「アスランさん、このへんに住んでたんですか?」 「え?…あぁ、こことは居住ブロックが違うけど」 カフェオレをちゅううーと吸いながら聞くと、アスランさんはブラック(だと思う)コーヒーを飲む手を止めて答えた。コペルニクスは昔アスランさんが住んでいた場所だという。 ここは完全なショッピングエリアだから、そりゃ、ここに住んでいるって事じゃないと思うけどさ。 「…俺が居たのは、もっと西だな。緑地区で。春も夏も秋もいつも花が咲いていた」 「ふうん…」 そう言って、カフェテリアの外を眺めるアスランさんの目はどことなく懐かしそうで、道行く人もそんなアスランさんの顔に見惚れているように見えた。さっきから通り過ぎる女の人が、必ずと言っていい程アスランさんを振り返る。…それって何か俺的には気分が良くない。俺も仮にも男なんだからこの人に全部の目線奪われるのなんて癪だし、第一この人俺の恋人だろ?…それなのに人がそういう目でアスランさんを見るって嫌だ。てか、アンタもアンタだ。そんな綺麗な目でボケーッと外を見つめないでください。通行人なんかまでアスランさんを好きになられたらたまらないんだよ、俺が。 むくむくと沸いてきた不快感をこれ以上広げるのは嫌で、俺はアスランさんに席を立たせようと声をかける。 「緑地区って遠いですか」 「…?いや、そんなには。1時間ぐらいかな。ここから」 「………行きましょうか?」 「ん?」 「行きたそうな目、してるから」 女が見ていくのも気に入らないけど。アスランさんの記憶も俺、気に入らないんだ。そんな、懐かしがるような目、してさ。昔の思い出に浸ってるみたで。その思い出の思考の中に俺は居ないんだと思うと寂しかった。悔しくもなってさ。…でも、アスランさんが行きたいというならば、行くのがいいと思った。アスランさんの記憶の中の思い出に、俺もちょっと入る事が出来るかもって。…女々しい考えだな、俺。 「いや、やめておくよ」 「え?なんで。俺はいいのに」 「シンがいるから、だろ。戦争がいればいつでもコペルニクスぐらい来れるさ。…今はシンとデート中だからな」 「…っ」 そう言って俺の顔を正面から見据えて、にっこり笑うなんて。……そんなの反則、だ。 俺、また怒ってるのに。なんでこの人の笑顔1つで、こんなにほだされちゃうんだ、俺。 居心地悪くて…っていうか恥ずかしくてカフェオレを啜ろうとしたけれど、あいにくともう俺のグラスの中には氷しか入っていなかった。 アスランさんはくすくすと笑っていた。…見透かされているみたいで、ちょっとムッ。 「---------俺、アスランさんにプレゼントしたいものがあるんですけど」 ***** 「次、これしてみてください」 「……シン?」 「あーそれじゃ縁が太くて、どっかの先生みたいだ」 「シン、シン」 「次これね」 「……なぁ、シン」 「なんです?」 俺がとっかえひっかえかけさせているメガネを取り上げたアスランさんは俺を上から覗き込む。ちょっ、身長差を見せ付けるみたいなこの姿勢は嫌だって前にも…!! 「なんで、お前が俺にプレゼントしたいものがメガネ、なんだ?」 「………なんとなくです」 本当の理由なんて言う気になれなくて、俺はまた次のメガネへ手を伸ばした。この人にカラーフレームは似合わないんだと判った。黒縁だと先生みたいに見えるのも確かだけど、今よりもっと禁欲的にも見えて、そのギャップが俺的には駄目だったから、次。 縁ナシのメガネを取り上げて、アスランさんの顔にかけようとしたら、手に取られた。 「これでいいのかな?」 すっ、と細く長い指で、縁ナシの楕円形のレンズの嵌められたメガネを掛けたアスランさんが、俺を見てにこっと笑う。 「……ッ!!」 わ、駄目だ、それ、駄目!! 俺は慌ててメガネを取ろうとして、けれどアスランさんは身を引いて俺の手から逃れ、備え付けられたガラスを見て、「似合う…かな?」と自画自賛。 だから!あんたそれ、似合いすぎてるから駄目なんだって!! 「それは駄目です。他のです」 「……そうなのか?」 そうですよ。アスランさんの顔が隠れるように、他の人がアスランさんをこれ以上見ないように買おうとしためがねなのに、それじゃ逆効果もいいところだ。 「ん。じゃあ取って」 「えッ!」 「さっきは嵌めてくれたのに」 「そ、それは、」 俺の背にあわせてちょっとかがんで来るその姿勢がなんともムカつくのに、そんなのメガネの似合う顔で、目を軽く閉じられて顔差し出されたら。…やめてくれ、キスしたくなるから!! 「シン」 「…ッ」 それでもメガネを外してくれというアスランさんの言葉に逆らえなかった俺は、下を向きながらもアスランさんのメガネを外し。…外そうとして、ほんの少し、ほんの少しなんだけど、触れてしまった顔の肌に、指先から電流みたいなのが流れてしまって焦った。…あぁ、もう。 結局俺はアスランさんに何もプレゼントが出来ないままに、店から出る羽目になった。
|