージをいじると、1.5倍の速度になるそうだ。アスランさんの裏技。でもそれってスピードオーバーだし違法改造だ。道路なら捕まってるぞ。
「…アスランさんて、そういう悪い事も知ってるんですね」
「なんだそれは」
「優等生なイメージ」
「……そうでも無いんだがな」
操縦幹を握りながらアスランさんは苦く笑い、俺は隣で大きく伸びをしながら前方に光るコペルニクスの月面都市の人工光を見つめた。速度が1.5倍になるのはいいけど、2人きりの時間は、0.5倍になるって事だ。コペルニクスのステーションとやりとりをしているアスランさんの横顔は丹精で、綺麗で。ミネルバに居たら、この人を独り占めに出来る時間は物凄く少ない。だから今のこの時間は貴重だ。
さも何でもないって顔をしながらも、アスランさんの一挙手一投足を見つめてた。声も聞いて、この空間には2人だけだって。
今はオフだっていうのに、任務時のような硬い声でコペルニクスステーションと話すアスランさんの声を聞きながら、(やっぱり真面目なんじゃん)ってつっこみたくなった。


コペルニクスは中立都市ゆえに、どの軍隊の人間もナチュラルでもコーディネーターでも問題なく観光もショッピングも出来る都市だ。
都市は広く、コペルニクスクレーター1つを丸々改造したそこは、娯楽施設に溢れていた。
こんな戦時中でもよく集まったな、と思うぐらいに色んな都市からの物品で溢れていて、品揃えは宇宙一なんじゃないだろうか。
「シン、何が欲しいんだ?」
「…欲しいっていうか。色々見ていきましょうよ。普段買えないものとか、そういうの見ている内に欲しくなりますって」
「ショッピング?」
「そういう言い方は女みたいですね」
「え?」
宇宙港から都市中心街へと向かうエレベーターに乗りながら、アスランさんは都市全景を写したモニタを見ていた。
「なつかしいな」
ふ、とそんな事をいうから、俺は少し驚いて、アスランさんを見つめた。
「来たことあるんですか?」
「来た…というか、まぁ。昔住んでいたから」
「そ、…う、なんですか!?」
「え?あ、まぁ、…」
「じゃあ、なんでコペルニクスに行こうって言った時、言ってくれなかったんですか!」
「え?」
「昔住んでたって、それじゃアスランさんは、観光にもならないですよ!」
「でもほら、俺も久しぶりだった、し?」

…っ〜〜!!この人は!
せっかく出かけたっていうのに、昔住んでいた所なんて面白くもなんともないじゃないか、くっそー。
気に食わなくて、それでも別に構わないって言うアスランさんにも腹がたって。だってそれじゃなんか俺ばっかりの都合みたいで。
長いエレベーターの中で、俺はアスランさんから目線を逸らした。…俺、ちょっと腹たってますから。落ち着くまで声かけないでください。
ぷりぷりした俺の機嫌をアスランさんは判ったのか、小さなため息と一緒に、独り言みたいにぽつりと言う。
「シンと一緒ならどこでもよかった」
って。
………俺はそれを聞いちゃったから、アスランさんへの怒りは、85%ダウンした。


蛍光灯がまるで昼間のような明るさを作っている、コペルニクスでも一番大きなショッピングモール街。
日用品やら服もアクセサリーもなんでも揃う。
カップルなり女の子同士の買い物なりでにぎわっていたそこに、アスランさんは、ぶっちゃけ、目立っていた。……だってその。かっこいいからだ。
立ち姿も綺麗だったし、身1つこなし方も良かった。同じ軍人なのに、俺とのこの差は何。
しかもそんな目立つアスランさんの隣に立っているのは俺で。…そういう風に考え付いてしまって、悔しくて、頭を軽く振って、そんな考えを止めるべく、ずかずかと歩く。
「おい、シン!」
背後からアスランさんの声が聞こえ、俺はなんとなくそんな声に従うのが嫌で、人が少なかった一軒の店に入ってアスランさんの視界から消えようと努力した。
はぁ…俺ってなんでいつもこんな風なんだろうな。

「シン!おい!」
「なんですか!」
店の中についてきたアスランさんを振りほどこうと、意識的にきつい目線で振り返ったら、意外にもアスランさんは困惑したような、…赤い顔をしていて。…え?なんで…?
「……お前がこういう店に入るとは思わなかったけど…」
「は…?」
「判っていたんじゃないのか?…こういう店だと」
「へっ??」
アスランさんが手元の商品の1つを手にとって、俺の目の前にかざした。正方形の小さなビニールに真空包装されているそれは、俺だって多少見覚えのある、……っていうかそれってッ!???
「……え?え?」
混乱して、ふと周りを見れば、そんな商品ばっかりだった。
アスランさんが手にとったようなオーソドックスなものだったり、キャンディ型だったり、特殊ないぼいぼが付いているものだったりローションつきだったり、って…うわああああ!?
「こ、こんな店、普通にッ……!!」
「あるのが、コペルニクスなんだけどな…」
知っていて入ったのかと思ったと、苦笑するアスランさんは、それでも先ほど手にとったゴムを、まだ持っていて。
「つか!それ!!も、離してくださいよ!!」
「ん?いいじゃないか、買っていこうか」
「はぁっ?アンタ、何言ってッ」
「どうせ使うものだろう?」
さっきまでの真っ赤な顔と、しのごのしていたアスランさんは何処へいったのかーーーー。
まるで悪巧みをしているような含み笑顔に、俺はまたこの人の性格を騙された、と思った。
そのままズカズカと店を出てしまった俺は、アスランさんが他に何を買ったのかは見てない。けど、手にもっていた小さな袋の中身は、どうせきっと俺が後で使う事になるんだろうなと思うと、腹の奥がずくりと疼いた。うわ、いやだこんなところで!
俺はそっと深い呼吸を繰り返してなんとか身体の奥に疼いてしまったものを消そうと必死になった。
…アスランさんは、ホントにむっつりスケベだ。

そうして俺たちのちょっとした1日デートがはじまった。